まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

216名無し募集中。。。2020/02/01(土) 16:36:53.760

みやび、って呼ばれた気がして、みやは緩く目を開いた。

「おーい、起きろー」
「ん……」

瞼の向こうが明るくて、みやは咄嗟に目をぎゅっと瞑った。
顔を覆いながら体の向きを変えると、ごわごわしたものがほっぺに触れる。
あー、ソファで寝ちゃったんだっけ。
軽く足に力を入れると、足の先っぽに少しだけ重みを感じた。ふわふわした感触。
みやのお気に入りのブランケットだ、ってふと思う。

「……よーちゃん」
「おっす、おはよ。よく寝てたね」
「……ん」

みやは大きく伸びをして、硬くなった体の筋肉をほぐした。
鼻から、温かくて柔らかい空気が入ってくる。
ちっちゃい頃、お休みの日にママがご飯作ってくれてた時みたいな、みやの大好きな空気。
ああ、よーちゃんが戻ってきたんだってじわじわ実感する。

「夕飯、できたよ。食べられる?」
「食べる」

事故からぴったり一週間で退院したよーちゃんは、幸い大きな後遺症もなく順調に回復していた。
毎日マメに洗濯もご飯も作ってくれるのは変わらなくて、よーちゃんが事故に遭ったなんて悪い夢だったみたい。
たまに、すごくたまーに、低く呻きながら首を揉んでるのを見かけるけど。
そういう時に、みやがマッサージしてあげることも増えたけど。
でも、本当にそのくらいの小さな変化。

「よし、できたぞー」

はいはい運んで、ってよーちゃんがカウンターにお皿を置いていく。
お店で出てきてもおかしくないくらい、ふっくらした綺麗なオムライスが湯気を立ててる。

「ソース、作ってないけどケチャップでいい?」
「ん、いい」

運びながら、ふわって上がってくる湯気に混じって香ばしいバターの匂いがした。
フライパン一個でさらっとこんなの作っちゃうんだから、本当によーちゃんって器用。
二人分のオムライスに、よーちゃんがざかざかとケチャップをかける。
こういうの見るとすぐイラスト描きたくなっちゃうみやとは正反対だなって思った。

217名無し募集中。。。2020/02/01(土) 16:40:25.090

「そういやさ、この前の写真。色味調整してみたんだけどさ」
「この前?」
「ほら、クリスマス会のやつ」
「あー、あれ? もうやってくれたんだ」

そりゃね、って笑いながら、よーちゃんがMacに手を伸ばす。
「もう、ご飯食べるんじゃないの?」ってつぶやいたみやの声は、あっさりスルーされた。

「ほら、どう?」
「わっ、めっちゃ良くなってる」

得意げによーちゃんが鼻を鳴らす。
画面全部に映し出された写真は、この前のクリスマス会でしみちゃんが撮ってくれたやつ。
せっかくだからって思って、よーちゃんに色の修正をお願いしたのが昨日のことだった。
仕事早いよね、ほんと。さすがわーか……なんだっけ。何でもいっか。

「良い写真だよね、これ。楽しそうでさ」
「でしょ。本当はご飯もちゃんと撮りたかったけど」
「あはは、確かに。でもそういうのも含めて味じゃない? 家族写真っぽくて」

かぞくしゃしん。よーちゃんの声が、ピリッてこめかみを刺激する。
げんてん、って言ったももの声がよぎった。
だーいーじょーぶ、って佐紀ちゃんに叩かれた背中の感触を思い出した。
また来てね、って一生懸命に言う雛子ちゃんの顔が浮かんだ。

「……みやび?」
「あ、えと、なんでもない」

よーちゃんの声がちょっと低くなって、こっちを見る目が不安げに細くなる。
みやはもう一回、「なんでもない」って言いながら笑顔を作った。
なんでもなくはないんだけど、でもこれは、よーちゃんは関係ないことだから。
よーちゃんはみやの顔を少しの間じっと見て、それからそっと視線を外した。

「冷めちゃうから、食べよっか。オムライス」

ぼそって言いながらよーちゃんが手を合わせるのを見て、みやも手を合わせた。

218名無し募集中。。。2020/02/01(土) 16:42:44.300


「入院中暇すぎてさ、ストアの話進めてたんだけど」

ご飯食べて、みやがソファでのんびりしてたらよーちゃんが突然そんなことを言い出した。

「なに、やっぱ仕事してたの?」
「寝転がっとくだけなのも、落ち着かないだろ」

そう言いながら、よーちゃんが隣に座ってきて、みやの膝にMacを乗っける。
画面には、ポップアップストアの中のデザイン候補がいくつも表示されていた。
淡い色合いのやつから、ちょっとビビッドなカラーのやつまで。
モノクロは大人っぽすぎるから、カラフルなやつがいいって言ったのはみやだけどさ。

「待って、どんだけあんの?」
「ざっと10案くらいかな。次の打ち合わせで絞るつもりだけど。みやびの意見が一番聞きたい」

横を見たら、よーちゃんの視線が真っ直ぐみやに刺さってきた。
どうやら、よーちゃんのお仕事スイッチが入っちゃったらしい。
みやは逆に、全然そういう気分じゃないんだけど。

「みやの意見って言っても……」
「直感でいーよ。どれがいい、とか」
「なんか、今、分かんない」

よーちゃんの首が、こてんって傾く。

「しっかりしろよー、年明けたら一気に忙しくなるんだぞ」
「分かってるし」

分かってるんだけど、もやもやしたものが頭の中に詰まってるみたいで全然働いてくれない。
よーちゃんが仕方ないなあって眉を寄せて、みやの髪の毛をくしゃくしゃ撫でる。

「何か飲む? ホットワインでも作ろうか」
「……ん」

みやが小さく頷いたら、よーちゃんは「よっしゃ」って素早く立ち上がった。

219名無し募集中。。。2020/02/01(土) 16:46:01.550


シナモンと、砂糖少々。
他にも粒みたいなスパイスをパラパラ入れたら、よーちゃんお得意のホットワインのできあがり。
前に飲んだ時のみやの気持ちも、なんだかもやもやしてた。
たぶん、みやの気分が曇ってる時に、よーちゃんが決まって作ってくれてるんだと思う。

「今日は甘めにしといたよ」
「ん、ありがと」

よーちゃんから受け取ったマグカップはじんわり温かい。
どっしりした赤ワインの中に、シナモンのちょっと癖のある甘い香り。
一口、含んで飲み込んだら、喉につっかえてたもやもやが少しだけ剥がれてくれる。

「何かかける? 音楽」
「ん」

よーちゃんのいじってたMacから、うっすら流れ始めるBGM。
星が飛び散るようなイントロに、みやの心臓がとくんって揺れる。

「なんで、これ?」
「え、なんだろ。気分だよ気分。あたし、好きなんだよ。この曲」

いくら好きだからって、今流さなくてもいいじゃんね。絶対ねらってんでしょ。
そう思いながら、みやは目を閉じる。歌い出しは、みやのパート。
ステージ立たなくなった今でもまだ、みやの肺や腹筋や、背筋が歌うための準備をしそうになる。
たぶんCD音源。だって、みんな――ももや、愛理の声がまだ若いから。
サビ前の、もものパートの切ない声、大好きだった。

「……良い曲」
「でしょ」

あの頃はあんまりぴんとこなかった歌詞の中身が、今はすーっと入ってくる。
よーちゃんが隣に座ってきたから、ずれてスペースを作ってあげる。
横からふわーって漂ってくるよーちゃんの熱が心地良い。

「ねえ、よーちゃんはさ。寂しい時にだけ思い出すくらいなら、思い出して欲しくない?」
「何、急に……ああ、この曲のこと?」

よーちゃんは一人で納得しながら、ふって笑った。

220名無し募集中。。。2020/02/01(土) 16:47:51.690

「どうかな……思い出して欲しいかなあ。寂しい時限定でもいいから」
「それは、なんで?」
「忘れられるより、ずっとマシ」

それと、って付け足しながら、よーちゃんがホットワインに口を付ける。

「最悪さ、利用されてても良いかなって、思うんだろうな。好きな相手になら」

首の後ろをくしゃくしゃと掻きながら、よーちゃんが言う。
よーちゃんらしいなって思った。
利用されてるって分かってても、それでいいよって笑っちゃいそうなとこ。

「みやはね、最初、寂しい時だけ思い出すって、都合良いだけじゃんって思ってた」
「ま、そうだよね」
「……でも、寂しい時だから思い出すんじゃないの」

サラッと言ったつもりの言葉が、ぐしゃっと潰れたような声になった。
なんだろ、泣きたいわけじゃないのに、喉の奥がぐって持ち上がる。

「それって、みやびは思い出してほしいの? その人に」
「さあ……どうかな。分かんない」

ううん、分かんなくない。たぶん、きっと――思い出して欲しいって思う。どんな時も。
つんって鼻の奥が痛んで、みやは思わず軽く鼻をすすった。
よーちゃんがおっきい手のひらでみやの頭をぽんぽんって撫でる。
遠くの方で、みやのスマホが小さく音を立てたのが聞こえた。

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