170名無し募集中。。。2019/04/30(火) 23:59:58.310
――桜なんてとっくに散ってない?
久しぶりの桃子からの返信は、素っ気なかった。
「……んなの知ってるし」
白い吹き出しに浮かぶ文字。それ、雅は優に五回は視線でなぞった。
一瞬強まった風に攫われて、水滴がパラパラとスマホの画面に散る。
雅はスマホを鞄にしまうと、お気に入りの傘の柄をきつく握り直した。
ひかるや有加と平成最後の仕事を終えて別れた時には、平成も残すところ1時間。
桃子に連絡を取ろうと思い立ったことに、特に理由があったわけではなかった。
強いて言うなら、平成最後だと盛り上がる街の空気に流されたのかもしれない。
返事はあまり期待していなかったが、無性に連絡を取りたくなってしまったのだから仕方ない。
そう、仕方ないんだって。そう思いながら、雅はスマホを手に取った。
――平成最後の花見〜!
なんて、軽いノリの文章を桜の絵文字付きで送ったのが数十分前のこと。
雅の予想に反して「既読」の文字が現れた時には、雅は自分の目を疑った。
――こういうのは雰囲気が大事なの
そう送って、雅はコンビニに足を向ける。
あっけらかんとしたチャイムと共に足を踏み入れた店内では、レジ前に数人の列ができていた。
思い思いに握られた酒やツマミ。何となく名残惜しさを覚えているのは、雅だけではないらしい。
――そういうもん?
――そういうもんなの
桃子からの返事が珍しく速い。
そのことに気を良くしながら、雅は桃味のチューハイと生ハムを手に取った。
171名無し募集中。。。2019/05/01(水) 00:00:24.110
霧のような細かい雨のせいで、街の空気はしっとりと重たい。
ぶらぶらとうろつく雅がやがて行き着いたのは、細い川沿いの遊歩道だった。
雅がぐるりと左右を見渡すと、川沿いには桜がずらりと植わっていた。
きっと、桜が満開になる時期には、どこまでも淡い桃色に包まれてさぞかし綺麗なことだろう。
すっかりと葉桜に変わってしまった今は、雨に打たれる葉っぱがざわつくばかりだった。
「まーいっか」
歩道の縁に設置された車止めのてっぺんにビニール袋を置いて、雅は葉桜を見上げた。
街灯に照らされて、さらさらと揺れる葉の表面がきらめく。
悪くないじゃん。そう思うと、雅の表情は自然と柔らかくなった。
葉桜を背景にして、缶チューハイと自分をスマホで撮ってみる。
写真を桃子に送りつけると、寒くないの?と返ってきた。
そうじゃない、と雅は思う。なぜだかもやもやしたものがこみ上げてきて、雅は画面に指先を走らせた。
――イヤホンしてよ
――え?
――いいから
既読がついたのを見るが早いか、雅は画面の電話のマークをタップする。
発信中の表示と一緒に、聞き慣れたコール音が漏れ聞こえてくる。
2回、3回と繰り返されるコール音の向こうで、桃子の躊躇う表情が目に浮かぶようだった。
試すようなことをしている自覚は雅にもある。けれど、このくらいは許して欲しい。
ぷつんと音が途切れ、受話器の向こうでざらざらとしたノイズが聞こえてきた。
「聞いてるだけで良いからさー」
ノイズの向こうで、桃子が息を呑んだ気配がした。
きっとこの声は届いている。
楽観的に願いながら、雅は持っていた缶を目の高さまで持ち上げる。
乾杯、と受話器の向こうに囁くと、電話の奥の空気がゆるゆると動く音がした。
缶の中身を口に含んでみる。アルコール3%のチューハイは、雅にとってはほとんどジュースのようなものだった。
172名無し募集中。。。2019/05/01(水) 00:01:09.780
「なんかさ、葉桜も悪くないなーって思った。てかさ、桜の葉っぱってあれじゃない? 桜もち食べたくなんない?」
ケラケラと笑い声を織り交ぜながら、雅は一人で話し続ける。
チューハイの中身なんてあっという間に空になってしまいそうだ、と雅は思った。
「桜もちさー、二人で作ったよね。なんだっけ、あの粉さ、名前忘れちゃった。だから作れなくって」
炭酸のせいかツンと鼻の奥が痛んだのを感じて、雅は小さく鼻を啜った。
粉の名前を忘れたなんて嘘だった。本当は覚えている。道明寺粉だ。
料理教室の動画だけでも、何度見返したか分からない。
鯛の目玉をつついて注意されたことも、錦糸卵にしては太い切り方になってしまったことも、全部覚えている。
「あー、そろそろあれだね、日付変わるね。ごめん、遅くまで」
受話器の向こうで、どすん、と鈍い音が響く。あ、と桃子の声が漏れたのが聞こえた。
ただいま、と遠くで聞こえた低い声の主を、雅は知らない。
さあっと吹き抜ける雨混じりの風に、雅の皮膚が小さく粟立つ。
酔っ払えば体温も上がると思っていたが、チューハイ1缶では到底酔えそうになかった。
「またね、もも」
「……みや、」
耳からスマホを引き剥がすと、雅は一方的に通話を切った。
おやすみ、と最後に送りつけて、雅はスマホを鞄の底に仕舞い込んだ。
「はーっ、明日はにへでも誘おっかなー」
きっと有加なら、令和最初の乾杯ですね!なんてノリノリで盛り上げてくれるだろう。
うんうん、と頷きながら、雅はくるりと家路に足を向けた。
――桜なんてとっくに散ってない?
久しぶりの桃子からの返信は、素っ気なかった。
「……んなの知ってるし」
白い吹き出しに浮かぶ文字。それ、雅は優に五回は視線でなぞった。
一瞬強まった風に攫われて、水滴がパラパラとスマホの画面に散る。
雅はスマホを鞄にしまうと、お気に入りの傘の柄をきつく握り直した。
ひかるや有加と平成最後の仕事を終えて別れた時には、平成も残すところ1時間。
桃子に連絡を取ろうと思い立ったことに、特に理由があったわけではなかった。
強いて言うなら、平成最後だと盛り上がる街の空気に流されたのかもしれない。
返事はあまり期待していなかったが、無性に連絡を取りたくなってしまったのだから仕方ない。
そう、仕方ないんだって。そう思いながら、雅はスマホを手に取った。
――平成最後の花見〜!
なんて、軽いノリの文章を桜の絵文字付きで送ったのが数十分前のこと。
雅の予想に反して「既読」の文字が現れた時には、雅は自分の目を疑った。
――こういうのは雰囲気が大事なの
そう送って、雅はコンビニに足を向ける。
あっけらかんとしたチャイムと共に足を踏み入れた店内では、レジ前に数人の列ができていた。
思い思いに握られた酒やツマミ。何となく名残惜しさを覚えているのは、雅だけではないらしい。
――そういうもん?
――そういうもんなの
桃子からの返事が珍しく速い。
そのことに気を良くしながら、雅は桃味のチューハイと生ハムを手に取った。
171名無し募集中。。。2019/05/01(水) 00:00:24.110
霧のような細かい雨のせいで、街の空気はしっとりと重たい。
ぶらぶらとうろつく雅がやがて行き着いたのは、細い川沿いの遊歩道だった。
雅がぐるりと左右を見渡すと、川沿いには桜がずらりと植わっていた。
きっと、桜が満開になる時期には、どこまでも淡い桃色に包まれてさぞかし綺麗なことだろう。
すっかりと葉桜に変わってしまった今は、雨に打たれる葉っぱがざわつくばかりだった。
「まーいっか」
歩道の縁に設置された車止めのてっぺんにビニール袋を置いて、雅は葉桜を見上げた。
街灯に照らされて、さらさらと揺れる葉の表面がきらめく。
悪くないじゃん。そう思うと、雅の表情は自然と柔らかくなった。
葉桜を背景にして、缶チューハイと自分をスマホで撮ってみる。
写真を桃子に送りつけると、寒くないの?と返ってきた。
そうじゃない、と雅は思う。なぜだかもやもやしたものがこみ上げてきて、雅は画面に指先を走らせた。
――イヤホンしてよ
――え?
――いいから
既読がついたのを見るが早いか、雅は画面の電話のマークをタップする。
発信中の表示と一緒に、聞き慣れたコール音が漏れ聞こえてくる。
2回、3回と繰り返されるコール音の向こうで、桃子の躊躇う表情が目に浮かぶようだった。
試すようなことをしている自覚は雅にもある。けれど、このくらいは許して欲しい。
ぷつんと音が途切れ、受話器の向こうでざらざらとしたノイズが聞こえてきた。
「聞いてるだけで良いからさー」
ノイズの向こうで、桃子が息を呑んだ気配がした。
きっとこの声は届いている。
楽観的に願いながら、雅は持っていた缶を目の高さまで持ち上げる。
乾杯、と受話器の向こうに囁くと、電話の奥の空気がゆるゆると動く音がした。
缶の中身を口に含んでみる。アルコール3%のチューハイは、雅にとってはほとんどジュースのようなものだった。
172名無し募集中。。。2019/05/01(水) 00:01:09.780
「なんかさ、葉桜も悪くないなーって思った。てかさ、桜の葉っぱってあれじゃない? 桜もち食べたくなんない?」
ケラケラと笑い声を織り交ぜながら、雅は一人で話し続ける。
チューハイの中身なんてあっという間に空になってしまいそうだ、と雅は思った。
「桜もちさー、二人で作ったよね。なんだっけ、あの粉さ、名前忘れちゃった。だから作れなくって」
炭酸のせいかツンと鼻の奥が痛んだのを感じて、雅は小さく鼻を啜った。
粉の名前を忘れたなんて嘘だった。本当は覚えている。道明寺粉だ。
料理教室の動画だけでも、何度見返したか分からない。
鯛の目玉をつついて注意されたことも、錦糸卵にしては太い切り方になってしまったことも、全部覚えている。
「あー、そろそろあれだね、日付変わるね。ごめん、遅くまで」
受話器の向こうで、どすん、と鈍い音が響く。あ、と桃子の声が漏れたのが聞こえた。
ただいま、と遠くで聞こえた低い声の主を、雅は知らない。
さあっと吹き抜ける雨混じりの風に、雅の皮膚が小さく粟立つ。
酔っ払えば体温も上がると思っていたが、チューハイ1缶では到底酔えそうになかった。
「またね、もも」
「……みや、」
耳からスマホを引き剥がすと、雅は一方的に通話を切った。
おやすみ、と最後に送りつけて、雅はスマホを鞄の底に仕舞い込んだ。
「はーっ、明日はにへでも誘おっかなー」
きっと有加なら、令和最初の乾杯ですね!なんてノリノリで盛り上げてくれるだろう。
うんうん、と頷きながら、雅はくるりと家路に足を向けた。
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