最終更新:ID:8KABVkTk2g 2017年05月17日(水) 19:14:53履歴
258 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/12(金) 00:55:49.25 0
早朝に家を出てギリギリまで仕事をして茉麻の家に行き終電で帰る。
最初の日以来、何も聞いてこないでただいる事を許してくれる茉麻の家は心地よくて。
ここ最近は毎日この繰り返し。
仕事は翌日から元の通り接客も。
ただ余計なことを考える暇もない程に次から次へと仕事を回された。
この数日間、新学期で忙しかったのか休みが多く姿を見なかった熊井ちゃん。
久しぶりに見た彼女はやけにご機嫌な様子だった。
「何かいい事でもあった?」
「うん、後で聞いてくれる?」
言いたくてうずうずしているのが伝わって来る。
年相応な態度に癒された。
客足が途絶えた時間。
作業をしながら嬉々として話してきたのは恋人とのペアリングの購入について。
アクセサリーの類があまり好きでないからあまり期待していなかったらしい。
それなのに相手の方からペアリングの提案。
今度、一緒に買いに行くんだと満面の笑顔。
休憩時間になり出されるカタログや雑誌。
至る所に印がつけられているそれら。
「この中からならみやはどれが好み?」
候補が多くて絞れないらしく参考までにと聞かれる。
見せられたそれらに目を落とす。
好みのものを言っていく。
新たに追加されていく印。
目を通していき違和感を覚えた。
よく見れば選ばれていたのはどれも女性用の小さい号数しかないものばかり。
「指細いの?」
「んっ?普通だよ」
この号数なら男性平均からしたら明らかに小さい。
それなのに普通。
ちっちゃくて先輩に見えないけれど頼りになる同じ学校の先輩。
以前、熊井ちゃんから聞いた好きな人の事。
259 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/12(金) 00:56:51.52 0
いくら小柄でも普通ではないはず。
それに選ばれているのはシンプルでも女性ものとわかる可愛らしいデザインのものばかり。
小柄で華奢な女の子のような男の子が頭に浮かんだ。
それでも何か引っかかる。
熊井ちゃんの言葉を反芻してふと気づいた。
以前、生徒会の手伝いでと慌てていた時にちらっと鞄の中から見えた制服。
あれは確か。
「そういえば熊井ちゃん高校どこだっけ?」
返ってきた答えは桃子と同じ学校名。
一度聞いただけだったせいですっかり忘れていた。
つまり女子校なわけで。
という事は相手の先輩も当然女の子。
熊井ちゃんの恋人が女性な事に何故か動揺した。
こちらの動揺なんて気付かないで話し続けている熊井ちゃん。
最近までずっと身に付けていた指輪。
小さい頃からずっとしていたそれをつい最近、捨てたらしい。
熊井ちゃんの恋人の情報が頭を埋め尽くす。
同じ学校で先輩で生徒会。
小柄で年相応に見えなくて最近までいつも指輪を身に付けていた。
それはあまりにも。
「同じだ」
思わず口を滑らせた。
小さな呟き。
でもそれはしっかり熊井ちゃんの耳に届いていた。
「んっ?何が?」
「えっと…そういえば親戚の子が行ってるのと同じ学校だなって」
会話の流れとしては少し不自然な誤魔化し。
それでも少し首をかしげただけ。
「前言ってた同居してる子?」
親戚と曖昧に言ったのにピンポイントで当てられ仕方なく頷く。
260 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/12(金) 00:57:57.23 0
「じゃあ知ってる先輩かも知れないね」
「はーい、休憩終わり」
店側から顔だけこちらに入れたオーナーに会話を遮られた。
あまりにタイミング良さに自分の中に芽生えた疑念が確信に近づく。
それから何度も熊井ちゃんと話す機会はあっても同居している親戚について言及されることは無かった。
一番これが好きかなと言った指輪。
しばらくして熊井ちゃんの指にはその指輪がはまるようになった。
久しぶりの少しだけ早い帰宅。
洗面所のドアに手を掛けるとシャワーを浴びているらしく水音が聞こえて来た。
開けたドアをそっと閉めようとして手が止まる。
脱衣カゴの中、キラッと反射する金属。
ちらりと見えたそれは熊井ちゃんがしていたのと同じ。
まさかというよりやっぱり。
音を立てないようにドアを閉じ自室に入るとベッドの上に倒れこんだ。
こんな偶然は欲しくなかった。
気づくサインはいっぱいあったのに何故もっと早く気づかなかったのか。
ラッピングの袋ごとゴミ箱の中に入っていたプレゼント。
誤って捨てたのかとメッセージカード付きのそれを中から拾い上げたら自分宛で。
中を見ると熊井ちゃんがくれたものと同じもの。
後輩と選んだと書き添えられたメッセージカード。
途中から変わった桃子が纏っていた香水の香り。
あれは熊井ちゃんが使っているものと同じ。
桃子の付き合っている相手は間違いなく熊井ちゃん。
知り合いじゃ無かったらよかったのに。
261 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/12(金) 00:58:51.04 0
相手が熊井ちゃんとわかってからますます帰宅時間が遅くなった。
暇な友人を誘って遊びにいくかそれができない時は茉麻の家に行くか。
茉麻の家に行った時は家に帰るまで漫画を読むかテレビを観るか。
茉麻も大学の課題をしているか同じように漫画かテレビ。
特に会話もなくお互い自由に過ごす時間。
頻繁に行くようになってさすがに邪魔じゃないか聞いても全くとだけ。
いつ連絡しても来ていいよと言う茉麻。
もしかして予定空けてると聞いても曖昧に笑って濁された。
もう半分、茉麻の家に住んでいるような頻度。
そうなってから千奈美と会う機会も増えた。
一週間に一度は確実に現れる千奈美。
現れる日は確実にお酒を持って来ていて飲む流れ。
そのせいで千奈美が現れる日はそのまま茉麻の家に泊まるようになった。
何回目かの泊まった日。
千奈美にあの時の彼とはどうなったのと聞かれ意味がわからなかった。
どこか複雑そうな茉麻にみやから告白した人の事だよと耳打ちされて理解した。
「諦めた」
短くそれだけ答えるのが精一杯。
僅かな間の後、千奈美の明るい声が室内に響く。
「よし、じゃあ次いこ次。今度、飲み会あるからみやも参加ね」
後日、詳細が送られてきて参加したそれは全く楽しめなかった。
それでも数こなせばいい出会いに巡り会えるはずと言う千奈美に高頻度で誘われるようになった。
誘われれば参加するけれどあまり楽しいと感じられない時間。
盛り上がっている中、どこか他人事のようで。
好みだとか気に入ったとか言われても連絡先を交換する気にもなれない。
たまにいるしつこい人が煩わしくて。
それでも時間を潰せるのは都合が良かった。
何度も参加して増えた連絡先は新しく知り合った女性のものばかり。
友人の幅が広がるのは楽しかった。
262 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/12(金) 01:00:17.80 0
人に誘われるまま出かけるせいで以前よりも更に減った睡眠時間。
そんな日が続いていたらオーナーに表情が能面みたいと心配されてしまった。
何かを言い淀むオーナー。
しばらくの逡巡の後、パッと笑顔に切り替えた。
「接客中はもっと笑顔だよ。熊井ちゃんも」
桃子とうまくいってないのか他の悩み事なのか。
暗く沈んだ表情をよく見せるようになった熊井ちゃん。
以前なら聞けていたのに。
桃子との事を相談されたらと思うと冷静に聞くことなんてできそうもない。
自然と減る熊井ちゃんとの会話。
少しずつ溜まっていく妙な疲労感。
十二月の始め。
今回は当たりだからと連れていかれた飲み会。
紹介された男性は以前なら間違いなく付き合っていたと断言できそうな人。
もう、この人でいいかな。
どこか投げやりな気分。
連絡先を交換して何回か二人きりで会った。
悪くない人柄。
好みの容姿。
それでも告白されそうな空気になり気づけば逃げてしまっていた。
少し気まずい状態のままクリスマスになった。
それでも誘われたデート。
慣れているエスコート。
常に紳士的な対応。
もうこの人でいいや。
そう気持ちを決めていたのに。
最後に連れて行かれたイルミネーション。
この近辺では一番綺麗と言われてる場所。
それなのにいつものように感動できない。
それよりも目に入ったのは楽しそうに駆けてくる長身の女の子。
遠目でもわかるそれは熊井ちゃんで間違いない。
きっとすぐ近くにいるはずの桃子を探すように彷徨う視線。
そんな自分が嫌で殊更笑顔で隣の彼に話しかける。
もし気づかれて会話するようなことになったらどう対応すべきかわからない。
会いたくなくて腕を引き向かう方向を変えた。
それなのにさっと人混みに紛れる小柄な女の子の姿をとらえてしまった。
気のせいかもしれないけれど横顔は哀しそうに歪んでいた。
もも
思わず口から溢れた名前。
一瞬だったけれど間違えるはずがない。
隣の彼の事を忘れ桃子の消えた方に足を進めていた。
271 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/12(金) 06:29:55.52 0
「みや」
振り返るといつの間にかすぐ近くに立っていた熊井ちゃん。
「誰か探してるの?」
鋭い真剣な目つきの熊井ちゃん。
その目に我に帰る。
少し離れた位置で戸惑うように立ち尽くす彼。
全然諦められていない。
自分の行動に呆れる。
「知り合いに似た子がいた気がして」
「それって…」
言いかけた言葉を途中で切られひやりとする。
一度、俯き顔を上げた熊井ちゃんは相変わらず鋭い目。
「あそこにいるのみやの彼氏?」
「違う」
事実だけれど反射的に何の躊躇いもなく否定してしまった。
近づいてきていた彼にそれはしっかり聞こえていたらしい。
傷ついた表情の彼はすぐに笑顔を取り繕うと一言断りを入れて帰って行った。
気まずい空気。
「えっと…帰るね。またお店で」
そのまま帰ろうとしたのに腕を掴まれて止められた。
躊躇うように何度も口を開閉させる。
「…前、好きだって言ってた子の事は今でも好き?」
「諦めたよ」
諦めきれてないのに。
自嘲しながら即答した。
ストンと落ちた手。
「そっか。わかった。またね、みや」
返事を返す間も無く背を向け電話を掛ける熊井ちゃん。
その背に拒絶を感じた。
359 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/13(土) 21:13:02.37 0
クリスマスの夜、帰った頃に送られてきた丁寧なメール。
それに謝罪のメールを返してから彼とは連絡をとっていなかった。
もう本当に諦められるまでは無理に相手は探さない。
相手に申し訳ないし自分も疲弊するだけ。
千奈美に連絡してそれを伝えるとそっかとだけ。
後はたわいもないお喋りで電話は切れた。
さすがに年末の忙しい時期。
誰かに誘われることもなく忙しく仕事納めまで働き実家に帰った。
ダラダラと年末年始を実家で過ごし仕事始めの前日に家に戻った。
人の気配のない室内。
どこに行っているのか桃子の姿は無かった。
その日、桃子が帰ってきた様子はなかった。
また桃子の帰宅時間が遅くなっている。
頻繁になっていた新しい友人達の誘いを断り以前のように帰宅するようになって気づいた。
日によっては帰ってこない時も。
いつからかはわからないけれどまた乱れた生活になったのかと心配になる。
熊井ちゃんと付き合い始めて変わったはずの生活。
その熊井ちゃんの様子もおかしい。
それでも別れたわけではないのは指を見ればわかった。
クリスマスの日から気まずい空気。
なんとなく好きな人が桃子とバレたと思わせるようなあの会話。
あの会話が引っかかって声をかけづらい。
それでも心配になる程、挙動のおかしい熊井ちゃん。
何か知っているかとオーナーと二人きりの時に桃子と熊井ちゃんの事を聞いてもはっきりとした事は何も言わずはぐらかすような答え。
思春期だからとか若いよねとか心中複雑だろうからねぇとか。
要領を得ない解答。
苦笑いというか半笑いとも取れる表情。
また遊んでる?
オーナーの態度にそう疑ってしまう。
「またもも、女の人と…」
「違う違う、それはないから。それより雅ちゃんこそ夜遊びはもうやめたの?最近、あんまり疲れた顔してないけど」
360 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/13(土) 21:14:29.04 0
化粧でごまかせないくらいクマが酷かったしと。
マジマジと顔を近づけて見て来るオーナーに驚き一歩、後ろに下がった。
「…夜遊びって友人と少し遊んでただけですよ。確かに最近はすぐ帰ってますけど」
「少しね。何回も見かけたんだけどなぁ」
どこか含みのある言い方に首を傾げた。
「それにももちゃん帰ってこないって心配してイライラしてたし」
予想外の言葉に絶句する。
理由はどうであれ桃子が自分の事を気にかけてくれていた。
その事実にまた心動かされる。
「連日連夜日が変わるまで家に帰らないのは夜遊びだと思うけどなあ。もう成人してるからうるさく言う事じゃないんだけどヤケは良くないからね」
まあやめたみたいだからいいけどと近づいていた距離がぱっと離れる。
じゃあそれよろしくと納品された備品を指差すオーナー。
重量と大きさがそれなりにあるバレンタイン関連のそれら。
一人でどうにかするには骨が折れそうで助けを求めるようにオーナーを見る。
「まあ頑張って。ちょっと出て来るから」
本当にそのまま出て行ったオーナー。
呆然と出て行ったドアを見ているとひょこっと顔だけ出して言い忘れてたからと戻ってきた。
「ももちゃんにはお店に行けばいつでも会えるよ」
意味深にニヤッと笑って今度こそ本当に出て行ったオーナー。
恐らく最初の頃と同じようにあの狭い部屋に半ば住み着いているんだろうなと想像のつく発言に少しホッとした。
それと同時にモヤモヤしてしまう。
以前と少し違って店長さんのところに入り浸っているだけだろうに。
どうしても気になる桃子の事。
些細な事でもすぐに心揺さぶられる。
本当に諦める気があるのか。
自分で分からなくなる。
思わず出たため息。
目の前の備品が目に入りまた一つため息が出た。
361 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/13(土) 21:15:23.91 0
最初の頃と変わらない程に桃子の姿を見る事はない日々。
たまに見るのは出かける時の後ろ姿。
会話は一切なかった。
どうしても必要な時にひどく事務的なメールがくるだけ。
それでも相変わらずこちらの実家には手土産付きで顔を出しているらしく母親経由で聞く桃子の話。
二人きりの時たまにオーナーがもらす桃子の近況。
一応、同じ家に住んでいるはずなのに桃子の事を知る術はその二つしかない状態であっという間に時は過ぎた。
桃子の卒業式の数日前。
家に帰り着いたタイミングで桃子の親からかかってきた電話。
料金が気になるほどの長電話。
近況報告から始まって卒業式に出る事ができない嘆き。
その後に桃子の誕生日に合わせての一時帰国。
サプライズで店長さんのお店でお祝いをするらしく当日まで内緒にしてとお願いされて電話は終わった。
雅ちゃんも時間が合えば来てと言われた。
どうにか少しなら顔を出せる時間。
けれど曖昧にしか答えられなかった。
桃子の誕生日。
今日の愚かな行動の一因。
机の上に置いてあるラッピングされた小箱。
気づけば手にとって買っていたそれ。
無意識にラッピングまで頼んでいた。
渡せもしないプレゼント。
渡したところで受け取ってもらえそうにない。
引き出しの中にそっと仕舞った。
362 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/13(土) 21:16:22.00 0
桃子の誕生日当日。
休憩時間に今夜予定が空いてるかと茉麻からの連絡。
ちょっと飲もうとかそういうノリでは無さそうな深刻そうな声に迷わず行く事を承諾した。
行けそうにないとお断りの連絡に理由をつけることができてその意味においては都合が良かった。
仕事が終わり足早に茉麻の家に向かうと明るい声が響いて来て肩透かしを食らった。
中に入ると案の定いた千奈美。
二人の顔は深刻そうな事態とは無縁で。
あの深刻そうな声はなんだったのだろうとは思っても口には出さなかった。
あの頻繁に会っていた時期を思うと久しぶりな気がする三人での集まり。
下らない馬鹿話ばかり。
来た時には既に酔っていた千奈美は一時間が過ぎた頃に一足先に帰っていった。
このまま泊まるつもりで飲んでいたのだとばかり思っていたせいでその行動に驚いた。
いつもなら少なくとも駅までは千奈美を送って行く茉麻が玄関で見送っただけ。
それにもまた驚かされる。
「きょうなにかあるならかえろうか?」
千奈美にのせられて飲んでいたせいで少しぼおっとする程には酔いが回っていた。
「ないよ。ちょっとみやに話があるからちぃには早く帰ってもらった」
それでもそう言ったきり中々、口を開かない茉麻。
手持ち無沙汰に目の前のグラスに残ったお酒をチビチビ飲んでいく。
静かな室内に時計の針の音が響く。
お酒の影響か少しうとうとし始めた時、急に茉麻が動いた。
グラスに豪快にお酒を注いだと思ったらぐっと一気に飲み干した。
「熊井ちゃんがね」
367 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/13(土) 22:45:45.84 0
茉麻の言葉に耳を疑った。
「ごめん、いまなにっていった?」
「熊井ちゃん」
聞き間違いではなかった。
全く繋がりが見えない。
「しりあいなの?」
純然な疑問が口から出た。
「従姉妹と熊井ちゃんが友達でね。そこから熊井ちゃんと仲良くなって結構長い付き合いだよ」
また注がれたお酒。
それを一口含む。
その間が居心地を悪くさせる。
「だから今回の事は結構、色々知ってた」
思考が停止する。
茉麻の前から少し含みのある言動。
それを考えたら納得できる部分もあるけれど。
「ごめん、ちょっとよくわからない」
「みやをフったのが熊井ちゃんの恋人でみやの同居人の女子高生って知ってた」
淡々と返された答え。
「なんで?いつから?」
「ちぃは半分寝てたから聞いてなかったみたいだけどフられたってみやが来た日、色々ぽろぽろ言っちゃってたから」
色々と衝撃的過ぎて言葉を失くす。
「熊井ちゃんからは前々から話し聞いてたし、名前が珍名だから余計にね」
どこか夢のようで頭が靄がかったような感覚。
「それでみやここからが本題なんだけど起きてる?」
368 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/13(土) 22:46:29.59 0
心配そうな茉麻の声に頷く。
いまいち焦点の合わない視線を彷徨わせなんとか茉麻と目を合わせた。
「熊井ちゃん、今日別れたよ」
あまりに予想外。
喜ぶ気持ちなんて到底起きない。
浮かぶのは疑問ばかり。
「それで熊井ちゃんからみやに伝えてって」
みやなら大丈夫だよ
以前も言われた言葉。
あの時の熊井ちゃんの声が頭で勝手に再生される。
一層ぼやけ始めた視界にぐっと目を閉じる。
開けられなくなった目に情けなくなった。
肩に置かれた茉麻の手が今は痛かった。
そっとその手を払い立ち上がる。
ふらつく体は壁にぶつかったけれどそんな事は気にならなかった。
帰るからと玄関に行こうとするとぐっと力を入れられ止められる。
危ないからとタクシーを呼ばれた。
一緒にタクシーに乗り込んで来た茉麻。
会話はなく車内にはラジオの音だけが響く。
いつの間にか眠ってしまっていた。
茉麻の声が聞こえるけれど反応できない。
ぐっと体を持ち上げられるような感覚の後に冷たい風が頬を撫でた。
フラフラする足元。
途中からはほとんど歩いている感覚はなかった。
切り替わった空気の後、慣れた柔らかい感触に僅かにあった意識が急速に落ちていく。
そんな中、遠くで茉麻と桃子が会話しているような気がした。
早朝に家を出てギリギリまで仕事をして茉麻の家に行き終電で帰る。
最初の日以来、何も聞いてこないでただいる事を許してくれる茉麻の家は心地よくて。
ここ最近は毎日この繰り返し。
仕事は翌日から元の通り接客も。
ただ余計なことを考える暇もない程に次から次へと仕事を回された。
この数日間、新学期で忙しかったのか休みが多く姿を見なかった熊井ちゃん。
久しぶりに見た彼女はやけにご機嫌な様子だった。
「何かいい事でもあった?」
「うん、後で聞いてくれる?」
言いたくてうずうずしているのが伝わって来る。
年相応な態度に癒された。
客足が途絶えた時間。
作業をしながら嬉々として話してきたのは恋人とのペアリングの購入について。
アクセサリーの類があまり好きでないからあまり期待していなかったらしい。
それなのに相手の方からペアリングの提案。
今度、一緒に買いに行くんだと満面の笑顔。
休憩時間になり出されるカタログや雑誌。
至る所に印がつけられているそれら。
「この中からならみやはどれが好み?」
候補が多くて絞れないらしく参考までにと聞かれる。
見せられたそれらに目を落とす。
好みのものを言っていく。
新たに追加されていく印。
目を通していき違和感を覚えた。
よく見れば選ばれていたのはどれも女性用の小さい号数しかないものばかり。
「指細いの?」
「んっ?普通だよ」
この号数なら男性平均からしたら明らかに小さい。
それなのに普通。
ちっちゃくて先輩に見えないけれど頼りになる同じ学校の先輩。
以前、熊井ちゃんから聞いた好きな人の事。
259 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/12(金) 00:56:51.52 0
いくら小柄でも普通ではないはず。
それに選ばれているのはシンプルでも女性ものとわかる可愛らしいデザインのものばかり。
小柄で華奢な女の子のような男の子が頭に浮かんだ。
それでも何か引っかかる。
熊井ちゃんの言葉を反芻してふと気づいた。
以前、生徒会の手伝いでと慌てていた時にちらっと鞄の中から見えた制服。
あれは確か。
「そういえば熊井ちゃん高校どこだっけ?」
返ってきた答えは桃子と同じ学校名。
一度聞いただけだったせいですっかり忘れていた。
つまり女子校なわけで。
という事は相手の先輩も当然女の子。
熊井ちゃんの恋人が女性な事に何故か動揺した。
こちらの動揺なんて気付かないで話し続けている熊井ちゃん。
最近までずっと身に付けていた指輪。
小さい頃からずっとしていたそれをつい最近、捨てたらしい。
熊井ちゃんの恋人の情報が頭を埋め尽くす。
同じ学校で先輩で生徒会。
小柄で年相応に見えなくて最近までいつも指輪を身に付けていた。
それはあまりにも。
「同じだ」
思わず口を滑らせた。
小さな呟き。
でもそれはしっかり熊井ちゃんの耳に届いていた。
「んっ?何が?」
「えっと…そういえば親戚の子が行ってるのと同じ学校だなって」
会話の流れとしては少し不自然な誤魔化し。
それでも少し首をかしげただけ。
「前言ってた同居してる子?」
親戚と曖昧に言ったのにピンポイントで当てられ仕方なく頷く。
260 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/12(金) 00:57:57.23 0
「じゃあ知ってる先輩かも知れないね」
「はーい、休憩終わり」
店側から顔だけこちらに入れたオーナーに会話を遮られた。
あまりにタイミング良さに自分の中に芽生えた疑念が確信に近づく。
それから何度も熊井ちゃんと話す機会はあっても同居している親戚について言及されることは無かった。
一番これが好きかなと言った指輪。
しばらくして熊井ちゃんの指にはその指輪がはまるようになった。
久しぶりの少しだけ早い帰宅。
洗面所のドアに手を掛けるとシャワーを浴びているらしく水音が聞こえて来た。
開けたドアをそっと閉めようとして手が止まる。
脱衣カゴの中、キラッと反射する金属。
ちらりと見えたそれは熊井ちゃんがしていたのと同じ。
まさかというよりやっぱり。
音を立てないようにドアを閉じ自室に入るとベッドの上に倒れこんだ。
こんな偶然は欲しくなかった。
気づくサインはいっぱいあったのに何故もっと早く気づかなかったのか。
ラッピングの袋ごとゴミ箱の中に入っていたプレゼント。
誤って捨てたのかとメッセージカード付きのそれを中から拾い上げたら自分宛で。
中を見ると熊井ちゃんがくれたものと同じもの。
後輩と選んだと書き添えられたメッセージカード。
途中から変わった桃子が纏っていた香水の香り。
あれは熊井ちゃんが使っているものと同じ。
桃子の付き合っている相手は間違いなく熊井ちゃん。
知り合いじゃ無かったらよかったのに。
261 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/12(金) 00:58:51.04 0
相手が熊井ちゃんとわかってからますます帰宅時間が遅くなった。
暇な友人を誘って遊びにいくかそれができない時は茉麻の家に行くか。
茉麻の家に行った時は家に帰るまで漫画を読むかテレビを観るか。
茉麻も大学の課題をしているか同じように漫画かテレビ。
特に会話もなくお互い自由に過ごす時間。
頻繁に行くようになってさすがに邪魔じゃないか聞いても全くとだけ。
いつ連絡しても来ていいよと言う茉麻。
もしかして予定空けてると聞いても曖昧に笑って濁された。
もう半分、茉麻の家に住んでいるような頻度。
そうなってから千奈美と会う機会も増えた。
一週間に一度は確実に現れる千奈美。
現れる日は確実にお酒を持って来ていて飲む流れ。
そのせいで千奈美が現れる日はそのまま茉麻の家に泊まるようになった。
何回目かの泊まった日。
千奈美にあの時の彼とはどうなったのと聞かれ意味がわからなかった。
どこか複雑そうな茉麻にみやから告白した人の事だよと耳打ちされて理解した。
「諦めた」
短くそれだけ答えるのが精一杯。
僅かな間の後、千奈美の明るい声が室内に響く。
「よし、じゃあ次いこ次。今度、飲み会あるからみやも参加ね」
後日、詳細が送られてきて参加したそれは全く楽しめなかった。
それでも数こなせばいい出会いに巡り会えるはずと言う千奈美に高頻度で誘われるようになった。
誘われれば参加するけれどあまり楽しいと感じられない時間。
盛り上がっている中、どこか他人事のようで。
好みだとか気に入ったとか言われても連絡先を交換する気にもなれない。
たまにいるしつこい人が煩わしくて。
それでも時間を潰せるのは都合が良かった。
何度も参加して増えた連絡先は新しく知り合った女性のものばかり。
友人の幅が広がるのは楽しかった。
262 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/12(金) 01:00:17.80 0
人に誘われるまま出かけるせいで以前よりも更に減った睡眠時間。
そんな日が続いていたらオーナーに表情が能面みたいと心配されてしまった。
何かを言い淀むオーナー。
しばらくの逡巡の後、パッと笑顔に切り替えた。
「接客中はもっと笑顔だよ。熊井ちゃんも」
桃子とうまくいってないのか他の悩み事なのか。
暗く沈んだ表情をよく見せるようになった熊井ちゃん。
以前なら聞けていたのに。
桃子との事を相談されたらと思うと冷静に聞くことなんてできそうもない。
自然と減る熊井ちゃんとの会話。
少しずつ溜まっていく妙な疲労感。
十二月の始め。
今回は当たりだからと連れていかれた飲み会。
紹介された男性は以前なら間違いなく付き合っていたと断言できそうな人。
もう、この人でいいかな。
どこか投げやりな気分。
連絡先を交換して何回か二人きりで会った。
悪くない人柄。
好みの容姿。
それでも告白されそうな空気になり気づけば逃げてしまっていた。
少し気まずい状態のままクリスマスになった。
それでも誘われたデート。
慣れているエスコート。
常に紳士的な対応。
もうこの人でいいや。
そう気持ちを決めていたのに。
最後に連れて行かれたイルミネーション。
この近辺では一番綺麗と言われてる場所。
それなのにいつものように感動できない。
それよりも目に入ったのは楽しそうに駆けてくる長身の女の子。
遠目でもわかるそれは熊井ちゃんで間違いない。
きっとすぐ近くにいるはずの桃子を探すように彷徨う視線。
そんな自分が嫌で殊更笑顔で隣の彼に話しかける。
もし気づかれて会話するようなことになったらどう対応すべきかわからない。
会いたくなくて腕を引き向かう方向を変えた。
それなのにさっと人混みに紛れる小柄な女の子の姿をとらえてしまった。
気のせいかもしれないけれど横顔は哀しそうに歪んでいた。
もも
思わず口から溢れた名前。
一瞬だったけれど間違えるはずがない。
隣の彼の事を忘れ桃子の消えた方に足を進めていた。
271 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/12(金) 06:29:55.52 0
「みや」
振り返るといつの間にかすぐ近くに立っていた熊井ちゃん。
「誰か探してるの?」
鋭い真剣な目つきの熊井ちゃん。
その目に我に帰る。
少し離れた位置で戸惑うように立ち尽くす彼。
全然諦められていない。
自分の行動に呆れる。
「知り合いに似た子がいた気がして」
「それって…」
言いかけた言葉を途中で切られひやりとする。
一度、俯き顔を上げた熊井ちゃんは相変わらず鋭い目。
「あそこにいるのみやの彼氏?」
「違う」
事実だけれど反射的に何の躊躇いもなく否定してしまった。
近づいてきていた彼にそれはしっかり聞こえていたらしい。
傷ついた表情の彼はすぐに笑顔を取り繕うと一言断りを入れて帰って行った。
気まずい空気。
「えっと…帰るね。またお店で」
そのまま帰ろうとしたのに腕を掴まれて止められた。
躊躇うように何度も口を開閉させる。
「…前、好きだって言ってた子の事は今でも好き?」
「諦めたよ」
諦めきれてないのに。
自嘲しながら即答した。
ストンと落ちた手。
「そっか。わかった。またね、みや」
返事を返す間も無く背を向け電話を掛ける熊井ちゃん。
その背に拒絶を感じた。
359 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/13(土) 21:13:02.37 0
クリスマスの夜、帰った頃に送られてきた丁寧なメール。
それに謝罪のメールを返してから彼とは連絡をとっていなかった。
もう本当に諦められるまでは無理に相手は探さない。
相手に申し訳ないし自分も疲弊するだけ。
千奈美に連絡してそれを伝えるとそっかとだけ。
後はたわいもないお喋りで電話は切れた。
さすがに年末の忙しい時期。
誰かに誘われることもなく忙しく仕事納めまで働き実家に帰った。
ダラダラと年末年始を実家で過ごし仕事始めの前日に家に戻った。
人の気配のない室内。
どこに行っているのか桃子の姿は無かった。
その日、桃子が帰ってきた様子はなかった。
また桃子の帰宅時間が遅くなっている。
頻繁になっていた新しい友人達の誘いを断り以前のように帰宅するようになって気づいた。
日によっては帰ってこない時も。
いつからかはわからないけれどまた乱れた生活になったのかと心配になる。
熊井ちゃんと付き合い始めて変わったはずの生活。
その熊井ちゃんの様子もおかしい。
それでも別れたわけではないのは指を見ればわかった。
クリスマスの日から気まずい空気。
なんとなく好きな人が桃子とバレたと思わせるようなあの会話。
あの会話が引っかかって声をかけづらい。
それでも心配になる程、挙動のおかしい熊井ちゃん。
何か知っているかとオーナーと二人きりの時に桃子と熊井ちゃんの事を聞いてもはっきりとした事は何も言わずはぐらかすような答え。
思春期だからとか若いよねとか心中複雑だろうからねぇとか。
要領を得ない解答。
苦笑いというか半笑いとも取れる表情。
また遊んでる?
オーナーの態度にそう疑ってしまう。
「またもも、女の人と…」
「違う違う、それはないから。それより雅ちゃんこそ夜遊びはもうやめたの?最近、あんまり疲れた顔してないけど」
360 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/13(土) 21:14:29.04 0
化粧でごまかせないくらいクマが酷かったしと。
マジマジと顔を近づけて見て来るオーナーに驚き一歩、後ろに下がった。
「…夜遊びって友人と少し遊んでただけですよ。確かに最近はすぐ帰ってますけど」
「少しね。何回も見かけたんだけどなぁ」
どこか含みのある言い方に首を傾げた。
「それにももちゃん帰ってこないって心配してイライラしてたし」
予想外の言葉に絶句する。
理由はどうであれ桃子が自分の事を気にかけてくれていた。
その事実にまた心動かされる。
「連日連夜日が変わるまで家に帰らないのは夜遊びだと思うけどなあ。もう成人してるからうるさく言う事じゃないんだけどヤケは良くないからね」
まあやめたみたいだからいいけどと近づいていた距離がぱっと離れる。
じゃあそれよろしくと納品された備品を指差すオーナー。
重量と大きさがそれなりにあるバレンタイン関連のそれら。
一人でどうにかするには骨が折れそうで助けを求めるようにオーナーを見る。
「まあ頑張って。ちょっと出て来るから」
本当にそのまま出て行ったオーナー。
呆然と出て行ったドアを見ているとひょこっと顔だけ出して言い忘れてたからと戻ってきた。
「ももちゃんにはお店に行けばいつでも会えるよ」
意味深にニヤッと笑って今度こそ本当に出て行ったオーナー。
恐らく最初の頃と同じようにあの狭い部屋に半ば住み着いているんだろうなと想像のつく発言に少しホッとした。
それと同時にモヤモヤしてしまう。
以前と少し違って店長さんのところに入り浸っているだけだろうに。
どうしても気になる桃子の事。
些細な事でもすぐに心揺さぶられる。
本当に諦める気があるのか。
自分で分からなくなる。
思わず出たため息。
目の前の備品が目に入りまた一つため息が出た。
361 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/13(土) 21:15:23.91 0
最初の頃と変わらない程に桃子の姿を見る事はない日々。
たまに見るのは出かける時の後ろ姿。
会話は一切なかった。
どうしても必要な時にひどく事務的なメールがくるだけ。
それでも相変わらずこちらの実家には手土産付きで顔を出しているらしく母親経由で聞く桃子の話。
二人きりの時たまにオーナーがもらす桃子の近況。
一応、同じ家に住んでいるはずなのに桃子の事を知る術はその二つしかない状態であっという間に時は過ぎた。
桃子の卒業式の数日前。
家に帰り着いたタイミングで桃子の親からかかってきた電話。
料金が気になるほどの長電話。
近況報告から始まって卒業式に出る事ができない嘆き。
その後に桃子の誕生日に合わせての一時帰国。
サプライズで店長さんのお店でお祝いをするらしく当日まで内緒にしてとお願いされて電話は終わった。
雅ちゃんも時間が合えば来てと言われた。
どうにか少しなら顔を出せる時間。
けれど曖昧にしか答えられなかった。
桃子の誕生日。
今日の愚かな行動の一因。
机の上に置いてあるラッピングされた小箱。
気づけば手にとって買っていたそれ。
無意識にラッピングまで頼んでいた。
渡せもしないプレゼント。
渡したところで受け取ってもらえそうにない。
引き出しの中にそっと仕舞った。
362 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/13(土) 21:16:22.00 0
桃子の誕生日当日。
休憩時間に今夜予定が空いてるかと茉麻からの連絡。
ちょっと飲もうとかそういうノリでは無さそうな深刻そうな声に迷わず行く事を承諾した。
行けそうにないとお断りの連絡に理由をつけることができてその意味においては都合が良かった。
仕事が終わり足早に茉麻の家に向かうと明るい声が響いて来て肩透かしを食らった。
中に入ると案の定いた千奈美。
二人の顔は深刻そうな事態とは無縁で。
あの深刻そうな声はなんだったのだろうとは思っても口には出さなかった。
あの頻繁に会っていた時期を思うと久しぶりな気がする三人での集まり。
下らない馬鹿話ばかり。
来た時には既に酔っていた千奈美は一時間が過ぎた頃に一足先に帰っていった。
このまま泊まるつもりで飲んでいたのだとばかり思っていたせいでその行動に驚いた。
いつもなら少なくとも駅までは千奈美を送って行く茉麻が玄関で見送っただけ。
それにもまた驚かされる。
「きょうなにかあるならかえろうか?」
千奈美にのせられて飲んでいたせいで少しぼおっとする程には酔いが回っていた。
「ないよ。ちょっとみやに話があるからちぃには早く帰ってもらった」
それでもそう言ったきり中々、口を開かない茉麻。
手持ち無沙汰に目の前のグラスに残ったお酒をチビチビ飲んでいく。
静かな室内に時計の針の音が響く。
お酒の影響か少しうとうとし始めた時、急に茉麻が動いた。
グラスに豪快にお酒を注いだと思ったらぐっと一気に飲み干した。
「熊井ちゃんがね」
367 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/13(土) 22:45:45.84 0
茉麻の言葉に耳を疑った。
「ごめん、いまなにっていった?」
「熊井ちゃん」
聞き間違いではなかった。
全く繋がりが見えない。
「しりあいなの?」
純然な疑問が口から出た。
「従姉妹と熊井ちゃんが友達でね。そこから熊井ちゃんと仲良くなって結構長い付き合いだよ」
また注がれたお酒。
それを一口含む。
その間が居心地を悪くさせる。
「だから今回の事は結構、色々知ってた」
思考が停止する。
茉麻の前から少し含みのある言動。
それを考えたら納得できる部分もあるけれど。
「ごめん、ちょっとよくわからない」
「みやをフったのが熊井ちゃんの恋人でみやの同居人の女子高生って知ってた」
淡々と返された答え。
「なんで?いつから?」
「ちぃは半分寝てたから聞いてなかったみたいだけどフられたってみやが来た日、色々ぽろぽろ言っちゃってたから」
色々と衝撃的過ぎて言葉を失くす。
「熊井ちゃんからは前々から話し聞いてたし、名前が珍名だから余計にね」
どこか夢のようで頭が靄がかったような感覚。
「それでみやここからが本題なんだけど起きてる?」
368 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/13(土) 22:46:29.59 0
心配そうな茉麻の声に頷く。
いまいち焦点の合わない視線を彷徨わせなんとか茉麻と目を合わせた。
「熊井ちゃん、今日別れたよ」
あまりに予想外。
喜ぶ気持ちなんて到底起きない。
浮かぶのは疑問ばかり。
「それで熊井ちゃんからみやに伝えてって」
みやなら大丈夫だよ
以前も言われた言葉。
あの時の熊井ちゃんの声が頭で勝手に再生される。
一層ぼやけ始めた視界にぐっと目を閉じる。
開けられなくなった目に情けなくなった。
肩に置かれた茉麻の手が今は痛かった。
そっとその手を払い立ち上がる。
ふらつく体は壁にぶつかったけれどそんな事は気にならなかった。
帰るからと玄関に行こうとするとぐっと力を入れられ止められる。
危ないからとタクシーを呼ばれた。
一緒にタクシーに乗り込んで来た茉麻。
会話はなく車内にはラジオの音だけが響く。
いつの間にか眠ってしまっていた。
茉麻の声が聞こえるけれど反応できない。
ぐっと体を持ち上げられるような感覚の後に冷たい風が頬を撫でた。
フラフラする足元。
途中からはほとんど歩いている感覚はなかった。
切り替わった空気の後、慣れた柔らかい感触に僅かにあった意識が急速に落ちていく。
そんな中、遠くで茉麻と桃子が会話しているような気がした。
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