まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

169名無し募集中。。。2019/03/06(水) 23:36:25.620

何かの音で、雅は目を覚ました。頭の中がぼうっとする。そのまま頭を動かそうとして、雅はソファに腰掛けたままの姿勢で寝ていたことに気が付いた。
上半身を起こすと肩からブランケットが滑り落ちた。
目の前のローテーブルにはレシートと領収書が散乱している。端に追いやられたノートパソコンは開きっぱなしだ。
雅は顔をしかめた。
昨夜から慣れないソフトと格闘していたのだった。結局わからないまま、半ば投げやりに寝てしまったのだ。
あまり夜更かししないようにと思っていたのに。
だって、今日は。

電子音が聞こえる。電子音というか、スマホゲーの効果音が。これは、最近誰かさんがはまっている落ちゲーの効果音だ。そう認識した途端「ぴよんぴよんぴよんぴよん」というアニメ声の連鎖ボイスが鳴り響く。
雅は顔を上げた。音のする方、ダイニングの椅子に腰掛けスマホを間近に覗き込んでいるモモの姿があった。
テーブルの上にはスケッチブックが広げられている。色ペンが散乱していた。
開かれたスケッチブックのページは、真っ白だ。

雅は立ち上がるとブランケットを傍らに放り、モモの横に立った。
「おはよう」
そう言うと、モモは画面に目を落としたまま「おはよーみーやん」と、言った。
壁に掛けられたカレンダーを見る。やっぱり、どう考えても今日なのだ。
雅は躊躇いながら、おずおずと口を開いた。

「あんま、うるさく言いたくないけど」
返事はない。
雅も本当は、こんなことは言いたくないのだ。言いたくないのだが。
「全然、手もつけてないように見えるけど」
「あー」
「え?やるよね」
「うーん」
「まさか、やらないとか言わないよね」
その時、スマホ画面でカラフルな星が飛び散り派手な効果音が鳴り響いた。雅は自らを宥めようとすぅっと息を吸う。
モモは満足げにゆっくり頷くと、スマホを置いて雅の方へ向き直った。
「みーやん」
「……なに」
「消費とは何なのか。と、最近ももは思う」
「え、それって、あの、エネルギーの話?」
「そうじゃなくて、即時的な快楽で無為に消費されていくものの話だよ」
「ん?何の話かな?」
モモは顎を上げ、目を細めた。
「許してにゃんの話」

171名無し募集中。。。2019/03/06(水) 23:39:28.800

「……あの、着いてけないんだけど」
「ついてけないじゃないよ」
モモが何を言っているのかわからない。雅は困惑し、眉間に皺を寄せた。
「だってそんな、そんな難しい話じゃなかったと思うし。そもそも」

そう。そもそもは、モモがメモの紙に残していた落書きであった。
両手を猫のように丸めて「許してにゃん♡」と言っているだけのツインテールの女の子の落書きだ。
それを見て雅は「可愛いじゃん」と、褒めた。
大層気を良くしたモモは「これLINEスタンプにして売ろうよ〜」という雅からの提案にほいほいと乗り、それから数日の間、取り憑かれたように許してにゃんを描いた。
果たして審査に通ったLINEスタンプは販売に至ったのだが、ここからは雅にも想定外だったこと。
許してにゃんはSNSを経て、なんと、バズったのだ。
「みーやん、目を閉じてみて。ほら。ネットワーク上に許してにゃんがいっぱいだよ♡」
その時モモはそう言って、うっとりと目を細めたものだった。
この奇跡を逃すまい、と、雅は間髪入れず許してにゃんビジネスに乗り出した。
セレクトショップ経営の傍ら、代理店と契約を交わし、キャラクターライセンスを利用したビジネス展開へと歩を進めた結果、グッズ販売は順調に軌道に乗り、企業コラボの話も舞い込んだ。
現在、地方自治体のポスターに使用するイラストの締切が迫っている。
そう。締切が、迫っているのだ。

「デザイン会社にラフ送るの今日だけど、まだ何も書いてないよね」
「うん」
モモは微動だにせず真顔のまま、口先だけでそう言うと、何故か好戦的な眼差しで雅を見つめた。
雅も負けじと見返す。ここで引くわけにはいかない。
「そんなの、許しません」
「許してにゃん♡」
両頬の横で指を曲げ、作り笑顔で小首を傾げるモモの胸ぐらを掴み、雅はぐっと顔を寄せた。

「言っとくけどポスターだけじゃないからね。スタンプの第5弾も描きかけのままだし
この間みやの店にお忍びで遊びに来た海外セレブに『YURU-NYANパーカーの新作はまだか』とかも言われてるのに」
モモは片手で雅の指を引き剥がすと、黙ったままテーブルの上に1枚の紙を差し出した。
「なにこれ」
「いいからこれをよく読んで、サインして」
それは上から下までびっしりと文字ばかりが書かれているプリントだった。
一番上に「著作物利用許諾契約書」と書いてある。

173名無し募集中。。。2019/03/06(水) 23:42:06.060

「ちょさくけん、りよう、ん?」
「許諾契約書」
「きょだくって」
「……希望聞いて許すってこと」
「ああ」と、雅は言った。
「代理店とも交わしてんでしょ」と、モモは片手に持ったプリントをぺらぺらと揺らした。
「ん、確かに。そうだね。ん。こんなの見たことある」
「見たって……読んでないの」
「あの、こーいうのは、二瓶に任せてるんで」
目の前に突き出されたプリントを押しやると、モモは手のひらでバンっとテーブルを叩いた。
「いいからちゃんと読む!」
その勢いに気圧されて、雅は引きつりながら紙に目を落とす。一応、落としてみた。
視線を当てもなく行き来させると、首の後ろがジリリと痺れる感覚があった。
「……うん。ごめ、もも読んで」
雅は一歩下がると、腕組みをして「聞くから」と言い添えた。

モモは雅を一瞥すると両手でプリントを掲げ、その契約書の文面を朗々と読み上げ始めた。
「嗣永桃子を甲、夏焼雅を乙とし、甲乙間において、下記の条件に従い、下記「許してにゃん」のキャラクター(以下「本件キャラクター」という)の絵の利用きょだくにかんしいかのとおりけいやくをていけつする。かっこキャラクターのりようきょだくかっことじ、だいいちじょう……」

雅は、小学校時代の朝礼を思い出していた。
そうだ、そう、あの時の校長先生も、話長かったんだよね〜。しかもなんかちょいちょい小難しい言葉使いたがるってやつ?
小学生相手なんだからさ、うんと簡単な言葉でいいわけ。っていうか、優しい言い方でわかるように言わなきゃ、誰も聞かないじゃん?ほんと、だーれも話聞いてなかったからね。あの時。
あれは校長先生が悪いと思うし、大人になってから考えたってうちら悪くなかったと思う。
それでも今こうして?じっと目を閉じて聞いてますよってポーズを取れるようになっただけ、みやも大人になったんだなーってちょっと今なんか、小さい感動もあるよね。
ああ、人って大人になるんだなあって。

「……んけいやくにもとづいてこうからきょだくされたけんりのぜんぶまたはいちぶをだいさんしゃにじょうともしくはてんかまたは……」

ももだってさ、そんな風につまんない読み方するの良くないと思う。もうちょっと強弱とかリズムとか工夫してくれたら、みやだって、時々相槌くらいは打ってあげれるのに。
にしてもあれだよね、長い。長いな〜。さっきから同じような言葉ばっかり繰り返してる気がするんだけど。
ん、ちょっと待って。まさか、まさかみやが目をつぶってるからって、何度も同じ行読んでたりしないよね。
雅は慌てて目を開けた。

176名無し募集中。。。2019/03/06(水) 23:45:49.380

「……以上のとおり合意が成立したので、これを証するため本契約書2通を作成し、甲乙各自が署名押印して各1通を保有する。平成31年3月6日」
モモはふーっと息を吐き、プリントから顔を上げた。目が合う。
「わかった?」
雅はよろめき、テーブルに手をついた。
永遠に続くかとも思われたこの苦行。今ようやくそれが終わったことを知り雅は安堵の息をつく。
もう、これで大丈夫。
オンナの話はただ聞いてやりさえすればいいのだ。それさえ終わればこっちのターンなんだ。
雅は努めて軽やかに、微笑みをつくった。
「えーと、署名捺印すればいいの?」
「そうだけど」
「わかったすればいいんだよね」
手を出すと、モモはビクッとして体を引いた。雅は紙の端をつまんでプリントを奪い取るとテーブルに置き、ペンを取った。

「え、待ってみーやん、ほんとに聞いた?」
「聞いたよ。全部聞いた」
言いながら、雅は手にした色ペンで2枚の紙にサインすると印鑑を取りに行き、速やかに署名の後ろにハンコを押した。
「はい。これでいいんでしょ。ももも書いて。早く」
時間がないのだ。雅は戸惑う様子のモモを急き立てサインさせる。
「ほんとにいいのね?」
そう言いながら、モモは色ペンでサインを入れると、はっとしたように顔を上げた。
「はんこがなかった」
「拇印でいんじゃね?」
雅が言うと、モモは「ああ」と、手にしていた色ペンで自ら親指の腹をぐりぐりと塗りつぶし、ぺたりと紙に押し付けた。

「あのさ、みーやん」
「これで契約成立ってことだよね」
「……そ、そう。だから」
「よし。だったら早く許してにゃんを描け」
「え?」
「描くんだ」
雅はモモの背中に回ると、後ろから手を伸ばし、モモに色ペンを握らせる。
モモは驚愕の眼差しで雅を振り返った。

「ちょっ……今契約書読んだじゃん!」
「そう。合意の上でお互い署名捺印したよね。きょだくの」
「許諾って、あの」
「みやの希望を聞いてそれを許す!」
「ちがっ」
「許してにゃん!」
雅はスケッチブックを強引に引き寄せ、ペンを握らせたモモの手をその上にどんっと置いた。
「やだ!」
「なんで嫌なの。今日が締め切りだってちゃんと言ったじゃん!」
「知らない!」
死んでも画用紙の上にペンを置くまいとばかり、ぷるぷると拳に力を入れて抵抗するモモに、雅の焦りはより一層膨らんだ。

ももをおめかしする時間だっているし、どうしても夕方になる前には描いてもらわないと
でないと、間に合わなくなる。
今夜は思い切り奮発してお店だって予約してんのに!

モモは首を振っている。
雅は構わず、握りつぶさんばかりの勢いで重ねた手に力を入れた。

143名無し募集中。。。2019/04/02(火) 01:56:51.970

何かの音で、雅は目を覚ました。頭の中がぼうっとする。
そのまま頭を動かそうとして、雅は床に突っ伏したままの姿勢で寝ていたことに気が付いた。
上半身を起こすと、頭のてっぺんから白い紙切れがぺらりと床に落ちた。拾い上げるとレシートだった。
見回せば、周りにレシートと領収書が散乱している。起き上がりながらすぐ横のローテーブルに手を置くとノートパソコンに触れ
雅は顔をしかめた。
昨夜から慣れないソフトと格闘していたのだった。結局わからないまま、半ば投げやりに寝てしまったのだ。しかしなぜ床で。
あまり夜更かししないようにと思っていたのに。
だって、今日は。

電子音が聞こえる。電子音というか、スマホゲーの効果音が。これは、最近誰かさんがはまっている落ちゲーの効果音だ。
そう認識した途端「ぴよんぴよんぴよんぴよん」というアニメ声の連鎖ボイスが鳴り響く。
雅は顔を上げた。音のする方、ダイニングの椅子に腰掛けスマホを間近に覗き込んでいるモモの姿があった。
テーブルの上はきれいに片付いており、真ん中に小さいフェイクグリーンが飾られている。
散らかっているのは雅の周辺だけだった。さっとレシート類をかき集めると雅はそれらをローテーブルの上に乗せた。

雅は立ち上がると肩についていたごみくずをつまみ取りながら、モモの横に立った。
「おはよう」
そう言うと、モモは画面に目を落としたまま「おはよーみーやん」と、言った。
壁に掛けられたカレンダーを見る。
雅は躊躇いながら、おずおずと口を開いた。

「あの、散らかしちゃったまま寝ててごめん」
「いやなんか、起きたらみーやんが床で寝てたからびっくりしたんだけど、何か意味があるのかなーって思って、ついそのまま」
「あ、いいの、自分で片すからいいんだけど。あの……」
「ん?」

「誕生日おめでとう」

その時、スマホ画面でカラフルな星が飛び散り派手な効果音が鳴り響いた。
モモは満足げにゆっくり頷くと、スマホを置いて雅の方へ向き直った。
「ありがとう」
満面の笑みだった。雅はホッと胸を撫で下ろした。

144名無し募集中。。。2019/04/02(火) 02:00:14.640

モモは取り戻した記憶について、ほとんど語ろうとしない。
誕生日を知ったのは、前年の当日だった。
急にケーキを買って帰ろうとごね出したモモが「今日誕生日なんだよ」と言った時、少し微妙な空気になったのは確かだ。
「そういう大事なことは早く言いなよ」と雅が言うと「そうだね」と俯いたモモの
自嘲気味な微笑みは少し寂しげだった。
モモには既に身寄りはなかったし、記念日が思い出に直結するだろうことを考えれば
雅にも、言わなかったモモの気持ちは理解できた。

でも、だったら、これから重ねる誕生日は盛大にお祝いして、楽しい思い出を積み上げて行こう。
そう雅は思ったし、だから今年は前もって、素敵なレストランだって予約したのだ。
なんなら朝から部屋を飾り付けしようかと思っていたくらいなのに
レシートと領収書にまみれて床で目覚めるなんて、こんな体たらくを晒すハメになったのは、それもこれも何もかも
確定申告のせいに他ならなかった。

無意識に雅はらしくもないため息をついていた。
「なんか大変そうだねぇ」
「そ……毎年やってんのにね。なんか今年は、いつもより大変で。なんでかわかんないけど」
「二瓶にやらせれば?小林でも、いやいっそ二人に任せるとか」
「でも、ある程度は自分でやんなきゃって思うし」
「見られたら困るものでもあるの」
「それは、ない。後ろめたいことも全然ないし見られても全然平気」
「じゃあ、やってもらったら?」

何かいつもより柔らかなモモの視線を受けて
せっかくの誕生日にこれ以上押し問答するのは時間がもったいないなどと思い直し
雅は「そうしようかな」と口にした。

モモは手にしていたスマホを裏返してテーブルに置くと、椅子を引いて立ち上がった。
立ったままの雅の前に来ると体をぶつけてくる。
見上げてくる視線に雅が瞬きすると、モモは目を細めた。
「ねえ、最近、バタバタしてたから、たまにはゆっくりしない?」
その言葉に気持ちをくすぐられ、唇の端で微笑んだ雅はモモの体を抱き、髪に顔を埋めた。
「なんか、こんな風にももが甘えてくるの久しぶり」
「そう?へぇ、そうだったかなあ」
言いながら、モモが脇腹をつまんできたので、雅はとっさに手をやり、その指を引っ張る。
それは間も無く指相撲になり、雅は片手にモモの体を抱いたままの不自然な格好で闇雲に親指を封じ込めようと躍起になる。
二人無言のまましばし格闘していると、部屋のチャイムが鳴った。
顔を上げたその隙に指を握り込まれた雅が思わず「ずるい!」と叫ぶと、モモは声を上げて笑った。

145名無し募集中。。。2019/04/02(火) 02:05:16.230

ドアを開けると、そこに立っていたのは須藤だった。
「ハロー。元気そうだね」
雅の驚きようを見て須藤は目を細めはにかんだ。
「え、いつ日本に」
「昨日着いたばっか。あー良かった。いてくれて」
「連絡してくれたらいいのに」
「驚かせようかと思って」
そう言いながら須藤は雅の背後を覗き込む。ニヤリと笑うと須藤は「もも!」と明るい声を上げ
「誕生日おめでとう」と続けた。
雅が振り返ると、満足げに笑みで応えるモモの姿があった。

「去年はカード送るだけになっちゃったから」
須藤はバッグのほかに大小のショッパーをいくつもぶら下げている。
「入って」と言い、雅がスリッパを出すと、須藤は「そんな長居はしないから」と言った。

仕事で海外を飛び回っているらしい。ということしか雅は知らない。
あの島を捨てて今、一体何の仕事をしているのか。
一度聞いてみたが「いろいろだよ」と返され、モモに聞いても「よくわからない」としか言わないので、それ以上深追いもしていない。
ほとんど連絡もないが、こうしてごく偶に須藤は部屋を訪ねてくる。
須藤の言う〈魔法使い〉であるモモと、今、恐らく端くれながらも〈魔法使い〉となった自分を時々偵察に来ているのかもしれない、と、雅は考えていた。
それと同時に、あの特別な体験を経て、須藤のことは大切な友人であるとも感じる。身内のような思いも抱いていた。

「日本には仕事で?」
「それもあるし、他にもこの後、清水ちゃんと約束があったりとか」
「あー、清水さん」
「覚えてる?」
「ハウスキーパーの面接の時と、あと、島から戻ったとき迎えに来てくれたから」
「あぁ、そうか。みやが帰る日のことは連絡してたからね」
話しながらリビングに戻ると、モモがポットのスイッチを入れていた。
「何飲む?まあさ」
「なんでも」
雅がダイニングの椅子に案内すると、須藤は荷物を奥の椅子に置き、テーブルの上にショッパーをひとつ置いた。
「まずこれはお土産。たいしたもんじゃないけど」
袋を覗き込むと、雅が以前好きだと言ったジャムの瓶が入っていた。
「もも、紅茶にして」
「はぁい」
「あ、今食べる?」
「うん。今食べたい」
雅がそう言うと、須藤は「良かった。喜んでもらえて」と言い、嬉しそうに笑った。

146名無し募集中。。。2019/04/02(火) 02:09:40.670

「なんかさ、あれだよねほんと、二人ともうまくやってるみたいでなにより」
並んで座る雅とモモの対面に座った須藤は、何か感慨深げに言った。
「うん」
「ま、なんとかおかげさまで」
「おさまるとこにおさまるもんだよねえ」

さっきから、モモは1枚のクラッカーにジャムを盛大に盛り付けていた。
こぼしそうで何気に見ていたそれを不意に目の前に差し出され、雅は狼狽えた。
「え、なに」
「なにって何。ほれ、あーん」
まるでこの場に須藤などいないかのように、じっと雅を見つめながらクラッカーを差し出すモモに
「そーいうのいいから」と、慌てて小声で言う。
「まあさの前でかっこつけることないじゃん」
「かっこつけるとかそういうんじゃなくて」
雅が横目で須藤を見ると、案の定、こちらを見ながら呆れたように口を半開きにしている。
「ほら、人に見せるもんじゃないじゃん」
「みーやんのためにたくさんのっけたんだよ」
鼻先にジャムが付きそうになって、雅は思い切り顔を引く。
「うん。ありがとう。あの、気持ちはすごく嬉しいんだけど」

須藤が手にしていたカップを置く音が響き、雅はハッとして顔を向けた。
「あっ、ごめんほんとあの」
「……もしかしてまぁ邪魔?まぁいない方がいい?やっぱ」
そう言いながら、須藤は頬杖をついて、二人を交互に見る。
「そんなことないよねもも!」
振り向くと、今度こそ待ち構えていたジャムがぺとりと上唇にくっつき、雅は仰け反った。
「あーもう、しょうがないなぁ」
モモが手にしていたクラッカーを皿に置き、雅のニットを掴んで顔を寄せてくる。
「ね、嘘でしょ」
「まあさ、あっち向いてて」
「見てない見てない」
雅は慌てて、モモの視線から逃れるように首を横に向け、急いで唇についたジャムを舐めた。
酸味のある甘い香りが舌先から広がる。
「ん。おいしい。大丈夫」
「違う、みーやん」
「え?」
「こっちにもついてる」
唇の端をモモの舌につつかれ、思わず喉からヘンな声が漏れる。
須藤の咳払いが聞こえて、我に返った雅の顔は熱くなった。

その一瞬、頭の中を何かが掠める。
ふと見ると、モモが探るような眼差しで見ていた。
雅が目をぐるりと動かすと、モモの視線が追ってくるのを感じる。
「何、してるの」
「ん?何も」
モモは雅からぱっと手を離すと、皿に残していたクラッカーを自分の口に頬張った。

147名無し募集中。。。2019/04/02(火) 02:13:15.820

「あ、そうそう、ももにバースデープレゼントが」
須藤が切り出すと、モモはパッと顔を輝かせた。
「ありがとうー。わざわざ向こうで買ってきてくれたの?」
「いや何にしようか迷ったまま、実はこっち来てから見つけたんだけどさ」
須藤は傍から大きいショッパーを手にすると、椅子から立ち上がり、モモに差し出した。
「はい。ハッピーバースデー♪」
「わぁーーありがとう」
モモは袋の中を覗き込み、中から大きなリボンのついたギフトバッグを取り出した。
「何だろう、開けていい?」
「もちろん」
大きなギフトバックは膨らんでいて、重くはなさそうだった。
モモがリボンを解いている間に、須藤は雅に向かって話し出した。

「なんかさ、これ、今めっちゃ流行ってるらしくて、すごく目立つところに置いてあって。
店員さんに聞いたら、今だけの限定バージョンの大きいやつで逃したら二度と買えないとか言われて」
「へー、そんな流行ってるって、なんだろ」
膨らみ方から、中に入っているのはぬいぐるみか何かだろうと、雅はあたりをつけた。
そんな今流行ってるぬいぐるみとかキャラクターって、あったっけ?

そう思って見ると、ギフトバッグの口を開いたまま、モモが固まっている。
「ももの好みだろうと思ったんだけど、どう?それ……何て言ったっけかな」
「もも、早く見せてよ」
「ありがとまあさ、ほんと嬉しい」早口で言ったモモがそのままギフトバッグの口を閉じようとするので
雅は咄嗟に手をかけようとして、抱えこもうとするモモと取り合いの格好になる。
「え?見せてくれないとかおかしくない?」
「これはまあさが私にくれたものなんだしみーやんが見なくてもいいじゃん」
「言ってる意味がわかんないんだけど」
その時、須藤が両手をぱんっ!と叩いた。
「思い出した。そのキャラの名前……許してにゃん!」

雅の脳髄に衝撃が走った。
一瞬、モモと目が合う。掴んでいた袋から手を離し、雅はその場にうずくまって頭を抱えた。
「みや!どうしたの」
慌てて駆け寄ってきた須藤の手が背中に触れる。雅は首を振った。
シナプスを光線が駆け巡るような感覚に雅はぎゅっと目をつぶった。ネットワークの繋ぎ目に次々と色が宿る。
なるほど。〈見えなく〉するってこういうことだったのか。

雅がバッと顔を上げると、椅子に座ったまま引きつったモモの顔がすぐ目に入った。
「みやの記憶は消さないでって言ったじゃん!」
モモの顔がぐにゃーっと歪んだ。
その顔を見据えたまま、雅は駆け上がってくる焦りのままに叫ぶ。

「今日は……ラフの締め切りだっつうの!」

148名無し募集中。。。2019/04/02(火) 02:17:06.890

奥の部屋に缶詰にされたモモは今、せっせと許してにゃんを描いていることだろう。
雅は入れ直したお茶を飲みながら、須藤と向かい合っていた。

「……なるほどねえ。そんなことまでできるようになってたとは」
「そもそも、自分で描き出したくせに、ここまで嫌がるとか意味わかんないし」
「この、契約書だけどさ」
須藤は、さっき雅から見せられた「著作物利用許諾契約書」に目を落とした。
「それも、どういう意味かわかんないんだけど」
「ああ。これ結局言ってることは、よく話し合いましょうねってこと」
「それだけ?」
「難しく書いてるけど、それだけ」

雅は紅茶のカップを両手に俯いた。
確かに、思いがけず売れたことにちょっと浮かれてももの言いたいことなど何も聞いていなかったかもしれない。
「けど、ビジネスはタイミングも大事だし」
「わかるよ」
YURU-NYANパーカーの新作を出すとこまでやったら、一息入れてもいいかも。と、雅は思った。



春が近くなったとはいえ、夜の街は、まだ風が冷たい。
手を繋いで大通りを行く。
「……ももが、嫌だって言う時は、これからはちょっとは話聞くようにする」
「ちょっと?」
「まあ、ちょっとはね」
「聞いてよみーやん」
「ん?」
「一過性の流行だろうって廃れる前に手広く稼ぐのもいいけどさ」
「うん」
「ももは忙しくなるし、みーやんも確定申告大変になるし、いいことないよ?」
横を通り過ぎて行く学生の集団から「やばい」と潜めた笑い声が聞こえた。
「やばくね?許してにゃんのコスプレかよ」
「リアルであの髪型してるのなんて初めて見た」
通りに出てからずっと、ツインテールにピンクのリボンを付けた二人は道行く人の注視の的だ。
「ばーか。最高にクールだっつうの」
雅が呟くと、隣のモモが鼻で笑う。
次の角を曲がったら、レストランの看板がすぐ見えるはずだ。

「ただ、これだけは言いたいんだけど……二度とみやの記憶に触らないで」
モモは首を振った。「しない。もうしない」
「よし」
「みーやん」
横を歩くモモはいつになく悄気返っていた。
「どした」
立ち止まると、モモが俯いたまま躊躇いがちに口を開く。
「みーやん……こんなももちをどうか……許してくださいっ」
「そこ言わんのんかい!」
雅は思わず突っ込んでいた。モモの誕生日、夜風が二人のツインテールをなびかせていた。

『魔法○女みやもも』お誕生日編 おわり

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

どなたでも編集できます