349名無し募集中。。。2018/02/21(水) 20:28:11.760
・・・
森の中はひどく穏やかだった。
空気が澄んで、木の隙間からは綺麗な星空と三日月が見える。
実のところ少々物怖じしていたミヤビだが、微かに虫の羽音が聞こえてくる程度で、動物や魔物の気配はこれっぽっちも感じなかった。
歩き始めてもう随分経った気がするが、暗がりでは懐中時計もよく見えない。
いくら歩き進めても人が住んでいるような様子は見受けられず、ミヤビは“迷いの森”の意味を実感し始めていた。
一本道をただひたすらに歩いてきたが、振り返ってみても辿ってきた道の奥は闇に包まれている。今更引き返したところで元の場所には戻れないという現実に怖気付きそうになり、ミヤビは心に喝を入れた。
しばらく砂利道を歩き進めていると遠くでガサっという物音がしたのをミヤビの耳が拾った。
動物のものと思われるその足音は次第に大きくなってきて、ミヤビは身震いした。
恐怖で身体が硬直して動かない。
思わず目を瞑るとその足音はミヤビの目の前で止まった。
襲われる……!!!
───ようやく村を抜け出せたというのにこんなところで簡単に終わってしまうのか。
恐る恐る目を開けると、そこに立っていたものを見るなりミヤビは目を丸くした。
350名無し募集中。。。2018/02/21(水) 20:32:50.220
ミヤビの前に立っていたのは真っ白くて大きな天馬と、それに跨った女性だった。
背の高いその女性は、深い緑色の外套を羽織り、焦げ茶色の長い髪の毛を後ろで一つに束ねている。
生まれて初めて見る天馬にミヤビは気後れしたが、それもほんの僅かなことだった。
「えっ、ユリナ…… ユリナだよね?」
「えーっと、……クマイです」
「だからユリナでしょ?クマイってユリナの名字だよね?」
ユリナは天馬から降りると、「いきなりですが、ここでクエスチョン!」と声を張り上げた。
「く、くえすちょん?」
「ある日、ていうか今日なんだけど。あなたは森の中でクマィさんに出会いました! しかも花咲く森の道で!」
ユリナは捲し立てるように早口で言った。
「いや、花咲いてないけど」
「あっそれは夜なんで。それで、クマィさんはこの後、なんて言うでしょうか?」
「はっ?」
「だから、クエスチョン。答えて?」
ユリナが目で早くしてと訴えている。
「答えたら、こっちの話も聞いてくれる?」
「まぁ、いいでしょう」
「答えは『お嬢さん、お逃げなさい』でしょ? 知ってるよだって昔みんなで歌っ」
「正解! エンジョーイ!!」
ユリナはそう叫ぶとくるりと向きを変え、天馬を連れて歩き始めた。
「えっ。ちょっと待って。どこ行くの!?」
その後、ミヤビが何を話しかけてもユリナは「スタコラサッサッサのサ」としか言わないのだった。
351名無し募集中。。。2018/02/21(水) 20:39:42.870
ユリナは随分と身長が伸びていて、手足もすらりと長かった。そのせいかユリナは一歩一歩が大きい。ちょっと気を抜くとあっという間に差が開いてしまう。
それでもユリナは時々ミヤビが付いてきているか振り返っては確認をしていた。天馬に乗って飛んでいってしまわないのは、ミヤビを森の中へ案内しようとしているのだろう。
大股で歩くユリナの後を必死で追いかけること数時間、辿り着いたのは、大きな丸太小屋だった。
丸太小屋の隣の牧地には天馬と牛が数頭ずつ飼われている。
小屋の側には看板が立てられているが、汚れていて文字が読めなかった。
あの深い森の奥にこんな場所があるなんて、とミヤビは思った。
気がつくといつのまにか夜は明けており、森の中には朝日が差し込んでいた。空には虹がかかっている。
「雨が降ったわけでもないのに、虹……」
ミヤビが独り言のようにぽつりと零すとユリナが反応した。
「それは、揃ったからだね」
「揃ったって?」
ユリナはあっと声を漏らすと「この子に朝ごはんをあげなくちゃ」と言い残し、天馬を引きながら森の奥へと消えてしまった。
・・・
丸太小屋の前には綺麗に手入れされた庭があった。植え込みの花には蜜を求める蝶や蜜蜂の姿がある。
急に疲れが押し寄せてきて、ミヤビは庭の中央にある背もたれに北斗七星が象られた木製の長椅子にごろりと寝転がった。
足が棒のようだ。あんなに歩いたのは生まれて初めてかもしれない。
それにしても良い天気だ。雲一つない晴天を見たのはいつぶりだろうか。思い返せば、村は雰囲気だけでなく天気すらも毎日重苦しかった。
その時、ミヤビは漸く自分が村を抜け出してきたということを思い出したのだった。それほどユリナを追いかけるのに必死だった。
アイリは無事に家に戻れたのだろうか。
懐中時計の針は6時10分を指していた。そろそろミヤビが部屋にいないことに気付く頃だろう。村は大騒ぎになるに違いない。
願うのはレイナとアイリに足がつかないことだった。
ミヤビを追って村人が迷いの森へ入ってくることはないと考えていた。実際の森の中は恐れていたよりは穏やかで、襲われるような雰囲気もなかった。
命の心配はないだろうと悟ると、安心したのか猛烈な眠気がミヤビを襲った。
疲労と陽のあたたかさはミヤビを眠りの世界へと誘うのに十分だった。
・・・
森の中はひどく穏やかだった。
空気が澄んで、木の隙間からは綺麗な星空と三日月が見える。
実のところ少々物怖じしていたミヤビだが、微かに虫の羽音が聞こえてくる程度で、動物や魔物の気配はこれっぽっちも感じなかった。
歩き始めてもう随分経った気がするが、暗がりでは懐中時計もよく見えない。
いくら歩き進めても人が住んでいるような様子は見受けられず、ミヤビは“迷いの森”の意味を実感し始めていた。
一本道をただひたすらに歩いてきたが、振り返ってみても辿ってきた道の奥は闇に包まれている。今更引き返したところで元の場所には戻れないという現実に怖気付きそうになり、ミヤビは心に喝を入れた。
しばらく砂利道を歩き進めていると遠くでガサっという物音がしたのをミヤビの耳が拾った。
動物のものと思われるその足音は次第に大きくなってきて、ミヤビは身震いした。
恐怖で身体が硬直して動かない。
思わず目を瞑るとその足音はミヤビの目の前で止まった。
襲われる……!!!
───ようやく村を抜け出せたというのにこんなところで簡単に終わってしまうのか。
恐る恐る目を開けると、そこに立っていたものを見るなりミヤビは目を丸くした。
350名無し募集中。。。2018/02/21(水) 20:32:50.220
ミヤビの前に立っていたのは真っ白くて大きな天馬と、それに跨った女性だった。
背の高いその女性は、深い緑色の外套を羽織り、焦げ茶色の長い髪の毛を後ろで一つに束ねている。
生まれて初めて見る天馬にミヤビは気後れしたが、それもほんの僅かなことだった。
「えっ、ユリナ…… ユリナだよね?」
「えーっと、……クマイです」
「だからユリナでしょ?クマイってユリナの名字だよね?」
ユリナは天馬から降りると、「いきなりですが、ここでクエスチョン!」と声を張り上げた。
「く、くえすちょん?」
「ある日、ていうか今日なんだけど。あなたは森の中でクマィさんに出会いました! しかも花咲く森の道で!」
ユリナは捲し立てるように早口で言った。
「いや、花咲いてないけど」
「あっそれは夜なんで。それで、クマィさんはこの後、なんて言うでしょうか?」
「はっ?」
「だから、クエスチョン。答えて?」
ユリナが目で早くしてと訴えている。
「答えたら、こっちの話も聞いてくれる?」
「まぁ、いいでしょう」
「答えは『お嬢さん、お逃げなさい』でしょ? 知ってるよだって昔みんなで歌っ」
「正解! エンジョーイ!!」
ユリナはそう叫ぶとくるりと向きを変え、天馬を連れて歩き始めた。
「えっ。ちょっと待って。どこ行くの!?」
その後、ミヤビが何を話しかけてもユリナは「スタコラサッサッサのサ」としか言わないのだった。
351名無し募集中。。。2018/02/21(水) 20:39:42.870
ユリナは随分と身長が伸びていて、手足もすらりと長かった。そのせいかユリナは一歩一歩が大きい。ちょっと気を抜くとあっという間に差が開いてしまう。
それでもユリナは時々ミヤビが付いてきているか振り返っては確認をしていた。天馬に乗って飛んでいってしまわないのは、ミヤビを森の中へ案内しようとしているのだろう。
大股で歩くユリナの後を必死で追いかけること数時間、辿り着いたのは、大きな丸太小屋だった。
丸太小屋の隣の牧地には天馬と牛が数頭ずつ飼われている。
小屋の側には看板が立てられているが、汚れていて文字が読めなかった。
あの深い森の奥にこんな場所があるなんて、とミヤビは思った。
気がつくといつのまにか夜は明けており、森の中には朝日が差し込んでいた。空には虹がかかっている。
「雨が降ったわけでもないのに、虹……」
ミヤビが独り言のようにぽつりと零すとユリナが反応した。
「それは、揃ったからだね」
「揃ったって?」
ユリナはあっと声を漏らすと「この子に朝ごはんをあげなくちゃ」と言い残し、天馬を引きながら森の奥へと消えてしまった。
・・・
丸太小屋の前には綺麗に手入れされた庭があった。植え込みの花には蜜を求める蝶や蜜蜂の姿がある。
急に疲れが押し寄せてきて、ミヤビは庭の中央にある背もたれに北斗七星が象られた木製の長椅子にごろりと寝転がった。
足が棒のようだ。あんなに歩いたのは生まれて初めてかもしれない。
それにしても良い天気だ。雲一つない晴天を見たのはいつぶりだろうか。思い返せば、村は雰囲気だけでなく天気すらも毎日重苦しかった。
その時、ミヤビは漸く自分が村を抜け出してきたということを思い出したのだった。それほどユリナを追いかけるのに必死だった。
アイリは無事に家に戻れたのだろうか。
懐中時計の針は6時10分を指していた。そろそろミヤビが部屋にいないことに気付く頃だろう。村は大騒ぎになるに違いない。
願うのはレイナとアイリに足がつかないことだった。
ミヤビを追って村人が迷いの森へ入ってくることはないと考えていた。実際の森の中は恐れていたよりは穏やかで、襲われるような雰囲気もなかった。
命の心配はないだろうと悟ると、安心したのか猛烈な眠気がミヤビを襲った。
疲労と陽のあたたかさはミヤビを眠りの世界へと誘うのに十分だった。
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