最終更新:ID:UynAowr9aQ 2017年05月29日(月) 17:18:01履歴
290 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/28(日) 03:16:46.82 0
0521
くあ、とあくびをした気配があって、雅はちらりと視線を移した。
顎がはずれそうなほど大きく開かれた桃子の口が目に入り、思わずそれを手で覆う。
ふご、と聞こえた間抜けな声にくすりと笑うと、少し拗ねたような瞳がこちらに向けられた。
「びっくりするじゃん」
「アイドルが大口開けないの」
それはそうだけどさあ、と言いながら尖る桃子の唇の形に目を奪われる。
不意に、懐かしさが波のように打ち寄せてきた。
いつかのステージ上で、舞台裏で、ホテルの一室で、楽屋で。
お互い十分に年を重ねたくせに、変わらない横顔。
「ニヤニヤしちゃってどうしたの?」
「んー。なんでも、ない」
「うそだぁ。絶対、うそ」
なんで笑ってるの、と尚も問い詰めてくる桃子がおかしくて。
堪えきれずに笑いを漏らすと、さらに桃子の唇は突き出された。
そこに触れたらどうなるのか、雅は今でも答えを見つけられないままでいる。
「てかさ。もも、おつかれ?」
「そうでもないと思うんだけどなあ」
これ以上くだらないことを考える前に、くるりと舵を切った。
「でもカントリーもあるし、Buono!のリハもあるじゃん?」
「それは……疲れたうちに入んないよ」
口ではどうとでも言えるけれど、本当のところはどうだろう。
心なしか増えた桃子のまばたきが目について、直感が背中を押した。
「ホントに?」
「嘘つく必要ある?」
「だってさっき。あくびしてた」
しかもあの桃子が、口を覆うことさえ忘れて。
普通に考えれば、誰もが疲れていると形容すると思った。
291 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/28(日) 03:18:27.51 0
「し、してないってば。あれは、呼吸っていうの? ほら、息をちょっと大きめに吐いただけ、みたいな」
懸命に組み立てられる桃子の主張。
一応、耳を傾けてはみたが、どうやっても言い訳にしか聞こえない。
「……苦しすぎでしょ」
「やっぱり?」
「いいから、ちょっと寝な」
リハーサルが始まるまでは、まだ十分に時間がある。
別に申し合わせたわけでもないのに、早めに来たら桃子がスタジオにいた。
それはもしかしたら、桃子の昼寝につきあうためだったのかもしれない。
……なんて、ご都合主義もいいところ。
「うぅん、でも」
「オージョーギワが悪い」
「おー、みやびちゃんてばよく知ってたね、そんな言葉」
「っさい、寝ろ」
未だに渋る桃子の頭をぐいと引き寄せて、肩に乗せた。
頬に触れるふわりとした髪がくすぐったくて、ぐっと顔を逸らす。
「ねーえ、みやびちゃんの肩カリカリなんだけど」
「そりゃここだけ華奢だからーって、言わせんなし」
文句とも感想ともつかない言葉。
嫌なのだろうかと肩をずらそうとすれば、桃子の体重はそっくりついてきた。
どうやら、不満があるわけではないらしい。
その上、猫や犬がするように頬をすり寄せてくるのだから、たまったものではない。
「何がしたいの?」
「んーん、別にぃ」
「……あっそ」
言葉とは裏腹に、心地よいところを探すように桃子が身動ぐ。
その度に、ざぷんさぷんと感情が波打った。
しばらく待ってみたが、どうにも落ち着かないらしい。
堪え切れなくなって、膝の上へと桃子の頭を押しつける。
いきなりのことに、きゃっ、と小さく可愛らしい悲鳴が上がるのが聞こえた。
293 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/28(日) 03:20:01.63 0
「なぁに? そんなにももちに膝枕したいのぉ?」
「今ならしてやんないこともない」
「へっ?」
からかうようにニヤついていた表情が、一瞬にして固まる。
丸く見開かれた瞳に、桃子が心底驚いていることが伝わってきた。
柄にもないことを言っているのは、痛いほど自覚している。
顔に集まる熱を気取られたくなくて、両手で桃子の視界を塞いだ。
「ちょっ、もう強引」
「文句言うな」
「ツンデレみやびちゃんはどこに行っちゃったの?」
「最初から、そんなにツンデレじゃないし」
「そうかなあ」
ブツブツ言いながら、もぞりと桃子が体勢を整える。
ようやく収まりの良い場所が見つかったのか、きゅっとその体が丸まった。
かと思えば、ぽつりと桃子が口を開く。
「床って、冷たいよね」
「そりゃ、フローリングだし」
「それに、硬いね」
「そりゃ、木だし」
ひょっこりと眉を持ち上げて、桃子は横目でこちらを見つめてきた。
言いたいことは察しがついたが、簡単に察してやるほどお人好しでもない。
そのつもりだったのだけれど。
「あーもう!」
あからさまなあざとさに、自分が負ける日が来るとは思わなかった。
桃子を丁寧に床へ下ろし、少し離れた場所にあった桃子のブランケットを迎えに行く。
ついでに自分のタオルも手に取って戻ると、桃子が鼻の下を伸ばして待っていた。
「これ敷けば」
「へへ、ありがとぉ」
桃子はいそいそとお気に入りのブランケットに包まると、ワクワクとした視線を雅に向けてきた。
それに素直に応えてやる自分と、その反応を最初から期待している桃子と。
勝手に漏れたため息は、きっと両方に向けられたもの。
「ほら、大人しくしてな」
「うふふーみやびちゃんの太ももー」
「……きも」
少しだけはだけていた足首を、桃子の熱が掠めた。
たったそれだけで声を上げそうになって、咄嗟にそんな悪態が口をつく。
「あー、ひどぉい」
「本当のことでしょ。つーか、さっさと寝ろ」
持っていたタオルを頭にかけてやると、桃子はようやく静かになった。
295 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/28(日) 03:21:11.68 0
うとうとと漕ぎかけていた船は、誰かの話し声で陸地に打ち上げられた。
ぼんやりとした脳内でリプレイされる、数分前の出来事。
耳に届いたドアノブの音にやばいと本能が告げ、雅ははっと顔を上げた。
「お疲れさ、ま……」
です、という語尾が弱々しく漂って消えていく。
お休みですか、と視線だけで問う梨沙に、雅はゆっくりと頷いた。
それだけで察してくれるのだから、やはりよくできた後輩だと感心するばかり。
ももち先輩がお昼寝中であるという事実は、瞬く間に申し送られたようだった。
梨沙に続く他の後輩たちは、それはそれは静かに部屋に入ってきた。
「リハまで、ちょっと静かにしてもらってもいい?」
「もちろんです」
ほとんど息だけの会話を梨沙と交わし、ごめんね、とウインク。
後輩たちはいつものことといった様子で、黙々と自分たちの準備を開始していた。
なんだかんだで、後輩たちにもそれなりに甘えられてはいるのだろうか。
だとすれば、安心だ。
そのはずなのに、暗雲が垂れ込める空を見上げた時のように、わけもなく胸がざわついた。
タオル越しに、桃子の頭に手を乗せていたのは無意識だった。
そのまま、すうっと頭の曲線をたどるように撫で下ろす。
ちら、ちら、と後輩たちの視線を感じたような気がしたのは、自意識過剰だろうか。
この先、雅が知っていることよりも、知らないことの方が多くなる。
二人で共有した時間より、そうでない時間の方が長くなる。
いずれ、必ず訪れる未来の一片を突きつけられたようだった。
桃子ともう同じステージに立てないという実感に、体の末端が一気に温度を失っていく。
無駄な抵抗だと知っていても、雅は撫でる手を止められなかった。
ちょっと続く
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くあ、とあくびをした気配があって、雅はちらりと視線を移した。
顎がはずれそうなほど大きく開かれた桃子の口が目に入り、思わずそれを手で覆う。
ふご、と聞こえた間抜けな声にくすりと笑うと、少し拗ねたような瞳がこちらに向けられた。
「びっくりするじゃん」
「アイドルが大口開けないの」
それはそうだけどさあ、と言いながら尖る桃子の唇の形に目を奪われる。
不意に、懐かしさが波のように打ち寄せてきた。
いつかのステージ上で、舞台裏で、ホテルの一室で、楽屋で。
お互い十分に年を重ねたくせに、変わらない横顔。
「ニヤニヤしちゃってどうしたの?」
「んー。なんでも、ない」
「うそだぁ。絶対、うそ」
なんで笑ってるの、と尚も問い詰めてくる桃子がおかしくて。
堪えきれずに笑いを漏らすと、さらに桃子の唇は突き出された。
そこに触れたらどうなるのか、雅は今でも答えを見つけられないままでいる。
「てかさ。もも、おつかれ?」
「そうでもないと思うんだけどなあ」
これ以上くだらないことを考える前に、くるりと舵を切った。
「でもカントリーもあるし、Buono!のリハもあるじゃん?」
「それは……疲れたうちに入んないよ」
口ではどうとでも言えるけれど、本当のところはどうだろう。
心なしか増えた桃子のまばたきが目について、直感が背中を押した。
「ホントに?」
「嘘つく必要ある?」
「だってさっき。あくびしてた」
しかもあの桃子が、口を覆うことさえ忘れて。
普通に考えれば、誰もが疲れていると形容すると思った。
291 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/28(日) 03:18:27.51 0
「し、してないってば。あれは、呼吸っていうの? ほら、息をちょっと大きめに吐いただけ、みたいな」
懸命に組み立てられる桃子の主張。
一応、耳を傾けてはみたが、どうやっても言い訳にしか聞こえない。
「……苦しすぎでしょ」
「やっぱり?」
「いいから、ちょっと寝な」
リハーサルが始まるまでは、まだ十分に時間がある。
別に申し合わせたわけでもないのに、早めに来たら桃子がスタジオにいた。
それはもしかしたら、桃子の昼寝につきあうためだったのかもしれない。
……なんて、ご都合主義もいいところ。
「うぅん、でも」
「オージョーギワが悪い」
「おー、みやびちゃんてばよく知ってたね、そんな言葉」
「っさい、寝ろ」
未だに渋る桃子の頭をぐいと引き寄せて、肩に乗せた。
頬に触れるふわりとした髪がくすぐったくて、ぐっと顔を逸らす。
「ねーえ、みやびちゃんの肩カリカリなんだけど」
「そりゃここだけ華奢だからーって、言わせんなし」
文句とも感想ともつかない言葉。
嫌なのだろうかと肩をずらそうとすれば、桃子の体重はそっくりついてきた。
どうやら、不満があるわけではないらしい。
その上、猫や犬がするように頬をすり寄せてくるのだから、たまったものではない。
「何がしたいの?」
「んーん、別にぃ」
「……あっそ」
言葉とは裏腹に、心地よいところを探すように桃子が身動ぐ。
その度に、ざぷんさぷんと感情が波打った。
しばらく待ってみたが、どうにも落ち着かないらしい。
堪え切れなくなって、膝の上へと桃子の頭を押しつける。
いきなりのことに、きゃっ、と小さく可愛らしい悲鳴が上がるのが聞こえた。
293 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/28(日) 03:20:01.63 0
「なぁに? そんなにももちに膝枕したいのぉ?」
「今ならしてやんないこともない」
「へっ?」
からかうようにニヤついていた表情が、一瞬にして固まる。
丸く見開かれた瞳に、桃子が心底驚いていることが伝わってきた。
柄にもないことを言っているのは、痛いほど自覚している。
顔に集まる熱を気取られたくなくて、両手で桃子の視界を塞いだ。
「ちょっ、もう強引」
「文句言うな」
「ツンデレみやびちゃんはどこに行っちゃったの?」
「最初から、そんなにツンデレじゃないし」
「そうかなあ」
ブツブツ言いながら、もぞりと桃子が体勢を整える。
ようやく収まりの良い場所が見つかったのか、きゅっとその体が丸まった。
かと思えば、ぽつりと桃子が口を開く。
「床って、冷たいよね」
「そりゃ、フローリングだし」
「それに、硬いね」
「そりゃ、木だし」
ひょっこりと眉を持ち上げて、桃子は横目でこちらを見つめてきた。
言いたいことは察しがついたが、簡単に察してやるほどお人好しでもない。
そのつもりだったのだけれど。
「あーもう!」
あからさまなあざとさに、自分が負ける日が来るとは思わなかった。
桃子を丁寧に床へ下ろし、少し離れた場所にあった桃子のブランケットを迎えに行く。
ついでに自分のタオルも手に取って戻ると、桃子が鼻の下を伸ばして待っていた。
「これ敷けば」
「へへ、ありがとぉ」
桃子はいそいそとお気に入りのブランケットに包まると、ワクワクとした視線を雅に向けてきた。
それに素直に応えてやる自分と、その反応を最初から期待している桃子と。
勝手に漏れたため息は、きっと両方に向けられたもの。
「ほら、大人しくしてな」
「うふふーみやびちゃんの太ももー」
「……きも」
少しだけはだけていた足首を、桃子の熱が掠めた。
たったそれだけで声を上げそうになって、咄嗟にそんな悪態が口をつく。
「あー、ひどぉい」
「本当のことでしょ。つーか、さっさと寝ろ」
持っていたタオルを頭にかけてやると、桃子はようやく静かになった。
295 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/28(日) 03:21:11.68 0
うとうとと漕ぎかけていた船は、誰かの話し声で陸地に打ち上げられた。
ぼんやりとした脳内でリプレイされる、数分前の出来事。
耳に届いたドアノブの音にやばいと本能が告げ、雅ははっと顔を上げた。
「お疲れさ、ま……」
です、という語尾が弱々しく漂って消えていく。
お休みですか、と視線だけで問う梨沙に、雅はゆっくりと頷いた。
それだけで察してくれるのだから、やはりよくできた後輩だと感心するばかり。
ももち先輩がお昼寝中であるという事実は、瞬く間に申し送られたようだった。
梨沙に続く他の後輩たちは、それはそれは静かに部屋に入ってきた。
「リハまで、ちょっと静かにしてもらってもいい?」
「もちろんです」
ほとんど息だけの会話を梨沙と交わし、ごめんね、とウインク。
後輩たちはいつものことといった様子で、黙々と自分たちの準備を開始していた。
なんだかんだで、後輩たちにもそれなりに甘えられてはいるのだろうか。
だとすれば、安心だ。
そのはずなのに、暗雲が垂れ込める空を見上げた時のように、わけもなく胸がざわついた。
タオル越しに、桃子の頭に手を乗せていたのは無意識だった。
そのまま、すうっと頭の曲線をたどるように撫で下ろす。
ちら、ちら、と後輩たちの視線を感じたような気がしたのは、自意識過剰だろうか。
この先、雅が知っていることよりも、知らないことの方が多くなる。
二人で共有した時間より、そうでない時間の方が長くなる。
いずれ、必ず訪れる未来の一片を突きつけられたようだった。
桃子ともう同じステージに立てないという実感に、体の末端が一気に温度を失っていく。
無駄な抵抗だと知っていても、雅は撫でる手を止められなかった。
ちょっと続く
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