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[SSメモ] xx 2012/09

アイドルが皆妖怪・モンスターという設定で、純愛Pとコラボしたシリーズの
第二弾となる千早編(セイレーン)です。

前作(というか関連作):「亜美真美バイト」

  • 以下本編-

物静かで華奢な外見の少女だが、今や超多忙な売れっ子にして実力派シンガーとも
歌姫とも呼ばれるようになったトップアイドル。
だがその正体は、身の内にセイレーンなる魔性を宿した人外の存在である。
ひとたびその本性を顕現すれば、猛々しい群青の翼が背中から拡がり
鱗に覆われた下肢の先には猛禽類の鉤爪が禍々しく光る。
本来セイレーンはその歌声で人を惑わし破滅に導くといわれているが
千早の歌は人々を魅了こそすれ、その先に不幸は存在し得ない。
魔性と相反するその力を彼女が獲得できた理由は明らかでないが
その歌に込められたのが千早の真摯な願いであったとしたら
そこには途方も無く膨大なエネルギーが秘められていたのであろう。
魔性の理(ことわり)すらひっくり返してしまうくらいに。



空の彼方に現れた群青の点は瞬く間に猛禽の姿を現した。
拡げた翼で大気を切り裂くように滑空しながら、ビルの屋上に沿って旋回を始める。
やがて着地点を見定めると、大きく羽ばたいた後、ふわりと屋上に舞い降りた。
翼を畳むと人の姿に見えなくもないが、鱗状の下肢にある鋭い鉤爪を見れば
それが人外の魔物以外の何者でもないことがよくわかる。
だが猛禽の姿が滲むように霞んだあと、そこに現れたのは肌も露な少女と、
その腕に抱きかかえられた一人の男性だった。

「んっふっふー、おかえり〜千早お姉ちゃん」
「今日も大空でラブラブデートなんてうらやましい」
「こら、亜美と真美! お前らまたレッスンさぼってたろ」
「違うよぉ! ちょっと、その……休憩してただけだよぉ」
「本当かしら、亜美、真美?」
「ううぅ……だってうちらの兄ちゃん、チョー厳しいんだもん」
「そうなの? でもサボりはだめよ」
「わかってるよ。それよりさー、千早お姉ちゃん空の上でナニしてたの?」
「何って、空の上だと思い切り声出せるから、レッスンを……」
「どうやら千早お姉ちゃんは真美たちの地獄耳を知らないみたいだね」
「うんうん、あんな声出すなんて大人のレッスンですなぁ……ウププ」
「ちょっと二人とも、へ、変なこと言わないで。そろそろ怒るわよ?」
「うわうわー、千早お姉ちゃん怒りモード突入寸前だよ」
「ダッシュで逃げるよ亜美!」


「ちっちゃいドラキュラちゃんたちも可愛いけど、この姿の千早も可愛いぞ」
男は少女を背後から抱きかかえると、可愛らしい膨らみを手のひらで包む。
「やっ、ダメです、こんなところで……さっきしたばかりじゃないですか」
「俺まだいってないもん、いいだろ続きってことで」
「やだ、ちょっと、あっ…いやぁ、誰か来たら……」
「もうみんな知っているよ。それに千早だってまだこんなに……」
「あぁっ…そこまだ敏感な、んっ、ふぁ……」

不埒な男を振り払おうと猛禽の爪を表しかけた手が、弱点を攻められて垂れ下がる。
男は彼女を抱えて屋上の隅にあるベンチに運ぶと、膝の上に乗せ無造作に貫いた。
空の上では主導権を離さない彼女も、人の姿では男の為すがままだった。
まだ十分に潤ったままの女の内部では、交わりの刺激で粘液が再びわき始め
逞しい男根に蹂躙されるたび、結合部から零れて床にポタポタと落ちていく。
千早は固く目を閉じ、強引な愛撫による快感にその身を委ねながら、
同じように乱暴なほど強引だった初めてのことを思い返している。
やがて夕闇に染まり始めた空を背景に、千早は何度目かの頂点にかけあがると
男に強く抱きつきながら、ぐったりと体をもたれかけていった。



ジョギングや犬の散歩をする人が行きかう夕暮れの河川敷。
生い茂る雑草で薄暗い川岸近く、一人の少女が川面に向かって声を張っている。
やがて声がメロディとなってからしばらく後、彼女は不意に口を閉ざした。
振り返った茂みの陰から人影が一つ姿を現した。

「随分と半端な力と思ったらまだお子様か……」
「いきなり失礼なことを……邪魔しないでもらえませんか」
「悪い悪い、俺はただ物の怪を見物に来ただけさ」
「……なるほど。そういうことなら遠慮は無用ですね」
少女が発した音なき声による衝撃波を、男は体をひねって軽くかわした。

「いきなり攻撃はいいけどそれも中途半端だな。遠慮無用じゃなかったのか?」
「くっ……」
少女は歯を噛み締めると、もう一度同じように口を開く。
だが男は避けようともせず、今度は手のひらで衝撃波を弾き返す。

「それでも“サイレンの魔女”の末裔か?」
嘲笑に顔を歪めた少女は大きく跳躍して男に蹴りを放とうとしたが
軽くかわされて背後を取られると、後ろ手を封じられ動きを止めた。

「セイレーンなら何故歌わない、そのための練習だったんだろ?」
「うるさい……人間風情が偉そうに。さっさと殺せばいいでしょう?」
「物騒なこというな。俺は別に殺し屋じゃないんだが」
「嘘。知っているのよ、“物の怪殺し”の人間のこと」
「それは人違いだ。それよりセイレーンのお前が何故歌わなかった?」
「歌は……歌は人を傷つけるものじゃないから」



「……でせっかくだからここに連れてきた、そういうことでいいかしら?」
「さすが物知り律子さん、理解が早くて助かるよ」
「うちは営利事業であってボランティア団体じゃないんだけど」
「だから歌手の候補を紹介しているんじゃん。将来有望だと思うよ」
「やれやれ…それよりセイレーンの末裔って本当? なんかえらい弱そうだけど」
「本物なのは俺が保証するよ」
「しょうがないなぁ……そこまで言うならテストくらいしてあげるけど」
「さすが律子さん、話がわかるよ」
「まだ採用とは言ってないでしょ……そうだ、いいこと思いついたわよ!
この子をうちで預かる代りに、あなたに簡単な仕事を請けてもらうってのはどう?」
「バーターか。俺にできることなら構わないけど」
「よし、決まりね。あなた今日からプロデューサーよ、この子専属のね」
「プロ……って、ちょっと待て律子さん。簡単な仕事のバーターってまさか」
「その子の面倒を見るだけの簡単なお仕事よ。あなたにも責任はあるわけだし
何でもやるんでしょ? 気に入らないなら帰ってもらって結構だから」
「素人の俺に歌手のプロデュースなんて無理だって! 無茶ぶりすぎる」
「素人な部分はちゃんとサポートするわよ。それより私が買ってるのはあなたの
専門分野よ。わかるでしょ、そういう人材は慢性的に不足しているの」
「……分かった。 それで給料は貰えるんだろうな?」
「それはあなた達次第ね。歩合制なら売れた分だけ大儲けだけどどうする?」

プロデューサーなる職業が勤まる自信なぞ全く無かった俺が律子のオファーに
乗ったのは、千早の専属スタッフという立場は俺の目的に好都合だったことと、
“業界”では有名な律子や事務所とのパイプを太くするチャンスだったからである。

給料だけは現実の生活を考えて、半分歩合にしてもらった。



新人アイドルとしてデビューした千早は、才能と努力の甲斐あって順調にランクを
上げていくのだが、程なくしてある問題に突き当たった。
メジャーランクを前に足踏み状態が続き、そのうち歌唱力や表現力の伸び悩みが
顕著となってきたのである。千早本人は努力とレッスンの不足が原因だと考えて
いるようだったが、律子から密かに告げられたのはもっと深刻な事態だった。

「あの子、セイレーンのくせにどうしてあんな弱いのかって話だけど」
「もしかして発育不良とか……?」
「その冗談、あの子の前で言わないほうがいいわね」
「大丈夫。言ってみたけどビンタだけで済んだから。それより……」
「色々と調べてみたけど、まず伸び悩みの原因も能力喪失に関係してわね。
厳密に言うと伸び悩みじゃなくて“減衰”なんだけど」
「減衰って……歌う力も衰えていくってことなのか?」
「残酷だけど答えはイエス」
「もちろん対策はあるんだろ?」
「とにかく説明するから聞いて。問題の根本が能力喪失にあるわけだけど、
そうなった理由……あの子の親が“反魂”を使ったことなの」
「ちょっと待て、“反魂”って禁呪中の禁呪じゃないか。何かの間違いだろ?」
「私もそう思いたいけどね、本当だって」

セイレーンの末裔であることを隠し、人間社会に埋もれ静かに暮らしていたが
息子を事故で失った母親は正気を失った挙句、禁呪にまで手を出して失敗。
魔力を喪失するに止まらず、力を受け継ぐ娘の能力も封じられることになった……
それが律子の筋で調べた結果ということだが。

「だけど妙な話だな……裏で誰かが噛んでいたとか聞いてないか?」
「誰かって誰よ。ていうかその口ぶり、何か心当たりでもあるわけ?」
「いや……いくらセイレーンとはいえ単独で禁呪を使えたのは変だし、
その反動が本人以外に行くってのも不自然じゃないかと思ってな」
「そう言われればそうだけど……随分と詳しいのね」
「まあ一応仕事柄な」
「ねえ、あなた本当は何者? 何か隠していることあるんじゃない?」
「俺はただの人間で新米プロデューサーって奴だよ」
「……まあ悪者じゃないって信じてはいるけど、やばい事は勘弁してよ?」
「大丈夫。それより禁呪だって呪法だから、当然解法もあるわけだ」
「理屈ではね。でも禁呪の解法なんて洒落にならない代償が要るんじゃない?」
「可愛い担当アイドルのためさ、なんとかするよ」
「ふん、生意気言っちゃって。……でも無理だけはしないでよね」



“サイレンの魔女”と呼ばれ、かつて強大な魔力で猛威を振るったセイレーン。
その末裔といわれる女が日本に流れてきた時は大層な騒ぎになったらしいが、
彼女は物の怪として災厄をもたらす気はない、人として静かに暮らしたいがため
人間の夫が欲しいと、その筋を束ねる一派に持ちかけてきたのである。
それに対し、人間側はある一族から男を選んで物の怪に宛がったわけだが
夫というより監視役を兼ねた生贄という意味のほうが大きかった。
だが人と物の怪の政略結婚でありながら、夫婦仲は随分睦まじかったらしい。
二人の子孫も初代の望んだとおりの平穏な人生を代々紡いでいくこととなり
いつしか配偶者に課せられた監視という役割も徐々に忘れられていくのだが
夫婦には必ず娘が産まれ、セイレーンの力は脈々と受け継がれていく。
そして現代、事件は起こった。

俺が律子に投げかけた一つの推論、つまり“誰が禁呪を使わせたか”。
それが間違いなければ、事件の裏にはある人間の一派が絡んでいるはずだ。
かつてサイレンの魔女に平穏をもたらしたのとは全く別の。

物の怪が呪法を使うことが稀なのは、そもそも人間が物の怪に対するため発達
させてきたものだから、それが背後に黒幕がいると睨んだ根拠である。
だが呪法から術者を辿りつくため必要なもう一つの情報が分らない。
人間が物の怪に禁呪を持ちかけた理由である。
危険な呪法を使ってまでセイレーンに近づいたのは一体何のためか。
そして呪法は失敗し、セイレーンは能力を失う羽目になったわけだが……



仕事が早く終わって出来たささやかな時間的余裕。
例の場所が近いことを思い出し千早を誘うと、首を傾げながらもついてくる。

「散歩ですか……まあ、たまにはそういうのもいいですが」
「最近は忙しくてゆっくり話す時間もなかっただろ」
「忙しいのはいいことです。誰かのおかげとはいえませんが」
「千早は厳しいな……ひょっとしてまだあれを根に持っているだろ」
「さあ、どうでしょう。口の悪いのには慣れてしまいましたが」
「自分だって物騒なことを口走っていたくせに」 
「ふふっ、そんなこと忘れました。今は明日のことしか考えられません」

「なら昔のことは聞かないほうがいいかな」
俺は立ち止まると、千早の背中に投げかけた。

「それは……事によります」
千早は数歩先で止まると、振り返らずに答えた。

「例えば……家族のこととか?」

「……母のことなら、人に話すようなことは何もありません」
感情を削ぎ落とした冷たい声が返ってきた。

「聞きたいのは思い出話なんかじゃない、君の力に関わることだ」
「ですから何もないと……」
そういって振り向いた千早の表情は、落ちかけの夕陽の陰になり窺えない。

「今のままではダメですか? 私が人として歌い手を望むのは間違いだと?」


「化け物が人を望むことがそもそもの間違いなんだよ!」
いつの間にか現れた5人の黒い影が俺たちを取り囲んでいた。

「誰だい、あんたたちは。今流行のストーカーってやつか?」
「化け物に尻尾を振るような恥知らずは黙っていろ」
「いい加減にしないと警察呼ぶ……うぐぁ!?」

詰め寄ろうとする二人を制止しようとしたつもりが、気付けば顔と腹に衝撃を受け
そのまま俺は仰向けにひっくり返っていた。
殴られたらしい顔が妙に熱いのに、腹のほうは何故かヒヤリと冷たく
その部分から何かがもれているかのように力が抜けて入らない。

「プロデューサー! いやぁああああ!!」
千早の悲鳴は絶叫に近いはずなのに、何故か遠くに霞んで聞こえるようだった。

「化け物に関わるからそんな目に遭うんだよ」
「お……お前ら、なのか?」
「そういうことさ。強い物の怪とはいえ騙すのは簡単だったぜ?
小汚ねぇガキ一匹、車で始末してやっただけであんなに取り乱しやがって」
「それもお前らか……そこまでして、禁呪まで使って何をしたんだ?」
「化け物退治に決まってるだろ? 力は奪っておかないと厄介だからな」
「じゃあ禁呪の失敗はわざとか」
「ああそうだ。だがあいつ間際で俺たちの作戦に気づきやがってよ、
自分の力をこの娘に封印しやがったんだ」
「い、いやっ、やめてください、離して!」
「いかん、逃げろ千早! 事務所に知らせて、グハァっ」
「やめてぇ! 早く救急車呼ばないとプロデューサーが死んじゃう」
「だったら大人しく俺たちについて来い。そうしたらこの男は助けてやる」
「だめだ千早、こいつらの言うことは信じるな、殺される!」
「でもプロデューサー、ナイフで刺されて、すごい血が出て……」
「なんならお前ら仲良くぶっ殺して、地獄であのガキと再会させてやろうか?」

「……それ、優のことね?」
「あぁ? なんだよ、それがどうした?」
「優は事故にあったはずなのに……」
「ああそうだよ、俺の車で撥ね飛ばしたんだから事故は事故だろ?」
「千早、そいつらのいうことは聞くな」
「優…優を殺したのね…………人間が!!」

それはもう悲鳴でも絶叫でもなかった。
強いて言うなら魔人の咆哮とでもいうべきか。
それと同時に叩きつけるような風が轟と走った直後、さっきまで千早がいた場所に
その異形の物の怪が姿を現していた。
背中から生えた漆黒の翼を広げ、鱗のような表皮に覆われた先端は
猛禽の鉤爪が鈍い光を放っている。
裂けた服から覗き見る肌はまだ人間を思わせる色だったが、千早の面影を
残した顔に浮かんでいるのは残忍で獰猛な物の怪の凄みだけだった。

「千早……封印を自力で破ったのか?」
だが俺の声は呟きのように頼りなく、千早には届くはずもない。

「ひ、ひるむな……まだガキのはずだ、やれ!」
リーダー格の男はあとずさりながらナイフを取り出すと、へっぴり腰で突き出したが
千早が鉤爪を一閃させただけで腕の骨を粉砕されその場にしりもちをつく。

「やばい、逃げろ!」
残った4人はそれぞれが千早から離れる方向に走り出す。
だが千早の動きは既に人間を遥かに上回っていた。
軽い跳躍で土手に向かった二人に追いつくと、鉤爪の手が背中に振り下ろされ
雑草の生えた河川敷に叩き伏せられた男たちはピクリとも動かない。
それを確かめると、錯乱して川面に向かう二人を見て口を大きく開いた。
かつてこの場所で俺にも向けられた声無き音による衝撃波。
だが本来の姿で放たれたそれはまさに見えない凶器だった。
棍棒で殴られたように湿った地面に叩きつけられた二人はピクリとも動かない。

「もういい、やめろ……千早」
懸命に振り絞った声も千早には届いていないらしい。
這い蹲って逃げようとするリーダーの背中を巨大な爪で押さえつけると
その首筋に鉤爪の先端を無造作に押し付けた。
あの姿でなら魔力などなくても人間の首をへし折るくらい造作ないはず。

「ダメだ千早、殺すな」
振り絞った声が届いたのか、千早の動きが一瞬停止した。


「そうだ、やめるんだ千早、そいつは離してやれ」
「優の仇……母さんの仇、この人間は許さない」
「許さなくてもいい、やめるんだ千早」
「あ、あなたは人間だからそんなことを……」
「千早だって人間を望んだはずだ、それに千早の母さんも、婆ちゃんも」
「そんな望み……それがそもそもの間違いだった」
「違う、間違いなんかじゃない、千早の歌がその証明だ」

刺されたらしい腹はほとんど感覚がなく、辛うじて動く腕だけで千早に這い寄る。
流れ出す血が下半身を濡らしているのが失禁のようで鬱陶しい。

「私の……歌が?」

千早は少し表情を和らげると、ゆっくりと男を放して俺の方に振り向いた。

「歌で……人を幸せにするんだろ……それなら俺の頼みを聞いてくれないか」
「プロデューサー……もう私……誰も救えない、幸せになんかできない」
「大丈夫、千早ならできる。俺を信じろ……さぁ、聞かせてくれ」

千早の細い腕で抱き上げられるのは妙な気分だったが
思ったよりもその体は柔らかく、そして温かかった。
はじめ囁くようだった千早の歌は、そのうち流れるメロディとなって俺を包みこんだ。



「……とまあこういう話。面白かった?」
「いやいや律ちゃん、亜美たち子供じゃないんだからさ」
「そうだよぉ、創作お伽話もいいけど、どうせなら大人向けのを頼むよ」
「な、何が大人向けよ。それにこの話、創作じゃなくて実話よ!」
「だけどさぁ、悪の組織の陰謀とかって言われてもねぇ……w」
「キンジュかキンギョか知らないけど、子供騙しにもなんないよw」
「あ、あんたたちねぇ……」
「千早お姉ちゃんが“歌の力”で兄ちゃんを助けたアイデアはいいけどさ」
「兄ちゃんが“命のお礼に”を千早お姉ちゃんに体で返すとかさか」
「「そういうことを世間は求めているんだよ!!」」
「求めてない! いい加減にしなさい!」
「でもさぁ、あの二人が空の上でナニしてるかなんてバレバレだよ?」
「そうそう、だからその馴れ初めを赤裸々に語らないとだめっしょ?」
「あーもー分かった。そんなに知りたいなら本人達に聞きなさい」
「いいの?」
「もう……私、知らない……」


「おはようございます……あら、律子どうしたの、疲れた顔して」
「んっふっふ、千早お姉ちゃん、いいとこに来たよ」
「そうそう、律ちゃんのお許しも出たことだし」
「たっぷりセキララに語ってもらうからね?」
「えっ? 語るって何を?」
「決まってるっしょ、河川敷で兄ちゃんと初めてしたナニのことだよ」
「えっ、ええええええ? なんで亜美たちがそれを知っているのよ!」
「えっ? じゃあ河川敷でしたのって本当なんだ、千早お姉ちゃん!!!」
「違う! してない、川ではしてないから!!」
「川ではしてないってことは、じゃあどこで?」

「……あっ」



夢心地の中、しばらくまどろんでいたらしい。
額に落ちた髪がかきあげられる感触、それが千早にしてはぎこちないと思いながら
目を開くと、心配そうな顔がじっと俺を見おろしていた。
セイレーン本来の姿を顕したままの千早は、背中から生やした漆黒の翼を広げ
俺の体を包み込んでくれている。

「お腹、もう痛くありませんか?」
「ああ、だいじょうぶみたいだ……」
刺された場所に手を伸ばしてみたが、痛みどころか傷の痕跡すら残っていない。
裂けて血まみれになったシャツがなければ俺だって信じられなかっただろう。
「良かった……」
そういって笑おうとした千早の顔は強張ったままで笑顔になりきらない。

「あいつらは?」
「……死んではいません」
そういった声にもう殺気は感じられない。
「そうか……それより千早、俺の言葉を信じてくれてありがとう」
「まだ信じられません……私にこんな力があったなんて」
「これこそが千早にしかない、歌の力の証明じゃないか」
「私だけの……力?」
「ただその姿は俺のイメージと少し違うのだけど……」
「イメージが違うなんて……そ、そんなこと言われても」
「俺が本当の姿を教えてやろう」
「本当の……姿?」

物の怪とはいえ、女の子の腕に抱かれているのがなんとも締まらないが
両手が自由に使えるのが幸いだった。
首を傾げた千早の頭を抱き寄せると、その勢いのまま唇を重ね合わせた。

「……んっ!?」
驚いて目を見開いたままの千早を見つめながら、息の限界までキスを続けた。

「……んはぁ……い、今のは一体どういうつもりですか?」
「どうもこうも……ほんとちーちゃんは鈍いなぁ、じゃあもう一回」
「あっ……ちょっと……んっ」
「どうだ、これで何か変化がわかったか?」
「あ、あのぉ……少し何かが違ってきた様な……もう一回、ダメですか?」
「何度でもいいさ、では……」

三度目のキスで、ようやく千早は唇の力を抜いて瞼をそっと閉じた。
重ねただけだった唇が、どちらからともなく貪るような動きとなる。
長く情熱的な口付けの余韻のあと、少し掠れた千早の声が耳元で囁かれる。

「どうですか……何か変化が?」
「変化というか、千早のキスが少し上手にはなった」
「なっ! ひょっとしてからかっていたのですか?」
「あはははは、ばれた?」
「すごく心配していたのに。プロデューサー、大嫌い!」
「あっ、ちょっと待て。羽広げてどうす、うわぁああああ」

千早は俺を抱えたまま立ち上がると、体を包んでいた漆黒の羽根を大きく広げた。
上り始めた満月の淡い光を浴びた瞬間、その羽根は燐光を帯びたように青白く
輝きながら悠然と羽ばたきを始める。
次の瞬間、千早は俺をしっかり両手で抱えると、跳びあがるよう空へと駆け上る。
生まれて初めて自分の翼で飛びあがったセイレーンは、すぐに羽根の扱いを覚え
飽くことなく旋回や滑空を繰り返しながら、朗らかな歌声を夜空に響き渡らせる。



「プロデューサー、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……なかなかいい眺めだな」
「しっかり掴まっていてください、落ちても知りませんよ?」
「掴まるのはいいんだが……千早、服がなぁ……」
「服? えっ、あっ、いやぁああ、み、見ないでください!」
「こら、千早飛ばないと落ちる、羽根、羽根動かして!!」
「プロデューサーの変態! 胸みないで! だめ、顔つけちゃ!!」

金玉が縮み上がるような垂直落下を中空で急停止させた千早は
拡げた羽根を力強くはばたいてもう一度高空に駆け上っていく。
そして滑空に移るとゆるやかに旋回しながら俺の顔をのぞきこんだ。

「せ、責任……取ってもらわないと……」
「俺は最初からそのつもりだ」
「本気に……しますよ?」
「俺は最初から、初めて会ったときから本気になった」
「私は……物の怪……化け物なんですよ?」
「千早のお母さんも、婆ちゃんも、みんな人間と結ばれて幸せになった」
「それは……だけど……そんなこと本当にいいのですか」
「千早は俺が幸せにする……それが俺の果たす責任だ」
「プロデューサー……本当に、わ、私なんかで……んっ!」
「千早、無茶を承知でいう、俺のものになれ!」



「……というわけだから、河川敷というのが正しくないのは分かってくれた?」
「いやぁ、よく分かったけど……初体験がお空の上っていうのも」
「なんか……すごいよねぇ」
「しょ、しょうがないでしょ……飛んでいるときにプロポーズされたわけだし」
「千早お姉ちゃんはセイレーンだからベッドじゃなくお空の上だった、そゆこと?」
「ベッドまで待ちきれなかったんだよ、俺も千早も」
「ちょ、ちょっとプロデューサー! 出鱈目いわないでください!」
「うわうわー、兄ちゃんのぶっちゃけトークがついに炸裂!」
「情熱的にお空の上で愛し合う二人なんて超ステキすぎるよ!!」
「だろ? やっぱり愛だよな、愛」
「真美達も愛する彼氏を見つけて、ビックリするような初体験をしなきゃ」
「だね!」
「真似するの、ソコなの?」

「あ、そういや千早お姉ちゃん……」
「なにかしら」
「兄ちゃんがぼやいてたよ? 中は熱いくらいなのにお尻が寒いって」
「えっ、あのそれは……もう、プロデューサー!!!!!」


おしまい。

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