「DRAG ON DRAGOON エロパロスレ(暫定"キャビア総合スレ")」の保管庫であり、編集権限は無しです。

頂を天高く掲げた山の裾。
重い使命を肩に背負い、栄光を胸に湛えた若者達の覇気が、山彦となって辺りを駆け巡る。
世界有数の軍事組織、封印騎士団の総本山である『大神殿』。
その中心部、天を頭上に頂いた中庭で、その戦いは終わりを迎えようとしていた。
戦いに赴いた双方を叱咤激励する怒号が飛び交う観客席を割るかのように、1人の女が中に立ち入ってくる。
その女の周辺の人だかりは自然と割れ、大の男達が彼女を避けるように別の、離れた席へと移動していく。
彼らはフェミニストなのだ。女1人を男臭さが密集した席に座らせるのは忍びないと気遣ってくれたのだ。よしんばそうでないとしても、そう思っていたほうがなんぼか気が楽だ。
女は慣れた様子で、彼女以外誰もいなくなった観客席に腰かけると、舞台を平然と見下ろした。
その瞳に感情の色は見受けられない。
舞台の上で、若い二人の騎士はお互いに激しく剣を交錯させる。
どちらも試合用の兜を被っていたが、その実力の差は傍目から見ても歴然だった。
片や息が荒げ足がおぼつかない大柄の騎士の力まかせの猛攻に、相対する小柄な従騎士は流麗な剣捌きで受け流し、また翻弄し、しなやかに立ち回る。
もう勝負はついたも同然だった。女は勝利の栄光を掴むだろう騎士へと目をやり、忌々しげに口を引き結ぶ。
そして女の予想通り、間もなく観客の声の合間をぬって乾いた金属音が鳴り響いた。
ヵキィンッ………!
「!?」
大柄なほうの騎士が構えていた剣が弾かれ天に舞う。
「そこまでっ!!」
勝敗を制する副騎士団長ジスモアの声に、会場は熱狂の渦に包まれた。
その声こそ合図と、勝者が汗に塗れた兜を脱ぐ。
ゴツゴツとした鉄兜から零れおちる光。風に揺れる草原。
空を仰いだ美しい細面に、敗者を応援していた者達までもが釘付けになる。
至上の美姫とまで錯覚する程にたおやかなその騎士に集中する視線の好意的な様子に、観客席から俯瞰していた女は居心地の悪さを覚えた。
初舞台で見事その存在を騎士団内に知らしめた女性騎士を陰湿な藤色の瞳で見下ろす女の存在に気づいた者は、1人としていなかった。


親善試合で見事な金星を上げた従騎士は、瞬く間に騎士団中にその存在を知られることとなった。
理由はいくつかあった。
一つは、かの者が恐ろしく剣筋の良い大型新人であったこと。
一つは、かの者がオロー団長の一番弟子として頭角を表していたユーリックの幼馴染であったこと。
入団2年目にして、要領も良くオローの右腕として活躍し、付き合いも面倒見も良いユーリックは、ここ一年でめきめきと頭角を現し、騎士団の中ではちょっとした有名人であったが、同時に彼が孤児院に出自を持つこともまた多くが知るところであった。
そのユーリックの幼馴染ということは、かの騎士もまた孤児院出身者であることを示していた。それは多くの騎士達にとって重要な要素であった。
更にもう一つ、騎士達が従騎士の噂を競って口にした理由がある。
「おーい、ヤハー」
気の抜けたような柔らかい声に振り向いた噂の従騎士は、その声の持ち主を認めて微笑んだ。
「あぁ、ユーリック。すごい久しぶり。元気してた?」
その小さな蕾のような唇から発せられたのは、変声期を迎えた男子特有の声色。
彼は女性と見紛うまでに美しい「少年」だったのだ。
ユーリックと呼ばれた青年は、問いかけに対してうなずきで返すと、小脇に書類の山を挟みながら、空いた大きい手にすっぽりと収まる程度の水筒をヤハに投げて寄越す。
「騎士団中が昨日のお前の話で持ちきりだぜ。噂の美女の正体がヤローだって教えてやった瞬間に萎んでく奴らが面白いくらいいたがな」
「ふふ、そんな大袈裟な」
冗談だろうと軽く笑いながら、ヤハは受け取った水筒を口にする。しかし、ユーリックの言葉が決して過言でないことは、ヤハにも朧げながらわかっていた。
彼はほんの少し周りの人間より愛される顔に生まれついたようで、孤児院においても、院長や施設員達はヤハにだけは少し態度が柔らかかった。
物心ついた時から今日まで、人生で最も長い時間を共に過ごした親友であるユーリックが孤児院を出る適齢期を迎え、封印騎士団の騎士学校に入ったと聞いて1年経った頃。
本来ならばもう一年孤児院で生活するべきところを、院長ほかを必死に説得してユーリックを追いかけるように騎士団入り出来た一端は、彼の持つ魅力が担っているように思われた。
「いやぁ、しかし二年会わなかっただけで随分変わったよな、お前」
「そう?」
二人がたわいもない立ち話を交わしていると、建物内にドラの音が鳴り響いた。
「午前組の給仕の時間だ。ユーリック、昼ごはん一緒にどう?」
天井を仰ぎ見たヤハの言葉に、ユーリックが叫んだ。
「いっけね」
「?」
「オロー団長の所に書類持ってかなきゃならなかったんだった」
ユーリックの脇に挟まれた分厚い書類の束を目に留め、3年ぶりの幼馴染との昼食がおそらく破棄されるであろうことにヤハは嘆息した。
そんなヤハの空いた手を、ユーリックががっしり掴む。
「おいヤハ、不都合でなけりゃ一緒に来てくれねぇか?どうせだからオロー団長の部屋で食っちまおう」
「え?僕が行っても大丈夫なの?」
驚きユーリックの顔を見つめるヤハ。オロー団長といえば、封印騎士団を取りまとめる重職ではないか。
昨日一昨日騎士団に入団したての従騎士が顔見せしても良いのかどうか躊躇いがあった。
煮え切らないヤハの手を強引に引っ張りながら、ユーリックは歩き出した。
「んーまぁ大丈夫だろ。てか今、俺ガキの面倒も見なきゃならねぇんで、食事はいつもオロー団長の部屋で摂ってるんだ。お前子供とか好きだろ?」
「え?あ…、うん」
手を引かれながら、ヤハ。
「ぃよっし!じゃ、メシが冷めちまう前にちゃっちゃと行こうぜ。お前とメシ食うのは3年ぶりだもんな〜」
ユーリックはヤハと違って大柄で、銀色のボサボサ頭を除けば外見上大した特徴も見当たらない青年だが、彼から発せられる空気は心地よく、くすぐったいと感じる時さえある。
快活に笑ったユーリックの3年経っても変わらない様に安堵しながら、ヤハは大股で歩く彼の後に小走りでついていった。
(……それにしても何で騎士団に子供なんているんだろう?)
ヤハの、ある意味当然ともいえる疑問は、時をまもなくして解消されることになる。


大神殿の一般騎士が出入りしている場所から大きく外れて、上り下りを繰り返してようやく辿り付いた団長室の扉に、ユーリックがそぅと近づく。
何かに警戒するようなユーリックの様子に、どうしたのかと声をかけようとしたその時、
ばたんっ!!
触れてもいない扉が内側から勢い良く開いた!
「ウリックおっそいーーー!!」
扉が開くと同時に甲高い声をあげて飛び出してきた子供は、ユーリックではない見知らぬ華人が目の前に立っていることに一瞬くりくりした大きな目を瞬かせたが、
相手が敵意を持っていないことを感じてか、或いはヤハの持つ美しさに本能的に好意をもったのか、呆然としたヤハの手をぎゅっと握るとにっこり笑ってヤハを強引に部屋の中へ引っ張り込んだ。
「え…?ちょっ……」
「エリスーーこれこれ!」
小さな子供に手を引かれるがままのヤハをちらりとうかがい見て、しかしエリスと呼ばれた少女は両脇に手を宛がって鼻息も荒く憤った。
「ノウェっ!?あなたはもう少し丁寧に、静かにドアを開けることが出来ないの?あぁもう、人を指でさしてはいけませんとあれ程…」
怒りの矛先は、招かれざる客ではなく、その手を引く幼児に向けられているようだが、当の本人は全く意に介していないようで、垢抜けにへらへらと笑っている。
そんなノウェに憤慨するエリスと状況を自分のやりたいことをやって満足しているらしいノウェを交互に見比べながら、ヤハは彼らがユーリックの言っていた「子供」なのだということを確信した。
孤児院を出て騎士学校に在籍していた1年間、子供と接する機会のなかったヤハは彼らの中に懐かしいものを感じた。
(…そうだ、ユーリックはどこへ?)
ふと、彼をここまでつれてきた幼馴染の姿が見えないことに頭をかしげたヤハが開け放しの扉のほうへ目をめぐらすと、鼻を赤くした涙目のユーリックと目が合った。
「お………おまえなぁ………」
どうもノウェの開けた扉に鼻と顎を強打して倒れていたらしい。
ユーリックの存在を視認したノウェは、ヤハを拘束していた手をパッと離すと、ユーリックへと突撃していく。
「ウリックみーーっけ!!」
「よーしイイ度胸だ…こいやぁっ!」
今度はぬかるまいと気合を入れて応じるユーリックと、奇声をあげて突撃するノウェと、それをたしなめに駆けていくエリス。
ユーリックはノウェをぺいっとあしらうが、投げ飛ばされてもめげずに(むしろ更なる勢いさえ持って)飽くなき突撃を繰り返すノウェ。
そんな彼らを呆然と見つめるヤハの後ろから声が発せられた。


「お前たち、そろそろ食わないと飯が冷めてしまうぞ。区切りがついたらこっちに来いよ」
ヤハの背後から戯れる彼らへとかけられた明朗な男の声。ハッとして振り向いた彼に目を向けた声の主は満面の笑みを浮かべて、そして一回軽くうなずいた。
白髪交じりの薄い金色のクセ毛を慰み程度に整えた髭面の武人が、広い部屋の中央に設置されている大きな円卓の一角に座していた。
孤児院では、まるで伝説上の人物であるかのように語られ、子供達に読まれる様々な童話で登場した、金獅子オロー。
そして今日まで10年近くも世界を守ってきた封印騎士団の団長。
ヤハにとって、物語の主人公だと思っていた人物と対面できるなどということは、まさに夢以外の何ものでもなかった。
硬直するヤハに、オローが声をかけた。
「君がヤハだね。昨日の試合、楽しませてもらったよ」
その声に、ヤハの現実が戻ってきた。騎士団団長に対面して棒立ちなどという無礼を初日から働くことの恐ろしさに、胸を圧迫する勢いで手を当てて敬礼した。腕が震える。
「は…はい!こ、こ、光栄です」
「あの戦いっぷりを見て、一度会ってみたいと密かに思っていたんだ。…ユーリックも随分と嬉しいことをしてくれる」
「…恐縮ですっ…」
上司の褒め文句に対する気の利いた台詞は騎士学校でも勉強していたはずなのに、いざとなると一つも出てこない。
ガチガチに固まったヤハの肩を、後ろから差し伸べられた大きな温かい手がこりほぐす。
「そう硬くなるなよヤハ、目の前にいるのはただの子煩悩だと思ってりゃいいのさ」
ヤハの後ろに控えた人物の暴言に、緊張に囚われていたヤハは思わず吹き出し、悪く言われた当のオローは大口を開けて快活に笑った。
「お前はもう少し気を使ったほうがいいかもな、ユーリック」
名前を呼ばれた青年は、ヤハの肩から手を離すと、舌の根も乾かない内に前言を撤回した上司に白々しくも抗議する。
「あっれ俺そんなに無神経ですか?オロー団長」
「ウリックはむしんけいなのか」
「ちょっとノウェ、子供は大人の会話には口を挟まないものですっ、分をわきまえなさい分を」
彼らのやりとりのせわしなさに、ヤハは口に手を当てて笑った。
オローを前にして感じていた緊張や興奮が恐ろしい勢いで収縮していく。
ユーリックの言った通り、目の前で子供らと戯れているのは確かに三人の子供を愛おしむ父親のようにも見えた。
彼の持ってないものが、恐らくここにくるまではユーリックも持っていなかったであろうものがそこにあった。
それはとてもくすぐったい感覚。
不思議な感覚に酔っていたヤハの尖った耳に、5人にとっては広すぎる部屋に、ノウェの声が響いた。
「メシはまだか」





- 封印騎士団には厳しい戒律の他に、一般の騎士団員達の間で密かに伝わる特殊なジンクスがある。
食事の際は、必ず部屋の扉を閉め内側から鍵をかけてから取り掛かるべし(決まりを守らねば食事が妨害されることがあるらしい)
ジスモア副団長の前で竜の子の話は避けるべし(高い高いしてる最中に顔に小便をかけられて以来、絶縁状態らしい)
オロー団長の一番弟子に呑みに誘われたら必ず付き合うべし(かなりの確立で好い売春婦を紹介してくれるらしい)
などがその一例である。
それらには優先順位などというものは存在しないが、敢えて言うならこれだけは必ず守るべし、という噂があった。
それは以下のようなものである。

大神殿を縦断する絨毯に水滴を零しつつ進む赤髪の女を見かけたら、どこへでもいいから視線が合う前に命がけで逃げるべし。


ハンチは今年で23の誕生日を迎える。
そして20代半ばを迎えようという時期に恋人どころか友人1人いないことは、彼女にとって相当なコンプレックスであった。
かつて彼女は街中の人間から最も愛され、その周りに人が絶えることなどなかった。
見目も仕草も愛らしい彼女は町のアイドルだった。
しかし何故かある日を境に、彼女は集団から孤立する存在となったのだ。
(きっと皆、事件のせいで話しかけづらいのよ)
最初はそう思った。
しかし、体を覆う凡てのものを剥ぎ取った時、彼女はその理由を見せ付けられた。
失われたものの名を、「魅力」という。
契約主に代償の名を告げられた時、彼女はあまりの衝撃に失ったものの本質を見誤った。
彼女にとって外見の美しさは凡ての価値基準であった。
特に目を引くような容姿を持たない平凡な友人達…ハンチは共に笑いつつも彼女ら自身に何の憧れも、友愛すらも感じていなかった。
彼女が持ちえたのは自らが高められる優越感と彼女ほどに愛されない者達への同情と魅力を持たないことへの蔑視のみ。
ハンチの周りにいるのは愛されるべき彼女を取り巻いてこそ価値のある、とるに足らない存在……の筈だった。
あの忌々しい事件が起きるまでは。
ハンチは誰もいない、彼女以外何者も動かない虚しい空気に悪寒を覚えた。いつもの事ではあるが、まだ慣れない。
一方で職業面においても、不満は募っていた。
騎士団に入団してもう3年の歳月が過ぎたというのに、彼女の階級は未だ準級騎士留まり。
契約者である、このハンチが、である。
実力でならば上級騎士、更には連隊長の地位を得てもおかしくない彼女の野心は、人格を重んじるという騎士団長オローの采配によりくすぶるほかなかった。
これでは何の為に、あの年老いた父親1人しか彼女に構う者のない陰鬱な錆の町を捨てて騎士団に来たのかわからなくなってくる。
彼女は苛立ちを隠せずに悶えた。
オローは彼女がしかるべき地位に就くことで、彼自身がそうであるように彼女が部下に慕われることを恐れているに違いない。
なんのことはない。オローもその高い地位によって部下に愛されているだけに決まっている。
地位が愛されることも、地位に就いている自分が愛されることも、ハンチにとっては同義であった。現状では誰も彼女を愛してくれていない。
だからこそ、ハンチには更に上位によじ登る必要があるのだ。昔のように、沢山の人々に愛される為に。
月明かりさえも彼女を照らすことを拒む暗闇の中で、ハンチはたった1人で泣き濡れた。

昔の私に戻りたい。
あの頃は、いつだって世界の中心には私がいた。
皆から愛される私がいた。
…あぁ、私はきっと愛されたいんだ。
誰か私を愛して下さい。傍に寄り添ってくれるだけ、それだけでも充分だから。
だから…どうか私を1人にしないで………
1人はもう……嫌。



-
初めてオローと会食してから早くも1週間。その朝、ヤハはノウェの手を引き食堂へ向かっていた。
通常、従騎士として入団すると最低でも1ヶ月は、広すぎる騎士団領の位置把握と従騎士の仕事内容についてのレクチャーがある為、配置する部署も聞かされることなくただただ時が過ぎていた。
そんなところへ、昨夜どこかの直轄区に魔物が侵入したとの報が入り、オローがユーリックを伴って遠征の途についた為、ユーリックの代わりにヤハが子供達の世話を代任されたのである。
騎士団に入ってまさか子供の相手をすることになろうとは思いもしなかったが、もともと子供は好きだったし、初めて任務を任されたことが何より嬉しかった。
しかし流石に騎士団の大食堂に子供をゾロゾロ連れていくわけにもいかないので、食堂で配膳されたものを子供達専用の部屋に運んで3人で食べようという話の流れになった。
食事を運ぶだけなら3人いる必要もない。
ヤハはエリス1人を部屋に残してノウェに配膳の手伝いを頼むことにした。
本当はノウェにはまだ早いと、エリスが手伝いを申し出たのだが、どちらかを1人きりにするなら、しっかりしているエリスを残したほうが賢明だ。
(それに小さいとは言っても女の子だからな…女性は大切にって院長先生も言ってたし)
ふふ、と笑いながら、しかし少しでも気を許すとどこかに行ってしまいそうになるノウェの手をしっかり握って、ヤハは食堂への入口に足を踏み入れた。
今の時間帯は、午後に任務を控えている騎士達が大半であるが、朝一番の盛況ぶりと比べるといささか寂しい。
ヤハはそう思いながら場の多くを占める団員達が列を成す配膳場所へ足を向けた。その時。
「お、おいっ!皆早くメシを掻き込めっ!せめて早く配ってもらえ!」
ヤハの後ろ、食堂の外から1人の騎士がこけつまろびつ息も絶え絶えに発した叫びに、食堂中がざわめいた。
既に配膳を終えて席についていた者が、震える声で騎士に声をかける。
「…!『奴』が来たのか!?」
(…『奴』って誰だろう?)
ヤハは首をかしげながらも倒れこんだ騎士の傍に膝をついて、その上半身を抱き上げた。
投げかけられた問いに騎士が荒息混じりに頷いた瞬間、食堂に漂っていた不安が狂喜へと一変した。
「まさかこんな朝っぱらから来るか普通!」
「普通じゃないから来るんジャマイカっ!」
「畜生!メシを食え!ドアを閉めろ!」
まだ順番を待っていた多くの団員達が列を乱して配膳を急かし先を争い始める。
皆一様に叫び、驚嘆し、配膳を終えた者は誰が取るわけでもない朝食に慌ててかぶりつき、そして誰かが一番ドアの近くに居たヤハに懇願に近い指示を出した。
しかし。
「だ…!駄目だ!!もうそこに来やがっ………お見えになった。」
1人の絶望的な声を合図に、配膳すら終えていない者・配膳を終えたばかりの者・無事に食事を終えた者に関係なく一斉に立ち上がり、ドアの方向へ向かって騎士の正礼を構える。
一体何事かとヤハがいぶかしんだ時、後ろから潰れたカエルのような声が響いた。
「なんだおまえー、邪魔だぞ。さっさとどけ!ぼくが通るんだぞ。このぼくのお通りだぞ!」
慌てて振り返れば、そこには黒い装束の大男達……………に囲まれたやせっぽちな赤毛の少年がヤハを見下ろしていた。
その身なりや周りの男達の様子から、余程の高貴な生まれであることは一目で知れたが、まだ雀斑の目立つ細身に不釣合いなギラギラとした瞳と先程の言葉遣いからは品性の欠片も感じられない。
そう感じつつも、ヤハは少年の周りを固める威圧感に、倒れた騎士を抱えて道を譲った。


赤毛の少年は満足そうにゲラゲラと笑いながら後ろ手を組んで配膳場所まで悠然と、しかし一直線に歩き出す。
「世界の平和を担う封印騎士団の騎士が、今日も今日とて常人にはとても口にできないような粗末な食事をしていることを僕は憂いているんだよ」
抱きかかえたままだった騎士が息を吹き返したのを見て、ヤハは声を潜めて尋ねた。
(あの子は誰ですか?何であんなに偉そうなんですか?)
騎士は自力で起き上がって、少年が食堂の入口から随分離れた所まで進んだのを確認してから耳打ちしてきた。
(あれは…騎士団創設時からのパトロンだった貴族の子息だ。最近はオロー団長のいない時によくどこからか入ってきて領内を我が物顔で歩き回る嫌なガキさ。名前は確か…)
騎士が言葉を紡ぐ前に、ヤハはそれを制して少年達の行く手を見た。
少年は、向かったスープ配膳場に1人残された騎士(他の騎士達は少し離れたほうへ逃げ出していた)の前へ横入りすると、熱いスープを大釜から直接に食し始めた。
味見でもするつもりなのかと思ったが、いやどうも様子がおかしい。大口のスプーンを動かす少年の手は留まるところを知らないのか、三口、四口、八口、十二口……
あの勢いでスープを食べられては、配膳を待っていた大勢の騎士達の残り分がなくなってしまうではないか。
そう思ったヤハは、急いで少年の元へ向かおうとしたが、彼より前に少年の行動に異議を唱えた者が現れた。
「あの……そんなにお召しになられると私達の分がなくなってしまうんですが……」
1人だけスープの配膳場に残っていた騎士だった。
言われた少年はスープを口に運ぶ動作をピタリと止めると、眼光鋭く文句を零した相手を睨んだ。
「おまえ、これが食べたいのか?」
威圧的な少年の態度(と実際には周囲を囲む護衛と思しき男達の放つ威圧感)に押されて、言葉を発した騎士は口をしょぼつかせた。
「いぃえそんな…でも……あの……お1人でそんなにお召しになるとお体に毒かと思って……」
しどろもどろになった騎士の言葉に、少年はいらつきを隠せずに舌打ちした。
そして再びスープを掬う。
「ぼくはお前達がこんなマズイ食事をしているのが不憫だと思うから、わざわざ代わりに食べてやってるんだ。むしろ感謝してほしいくらいだよっ」
少年はそう言い放つと、掬ったばかりの熱いスープをこともあろうにその騎士へと容赦なく振りかけた!
「!!?」
その騎士と、ヤハと、その場にいた凡ての騎士達が言葉を失った。あまりの熱さにか、かけられた騎士が腰を抜かして地面に転げる。
少年はその様子を見てニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、残ったスープをまるで水捲きでもするかのように騎士にかけ始めた。
「いや…!やめてください…!!」
「どうぞお止めくださいませ!だろっ!?おまえ騎士団員のくせにぼくを誰サマだと思ってるんだ?」
あまりの暴虐ぶりに、ヤハは奥歯をギリリとかみ締めた。しかし、比較的騎士の近くにいる団員達はただただその様子を傍観しているだけだった。
よくよく見回してみれば、食堂にいる騎士達全員から少年への介入を拒む意思が漂っている。
(誰も彼を助けないつもりなのか……!?)
「『どうぞおやめくださいませ』と言えばやめてやらないわけでもないぞ!?」
哄笑する少年に対して、スープをかけられている騎士は何とか言葉を紡ごうとしているようだったが、しかし開けた口にスープをかけられたらしく、呂律が回らないらしい。
「ぼくの『好意』を無碍にした報いだ!ざまぁみろ!」
ついにはあまりのショックに顔を伏せて動かなくなったその騎士に、しかし少年の蛮行は留まるところを知らない。
プツン。
貴族の子供だか何だかしらないが、あまりにも人道に悖るやりように、ヤハの堪忍袋の尾が音を立てて切れた。
(いけないことをした子供はグーの手で殴る)
孤児院でもそうだった。なればそれは騎士団内でも通用する筈だ。
ヤハは拳に大きな拳骨を作り、そして…


ゴツン…!!!


(そうゴツンと殴………………あれ?)
ヤハはまだ少年に殴りかかれる程近づいてはいない。
よくよく見れば少年は顎に大きな赤い山を拵えてその大きな頭をクラクラさせていた。
傍らには、額に同様の赤山を拵えたノウェがへの字に口を曲げて少年を睨んでいる。
痛みの為か目尻がうっすらと光っていたが、眼光は清清しいまでに真っ直ぐに一点へと向けられていた。
「イギメ、かっこ悪い」
「お…おまえ……何で子供が騎士団にいるんだ!」
顎と口を両手ですっぽりと覆いながら、少年が含み声で叫んだ。
「?おまえも子供じゃないのか?」
「ぼくはいいんだよ!てかぼくが誰サマだか知らないんだろうお前!?」
「知るもんか」
無頓着に、しかしムスッとしたノウェの様子に、一瞬憮然とした少年は、しかし次の瞬間ハッとして目を見開いた。
「そうかお前、竜の子か!?『捨て子のノウェ』、そうだろ?」
少年の言葉に何か含むところを感じて、ヤハの尖った耳がピンと立った。
「団長殿が騎士団内で密かに育てているとは噂に聞いてたけど、会うのは初めてだな」
彼は納得したように大きく頷きながらマジマジとニヤニヤとノウェを観察して笑う。
「神託とやらにどれだけの価値があるのか知らないけど、素性の知れない親なし子に世界を救われるようじゃ騎士団も形無しだな。
その上こんな礼儀知らずときた。団長殿の『教育』とやらの程度が知れるよ」
少年の物言いに流石に鈍感なノウェもムッときたようで、小さな眉間に更に小さな波を作った。
「おろーを悪くいうな」
「第一、騎士団に平民を入れること自体があの団長殿の限界だよ。騎士ってのは元々…」
「おまえだまれ」
ゴツン…!!!
第二撃が少年の鼻にヒットした。粘着を帯びた鼻血が宙を舞う。
少年が白目を剥いて地面に沈んだ瞬間、ヤハはゴングの音が三回鳴った錯覚を覚えた。
ノウェの頭の山はいつの間にか鏡餅のようになっていたが本人は鼻息荒くも満足気だ。
しかし、現実は思っている程甘くない。
床に倒れた少年は周りの男達に抱えられながらヨロヨロと起き上がると、目をギラつかせてノウェを睨み、
「お…おい!お前達!この世間知らずなガキをやっつけろ!」
指示を出された男達は一斉にそしてゆっくり、とノウェを囲んでいく。
いくらユーリックに鍛えられているといってもまだ小さな子供1人と屈強な大男達。手を出そうとしない騎士達。
戦況は圧倒的に不利だ。
「おまえ生意気ーおまえ嫌いー。もう泣いて謝っても一生許さないからな、この『親なし』!」
赤毛の少年はザマアミロと言いたげに薄笑いを浮かべた。
ゴツン…!グキッ!バキッ!
耳にさえ痛い音の連続に満足げに瞠目した少年だったが、すぐさま響いたどよめきにパッチリと目を開けて、そして愕然とした。
屈強な男達が皆ほうぼうへ投げ飛ばされ、腰や肩を其処彼処に打ちつけ身を捩じらせて痛みに悶えている。
慌ててノウェのほうへ目をやると、彼を庇うようにして1人の騎士が立っていた。騎士は男達を殴り、或いは投げ飛ばしてズレた指の骨を矯正しつつノウェに微笑む。
「よくやったね。GJ、ノウェ」
「やはーv」
額に掲げた鏡餅を天に向けて笑うノウェに伊達なウィンクを送ると、ヤハはそのまま赤毛の少年へ向かってゆっくりと歩き出した。
指の骨で妙なる楽を奏でながら。



- 「気がつきましたか?」
柔らかな声に、ハンチはうっすらと目を開けた。
ついぞこのような優しい言葉はかけて貰った試しがない。しかもどうやら彼女は抱きかかえられているようだ。
現実ではとてもではないがありえない。きっとこれは夢だ。そう思った。
一体どんな人がこんな自分に優しい声をかけてくれたのだろう。
(たとえ夢の中だとしても知りたいな……)
ハンチは目を瞬いて大急ぎで焦点を合わせた。夢が醒めてしまう前に一目でもいいから見てみたい。
次第に目の前に像が結ばれようとしていたが、思ったよりも自分と相手の顔の距離が近いことに心臓が止まるかと思うほどに驚愕した。
あんなに顔を見てみたいと思ったのに、慌てて顔を背ける。
顔を反らした先にある床が動いている。自分を抱きかかえた人物はどこかへ自分を運んでいるのだ。
相手の体と彼女の体は密着していて、その鼓動が直に伝わってくる。
(こんな…こんな抱えられ方をしたことなんてない…)
契約者となった自分を抱えてくれる人間など…いや、触れた人間など騎士団にいるとは思えない。
それではやはりこれは夢なのだ。
しかし早鐘のように胸に鳴り響く律動は、夢ではあるまい。
(夢なら…醒めないで)
そう思いながらハンチは顔を俯かせながら静かに相手の胸に顔をうずめた。
薔薇の香りが鼻をくすぐる、まるでゆりかごのような心地よい感覚に抱かれて。



-
「ん?また眠っちゃったのか?」
「そうみたい。」
ヤハは自分の背中におぶさるノウェへと顔を向けつつ答えた。
食堂で少年にスープをかけられて気絶した騎士が体のあちこちに酷い火傷を負っているだろうことは顔の傷の酷さを見ても明らかだったが、その場で服を脱がせて応急処置するわけにもいかず、彼らは騎士を抱えて医務室への道を急いでいた。
遠目だったので先刻は全く気づかなかったのだが、騎士は女性だったのだ。近くに医務室があるのに大勢の騎士の前で女性の服を剥ぐのはいただけない。
一体スープを何杯かけられたかは定かではないが、抱きかかえているヤハの腕を湿らせ今尚床へ滴り落ちるだけの量をかけられたのは間違いなかった。
(可哀相に…あれだけの時間でこんなに顔が憔悴しきっている……)
女性が暴力を振るわれたことに、ヤハは激しく憤慨した。
そうこうする内に、ようやく医務室へとたどり着くことが出来た。
ヤハ達は女性を預けて帰るつもりだったのだが、しかし驚くべきことに医者が彼女の引き取りを嫌がった。
理由を尋ねても全く答えてくれない。
「理由も言いたくないな……とりあえずその人の部屋は教えてやるから、連れてって寝かせておけば勝手に治るよ」
「そんな!あちこちに大火傷してるんですよ!?放っておいたら熱が出るかもしれないのに…!」
「大丈夫だから。『そいつ』は特別だ。どんな怪我しても大抵は治っちまう。納得いかねぇなら部屋に行った後でこれでも貼ってやれや」
そんなとんでもない理屈があるものかと憤るヤハに、湿布薬の束を投げて遣すと、医者はそっぽを向いて稽古で膝を擦り剥いた騎士のほうへと行ってしまった。
ヤハは医務室を出ると、現実の厳しさ(というよりも世間の世知辛さか)に深く嘆息した。
「そういえばあの場にいた人達も……」
食堂にいた騎士達は誰1人として倒れた彼女を介抱しようとしなかった。
それどころかヤハに叩きのめされて気絶した子供を連れ出して見送るほうへとこぞって行ってしまう始末。
何人かの騎士達はこっそりとヤハへ親指でサインを送ってくれたが……
『騎士団に平民を入れること自体があの団長殿の限界だよ。』
あの少年の言葉が妙に胸に突き刺さった。
ヤハは目を伏せて小さい声で呟いた。
「ノウェ」
「なんだ?」
「封印騎士団は…世界を守るんだよね?世界中の人達を守る為にあるんだよね?」
不安げに尋ねるヤハに、ノウェはしばらくうーんと唸り、
「よくわからないや」
ノウェには難し過ぎる問いかけだったかもしれない。
(僕自身にわからない答えを子供のノウェに求めてどうするつもりだ…)
肩を落としたヤハに、その尖った耳をもてあそびつつノウェは声をかけた。
「でも」
「?……でも?」
「おろーとうりっくは、きっとその為にいるんだと思うよ」
快活に笑うノウェを見て、ヤハの口元に自然と笑みが零れた。
確かに彼らはその為にいるんだろう。
背負った子供の明るい一言に、心が少しだけ軽くなった思いがした。

そしていじられることにも慣れたヤハのふくよかな耳に、ノウェの声が響いた。
「メシはまだか」
「……………………………エリス!!」
その頃、すっかり忘れられていたエリスは空腹を堪えつつ、しっかり三人分の食事を運びこんで二人の帰りを待っていた。
その童顔に女神の微笑みを湛えて。

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