「DRAG ON DRAGOON エロパロスレ(暫定"キャビア総合スレ")」の保管庫であり、編集権限は無しです。

「ノウェ!?勝手な行動は許しませんよッ!?」
草原を行軍中、準級騎士エリスの叫びに近い呼び掛けは、巨大な翼が生み出す音によってかき消された
魔物が大量発生したとの情報を入手した封印騎士団は、一個中隊と一人の青年、そしてその青年の為にのみ強大な力を行使する蒼き竜を派遣した
蒼き竜は最初こそ嫌味を言っていたものの、小規模ながら地形に恵まれた魔物の群れを目の当たりにすると黙り込んだ
好都合だとエリスが安心していると

「露払いは任せろ……往くぞ小僧ッ!!」
そう言ったかと思うと、驚異的な跳躍力を発揮した青年を背に乗せ、魔物の只中へと飛び去った
僅かに曇り始めた空に竜の蒼は浮きだって見えた

「ハハハ!流石にエリスも竜に指図出来はしないみたいだな」
エリスが馬上にて空を見上げていると、背後からそう声を掛けられた
振り返ると、そこに居たのは良く知った顔だった
幼い頃、剣術の基礎や簡単な知識を教えてもらい、先程独断先行してしまった青年と共に遊んでもらった事もある
独特の癖のある、無造作に伸ばされた僅かに青み掛かった髪
対魔物戦闘のスペシャリストと名高い上級騎士ユーリック
改造(本人は改修だと言い張っている)された制服に封印騎士団の面影は無く、背に担いだ大振りの鎌が無ければ場違いにも程がある

「………貴方は今回の戦闘に編成されていませんが?」
気兼ねなく言葉を交わせる数少ない人物だが、今は魔物掃討の任務中
隊の長を任された以上、他の部下への体裁もあり、言葉は自然と厳しくなる
しかしユーリックはそんなエリスの考えを意にも介さず、飄々とした態度を改める事無く言葉を返す

「お前達が心配でな」
急に真剣な眼差しでそう答えるユーリックに、エリスの鼓動が一瞬高鳴った
しかし直ぐに心中で自らを一喝し、冷静を装う努力をする

「それより、前の奴等はノウェ達に任せた方が良いぞ」
しかしエリスのそんな努力は違う方向に無駄になった
屈伸運動を始めたユーリックに、エリスの装われた冷静は脆く砕けた

「何を馬鹿な事を……!?ノウェ一人に任せられるわけが」

「……ほら、お客さんだぜ?エリス」
エリスの言葉にユーリックの言葉が重なり、それと同時に小隊の進行方向左手より魔物特有の奇怪な雄叫びが上がる
小隊員全ての人間が、その咆哮に視線を向けざるを得なかった
辺りに響いた奇怪な咆哮の中に、誰もが聞きたくもない魔物の雄叫びが聞こえてはそれも当然
牛頭の巨体を有する魔物、ミノタウロス
単体でも小隊を壊滅させられる可能性があるにも関わらず、それが二匹も居る
手に持った人間大の丸太を振り回し、怒号を上げていた

「背後の骸骨達のも気を付けろよ?」
背中に有った筈の大鎌は、その禍々しい造形を誇るように存在していた
ユーリックは魔物に負けぬ雄叫びを上げ、大鎌を担ぎ上げ走り出した

「………全軍左側面の魔物に備えよッ!!」
エリスが指示するより早く、全ての兵はユーリックに倣い、各々の武器を構え走り出した
ゴブリンの群れを吹き飛ばしながら突進してくるミノタウロスは強烈の一言
簡単な任務だと高をくくり、覚悟の足りなかった兵達には強大過ぎる魔物だ
あのまま突進されるだけで、隊の半数が致命的な傷を負う可能性も大いにある
撤退───その二文字が頭に浮んだエリスを他所に、兵達から歓声が上がる

「流石ユーリック殿だ…!!」

「なんであの大鎌をあんなにも軽々振れるんだ!?……契約者でもあるまいに……!!」

「今はそんな事を言ってる場合か!?ユーリック殿を援護するぞ!!」
兵達の呟きは率直な感想であった
時には片手一本ででも振り回される大鎌は竜巻に等しく、愚かにも背後から近付いたゴブリンは一刀で両断される
何匹ゴブリンを引き裂こうが、その切れ味と速度は一向に衰えず、血の雨を降らせるのみ
大鎌を振るわれる度にミノタウロスは低い唸り声を上げ、ものの十数秒で地に伏す事となった

「……ッシャァ!!」
短く息を吐き、同じく突進を繰り出す二匹目のミノタウルスを向かい打つ形で大鎌を振り上げた
その頼もしい後姿に、エリスは幼き日の自らの想いを思い出した

エリスはユーリックと初めて会ったときの記憶は無い
思い起こせる限りの一番古い記憶の中では、既に互いに見知った中だった
まだ年端が片手で数えられる頃、エリスは多数の兵達が一同に会する式典で、保護者代わりであるオローと逸れてしまった
普段ならば多少慌てるものの、落ち着いてオローを探すだけの余裕を既に持っていたエリスだったが、全身に鎧を纏った大勢の兵達に取り囲まれていてはそうもいかない
動く度に鳴る無機質な金属音は、心細い幼子へ恐怖を容赦なく与える
そして何より、ほぼ全ての兵達はエリスの存在に気付いていない事がその恐怖を一層高める
軽装とは言え甲冑を纏っていては、当然足元への注意は散漫になる
そもそも子供が来るような場所でないと言う前提が思考にあるため、態々視界を下げる様なことは無い
それに合わせ式典は武術披露に移り、歓声が響く様になっては誰もエリスの存在に気付かない
もしここで、エリスが耐え切れず泣いてしまえるのならば、少なくとも一人ぐらいはエリスの存在に気付くはずだが、持ち合わせたプライドがそれを許さず、涙はこぼれて

も声は出ない
ふらふらと歩きながら、周囲に知った顔が居ないか探す

「ふぇ……ぅ…………あっ?」
石畳の僅かな溝に足を取られ、エリスはバランスを崩し膝を強かに打ち付けた
ただ転んだだけではあるが、鋼鉄の脛当てが闊歩している中での停止は危険極まり無い

「…………ッ!!」
エリスの視線の先
装飾か攻撃用なのかは定かではない鋭く整えられた突起が眼前へと近付く
もし顔に当たれば無事では済まない
幼いなりにもそれだけは理解でき、思わず瞼を閉じてしまう

「…………?」
しかし覚悟した衝撃は一向に来ず、代わりに男の間の抜けた声と盛大に転んだ重々しい音が聞こえた
恐る恐る瞼を閉じると、眼前には黒い壁
それが壁ではなく人の背中である事を理解したのは、その背中の主に声を掛けられてからだった

「大丈夫か?エリス」
エリスはその人物を良く知っている
普段エリスが兄と慕っているその青年は、若くして騎士団長直属の準級騎士の地位に居る
上級騎士にすら匹敵する能力の持ち主だとも、周囲の人間に囁かれている
名を、ユーリックという

「お兄……ちゃん?」
予想だにしていなかった人物の登場に、溢れ始めていた筈の涙は何処かへと消え去っていた

「………ったく、団長から離れるなっての」
エリスの呟きに答えるユーリックは、向き直ると共にエリスの赤茶色の髪をやさしく撫でた
オローに才を見出され、幼い頃から対大型魔物用の闘術を仕込まれた手は節々の間接は太くなり皮膚も硬くなっているが、今のエリスには最良の安定剤となった
大剣や大斧、大鎌はあくまで補助であり、極めれば素手でも対等に渡り合えるとの事で、それを聞いた時は暫くの間恐くてユーリックに近づけなくなった事を良く憶えている

「だって………ごめんなさい」
普段の調子を取り戻したエリスだったが、ユーリックが珍しく息を荒げ額に薄っすらと汗を浮ばせている事から状況を察し、萎縮してしまった
それに気付いたユーリックは額の汗を拭い、荒れた息を強引に押さえ込み、平静を演じる

「いつもの調子はどうした?………、さっ、団長んとこに戻るぞ」
撫でられてた頭から手の感触が無くなり、入れ替わりでその手が眼前に指し出された

「……うんッ!」
エリスは瞬間迷ったが、その手を掴もうと自らの小さな手を差し出した
不安から一転し安心したエリスは、先程の涙とは違う感情から再び涙が溢れてくる事を感じた
しかしその時、ユーリックに吹き飛ばされたどこかの中級騎士が怒号を上げた

「小僧……ッ!!」

「おぉ、怪我は無かったかい?おっさん」
ユーリックが状況を説明する間も無く、その中級騎士の拳は振るわれた

「せっかちだねぇ」
拳が顔面を捉える寸前で避け、その勢いを利用して中級騎士を投げ飛ばす
周囲からの歓声に笑みを浮かべるユーリックに、投げ飛ばされた中級騎士は何事か悪態を吐き、ふら付きながらも立ち上がる
騒ぎが鎮まるまで、中級騎士は十数回投げ飛ばされる事になった
オローが現われるまでの数分間、エリスはユーリックの横顔をずっと見つめていた
その時の胸の高まりがなんなのか、幼いエリスには分からなかった

余談だが、騒ぎの後ユーリックの減給がオローより通達された

「どっせぇぇいッ!!」
ユーリックの進撃は止まる事を知らず、血と肉片を雨の様に降らせる
主戦力を失った魔物の集団は、蜘蛛の子を散らす勢いで拡散して行った
先陣を切っていたはずのユーリックの周囲には魔物の姿は既に無く、物言わぬ躯が累々と積み重なる

「いやぁ、ユーリック殿のおかげで助かったな」

「本当にな……」
大鎌を片手に、油断無く周囲を見回すユーリックを遠めに見つめる兵達からは、口々に賞賛の言葉が聞こえる
全滅の憂き目を、たった一人で打ち消したのだから当然だろう
返り血を拭いながら歩く様を、エリスはただ呆然と眺めていた
その時抱いた感情は、昔から抱いた感情とは似て非なるものだと気付くまでには、まだ大分時間を要した

「ご苦労だった、エリス」

「ご苦労でした、エリス」
封印騎士団の総本山である大神殿の大広間にてエリスは石造りの床に片膝を突き、騎士団長オローと神官長セエレから賞賛の言葉を受けた
左に視線を向けると、今回の戦果の立役者であるユーリックが退屈そうにしている
そして右にはもう一人の立役者である竜の子、ノウェが………いるはずだったのだが、その姿は何処にも見えない
神殿警護の任に就いている兵から、先程蒼き竜が飛び立ったと言う報告があった
毎度お馴染みのサボりだ

「私には身に余るお言葉ですが……光栄です」
エリスは大仰な言葉を並べ、型式どおりに事を運ぶ
実際のところ今回の戦果にエリス自身は関与しておらず、辞退を進言したが指揮を執ったという建前がある以上仕方ないと説き伏せられて今に至る
賞賛を受けるべきはユーリックとノウェであって自分ではないと、エリスは心底思っていたが、そんなことは表情に出さない

「ユーリック、お前もご苦労だった……が、今後は無茶をしないようにな」

「申し訳ありません。生来猪突猛進なもので……きっと前世は猪か何かだった所為でしょうが」
口調はエリス同様大仰なものだが、返す言葉はいつもと同じくおどけたものだった
オローは溜息を、セエレは無邪気な笑みを浮かべた
背後にいる兵達は、笑いを堪えているのか漏れ出る息が数個聞こえる

「ならば仕方がないですね………ではオロー」

「………うむ。各々、今回の成果に過剰に満足せず、自己鍛錬を怠らないように。………では、これを以って閉幕とする」
程無くして戦果賞賛の儀は終了した

「ふぅ……俺もノウェと一緒にサボれば良かったな」

「……………はぁ」
騎士団長、神官長と退室し、大広間の緊張は一気に解けた
後列の兵から順に追って退室する様を眺めながら、ユーリックは気だるそうに呟いた
対しエリスは思わず溜息を漏らしてしまい、咳払いで誤魔化そうにも叶わなかった

「どうした? 今回の成果で上級昇格に一歩近付いたんだ、喜ぶべきだと思うが……?」

「………確かのそうですが、今回は私は何もしていませんわ」

「陣頭指揮を執ってりゃな、部下の功績はお前の功績になるのさ
 俺やノウェは半分命令違反してるわけだから、相殺どころか下手したら評価は下がってるんだぞ?」

「私ばかり……」
行き過ぎた謙遜を発揮するエリスの言葉を遮り、ユーリックは直ぐに言葉を続けた。

「良いじゃないか、俺もノウェも地位だの権力だのにはさして興味は無いんだ
 エリスの夢の実現の役に立てりゃ十分なのさ」
ユーリックの言う夢の実現───父代わりに育ててくれたオローへの恩返しである上位騎士の位の獲得
あと一歩で手が届くその夢だが、その一歩は果てしなく遠い
何故なら騎士の称号は一定数で限りがあり、今現在欠員はいない
上級騎士のほぼ全員が契約者という事実は、エリスにとって大きな壁

「それに、最初こそ反応が遅れたがその後の指揮に間違いは無かったぞ?
 女だからとか偏見言ってる能無し共も、今回は静かだったしな
 エリスなら、団長の後釜だって十分狙えるさ」
先程の砕けた様子は無く、ユーリックは真っ直ぐにエリスを見つめる
一頻り言い切った後、ユーリックは満面の笑みを浮かべた

「何かあったら言ってくれ
 薄給なんで、金の相談以外なら何でも相談にのってやれるから
 さて……嫌な予感もすることだし、団長から小言言われる前に撤収するかね」

エリスの視界には、兵を掻き分け歩み寄るオローの姿が見えたが、ユーリックはオローの手が肩に乗る前にそそくさと大広間から出て行ってしまった

「……そればかりは保障は出来んぞ?」

「機を見計らって頂ければ、俺はそれに合わせます」

「そうなるとお前が……」

「元々二重階級なんですよ? 俺なら降格させられて、入れ違いに昇格したあいつの部下になったとしても、それをとやかく言う奴等はいないでしょう?」

「………そうかもしれないが」

「そうでもしないと、落ち着きやしませんよ?エリスは」

「………善処しよう」

「宜しくお願いします、団長」

「あれは……?」
報告書を片手に、エリスは封印騎士団団長、オローの執務室へと急いでいた
功績を取り消して欲しいと嘆願する為に
執務室へと近付くにつれ、聞き慣れた声が僅かに聞こえた
何を話しているかまでは聞き取れないが、その声が誰であるかは直ぐ分かる

「団長とお兄ッ………!? ………ユーリック?」
考え事をしていた為か、エリスの口から不意に出た言葉は、本人が言わぬと誓った言葉だった
慌てて口を片手で覆い、周囲を見回しながら訂正する
人の気配はまるで無く、エリスはほっと胸を撫で下ろした。
古くから封印騎士団に籍を置く者たちにしてみれば、エリスとユーリックが兄妹のような関係であることは当然の様に周知の事実だ
非公式の場でないのならば、仮に兄と呼んでも意外に思う人間はそう居ないだろう
だが規律を重んじるエリスはそれを嫌い、正式な騎士団員となってからユーリックを“兄”と呼ぶ事は無かった

「…………ふぅ」
暫くの間、立ち止まったままで周囲に人の気配が無い事を再確認したエリスは、溜息を一つ吐き出すと歩き始めた
───最近の私は変だ。
先程の失態を繰り返し無くないエリスであったが、思考は外側よりも内側へ向けられ、再び答えを探そうと言葉を反復した
───兄と言ってもあくまで形式上は、だ
幾度か入り込んでいた思考の迷宮に、エリスは出口が無いのではと思っていた。
───血の繋がりは無いんだから
だが今、全く別の出口を見つけた
見つけてしまった
───血の繋がりは、無い。他人なんだ
知らぬ間に出来上がっていた、心の中の高い壁は意外にもあっさりと
───他………人?
崩れた
崩れてしまった

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「さて……さっさと部屋に戻って……ん? エリスか」
団長の部屋を出た俺は、軽く背伸びをするように肩を動かした
そして自分の部屋に戻ろうと歩き始めると、直ぐに視界に見知った顔が入った
先程まで団長と話していた事が再び頭の中を過ぎったが、悟られぬよう表情は一切変えない
そしていつもの調子で声を掛けたのだが、どうも様子がおかしい

「おい………?」
廊下に立ち尽くしたエリスは、視線を床に向けていた。
心なしか、いつもの気丈さが感じられない
周囲が薄暗い所為かとも思ったが、近付いていくうちにそれは違う事が良く分かった

「………お〜い?」
既に互いの距離は三歩程度にまで近付いている
しかしエリスは一向に俺に気付いていない
眼前で手を振ってもその状態は変わらず、その状態になって初めてエリスが何かを呟いている事に気付いた

「他人……なら……契り……結んで……」
どこか遠くから響いてきたドアの閉まる音で聞き取れなかったが、何かを繰り返し呟いている
表情も暗く、俺は思わずエリスの肩に手を置き、その身体を揺さぶった

「おい、エリス! 大丈夫か?」

「………えっ!? あっ………」
二三度揺さぶられ、漸く視線を俺に向けたエリスの頬は赤く染まっていた
そして呼吸も僅かに乱れていた

「調子が悪いようなら医者に行くぞ。言っとくが、変に誤魔化してたりしたら承知しないぞ」
そんなエリスの姿に不安感を抱いたせいか、俺は珍しく感情的に声を荒げていた
団長が廊下を覗く姿が用意に想像出来たが、今はそんな事はどうでも良かった

「あ………その………」
エリスも余程驚いたようで、言葉を詰まらせていた

「調子は悪いのか?」
鋭さが幾分薄れたエリスの眼差しに懐かしさを感じつつも、勢いのままに問いただす

「体調、は、悪くないけど………」

「………熱は無いな」
ゆっくりとした口調で答えるエリスに煩わしさを感じた俺は、無意識のうちにエリスに額に手を伸ばして体温の具合を確かめた

「あっ………」
何か言いたげなエリスだったが、幸いにも嫌がる素振り無かった

「………何か悩みがあるなら、相談ぐらいには乗れるからな?」
この場で問い質したい衝動を抑えた俺は、ようやくいつもの調子を取り戻しエリスに触れていた手を離した

「………………」
エリスはやはり何か言いたげにしていたが、うまく言葉に出来ないのか唇を僅かに動かしている

「………別に俺じゃなくても良い、団長だって喜んで相談に乗ってくれるはずだ」
もう年齢的にも精神的にも独立した大人であるエリスに、あまり過保護になるまいと決めていた俺は、そのまま脇をすり抜けて自室へと戻ろうとした
しかしそんな俺の背中に、小さな声でエリスが呟いた

「後で………お部屋に行っても良い………?」

「………あぁ、待ってる」
消え去りそうなその声に、振り返りたい衝動に駆られたがそれをぐっとこらえ、後ろ手に二三度手を振りながら、俺は自室へと向かい歩き始めた

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エリスは自分の思考が何故困惑していたのか、一応の区切りを見つけた
それを認めて初めて、素直になれると思った

「エリス………です………」

「開いてるぜ」
力無く打たれたノックに、室内から待ち構えていたのか、直ぐに返事が聞こえる
恐る恐る開けれた扉から現れたエリスに、ユーリックは一瞬戸惑った
いつもの凛とした雰囲気が全く感じられない
それどころか、歩き方一つ見ても自分に自信の無い少女の様

「………どうした?」
その驚きを取り合えず己の中で噛み潰せたユーリックは、質素なテーブルを挟み、向かい合う椅子に座るよう手で促がした
ユーリックとその手、そして示された椅子とを見比べ、漸く腰を下ろした

「い、いえ……」

───様子がどうにもおかしい
そう心の中で呟いたユーリックは、視線をエリスへと向けた
いつもならがっちりと合うはずの視線が無い
テーブル、自分の手、床と、忙しなく動くエリスの視線だが、一度もユーリックの顔を見ようとはしない

───こんなことは今まで一度も……
少なくとも、長槍を手に鎧を纏うようになってからは一度も無いはずだ

「………………」
考えを巡らせるが、そんなエリスに掛ける言葉が見つからず、ユーリックは沈黙してしまった
しかしユーリックの様子に気付けるほどの余裕の無いエリスは、俯いたまま
暫くそのまま時間が過ぎていったが、その沈黙を破ったのは俯いたままのエリスだった


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「私は……分からなくなってきたんです」
意を決したのか、エリスは普段の凛とした雰囲気を多少を取り戻した

「自分が何者であるのか……」

「………豪く哲学的だな」
エリスの言葉に若干の違和感を感じながらも、ユーリックは言葉を返した

「エリスはエリスさ」

「そうではなくて……その……」

「………?」
言葉を捜すエリスは再び視線をユーリックから外したが、直ぐに戻した

「……私は……何をする為に今、こうしているのでしょうか……?」

「………………目的、か? 俺なんかは惰性で生きてるからな……」
その問いに、ユーリックは腕を組み思考を巡らせた
エリスがこうして、封印騎士団の一員として生きる理由
最初は単純明快に“選択の余地が無かった”だけだった
“貴族の気まぐれ”などと揶揄する者もいるが、オローにその身を預かられた理由を、エリスは語ろうとしない
もしその理由を聞いた者がいたとしたならば、百人が百人“貴族の気まぐれ”などの戯言を言う事は無くなるだろう
そしていまや準級騎士の筆頭にいる
羨望の眼差しを受け、蔑むような者はもういない

次に見つけた理由は、不器用ながらも“父”として愛情を注いでくれたオロー団長への恩返し
準級騎士まで上り詰めれば十二分だろう
各地に配置される騎士の位が理想であっても、補佐に回れる事を考えれば準級騎士が一番妥当かもしれない
すなわち、この理由もほぼ達成している

「………………エリス、ちょっと目を閉じてみてくれ」
思い付く限りの理由はどれも納得できる代物ではなく、ユーリックはそれをエリスから引き出すことにした

「………………?」

「特に何か考える必要は無い。そのまま何も考えずにいてくれ」

「………………」
ユーリックの言葉に疑問符を浮かべながらも、エリスは瞳を閉じた
何も考えるなと言われて、全くの無を考えられる人間はそう居ない
現にエリスも、目蓋の裏にとある人物が浮んで見える
それはもう当然であり、必然であった

「もう良いだろう。目、開けてくれ」

「いったいこれは………」
目蓋の裏に居座る本人を前にやや恐縮しながら、エリスは意味を求めて言葉を返した
そしてその答えに、自らの本心を再確認した

「いま思い浮かんだ物だったり人だったり……まぁそれがエリスが、一番大事だと思うものだ」
ユーリックのその言葉に、エリスは自分の感情を再確認した
そしてそれを行動に移そうと、心に決めた

「“それ”の為に生きれば良いんじゃないか?」
ユーリックはいつもと変わらぬ笑みを浮かべ、そうエリスに伝えた
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思えば何度もこの笑みに助けられた
幼き日、孤児紛いと揶揄された時は、妹だと言ってくれた
年下のノウェに初めて剣術で負かされた時は、非力なエリスには槍術の方が良いと言ってくれた
初めて血を流し女になった時は、子を生せる素晴らしさを優しく説いてくれた

「ありがとう……ございます」
あぁ……そうだ、この人が居たからだ
今まで生きてこれたのも
女の身で、準級騎士にまで上り詰めたのもこの人がそこに居たから

「………一つお願いがあります」
深々と頭を下げ、先ずは礼の言葉を口にする
見出した路を照らしてくれたその言葉に感謝し、歯止めの利かない衝動を満たそうと行動を開始する
私のささやかな願いを断られる筈が無い
分かっていて敢えて“お願い”するのは幾分意地の悪い気がするが、一回ぐらい許してくれる筈だ
何故ならこの人は、私のお兄ちゃんなのだから

─────────────────────────────────────────────────────────────────────
「目を閉じてもらえませんか?」
その言葉は唐突だった

「あぁ……構わないが……」
ユーリックは自らが言った言葉が、そのまま返された事に驚きつつも従った
閉じた目蓋の裏には、少女の幼き頃の笑顔が見えた
無邪気に笑い、兄と慕ってくれたその少女は、自己確立を出来ないと相談にやってきた
昔に見たどこか自信無さげの様相を懐かしくも思ったが、やはりあの笑顔が一番少女らしい
そんな事を考えていると、不意に頭が揺れた
揺れたというより押されたと言った方が正しい
何なんだと目蓋を開けると、そこには栗色の髪と白い肌が見えた
それが、目蓋の裏に見た少女である事に気付くまでには、幾分時間が掛かった
幼き日と同じ笑みを浮かべ、はにかみながら離れる少女、エリスの顔を見るまで呆けてしまっていた
唇には僅かに暖かさが残り、柔らかな感触が遅れてやってきた

「………んな」

「……では、私はこれで失礼しますね?」
呆然とする他無いユーリックを差し置いて、エリスは微笑を浮かべながら背筋を伸ばした
スラリとした立ち姿は気丈さを取り戻した事を物語り、真っ直ぐな瞳からは迷いの影が消えていた

「おやすみなさい、お兄ちゃん」
しかし全てが変わったわけではない
以前の様に、見据える相手を射抜くような眼光は無く、表情もどこか柔らかい

「お……おいエリス?」
数秒後に漸く我に返ったユーリックは、ドアに向かったエリスの背中に慌てて声を掛けた
何を問うかなど考えてはいないが、このまま帰られると眠れぬ夜を迎える事になってしまう

「なんですか?」
振り返ったエリスの煌びやかまでの笑顔に、ユーリックは言葉を失った

「い、いや……また明日、な……」

「はい。また明日……」
そしてドアはあっさりと閉じた
鼻歌交じりに遠ざかる足音を聞きながら、ユーリックは自分の頬を抓ってみた

「……普通に痛いな」
数週間後、強面で知られる騎士団長オローが、唐突に何かを思い出したような笑みを浮かべていた姿が、多くの兵に目撃された
その理由が明らかになった日、大神殿を使っての“式典”が、オローの独断にて開催された
封印騎士団に属する者全てに強制参加の旨が通知され、それは盛大なものとなった

拍手喝采に包み込まれ、多くの人間に囲まれ幸せそうに微笑む少女に対し、横に立ち尽くす青年は未だに要領を得ていない顔をしていた

『汝は、この男を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の“契約”のもとに、誓いますか?』

「……誓います」

『汝は、この女を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の“契約”のもとに、誓いますか?』

「……誓います」

婚姻と併せ、“明命”の騎士の称号を得た鬼娘は、幾分丸くなったとの事だが、真実はたった一人の男しか知りえない

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