コーサカ×笹
現視研の部員は酒をあまり飲まない。
苦手とかいうんじゃない。それ以前に、酒というモノそれ自体に大人っぽさというか、何か一筋縄ではいかない雰囲気を感じているのだ。
忘年会を開いても、みんなで持ち寄った同人誌を読んだり、DVD鑑賞とか、格ゲー大会をするだけ。どこかチキンになっているところがあるのだろう。
そういう付き合いをすると、自分がオタクでいられる免罪符を手放す気がするのだ。
あくまでも、感覚的で、あやふやな抵抗感なのだけれど。
一方、咲と高坂は呑む。普通にデートに行けば、帰りに天狗や小さいバーに寄ったりもする。高坂に至っては、どこでカクテルを覚えたのか自宅の冷蔵庫と食器棚の間にシェイカーやグレナデンシロップなどが転がっているし、咲はわりかし酒豪だ。
でもって。
部長になった次の日、笹原は咲と高坂のカップルと共に飲んでいた。
咲は確かに拒絶したし、笹原も気を利かせて断ろうとしたのだが、偶然出会ってしまえば、高坂が二人を意にも介せず、彼を酒の席に参加させた。
高校時代の笹原は結構飲んだ。友達の家へ行けば、コンビニから買ってきたチューハイやビールでちょっとした違法性を楽しんだりもした。
そんなわけでそれそのものに抵抗があった訳じゃないんだが、ともかく自分は場違いだ。咲の睨みがこちらの首元に据えて来て、相当居心地が悪い。
んでもって、ついつい無口になるが、場の空気が無挙動を許さず、仕方なく何杯も飲むハメになった。別に強いわけじゃない、むしろ酒量が一定を越えるといきなり酔いが回ってその後長時間はへべれけになってしまうタイプの笹原は、自宅の方向上の問題で、咲と分かれたあとそのまま高坂に介抱されて山の手線沿線の公園で野垂れ死んでいた。
「うぇえ、ごめん、高坂くん。っつーか春日部さんと一緒に帰ったほうがよか・・・」
腹と胸の境界のあたりの臓器が鈍い速度で回転するような感覚に襲われて、笹原は蹲った。
「えー？別に、彼女は一人でも帰れるよ」
「…そうじゃなくて、うーん、高坂くん、鈍すぎだって…」
「鈍いかなあ。よく言われるけど、鈍いから分かんないのかもね」
「…」
その後10分経過。すでにあたりに人影は見えず、遠くの歓楽街の光がぼやけて視界に映った。
「あのさあ、笹原君。君酔ったら物事忘れるほう？」
「あー、うん、けっこうー…ふぅ…」
「…」
無言。その後、高坂が切り出した。
「俺さ、最近溜まってるんだよね。ああ、ストレスが。」
『俺』？ちょっと違和感を覚えた。笹原の中では、高坂の一人称は『僕』あたりで固定されていた。
「え・・・？」
「君が忘れるっていうんなら色々吐き出したいんだよね。さすがに最近の咲、ほら、なんか扱いづらいじゃん。彼女の相手しているとね…」
「何のこと？」
「なんか自責の念を感じすぎてるっていうか。俺さあ、天然キャラ作ってた方が楽だと思ってそう振舞ってるけど、相手の事あんま考えられない奴に限って、そういう人格相手だと色々愚痴こぼしてきてさ。俺も少しは好き勝手やらないとやってらんないの」
「…キャラっすかぁ？っつーか意外っていうか、うーん、アニメ的だね、うぅ、なんかこう、いつも天然のがさ…」
と言いかけたところで、一足遅れて、物凄い衝撃が笹原の脳裏に走った。
「…マジ？」
「マジ。」
笹原は黙り込んだ。
「っていうか、あんなキャラでまともに対人関係成り立つわけないっしょ。
少し考えれば、みんな作ってることに気付きそうだけどねえ」
「…」
「天然ならウケるし、楽だっつう発想がオタクなのは分かってるけど、まあ相手にするのはみんなオタクばっかだし、咲は思慮が足りないし」
「…なんかぁ、言い方ヒドイね。」
「俺が？まあ、そうだろうね。でも、さすがに普段はフォローはしてるよ。みんなの。今日はさ、君が泥酔してるみたいだし、それに一番人間としてフツーだから、色々吐露してもOkっぽいじゃん」
ここまで饒舌に、アレな事を言われ続けるといい加減酔いも覚めるが、笹原は適当に酔った風にして聞き返した。
「俺が普通？」
「だって、ほかの皆はやっぱりオタク思考するし。斑目さんはこういう事言っても対応できなさそうだし、ほかの三人はどっかズレてるし。咲はなんかね…。」
「みんなのこと、普段からちょっとオカシい奴みたいな目でみてるんだ」
「えー？いや別に。だったら現視研にはいないんじゃないかなあ」
「で、本性を見せて、すっきりした？…ん？」
ここで笹原は、ちょっと自分が喧嘩ごしっぽい口調になっているのに気付いた。
ちょうど原口相手に話す時のように。それは高坂も気付いていたようだ。
「そんな態度しないでよ。俺は君の事信頼してるし、みんな嫌いじゃないもん」
「じゃあ、最初からキャラなんて作らないでよ」
「処世術っていうやつ？不思議ちゃんぶってた方が面倒なことがない。一番好きなのは自分だから」
「やっぱ、性格悪い」
「だね。俺も今そう思った。でも、みんなはそれに気付いてないし、不快な思いはしていない」
「俺はなんなんすか？」
「…まあいいや。すっきりしたよ。このことはちゃんと忘れてね。僕、もう帰るから」
人称は『僕』に戻っていた。彼はまたその『キャラ』に帰っていったのだ。
翌日以降、笹原は覚えていた。ものすごい泥酔していたが、すっからかんに前日の事を忘れるわけでもない。中途半端に酒に弱いだけだ。彼は高坂の暴露を公言しなかった。
むしろ、次第にある感情が膨れ上がった。
彼女であるはずの咲も知らない、高坂の本性と本音を自分が独占している事への恍惚だ。
彼は自分の事を「信頼している」と言った。同学年で、部員の中では最も彼に親しいが、それ以上ではないし、何も彼に関して理解出来ていることはなかったのに、なぜ信頼を買えたのか？
単に分別がありそうだからか？一番ていの良いはけ口として利用されただけか？
笹原はそうは考えなかった。いつの間にか、彼は高坂が自分を必要としていると妄想しはじめた。
その頃、ちょうど萩上と大野の間の確執が高まり、彼の思考の中にやおいの概念が入り込んだ。
要素がそろえば、簡単に思考は化学結合した。気付いたとき、彼の自室に、高坂に向けられたものを包んだティッシュがあった。
「…っっつー訳…です。あのさ…俺、高坂にさ」
「あー、うーん…」
高坂の自室。高坂の驚きの顔。笹原の、若気の至りでか暴走して、告白すれば受容してもらえるという妄想の末の言葉。それに伴う、多大な抵抗感と、胸の高鳴り。
「自分で分かってるんでしょ、大野さん達の趣味に感化されただけだって」
「いや、それは、まあ、でもね、でも、…でも！俺だってこういうの初めてなんだ！原因なんて関係ないし、夢だって見たいよ」
「へえ、夢なんだ」
「いや、うー」
冷たく見透かす高坂の言葉で、すぐに冷却された彼の感情は、事態と自分の行動の非現実性と結果の絶望さ加減に気付いた。
「いいよ」
「え？何が？」
「すきだって言うのは、俺にも何か言って欲しいからでしょ？ 俺も構わないよ、っていうか、笹原の事嫌いじゃないよ。」
「…いや、でも」
「どうしたの？俺の返答が奇妙？出来の悪いBL小説みたい？」
「うー、うん、いや、あの、ホモだし…」
「いまさら違和感感じてるんだ？じゃあ最初から告白みたいな真似しなきゃいいのに。冷静になったら、色々先じて分かると思うけど。自分の過熱っぷりとか。」
「やっぱ、高坂くん、ひどいね」
「それはもう知ってるでしょ？っていうか、こないだ、忘れてね、って言ったのに」
「忘れられなかったんだよ！」
「じゃあ、君がどんなに後悔しても、俺もこの事は忘れないよ。…っていうか、人から好かれるのは、嬉しいもん。下半身込みでもね」
「…いいの？」
「いいってば」
というワケで、二人は咲やその他の部員に見えないところで、少しずつ感情を同調させ、そして…
―――――――――――――――――――――――――――
「…っていう話はどうです？」
「大野さん、それはちょっと…」
田中の額に汗が垂れた。
――――――――――――糸冬了――――――――――――
苦手とかいうんじゃない。それ以前に、酒というモノそれ自体に大人っぽさというか、何か一筋縄ではいかない雰囲気を感じているのだ。
忘年会を開いても、みんなで持ち寄った同人誌を読んだり、DVD鑑賞とか、格ゲー大会をするだけ。どこかチキンになっているところがあるのだろう。
そういう付き合いをすると、自分がオタクでいられる免罪符を手放す気がするのだ。
あくまでも、感覚的で、あやふやな抵抗感なのだけれど。
一方、咲と高坂は呑む。普通にデートに行けば、帰りに天狗や小さいバーに寄ったりもする。高坂に至っては、どこでカクテルを覚えたのか自宅の冷蔵庫と食器棚の間にシェイカーやグレナデンシロップなどが転がっているし、咲はわりかし酒豪だ。
でもって。
部長になった次の日、笹原は咲と高坂のカップルと共に飲んでいた。
咲は確かに拒絶したし、笹原も気を利かせて断ろうとしたのだが、偶然出会ってしまえば、高坂が二人を意にも介せず、彼を酒の席に参加させた。
高校時代の笹原は結構飲んだ。友達の家へ行けば、コンビニから買ってきたチューハイやビールでちょっとした違法性を楽しんだりもした。
そんなわけでそれそのものに抵抗があった訳じゃないんだが、ともかく自分は場違いだ。咲の睨みがこちらの首元に据えて来て、相当居心地が悪い。
んでもって、ついつい無口になるが、場の空気が無挙動を許さず、仕方なく何杯も飲むハメになった。別に強いわけじゃない、むしろ酒量が一定を越えるといきなり酔いが回ってその後長時間はへべれけになってしまうタイプの笹原は、自宅の方向上の問題で、咲と分かれたあとそのまま高坂に介抱されて山の手線沿線の公園で野垂れ死んでいた。
「うぇえ、ごめん、高坂くん。っつーか春日部さんと一緒に帰ったほうがよか・・・」
腹と胸の境界のあたりの臓器が鈍い速度で回転するような感覚に襲われて、笹原は蹲った。
「えー？別に、彼女は一人でも帰れるよ」
「…そうじゃなくて、うーん、高坂くん、鈍すぎだって…」
「鈍いかなあ。よく言われるけど、鈍いから分かんないのかもね」
「…」
その後10分経過。すでにあたりに人影は見えず、遠くの歓楽街の光がぼやけて視界に映った。
「あのさあ、笹原君。君酔ったら物事忘れるほう？」
「あー、うん、けっこうー…ふぅ…」
「…」
無言。その後、高坂が切り出した。
「俺さ、最近溜まってるんだよね。ああ、ストレスが。」
『俺』？ちょっと違和感を覚えた。笹原の中では、高坂の一人称は『僕』あたりで固定されていた。
「え・・・？」
「君が忘れるっていうんなら色々吐き出したいんだよね。さすがに最近の咲、ほら、なんか扱いづらいじゃん。彼女の相手しているとね…」
「何のこと？」
「なんか自責の念を感じすぎてるっていうか。俺さあ、天然キャラ作ってた方が楽だと思ってそう振舞ってるけど、相手の事あんま考えられない奴に限って、そういう人格相手だと色々愚痴こぼしてきてさ。俺も少しは好き勝手やらないとやってらんないの」
「…キャラっすかぁ？っつーか意外っていうか、うーん、アニメ的だね、うぅ、なんかこう、いつも天然のがさ…」
と言いかけたところで、一足遅れて、物凄い衝撃が笹原の脳裏に走った。
「…マジ？」
「マジ。」
笹原は黙り込んだ。
「っていうか、あんなキャラでまともに対人関係成り立つわけないっしょ。
少し考えれば、みんな作ってることに気付きそうだけどねえ」
「…」
「天然ならウケるし、楽だっつう発想がオタクなのは分かってるけど、まあ相手にするのはみんなオタクばっかだし、咲は思慮が足りないし」
「…なんかぁ、言い方ヒドイね。」
「俺が？まあ、そうだろうね。でも、さすがに普段はフォローはしてるよ。みんなの。今日はさ、君が泥酔してるみたいだし、それに一番人間としてフツーだから、色々吐露してもOkっぽいじゃん」
ここまで饒舌に、アレな事を言われ続けるといい加減酔いも覚めるが、笹原は適当に酔った風にして聞き返した。
「俺が普通？」
「だって、ほかの皆はやっぱりオタク思考するし。斑目さんはこういう事言っても対応できなさそうだし、ほかの三人はどっかズレてるし。咲はなんかね…。」
「みんなのこと、普段からちょっとオカシい奴みたいな目でみてるんだ」
「えー？いや別に。だったら現視研にはいないんじゃないかなあ」
「で、本性を見せて、すっきりした？…ん？」
ここで笹原は、ちょっと自分が喧嘩ごしっぽい口調になっているのに気付いた。
ちょうど原口相手に話す時のように。それは高坂も気付いていたようだ。
「そんな態度しないでよ。俺は君の事信頼してるし、みんな嫌いじゃないもん」
「じゃあ、最初からキャラなんて作らないでよ」
「処世術っていうやつ？不思議ちゃんぶってた方が面倒なことがない。一番好きなのは自分だから」
「やっぱ、性格悪い」
「だね。俺も今そう思った。でも、みんなはそれに気付いてないし、不快な思いはしていない」
「俺はなんなんすか？」
「…まあいいや。すっきりしたよ。このことはちゃんと忘れてね。僕、もう帰るから」
人称は『僕』に戻っていた。彼はまたその『キャラ』に帰っていったのだ。
翌日以降、笹原は覚えていた。ものすごい泥酔していたが、すっからかんに前日の事を忘れるわけでもない。中途半端に酒に弱いだけだ。彼は高坂の暴露を公言しなかった。
むしろ、次第にある感情が膨れ上がった。
彼女であるはずの咲も知らない、高坂の本性と本音を自分が独占している事への恍惚だ。
彼は自分の事を「信頼している」と言った。同学年で、部員の中では最も彼に親しいが、それ以上ではないし、何も彼に関して理解出来ていることはなかったのに、なぜ信頼を買えたのか？
単に分別がありそうだからか？一番ていの良いはけ口として利用されただけか？
笹原はそうは考えなかった。いつの間にか、彼は高坂が自分を必要としていると妄想しはじめた。
その頃、ちょうど萩上と大野の間の確執が高まり、彼の思考の中にやおいの概念が入り込んだ。
要素がそろえば、簡単に思考は化学結合した。気付いたとき、彼の自室に、高坂に向けられたものを包んだティッシュがあった。
「…っっつー訳…です。あのさ…俺、高坂にさ」
「あー、うーん…」
高坂の自室。高坂の驚きの顔。笹原の、若気の至りでか暴走して、告白すれば受容してもらえるという妄想の末の言葉。それに伴う、多大な抵抗感と、胸の高鳴り。
「自分で分かってるんでしょ、大野さん達の趣味に感化されただけだって」
「いや、それは、まあ、でもね、でも、…でも！俺だってこういうの初めてなんだ！原因なんて関係ないし、夢だって見たいよ」
「へえ、夢なんだ」
「いや、うー」
冷たく見透かす高坂の言葉で、すぐに冷却された彼の感情は、事態と自分の行動の非現実性と結果の絶望さ加減に気付いた。
「いいよ」
「え？何が？」
「すきだって言うのは、俺にも何か言って欲しいからでしょ？ 俺も構わないよ、っていうか、笹原の事嫌いじゃないよ。」
「…いや、でも」
「どうしたの？俺の返答が奇妙？出来の悪いBL小説みたい？」
「うー、うん、いや、あの、ホモだし…」
「いまさら違和感感じてるんだ？じゃあ最初から告白みたいな真似しなきゃいいのに。冷静になったら、色々先じて分かると思うけど。自分の過熱っぷりとか。」
「やっぱ、高坂くん、ひどいね」
「それはもう知ってるでしょ？っていうか、こないだ、忘れてね、って言ったのに」
「忘れられなかったんだよ！」
「じゃあ、君がどんなに後悔しても、俺もこの事は忘れないよ。…っていうか、人から好かれるのは、嬉しいもん。下半身込みでもね」
「…いいの？」
「いいってば」
というワケで、二人は咲やその他の部員に見えないところで、少しずつ感情を同調させ、そして…
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「…っていう話はどうです？」
「大野さん、それはちょっと…」
田中の額に汗が垂れた。
――――――――――――糸冬了――――――――――――
2006年07月11日(火) 23:17:21 Modified by korewanetadesu