煙草の匂い。彼女とは違う、香水の香り。薬指にはめた指輪。
細く、褐色の体。昔よりも伸びた髪。

理由なんてわからない。真夜中に携帯が鳴った。ただ、それだけ。

「重さんってさあ、恋人いないの?」
「はい、いないです」
「好きな人は?」
「……いえ」

頭に浮かんだ彼女の表情は消した。いつでも笑っている彼女は、あたしの頭の中でも笑顔だ。

「あのこは?」
「え?」
「リンリンって子。よくご飯いくんでしょ?」

煙草に火をつける慣れた手つきに目をやった。唇から煙。天井まで向かって、消えた。

「リンリンは…」
「片想いなんだ」
「…そうですね」
「そりゃそうだわ。あんな純粋そうな子、重さんにはもったいない」

あはは、子どもみたいな顔で笑う。何も身につけていない体が、少し寒い。

「彼さあ、最近帰ってこないんだよね」
「仕事じゃないんですか?」
「だといいけどねぇ」
「なんでさゆみを?」

「かわいーから」

また笑って、抱きしめられた。胸が罪悪感でいっぱい。そして、切ない。

リンリンに触れたのは、ただの一度。無理くりに、抱きしめただけ。腕の中で感じた彼女の戸惑いに、それ以上は何も出来なかった。キスさえも。

朝になって部屋に戻った。体を包む気だるさ。自分の鎖骨に残った痕に、あの人のワガママさを感じた。
ベッドに倒れこむように沈んだ。

会いたいな。でも、会ってはいけない。こんなぼろぼろなあたしを、見られたくない。

大好きなのに、何でこんなこと、しちゃったんだろう。謝りたいけど、謝る理由もない。それが、何よりも悲しい。

明日、仕事のあと、ご飯に誘おう。そして、絶対、あたしが払おう。償い、なんかじゃないけど。


新狼1さゆみん 512-514

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