新狼1さゆみん 512-514


『ねぇ、そばにいてよ』
『…対』

『対』とは、中国語で『はい』を意味するそうだ。

リンリンに想いを告げて、はや一ヶ月。特に何も変わりなく毎日は過ぎて行った。
コンサートのリハーサル、本番。舞台の稽古、番組の撮影、コンサートのリハーサル…

目まぐるしく時間だけが過ぎて、二人で過ごす時間など少しもない。

「はあ…デートしたい」
「誰と?」

考えてることがそのまま声に出てしまっていた。隣を見ると、絵里が視線をこっちに向けたままカレーを頬張っている。
そうやってよそ見するからこぼすんだよ。

「…絵里とに決まってんじゃん」
「ふーん」

見透かすような目でこっちを見てからまたカレーに向き直る。

とりあえず、今日の公演が終わったら明日はオフだ。二人きりで過ごせる貴重な時間。
まだ、キスさえしていない。あのあとも、夜遅かったからすぐ別れたし。

腕の中の温もりは一時も忘れていない。中途半端に灯った熱が体から離れなくて、もどかしい。

「最近、なんか楽しそうだね」
「え、そう?」
「…あの人のときとは、大違い」

ガタ、と椅子が動く音がはっきりと聞こえた。立ち上がりトレーを返却しにいく後ろ姿を、黙って目で追った。
泣きじゃくるあたしを一番近くで慰めてくれたのは、絵里だった。

『重さん、女の子だし』
『あんたを、一番に愛していたかったよ』

――『ごめん』

胸が締めつけられる。忘れられていないわけではない。
ただ。リンリンに、同じように離れられたら。そう考えるだけで、呼吸が止まってしまいそうなほどの恐怖が襲う。

「道重さん」

声が降ってきた。振り向くと、お菓子を持ったリンリンが立っている。

「リンリン…」
「食べますか?」
「うん、ありがと」

その土地ごとの名物やメンバーの家族からの差し入れを食べるのも、ツアーの醍醐味だ。

「本当、美味しそうに食べるね」
「はい!美味しいです」
「かわいーなあ…ほんとに」

頭を撫でる。見つめると、視線をそらされた。のぞきこむように瞳を追いかける。
気づけば、鼻先が触れるほど近づいていた。あと少しで唇が重なる。

「……今晩、泊まりにきて」
「…はい」
「それまで、おあずけだね」

唇を指でなぞり、立ち上がる。追いかけてくるリンリンの手をとって、楽屋へ向かった。

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