首元にはいつも、あの人の名前のネックレス。口を開けばその名前。
あげくの果てに。

はにかみながらラスクを片手に亀井さんに迫る彼女の横顔を見ると、胸がずきりと痛んだ。うつむいて、ラスクをかじると、サクッと軽やかな音がした。
美味しいものを食べているのに楽しくない。それがなんだか悔しくてもう一つラスクを口に運ぶ。
甘い。ただ、それだけだ。目をつむった。耳もふさいでしまいたい。大好きな道重の声が、今は世界で一番聞きたくない声となった。

帰り道。ため息をついて、立ち上がった。メンバーのみんなに挨拶をして、駅へと向かった。
いつか、仕事のあと、手を繋いで駅へと歩いたなあ。過去の記憶へと意識を巡らす。しかし、今は何を思っても、胸を突き刺す痛みにしかならない。

駅の階段を上がる途中、携帯が震えた。ディスプレイに、道重さんという字が浮かぶ。
少し躊躇ってから、出た。

「…はい」
『あ、リンリン?何で先帰っちゃうの?』
「え?約束してな…」
『明日オフだから、泊まっていくかなあって思ったんだけど』

そんなこと、約束してないじゃないか。勝手な人だなあ、という気持ちを、こっそり、ため息とともに吐き出した。

「じゃあ、お家行きます」
『待ってるねー』

携帯を閉じ、道重さんちの最寄り駅への切符を買った。

「何ムスッとしてんの?」
「…してないです」

「してるじゃん」

ベッドに腰掛けたまま、うつむいて、自分の膝を見つめる。ぐい、と肩を掴まれ、視線が道重さんとぶつかった。
怒ったような表情。まっすぐなまなざし。なぜかチクリと痛んだ胸。ゆっくり息を吐いた。

「さゆみ、何かした?」
「…いえ」
「正直に言って」
「……もう」

傷つける。分かってる。分かっているのに、言葉が喉を通りすぎて、声に変わってしまった。

「亀井さんと、付き合ったら、いいです」
「……は?」

鼻へ上る熱。泣いちゃダメだ。奥歯を強くかんだ。
道重さんは、私の肩に触れていた手を離した。

「もう、こんなの、つらいです……私だけじゃないなら、いらない」
「えりとはそんなんじゃない」
「そんなのわからないです、私には…」
「リンリンだって、ずっと愛ちゃんと一緒にいるじゃん。さゆみの気持ちなんか考えたことないくせに」
「ちが、高橋さんは…」
「そんなの、さゆみにはわからない」

降ってくる沈黙に、息が詰まった。こんな喧嘩、したくなかったのに。
私は、道重さん以外の人とキスはしない。キスのようなことも、しない。でも、道重さんは違う。
もう、やきもちは妬きたくない。

沈黙を破ったのは道重さんだった。

「さゆみはリンリンだけのものだから」

そう言って、着ていたパジャマのボタンを開けた。白い鎖骨があらわになった。
恥ずかしくなって、目をそらすと、道重さんは私の手をとった。

「いくらでも、痕つけてくれていい。こんなこというの、オカシイしきもちわるいかもしれないけど…それくらい、リンリンにのめりこんでる」

目を合わせると、潤んだ瞳と目があった。頬は赤くなっている。
先程とは違った種類の刺激が胸に走った。

肩を押して、道重さんをベッドに押し倒した。強引にくちづける。柔らかい唇を押し開き、舌をさしこむと、何だか甘い味がして、しばらくしてからラスクの味だなと分かった。
道重さんは苦しそうに眉を寄せる。胸が疼く。体に熱が灯る。

白い鎖骨に噛みつく。その下に、痕を残した。赤い痕は、白い肌によく映える。
私だけの道重さんなんだ。今だけは、確実に。
この痕が、消えるまでは。
濡れたまなざしも、上ずった声も、柔らかい唇も、甘い味も、全部、私だけのもの。

道重さんからくちづけを受け、私は再び、道重さんの体に沈んだ。

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