思考回路の3種類

一つの法律問題を解くに際しては、3種類の異なった思考回路を使い分けることが要求されている。法律の実力とは、一面としては、この3つの使い分けを適切にできることなのではないかと、考えられる。

1.論証のための論理・説得のための論理

ある法律要件・法律効果の条文解釈において、対立する2つ(ないしそれ以上。多くは3つ)の解釈ができるところが出てくる。これが、言うまでもなく、“論点”である。
“論点”においていずれの立場を選択するかは、価値観に依拠する問題であるから、共通の確定的な答えというのは存在しない。言い換えれば、異なった価値観から出発している以上、共通の答えにたどり着きようがない。
“論点”に対しては、自分がいずれかの立場に立つことを前提としておいた上で、自説の論拠と反対説への批判を展開することになる。それが、論証であり、説得の問題である。
従って、“論点”においては、いずれかの説を採ったからといって、その答案を「誤り」であると採点することは絶対にできないはずである(考査委員のヒアリングでも、そのように述べられている)。

2.証明のための論理

多く、おろそかにされがちなのが、証明のための論理である。これは、A⇒BかつB⇒Cのときに正しくA⇒Cという結論を導くことができるかどうか、という問題。ここで、A⇒C'という結論になってはいけないし、また、結論としてA'⇒Cという命題を述べてもいけない。それらはいずれも、明確に“誤り”である。ここに、“そういう立場もある”などということはない。明確に“誤り”である点が、1.の論理と決定的に異なる。
1.でいう論証の論理を構成する論拠・批判は、証明の論理によって関係付けられている。ある論拠が自説の根拠足りうるかという問題、ある批判が真に他説の批判になっているかという問題は、まず証明の論理に当てはまっていなければならない。その上で、より強い根拠、強い批判かどうかという問題はある。
いわゆる「答案構成」とは、そのほとんど全てが、証明の論理の問題である。与えられた事案に内在する法律問題を指摘した上で、そこにいかなる論点があり、いかなる結論をとれば、次にどのような論点が問題となるか…その全体を支配するのは、ほかでもなく証明の論理である。従って、答案構成には“誤り”が存在するし、ある論点である立場をとるということを前提とした以上は、その後の部分について、“そういう立場もある”などというような異説の答案構成は基本的に存在しないと考えられる。

3.事実認定の法則

ある間接事実から主要事実を推認する過程は、基本的に、経験則によって結び付けられている。これは、価値観には依拠しないという点で1.の論証の論理とは異なるし、(科学的な真理は一つであるはずにもかかわらず訴訟上の事実認定としては))確定的な正解がないという点で2.の証明の論理とも異なる。ただ、例えば、明らかに両立しない関係を表す事実があれば、それは2.の証明の論理を介して結論を左右しうるし、そうでなくとも、“動かしがたい事実”として結論を左右する場面はあろう。
なお、過失や正当事由などの要件とそれらの根拠事実・障害事実との関係は、経験則による“推認”という関係ではないように思われる。どちらかといえば1.の論証の論理によって結び付けられるものであろう。すなわち、背後に一定の価値観を持っているからである。

――以上の3つを前提とした上で、確認しておきたいのは、論文試験には「正解」がある、という点である。
すなわち、個々の法律問題を構成する“論点”は、1.の論証の論理の問題であるから、どちらかの説が正解であるなどということはない。しかし、そういう“論点”を含む法律の問題に対してどのように答えるかという問題(つまりは答案構成)は、2.の証明の論理の問題であり、そこには、少なくとも明確な誤りは存在するはずである。
例えば、18年度刑事系第1問の甲の罪責(後半)において、正当防衛を成立させるかどうかは1.の論証の論理の問題、共謀を認定するかどうかは3.の事実認定の問題であるから、いずれの結論を採ってもよいはずである。また、刑法207条を傷害致死の場合に適用してよいかどうかというのも、1.の論証の論理の問題である。しかし、共謀の成立を認めたのであれば刑法207条の問題にはならない、というのは、2.の証明の論理の問題であるのだから、もし、共謀を認めた上で刑法207条を論じたのであれば、それは明確な誤りとなる。このことは、出題趣旨において、「相互の論理的関係」「整合性のある論述」として、重視されており、ここでの誤りは致命的なものになるはずである。
よって、個々の論点には答えがないという点と、そのような答えのない論点を含む出題に対してどう答えるかという点には答えがあるという点を混同してはならない。これを混同して、答案構成を“漫然”と行なっていては、考査委員の望む答案は書くことができないはずである。
2007年01月03日(水) 08:06:30 Modified by streitgegenstand




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