クライムと罰

 キャンディス・ヨネヘア

 私とエミルクが出会ったのは、彼がフリゴストにやって来たその日のことだった。当時の私はまだ慣れない新米靴職人だったけれど、斬新なアイデアはいくつかあった。例えば、サディダの足ムレを抑えるために、穴をたくさん開けたブーツを作ってみたりとか。キャッチコピーはシンプルに、「デトックス、呼吸するブーツ」。
 靴職人の巨匠として、エミルクは私の仕事ぶりにすぐに興味を示した...そして、私自身にも!私たちは仲良くなって、島へ来たばかりで住む場所が決まっていなかった彼の事情もあって、その日は私の家へ泊まっていくように勧めた。1日が1週間になり、1週間は1ヵ月になり、そしていつしか、私たちは結婚した。そのときは、ついに自分にぴったりの靴を見つけたみたいな気分だった!

 彼のことは何も知らなかったけれど、そんなことはどうだって良かった。2人の毎日は喜びと、新しい経験に満ちていた。お互いのベルトを交換して、一緒に革の手入れをして、お互いがお互いの作品を身に付けた...。
 彼が忙しくて手が回らないときは、彼の作った素晴らしい革製のお財布をショーウインドウに並べる前に、私が愛情をこめてワックスをかけた。私たちの小さなお店は繁盛していて、その評判はもうじきフリゴストの国境だって越えていきそうだった...。

 ある夜、エミルクがゴッボールの皮のストックを調達しに出掛けている間に、見知らぬ人物がお店にやってきた。彼は顔を大きなフードで覆い、アマクナ地方の強いアクセントで話した。彼はいろいろな商品を見て回ると、夫の作品であるブーツに興味を示した。そして、エミルクについていくつか質問をしてきた。彼の仕事ぶり、そして彼の過去について...。
私にはそれが妙に感じられた。でも、私には隠すことなんて何もない。しばらくすると、なめされたばかりの新しい皮を腕一杯に抱えた夫が帰って来た。彼はその見知らぬ男を目にした途端、驚き、持っていた皮を落としてしまった。2人の男はしばらくじっと見つめ合うと、どちらからともなく相手に飛びかかった。なんて狂った光景だったのかしら!あんなふうにやり合う人たちを、私は今まで見たことがなかった。あらゆる方向から蹴りを入れ、足をすくい、かかと落としをくらわせる。はたから見ていると、まるで相手のお尻に蹴りをくらわせるためにダンスを踊っているような、そんな光景だった。

 突然、男は惚れ惚れするようなピケ・アラベスクのポージングで、エミルクを地面に叩きつけた。そして止めの一撃をくらわそうとしたその時、夫は隠していたブーツを取り出した。それは踵の部分が鉛でできた革のブーツだった。夫は素早く立ち上がると、ブーツを男の頭に振り下ろした。私はあまりに恐ろしくて、何かを考えたり口に出したりすることも出来ず、夫が男の体を海へ捨てるのを黙って手伝った。でも、正気に戻るまでにそう時間はかからなかった。私たちがスナッパーのエサにしてしまったあの男は一体誰?エミルクは何か悪いことに首を突っ込んでいるのかしら?私が結婚したあの人は何者なの?

 「私はキミが思っているようなヤツじゃない。」彼はそう言った。「私の本当の名はクライム。そしてキミが見たあの男は...私が殺したあの男は...アーサー・ルスス。我々は同じ靴職人団体の出身なんだ。武術や世界保護専門の、秘密の団体だ。
 順を追って話した方がいいね。私たちの師匠ホグメイスターは、十数年前にケツ蹴られ団を設立した。私とアーサー・ルススとボウィッセの3人は彼に雇われたんだ。設立初期のメンバーはその4人だった。聖なるエレメントと同じようにね。それは決してお遊びなんかじゃなかった。四次元精神の風の特性を研究するという使命を持っていたんだ。私たちは全ての経験や知識を注ぎ、その力を抽出して強力なアイテムを作り出そうとしていた。私たちは皆とても優秀だったが、私の才能は間違いなく4人の中で抜きんでていた。そう、他のメンバーは私に嫉妬するようになっていったんだ。

 ある日のこと、私は強力な魔力を持ったブーツを作り出すことに成功した。それは私の全ての集大成ともいえる作品だった。私はそれを売り出そうと、さらに生産を続けた。しかし、それを知った団員たちはすぐに抗議を始めた。彼らの言い分は、そのブーツは市場に売り出すには力が強すぎるということだった。悪者の手に渡ったらあまりに危険すぎると。ばかばかしい!ヤツらは妬いていたんだ!騙されはしない!

 私が既に売ってしまったブーツを回収するとヤツらが言い出したとき、私にはそれを妨害する準備が整っていた。彼らはブーツを壊し、力のないコピーにこっそり差し変えようとしていたのだ。そんなことは我慢ならない!あのブーツは私の作品だ!私のキャリアにおける最高傑作なのだ!そして、世界中の人々に、その製作者である私の素晴らしさを知ってもらうのだ!ヤツらの計画を私が妨害しようとしていることを知って、ホグメイスターは『予防策』に出た。彼は私を作業所の地下室に閉じ込めるよう指示を出したのだ。その間に、団員たちはブーツをすり替えた。

 彼らが私の名前を除名し、私が団に所属していた形跡を消していたことを知ったのは、もっと後になってからのことだった。彼らは、例のブーツは「不良品」で、それはエレー・ベータチェーンとかいう名前の靴職人のせいだと触れて回った。さらにひどいことに、彼らは私が死んだことにして、死因まででっちあげていたんだ。誰かに私のその後を聞かれたときなんかのために備えてね。しかも、まるで私をいくらバカにしてもし足りないかのように、バカみたいなゼリーの事故によって死んだと偽った。そうさ、団はいつだって欺瞞のスペシャリストだった。彼らが生年月日や個人情報を詐称していたことなんて、数え切れないほどだ。

 だが、私だってそう簡単にはやられない。実は作業場から少し離れたところに、ブーツを1足隠してあったんだ。あとはそのブーツを取りに行くために、どうにかして地下室から逃げ出す方法を見つけるだけだった。ラッキーなことに、私を攻撃してきたボウィッセは、私のベルトの下までは確かめなかった。私は仕事道具をいつもそこに仕舞っている。私の皮革カッター!カッターのおかげで、縄を切って逃げ出すことができた。私は大切なブーツを取り戻し、しばらくの間身を隠していた。しかし、ホグメイスターと私の間には、カタを付けなくてはならないことがあるということを忘れてはいなかった。ヤツは私を閉じ込めた!ヤツは私を殺そうとした!私の人生を奪った!今度は、私がヤツの人生を奪う番だ。

 ある日、私は狩りに出かけたホグメイスターの跡をつけた。彼は、皮を手に入れるためにゴッボールの狩りによく出掛けるのだ。私は彼がこちらに背中を向け、靴底に付いたゴッボールの唾液の処理を始めるのを待った。バン!私は肘に隠したブーツの一撃でヤツを倒した。疑いをかけられないよう、私はヤツの体をモンスターたちの集まる場所まで運んでいき、後片付けは戦闘隊長に任せた。それはほぼ完全犯罪だった!復讐は果たされた。もうアマクナに留まる理由はなかった。そこで私は、遠くへ旅立つことを決めた。団のメンバーが私を探しに来ようとなど思わないような場所、それがフリゴストだった。そこでキミと出会った。その先は、もうキミの知っての通りだ。ボウィッセがいなくなったホグメイスターを引き継ぎ、私を探しにアーサーを寄こしたんだろう。しかし、これで全ての危機は乗り越えた...。」

 エミルク...いえ、クライムが話を終えた時、私はすっかり混乱していた。私が愛した人は裏切り者、人殺し、逃亡者だったなんて!私は混乱のない、静かでささやかな生活を望んでいるのに!こんなモンスターのような人とは一緒にはいられない!それでも私は平然を装っていた。彼の全てを理解したかのように、彼を支えるかのように振る舞った。でも心のうちでは、おぞましかった。私は彼が寝入るのを待ち、彼の財布の1つを持って、急いで荷造りをした。そして、逃げ出した。しばらくは叔母の家に身を寄せて、体中の水分を涙にして流した後、フリゴストを出ることを決めた。
 この文章を書いている今、私はアマクナへ向けて出港するところだ。数週間前のあの夜から、クライムの姿は見ていない。最後に聞いた話だと、彼はトリドー山の上に住む、かの有名なハルブルグ伯と近づきになったらしい。ハルブルグ伯はどうやら、彼のことをある特別なプロジェクトのために雇ったようだ。それ以上は知らない。知りたくもない。
 私はフリゴストを出て行く。これで良いのだ。
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