連邦王国貴族院(:Reighlisd Greivu Lohplanz don EighluShtein)は、大永帝国の連邦議会を構成する議院のひとつであり、一般的に上院と呼ばれる。下院の連邦王国庶民院とは違い、議員は各国王が各王国の貴族から指名する。
連邦王国貴族院
種類連邦王国議会 上院
設立賢人会議 古来
貴族院設立 1812年
定数199人
任期国王陛下の仰せのままに
歳費・報酬領地税報酬
選挙システム選挙なし
根拠法支配の章典 第二章 第4項 賢人会議と王室に関する条項 第1条〜第4条
二院制議会の設立文書 貴族院の章
所在地大永帝国 永国 王国領 フェルトラント県 フェルトラント市 ヴワル官庁区 一番街 1-5
院内勢力
エイルシュテイン王国の連邦政府連邦自由民政党
イーゲルラント王国の連邦政府連邦自由民政党
デンメルク王国の連邦政府ランゲルハンス党
イーシュライント王国の連邦政府労働党
ウェルシュ王国の連邦政府連邦自由民政党
ヒベルラント王国の連邦政府労働党
ノルズラント王国の連邦政府連邦自由民政党
西フィヨルディア王国の連邦政府王政党(旧王党派)
グミーンラント王国の連邦政府ローテルダム党
メープリア公国ローテルダム党/連邦自由民政党
サヘル公国労働党
サイトナーラリベル公国アッラル・ベール
ペルージャン公国エッフェル党
ドラヴィディア公国労働党
カンガリア公国連邦自由民政党
レスト公国エッフェル党

概要

連邦貴族院は、連邦庶民院と対をなして二院制の連邦王国議会を形成している。庶民院とは異なり、全ての議員が各国王、各公爵によって指名されるため、民意が反映されるものでは無い。そのため、議員数は庶民院の半分、権限も制限されている。
エイルシュテイン王国には古来から賢人会議という、貴族やブルジョワ階級の意見を反映する機関が存在した。1750年頃から国王の権限が強まり賢人会議が無視され始めると、市民や貴族は不満を募らせていった。1776年、フラン革命の余波によってエールラントで市民が蜂起すると王国はこれを弾圧した。すると市民の運動は貴族にも伝わり、エイルシュテイン王国全域に波及していった。1776年末、国王トーマス1世は退位を余儀なくされ、「賢人会議の復活」と「エールラント国民議会の成立」「神と法の下の国王陛下」が国民革命の宣誓書に明記された。1802年に二院制議会設立の文書 貴族院の章に貴族院の設立画明記されたことで、賢人会議は廃止され連邦王国貴族院が成立した。

権限

連邦王国貴族院には以下の権限が与えられている。
・法案の提出/議決
・連邦憲法群の改訂
・首相への不信任案の提出/決議
・予算の承認(庶民院が先に議論)
・条約締結の承認
・武力行使の承認
・条約の承認
・首相の指名(庶民院議員の首相候補が、庶民院内で得票率が75%を超えた場合は、仮に貴族院で否決されても基本的には庶民院の意向が優先される)
・緊急時の特別古典魔法の使用許可(庶民院で可決され貴族院で否決された場合は、庶民院で再度議論され、出席議員の3分の2の賛成で可決される)
・国家非常事態時の国王への全権委任(司法権などの一部の権利を除く)
・国王の退位要求(1801年以降不行使)

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