最終更新: kyo_shimai 2010年11月06日(土) 17:05:25履歴
真如苑の創成期とも言える1936年、開祖・伊藤真乗は、縁あって京都にある醍醐寺の門を叩きます。醍醐寺は9世紀に創建された古刹で、千数百年にわたり真言密教の伝統を伝えている真言宗醍醐派の総本山です。
1939年には、醍醐寺を開山した聖宝理源大師が伝承したとされる当山派の恵印灌頂を修め、1943年には、弘法大師・空海が唐に渡り恵果阿闍梨から相承したとされる三宝院流の伝法灌頂を修めて、阿闍梨位に就きました。醍醐寺に伝わる恵印法流と三宝院流という二つの法流を相承したのです。
密教では、儀式や作法の形だけを伝えるだけでなく、師資相承といって、奥義を師から弟子へと直接伝えることを重んじます。釈尊の時代から、絶えることなく伝えられてきたその伝統は、川の流れや血流にたとえて法流、あるいは血脈といわれます。
真乗は、修験道の流れを汲む恵印法流を在家法流、醍醐寺三宝院に伝わる三宝院流を出家法流として位置づけ、やがて、出家を基盤とした在家仏教としてそれらを束ね、涅槃経の精神と密教の精神的な力とを込めた、独自の法流・真如三昧耶流(しんにょさんまやりゅう)を創始します。醍醐寺には、1997年、この法流を顕彰する真如三昧耶堂が建立されました。
伝統の法流
真如苑信者の信仰性格は、在家の恵印法流・修験道となります。
「真如苑はタウン(人里)修験道である」を基調とした解説を展開します。~
解説にあたっては、単純な用語解説とはしないで、一つの考え方で構成しています。
底流というか基調を「真如苑の宗教性格はタウン(人里)修験道である」として、その視点から多くの解説を行っていくというものです。
修験の語源は「修行して迷いを除き、験徳をあらわす」から来ています。修験道は一宗一派に片寄らず、行動し体験する中で以心伝心のうちに本来の悟りを開く方法=道です。
真如苑の教義でよく誤解を受けるのが、「高野山眞言宗」や「東寺・東密」を基準にして間違いがあるかのごとくいう批判テーマです。
開祖伊藤真乗が相承した真如苑の法流は、「役行者に導かれ、龍樹菩薩から霊異相承した修験道の恵印法流」をもつ「理源大師が開かれた醍醐派」が基盤であり、修験道らしく「辯才天さまもお稲荷さま」もご法楽があります。
つまり、日本人の宗教DNAの伝統的な神仏習合が通常感覚としてあり、霊能接心も一面でとてもわかりやすく魂で受け留めれるのです。
また、お釈迦様や法華・涅槃経典を中心におくところから、「真如密」は天台密教にも近く、真如三昧耶流の特異性があります。
そして涅槃経の根底にある一切悉有仏性は修験道とも通じているのです。
「真如苑はタウン(人里)修験道である」を基調とした解説を展開します。~
解説にあたっては、単純な用語解説とはしないで、一つの考え方で構成しています。
底流というか基調を「真如苑の宗教性格はタウン(人里)修験道である」として、その視点から多くの解説を行っていくというものです。
修験の語源は「修行して迷いを除き、験徳をあらわす」から来ています。修験道は一宗一派に片寄らず、行動し体験する中で以心伝心のうちに本来の悟りを開く方法=道です。
真如苑の教義でよく誤解を受けるのが、「高野山眞言宗」や「東寺・東密」を基準にして間違いがあるかのごとくいう批判テーマです。
開祖伊藤真乗が相承した真如苑の法流は、「役行者に導かれ、龍樹菩薩から霊異相承した修験道の恵印法流」をもつ「理源大師が開かれた醍醐派」が基盤であり、修験道らしく「辯才天さまもお稲荷さま」もご法楽があります。
つまり、日本人の宗教DNAの伝統的な神仏習合が通常感覚としてあり、霊能接心も一面でとてもわかりやすく魂で受け留めれるのです。
また、お釈迦様や法華・涅槃経典を中心におくところから、「真如密」は天台密教にも近く、真如三昧耶流の特異性があります。
そして涅槃経の根底にある一切悉有仏性は修験道とも通じているのです。
新宗教の中には伝統仏教の諸宗派に属していた者が開いた教団も少なくない。
しかし真如苑の開祖・伊藤真乗の場合に特徴的なのは、一僧侶や修行者ではなく、真言宗醍醐派総本山醍醐寺において得度・修行し、同派において大阿闍梨(マハー・アーチャーリャ:大会(だいえ)の導師や灌室を開くことのできる阿闍梨。
師・先生の意。弟子の行為を正し、その師範をなる徳の高い僧のこと。
特殊の場合としては授戒の師を指すが、のち日本では僧職の一に用いる)の位を得ていたことである。
真如苑では恵印灌頂と伝法灌頂の二つの灌頂を得たことで、醍醐寺・座主になることもできたが、敢えてその道を選ばず、真如苑という宗派を開くことが公的に認められた(免許皆伝)と説明している。
Wikipedia 真如苑での 醍醐寺関係 検索
真如苑の位置づけ
真如三昧耶流wik |
真如三昧耶堂wiki |
醍醐寺座主に仲田順和執行長 在任25年の麻生文雄座主辞任。
真言宗醍醐派総本山醍醐寺(京都市伏見区)で1日、壁瀬宥雅執行(財務部長)が新しい執行長(醍醐派宗務総長)に就いた。
2010年10月26日に仲田順和前執行長が座主に就任したのに伴うもので、任期は4年。壁瀬新執行長は昭和23年生まれの62歳。大僧正。醍醐寺塔頭・理性院住職。同志社大学工学部、種智院大学仏教学部、醍醐山伝法学院を卒業。平成9年から財務部長を務めていた。
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