3スパゲッティー 18〜 続き


56 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/21(木) 23:37:27.70 0
衣梨奈は、ひとり外で泣いていた。
誰にも知られないように声を殺して。
どうして泣いているのかも分からずに、一人で泣いていた。
新垣さんのイベントには自分も映像で参加していたからなのだろうか?頭に浮かぶことは無かったし、それだから今日の仕事中も安心していた。
衣梨奈の脳裏に浮かぶ面影は、ただひとつだけ。
(道重さん・・・)
あの日の、淋しそうで切なそうだったさゆみの顔が頭に焼き付いて離れない。
さゆみとれいなが倒れた今日の仕事は、正直不安で辛かったけど
「みんなで、道重さんと田中さんに安心して貰える仕事をしようね」
という聖の呼びかけと、傍に居た飯窪の大きな頷きに背中を押されてこなせた。だから、仕事に対しての悔いは無いと思う。
たったひとつ、さゆみにあの日のことを聞くことだけができなかった。それだけの筈なのに、そのたったひとつが衣梨奈の心に大きく圧し掛かっていた。
(どうして?えりな、新垣さんが好きやった筈っちゃろ・・・)
それなのに、どうして、さゆみの顔ばかりが浮かぶのだろう?
答えは出なかった。

さゆみは、数日を休んだだけで、面やつれしたままで仕事に復帰した。
みんなは勿論さゆみの復帰を喜んだが、同時に、辛そうに仕事をこなすさゆみに問いかけることすらためらわれる有様だった。
衣梨奈は、そんなさゆみを見る度に心に暗い影が差すのを止めることができなかった。
当然、二人で話をすることもできない。だから、あの日のことを聞くこともできない。
それが気掛かりなだけだったのだと思っていたのに、こんなに気が重いのは何故?
笑顔を作ることはできたけれど、心の影はどうしても晴れない。
それでも、みんなの前ではいつものとおりに振る舞っていた。同期の聖や香音や里保も、勿論後輩達も、衣梨奈の影に気付くことは無かった。
皮肉にも、衣梨奈の様子に気付いたのは、さゆみただ一人だった。

57 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/21(木) 23:39:20.26 0
「生田、ちょっと」
「はい、何ですか?」
「うん・・・ちょっとこっちに来て」
歯切れの悪いさゆみの言葉に、また何か失敗をしたのだろうかと思った。
恐る恐るさゆみの傍に行くと、さゆみは怒りの表情を浮かべるよりも、むしろ微笑んで衣梨奈に話しかけた。
「ちょっとさ、向こうの部屋に行こうか?」
「え?」
衣梨奈を別室に導きながら
「生田、何か悩みでもあるんじゃない?」
「いえ、そんなことは・・・」
「隠さなくても良いよ。あんたの様子がおかしいのは分かってるんだから」
「・・・」
「だからさ、忙しいのに時間を貰ってガキさんを呼んだんだよ」
「にい・・・がきさん、ですか?」
「うん。多分、あんたが心を許して話ができるのはガキさんだけだから。さゆみ達には無理だろうからさ」



「そんなこと・・・!」
「分かってるから良いの。自分に素直になって悩みを打ち明けておいで」
「道重さん、あの・・・」
「ほら、こっちだよ。ゆっくり話をしておいで。その後はもう上がっていいからね」
優しく語りかけながらさゆみがドアを開けた先には、新垣さんが座っていた。

「さゆから聞いたよ。何かさ、あんたが悩んでるみたいだって言ってた」
「・・・」
「あのコ、人を見る目は確かだからね。他のコは気付いて無いだろうけど、って」
「・・・」
「やっぱり図星だったんだね」
ソファーに隣同士に座った新垣さんに、ふわりと肩を抱かれた。いつもなら物凄く嬉しい筈なのに、何故か心は晴れないままだった。
「どうしたのよぉ。生田らしくないぞぉ」
軽く肩を揺すられて、憧れて止まない新垣さんが衣梨奈だけを微笑みながら見詰めて話をしてくれる。それでも心は晴れない。
どうしてだろう?部屋から出ていった道重さんの背中が、今、堪らなく、恋しい。

58 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/21(木) 23:43:01.53 0
「・・・生田?」
「・・・あの・・・」
「うん、どした?」
「新垣さん・・・」
「うん」
「・・・気になるひとが、居るんです」
「あらら、クラスの男の子でも好きになっちゃったのかな?」
「違います!」
「こらこら、そんな怖い顔しないの。で、そのひとの何が気になるの?」
「どうしてだか、分からないけど・・・」
「うん」
「いつも、淋しそうなんです」
「うん」
「だから、あの、こんなこと新垣さんに言うのは違うのかもしれないけど・・・」
「構わないよ。言ってごらん」
不意に、衣梨奈の目に涙が浮かんでぽたりと落ちた。
「それに気付いたの、えりなだけ、でした。だから、誰にも、言えなくて・・・」
「うん」
「だから、だから、その・・・」
涙は止まらなかった。しゃくりあげながら話す声が震える。
「ゆっくりで良いよ。言ってごらん。生田はどうしたいの?」
「・・・あの」
「うん」
「えりな、傍に、居たいです。そのひとが、淋しいなら、ずっと、傍に、居てあげたい」


60 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/21(木) 23:44:21.41 0
「あぁ、そっかぁ・・・」
すっと抱き寄せられ、ふわっと両腕に包まれた。
「あんたもやっと親離れしたのかなぁ・・・」
「・・・え?」
「新垣さん新垣さん、って来てたときより、ちゃんとあんたと話したような気がする」
「・・・」
「ま、ちょっと淋しいような気もするけどね。そういう気持ちが持てるようになったの、凄く良いことなの、分かる?」
「いえ・・・」
「難しいことだからね。無理に分かろうとしなくても良いよ」
「・・・ごめんなさい」
「謝ることなんかないよ。良いことなんだから」
「・・・」
「それでさ・・・聞いても良い?」
「あの、何を・・・」
「誰だか、さ。無理なら言わなくても良いけど」
「・・・道重さん、です」
「あぁ、そうだったんだね・・・」
「本当にごめんなさい。新垣さんと、話、してるのに!」
「だからさ、良いことなんだから謝らないの」
「新垣さん・・・」
「生田はさ、さゆも本当は淋しがり屋だって知ってた?」
「え?」
「口には出さないけどね」
「・・・知りませんでした」
「あのコを置いてさっさと卒業しちゃった私が言う資格は無いかもしれないけどね」
「・・・」
「傍に居てあげてよ。今度はさ、私がさゆと話できる時間作ってあげるから」
新垣さんの気遣いと言葉が堪らなく嬉しかった。
それでも。いや、それだからこそ、なのだろう。
新垣さんが無邪気な程に大好きだった以前の自分を思って、衣梨奈は、新垣さんの腕の中で、ひとしきり、泣いた。




266 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/26(火) 00:17:43.43 0
 >>60


新垣さんの腕の中で、泣くだけ泣いたからすっきりしたのかもしれない。
そのときから、衣梨奈は“道重さんと話ができる日”が待ち遠しくてたまらなかった。
その日のことを考えると自然に顔がにやけてくる程だ。
(何だか遠足を楽しみにしてる小学生みたいっちゃね・・・)
ふと我に返ると、自分のことであるというのに呆れてしまったりもする。が、そんな自分を考えるだけでも楽しい、と思ってしまうのだ。
新垣さんからは、ふたつのことを言われていた。
「始め、あんたは黙っときなよ。さゆすけ、素直じゃないから」
「多分、喋るだけ喋ったら出ていこうとするから、そのときはちゃんと引き留めなさいね」
自分の話をするのはそれからだという。
何だか随分面倒くさい気もするが、何、それはそれで楽しみのひとつになってしまうのだから、我ながら始末に負えない。

そんな折、里保と一緒に食事をすることになった。
同期ではあるが、まだ中学生同士、二人で食事をするなんて珍しい。久し振りのことに、最近の浮かれ気分も相まって、キャッキャッと騒ぎながら食事をした。
もっとも、いくら中学生とはいえ、仕事仲間である。話題は、自然に仕事のことに移っていった。
始めはイベントのことや次に出す新曲のこと、ダンスレッスンのことなどで盛り上がっていた。そのうち、先輩達のことにまで話題が及んでいった。
「田中さんの卒業ももうすぐだね」
「そうやね。体のことは心配っちゃけど、田中さん、バンドのことで楽しそうやしね」
「そうそう。ボイトレとかレッスンのときにも結構バンドの話、出るよね」
「うんうん」

267 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/26(火) 00:19:20.68 0
「だからさ、田中さんが卒業した後はあたし達が中心になっていかなきゃ、だよね」
「ま、田中さんの穴を埋めるのは大変っちゃけど。でもさ、しばらくはまだ道重さんも居るんやし、そこまで気を張ることも無かやろぉ?」
「えー、道重さん?」
里保は呆れたような顔をして、ケタケタと笑い出した。
「そりゃ、道重さんはリーダーだけど歌えないし踊れないでしょ?頼りにするのは違うんじゃないかなぁ」
「え?」
衣梨奈は、自分の顔が強張るのを感じた。落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせる。
「だってさぁ、あたし達は歌手でしょ?」
「そうやけど・・・」
「だったらさぁ、歌えない先輩なんか頼りにしてもしょうがないじゃない。それに、道重さんってコンサートでも足攣って捌けちゃうくらいだし」
「・・・」
「そんな先輩、頼りにしたって・・・」
バン!
テーブルを叩いた音は、当の衣梨奈にも響くくらい大きかった。
「そんな言い方、無かっちゃろ!」
衣梨奈は、我知らず、里保に怒鳴りつけていた。
「え、えりぽん・・・」
「道重さんが居らっさんやったら、モーニング娘。が居ることも忘れられとったやろ!」
「だ、だって・・・」
「道重さんが必死で切れそうな糸を繋いでくれたから、テレビにも出られたんやし一位も取れたっちゃん。歌えるだけで良かとやったら売れない歌手は居らん!」
「で、でも・・・」
「もうよか!えりなは帰る!里保、支払いはこれでしとき!」
自分の分の代金をテーブルに叩きつけ、衣梨奈は足音荒くレストランを出ていった。背後で里保が何かを言っていたが、聞こえなかったし聞く気もまるで無かった。

268 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/26(火) 00:20:18.65 0
「生田、ちょっとこっちにおいで」
翌日、衣梨奈は硬い表情のさゆみに呼び止められた。
「何ですか?」
「あんた、りほりほと喧嘩したんだって?」
「喧嘩、っていうか・・・」
「泣いてたよ、あのコ」
さゆみは、静かではあるが厳しい声音で言葉を紡ぐ。
「何があったのかは知らないけどさ、同期でしょ?大事にしなきゃ駄目だよ」
人の気も知らないで。
衣梨奈は、そんなさゆみにも腹が立った。
反論しようと顔を上げた。・・・そして、はっとなった。
さゆみは、淋しそうで切なげで泣きそうな顔をしている。新垣さんが来てくれたときに見せた、衣梨奈の胸の中で鈍く残ったものと同じ表情だった。
里保の話を聞いていたときより、さゆみの表情を見ている今の方が胸の奥がズキリと痛む。
そんな顔をさせたい訳じゃないのに・・・。
「仲が良い悪いはあるかもしれないけどさ。大事な存在なんだよ、同期って」
「道重さん・・・」
「何時かは別々になっちゃうんだし、いつまでも一緒に居られるわけでもないけどね」
「・・・はい」
「だから、今を大事にしなきゃ。後悔しても遅いんだよ」
「・・・すみませんでした」
衣梨奈の様子を見て、さゆみはにっこり笑う。
「分かってくれれば良いんだよ。ごめんね、嫌な話をして」
「いえ・・・」
「じゃ、りほりほ呼んでくるからね。お互いごめんなさいして無かったことにしてくれる?」
「はい」
「じゃ、待ってて。すぐだからね」
不意に、衣梨奈は泣きたくなった。そして、さゆみにあんな顔をさせた自分を殴りつけたくなった。
何が正しいんだろう?あのとき、どうすれば良かったんだろう?
胸の奥の痛みは、長く衣梨奈の中に残った。




340 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/27(水) 22:16:25.98 0
 >>268


程無くして、さゆみに連れられて里保が部屋に入ってきた。
・・・確かに、今日の里保はいつもより逍気た顔をしている。
「じゃ、さゆみ達は席を外すね。ちゃんと話し合って、最後は二人でごめんなさいするんだよ」
ドアの外ではメンバー達が心配そうな顔で覗き込んでいる。さゆみは、みんなに
「ほらほら、大丈夫だからあっちへ行きなさい」
と向こうへと誘導してくれ、二人だけをその場に残してくれた。

里保は、俯いたまま唇を噛み締め、その場を動かない。
「里保・・・」
衣梨奈は一歩前へ出た。里保の肩がビクリと動く。
「どうして、あんなことを言ったと?」
「・・・」
「えりなも怒鳴ってしまったこと、悪かったと思うとるよ。ごめん」
「・・・」
「だから教えて欲しいと。里保があんなことを言ってしまったのが、どうしてだか」
「だって・・・」
漸く口を開きかけた里保だが、自分の涙声に気付いて、また、口を閉ざす。
こんなときはどうすれば良いんだろう?
そうだ。
この間、泣きながら話をしたとき、新垣さんは・・・。

341 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/27(水) 22:18:53.52 0
衣梨奈はさらに数歩前へ出た。そのまま里保に近づき、ふわりと肩を抱く。
「ゆっくりで良かとよ。里保の思ってたこと、えりなに教えて」
我慢していた里保の目から、涙が零れ落ちた。唇を噛み締めたまま、声を殺して泣く。
里保が口を開くまで、衣梨奈はそのまま動かずにいた。里保の気が済むまでこのまま居ようと思った。自分も新垣さんに話ができるまで時間がかかったのを思い出して。
「えりぽん・・・泣いてるとこ、見られたくない」
「うん。じゃあ・・・」
衣梨奈はもう片方の手を里保に添え、里保の頭を自分の肩に付けてぎゅっと抱き締めた。
「これならさ、えりなには里保が泣いてるところは見えんよ」
衣梨奈の肩に生温かいものが滲む。どうやらまた泣き出したようだ。
里保が話をしてくれるまで衣梨奈は待った。
そのまま、長いようで短いような時間が過ぎた。
腕の中の里保はようやく落ち着いてきたようだ。
「あ、あのね・・・」
「うん」
「あのとき、あたし、えりぽんに、9期で一緒に頑張ろうねって言って欲しかった」
「うん」
「だけど、えりぽん、道重さんの話、するから・・・」
「うん」
「だからちょっと腹が立って・・・道重さんのこと、悪く言っちゃったの」
「そうやったとね・・・」
「本当は、道重さんのこと、尊敬してるし、頼りにしてる」
「うん」
「だってさ、ステージでさ、道重さんが出ると、ぱあって雰囲気が変わるんだもん」
「そうやね」

342 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/27(水) 22:19:48.45 0
「あんなこと、まだ、あたしにはできない・・・」
「だけん、少しずつできるようになれば良いっちゃろ」
「でもさ、道重さんもそんなに長くは居てくれないでしょ?」
「うん、そうかもね・・・」
里保の話を聞きながら、また、衣梨奈の胸がズキリと痛んだ。
そうだ。道重さんとだって、一緒に居られる時間はそんなに無いんだ・・・。
新垣さんみたいに、偶にしか話ができない日が来るんだ・・・。
「ごめんね、えりぽん。怒るのも当たり前だよね」
「里保・・・」
「あたし、道重さんに酷いこと言っちゃった・・・」
「でも、道重さんはこのことは知らんやろ?だから、里保とえりなが黙っとれば誰も知らんままでいられるとよ」
「黙ってて、くれるの?」
里保は顔を上げずに衣梨奈に聞き返す。
「勿論よ、里保」
「ありがと。・・・本当に、ごめんね」
「えりなこそごめんね。里保も、センターで歌割が多くて、必死やったっちゃんね・・・」
里保を抱き締めたまま、衣梨奈の頬をも涙が伝った。
頑張ってたんだな。必死だったんだな。辛かっただろうな。と、思いながら。

部屋を出て、みんなのところに行ったとき、二人とも目を真っ赤にしていた。
他のメンバー達はまだまだ心配そうな目で二人を見ていたが、さゆみだけは雰囲気で分かったのだろう。
何も言わず、二人を、ただにっこり笑って迎えてくれた。
さゆみの大きな優しさで、温かい空気がふわっと二人を包み込んだような気がした。
やっぱり敵わないな。このひとには・・・。




578 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/03/06(水) 20:53:30.26 0
>342


先だって行われたユニットの販促イベントで、上手く歌えなかったと珍しく落ち込んでいた里保を見たから気負い過ぎたのだろうか?
衣梨奈は、その日、別のイベントで自分が所属するユニットの代表挨拶をすることになっていた。
(失敗はできんっちゃね・・・。えりな、みんなの代表やけん)
そう思って、何度も何度も練習したのに。
本番前にも練習して、そこでは何の問題もなくこなせていたのに。
どうして自分はこんなに本番に弱いのだろう・・・?
OGの先輩たちが呆れたような溜息を吐く。
ひとり新垣さんだけは、ハラハラしながらこっちを見ているのも感じる。
先輩が、さゆみに向かって小声で何を教えてきたのか、と詰るのも聞こえていた。
ここで泣いてはいけないと自分を奮い立たせたが、内心、衣梨奈は声を上げて泣き出したいという葛藤と戦っていた。
自分の不甲斐無さにも腹が立ったが、何よりもまだまだ体調を崩しているさゆみに余計な気を遣わせているのが辛かった。
何せ初日には眼帯をしたままイベントをこなしていたのだ。前にも体調を崩して倒れているのだから余計な心配はかけたくなかったのに・・・。
イベントが終わって捌けるとき、そっと温かい手が衣梨奈の肩に触れた。
その手の主を見るのが辛くて、とうとうそっちには振り向けなかった。

「泣いても笑っても最後のライブだよ!」
隣のホールに移動し、最後の仕事、夜のライブに挑むため、舞台袖で気合を入れる。
自分たちの出番は、二番目だ。
それまでに立て直さなきゃ・・・。
と、衣梨奈が思っていた矢先、誰かに背後から肩を突かれる。
振り返ると、進行役のれいなとさゆみが立っていた。
「生田、見とき」
れいなはニヤッと笑う。
さゆみも悪戯っぽい笑みを浮かべている。
二人は目を合わせ、不敵な笑みを浮かべながら舞台へと出ていった。
これは、自分達をお手本にするべく“よく見ていろ”ということなのか?
こんな気分のところで、そんな笑みを見せられたらいやでも緊張が高まる。
衣梨奈は、ガチガチになりながら舞台を注視していた・・・が。

579 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/03/06(水) 20:54:57.61 0
「えー、ピャピコ・・・パシヒコ・・・パシフィコ横浜へお越しのみなさん!」
初っ端から噛み捲りのれいなの第一声に思わずずっこけた。
「ひな祭りコンサート、Thank you forever love、あれ、違ったかな?えーっと、Thank you for your love?、うん、for your love!」
何をトチ狂ったか、さゆみまで思いっきり間違えながら、慌てた風情で手に持った進行表を確認しながらのトークである。
しかし、観客の反応を見ると、会場中が呆れているのでは無く嬉しそうに爆笑している。
最早ここまで来ると間違いではなく話芸とでも言えそうだ。
研修生で構成された新ユニットを紹介し終えると、登場した彼女達と入れ違いに舞台袖へと引っ込んで来る。
「見とった?」
さゆみとれいなはニヤニヤ笑いながら衣梨奈に問いかけ、二人して衣梨奈の頭や肩をポンポンと叩く。
ポカンとした衣梨奈だが、同時に、あれ程までに力みかえっていた肩の力が抜けているのも分かった。思わず苦笑いを返す。

さて、出番だ。
新曲と先輩達がかつて歌っていた曲の二曲を歌い終え、自己紹介に入る。
何だか今日はみんな言葉が引っ掛かる。それを聞いて、ふっと気が引き締まった。
「生田衣梨奈です。今日はみなさんが笑顔になる魔法を掛けます!」
えぇーっ、と客席から声が上がる。が、それに構わず言葉を続ける。
「ちちんぷいぷい、魔法にかーかれっ!」
さらに大きなえぇーっという声が上がる。が、そう言いつつもあちこちで笑い出す客が、客席のそこかしこに見えた。
「ほぉら、笑顔になったでしょ?」
客席は、一斉に笑い声で包まれた。
舞台袖では心配そうだったさゆみとれいな視線が、温かいものに変わった。衣梨奈の楽しい気分もますます高まってきた。
その後また数曲を歌い、最後の歌のとき、移動舞台に乗って客席の外周を通った。楽しい気分よ、大勢のお客さんに届け!とばかりに、ありったけの笑顔で一生懸命に手を振った。
ふと見ると、小田など、舞台から身を乗り出して手を振っている。手を振り返すお客さん達も、みんな、こっちが嬉しくなるような笑顔だ。


581 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/03/06(水) 20:56:05.80 0
コンサートが終わると、新垣さんが衣梨奈を待っていてくれた。
「生田、お疲れさん」
「あ、新垣さん、見ててくれたんですか!ありがとうございます」
そのまま新垣さんに連れられて、新垣さんの楽屋に移動する。
「ところでさ、この間の話だけど」
「?」
訝しげな衣梨奈の顔を見て、新垣さんが苦笑した。
「ちょっとぉ、あんた、もう忘れちゃったの?さゆすけと話できる場所作るって言ってたじゃん」
「あ・・・そうでした」
コンサートに夢中で、すっかり忘れていた。
思い出してしまうと、さゆみに話したいことのあれこれが頭に浮かび、コンサートの熱気で紅潮している頬がますます熱くなる。
「実はさ、今日あたりちょっとどっかで、って狙ってたんだよ」
「え?本当ですか!」
思わず衣梨奈の声が弾む。
「でもさ、何だかあのコ体調悪そうでしょ?だから今日は見送ったから」
「えぇーっ!そんなぁ。だったら喜ばせないでくださいよぉ」
「何かのときにまた計画するから。暫くは辛抱してな」
「それは・・・でも、そうですよね。えりなも道重さんに負担掛けたく無いっちゃから・・・」
「まぁまぁ、そんなにがっかりしないの。・・・よし、今日は私が代わりにチューしてあげよう!」
「えー、何が代わりですかぁ?新垣さんへのチューなら散々してるじゃないですかぁ」
「でもさぁ、私からのチューなんて特別じゃなぁい?」
「そうですけどぉ」
最早何の屈託も無くなり、まるで姉妹のような新垣さんとの仲だからこそ、こんな冗談でも笑っていられる。
二人は、楽屋で久し振りに我を忘れてはしゃぎまくり、周りのことすら見えていなかった。
だから・・・・・・だから。
楽屋のドアがほんの少し開いたことも、ドアの陰でさゆみが唇を噛み締めて目を潤ませながら踵を返したことも気付かなかった・・・。



617 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/03/07(木) 22:55:00.09 0
>581


最近、衣梨奈はさゆみのことが気になって仕方が無い。
体調が悪い所為かとも思ったが、それにしたって、ふとしたときに遠くを見詰めるような目をすることが多くなった様に見える。
口数もめっきり減り、以前には興味津々で聞いていた筈の、同期のれいなが話すバンドの話すらも上の空で返事をしている有様だ。
(どうしたんっちゃろ・・・道重さん)
淋しそうな目をしているのだけならば、れいなの卒業が気に掛かっているのだろう、と判るのだが・・・。
衣梨奈は、思い余って新垣さんにメールを送った。
最近さゆみの様子がおかしい、と。
多分、新垣さんも気になっていたのかもしれない。普段ならばその日のうちに返事が来ることなど滅多に無いのに、このときに限ってその日のうちに電話がかかってきた。
「あ、生田?」
「新垣さん・・・」
「どうなの?さゆすけの様子は」
「あの・・・ぼんやり遠くを見詰めてたり、田中さんと話をしてるときも上の空だったりするんです」
「え・・・?」
電話の向こうで新垣さんが息を呑む様子が、徒ならぬ状態であることを物語っていた。
「田中っちの話まで?ちょっと・・・それ、いつ頃から?」
「最近のことですけど・・・あんな道重さん、普段見ないから気になって・・・」
「そう・・・分かった。明日、レッスンあるんだっけ?」
「春コン近いから毎日あります」
「じゃあさ、明日、時間見計らって行くから」
「え?だって新垣さん、舞台稽古があるんじゃないですか?」
「それはそうだけどね。何かさ、こっちの方が大事な気がするんだよね。だから生田、レッスンが終わって着替えたら待ってて」
「は・・・はい」
最後の方はむしろ新垣さんに気圧されていた。

618 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/03/07(木) 22:56:23.04 0
「ね、えりぽん」
翌日のレッスンの休憩時間中、衣梨奈は聖に呼び止められた。
「やっぱり道重さん、相当具合悪いのかなぁ・・・」
「いきなりどうしたと?聖」
「あのね、私、道重さんの代わりにヤンタンに出ろって言われたんだよね」
「そうなんや・・・」
「うん。だからさ、道重さん相当悪いのかな?って・・・」
「そうやね・・・でもさ、うつる病気やからっちゃない?さんまさんとかにうつしたら悪いし」
「そう・・・そうだね、そうかもね。だったら私、道重さんの分も頑張ってこなきゃ!」
「うん、頑張り、聖」
正直なところ、衣梨奈は、さゆみの助けになれる聖が羨ましかった。そして、じぶんの無力さを思い知らされたような気がして、悲しいような淋しいような気分が抜けなかった。
レッスンが終わり、汗を拭きながら更衣室に向かう途中、衣梨奈は、物陰から突如にゅっと出てきた手に肩を掴まれた。
「・・・!に、新垣さん!」
「しっ!私のことは気付かれないようにして」
「な、何でですか?」
「誰にも気付かれたくないの。良いから着替えて、荷物持ってこっちに来て。みんなにも気付かれないようにね」
「あ、はい」
衣梨奈は、何食わぬ顔で更衣室へ行った。先に着替えていた里保が驚いた顔をする。
「あれ?えりぽん随分前にレッスン室出てかなかったっけ?」
「うん、まぁ、ちょっと」
「何か怪しいなぁ。・・・ま、良いけどね」
「そうそう。気にせんといて」
「そう言えばさ、道重さん、ちょっと疲れちゃったからレッスン室でしばらく休んでから帰るって」
「ふーん」
どうやら他のメンバーは誰も新垣さんに気付いていないようだ。
内心ドキドキしながら衣梨奈は着替えを終え、一旦みんなと一緒に玄関を出てから、そっと回り道をして戻り、新垣さんのところへ行った。

619 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/03/07(木) 22:58:12.90 0
「みんなは?」
「帰りました。道重さんはレッスン室で休んでから帰るそうです」
「うん、なら、丁度良かった」
「何がですか?」
「さゆすけの様子を見るのに。生田、一緒においで」
「はい」

さゆみも既に着替えを終え、レッスン室の椅子に座っていた。
気付かれないようにそっとドアを開け、二人でさゆみの様子を窺う。
暗がりの中、一人で座っているさゆみは、あらぬ方向をぼんやりと見詰め、時折大きな溜息を付いている。
その様子が、何故か、衣梨奈には泣いているように見えた。涙など流している訳では無いのに。
新垣さんの顔が微かに青ざめた。
「うわ・・・これ、ちょっとヤバいかも。生田、あんたにはあのコのこと、どう見える?」
「あの・・・何だか分からないけど、泣いてるように見えます」
「やっぱり。あのコ、独りだけ残るんだもんね。精神的にキてても・・・」
「独りだけって?モーニング娘。になら、えりな達も居ますよ?」
「あんたねぇ・・・年の離れたコ達の集団に、独りでポツンと残るんだよ?辛くたってだれにも頼れないし、そもそも話もできないでしょうが」
「あ・・・」
新垣さんは、ドアを閉めると、真顔になって衣梨奈に向き直った。

620 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/03/07(木) 22:58:57.91 0
「ね、生田、ひとつだけ確認していい?」
「はい?」
「あんたの気持ち、本物だよね。さゆみんと話をしたいってのも、あのときのリベンジとかって考えてないよね?」
新垣さんには、体を重ねたあの日の出来事もすべて話していた。
最初はちょっと呆れ顔をしていた新垣さんだったが、あのときのさゆみの様子と衣梨奈の気持ちを聞くと、そのことについても納得をしてくれていた。
「勿論です。えりなの気持ちは変わってません。ただ、傍に居たいだけですけん」
「うん。じゃあさ、会社じゃ碌な話もできないだろうから、どこかのホテルの部屋を用意するよ。そこできっちり二人だけで話をしな」
「ホテルの部屋?」
「そう。誰かに聞かれる可能性があるところじゃ、あのコ本音が出せないでしょ?」
「あ・・・そうですよね」
「あのコにはみんなでパーティーやろうとか適当に誤魔化して誘っとくからさ」
「はい」
「そうだ、あんた、私が前に言ったこと覚えてる?」
「えーっと・・・初めはえりなは喋るなってことと、出ていきそうになったら引き留めろってことですよね」
「馬鹿、肝心なとこが抜けてるよ。あのコが素直じゃないってコト」
「そう言えば・・・」
「多分、最初はあんたが傷つくことも言うかもしれない。でもね、そのときは私の今の言葉を思い出して。そして、きちんとじっくり話をしなさいね」
「はい!ありがとうございます」



648 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/03/08 23:17:53 0
 >>620


新垣さんと話をしてから、衣梨奈は、新垣さんからの連絡をひたすら待った。
勿論、気は逸る。が、子どもの自分と違って道重さんや新垣さんは大人だ。自分には未だ分からない都合などもあるのだろう。
そう自分に言い聞かせなければ、待つ時間があまりにも長くて気が狂いそうだ。

この頃は、さゆみの不調は誰の目にも明らかになっていた。
同期や後輩メンバーは、心配はするものの体調の所為だとしか思っていないように見える。
れいなだけは何かに気が付いていたかもしれない。が、何せバンドとの掛け持ちだ。忙しくあちらこちらを飛び回っていて、さゆみと過ごす時間すら作れない有様だった。
新垣さんも、舞台稽古が佳境に入っているのだろう。また、他の舞台が入って更に忙しくなったこともあるのだろう。会社に顔を出すことも無くなっていた。
心配で、愛しくて、掛け替えの無いひと。
自分が傍に居られて、安らいだ笑顔を見せてくれたらどんなに良いだろう。
そう思いながらも何もできない自分が歯痒くて悔しかった。
今は、待つしかないと解ってはいるけれど・・・。

夜中に突然かかってきた電話で、緊張が破られた。
相手は勿論新垣さん。
「生田、ごめんね、連絡が遅くなって」
「いえ、新垣さんも忙しいでしょうから・・・」
「気にはなってたんだけど、私も動けなくってさ。ところで、この間の話だけど、やっと目途が立ったから」
「あ、ありがとうございます。良かった・・・」
「さゆみんもさ、どうも他所さんのスキャンダルが気になって用心深くなってるみたい。だから誘うのに苦労したけどさ、やっと明後日、OKさせたから」
「はい」


649 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/03/08 23:22:21 0
「ホテルの予約は私の名前で取ったから、あんたはフロントで“予約した新垣の連れの者ですが”って言ってチェックインして」
「はい」
「じゃあ、今からメモ取って。ホテルの名前と場所言うから。電話番号もあった方が良いよね」
「お願いします」
「ホテルの名前は・・・」
新垣さんの言葉を聞き漏らすまいと、衣梨奈は全神経を集中させて電話を聞き取る。メモは、一言一句違わぬよう、小さな字でびっしりと書き込んだ。
「・・・どう、分かった?もう一度言わなくても良い?」
「多分大丈夫だと思いますけど、えりなが読むの聞いて間違ってたら教えてください」
「うん、分かった。どうぞ」
「じゃ、読みます。○○ホテルっていうところで、場所は・・・」
衣梨奈はメモを読み上げた。ひと言読む毎に想いが溢れて声が震える。
「うん、上等。じゃ、後はしっかりやりな。あ、支払いは済ませといたから心配しないで」
「はい。・・・新垣さん、本当にありがとうございました」
「何よぉ、他人行儀に。ま、上手くいかなかったら泣きにおいで。慰めるくらいはしてあげるからさ」
「・・・はい」
やっぱり新垣さんも不安っちゃね。何たって、相手は衣梨奈やけん。
これが飯窪あたりだったらそんなに心配はしないっちゃろうか?何せ彼女は後輩だけど衣梨奈よりはずっと大人だから。
・・・こんなこと思ってるから新垣さんにも心配されるんやろうな。

ホテルへの道のりは、気ばかりが急いている為か、やけに遠く感じた。
自分の足取りがもどかしい。
それでも、歩いているうちに、当然ながらちゃんとホテルに到着した。


650 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/03/08 23:23:57 0
早速フロントへ向かい、新垣さんに教わったとおりのことを言った。
「予約した新垣さんの連れの者です」
「あ、新垣様、2名様ですね。お待ちしておりました。では、こちらがルームキーでございます。ところで、新垣様ご本人様は後程ご到着ですか?」
子どもの衣梨奈一人なのだから当然の問いであるが、それに対する答えは聞いていなかった。内心冷や汗をかきながら、衣梨奈は懸命に考えて答える。
「はい。先に待っているように、って言われました」
「然様でございますか。では、ご案内いたします。お荷物をどうぞ」
ベルガールさんに連れられて、ホテルの部屋に行く間、衣梨奈は誰にも気付かれないよう、小さく安堵の息を漏らした。

新垣さんの取ってくれた部屋は、パーティーをする、という触れ込みの所為なのだろうか、ツインのスイートルームだった。
地方でのコンサートがあるのでホテルには慣れた心算だったが、こんなに広い部屋に入るのは初めてで気後れがする。
ベッドルームも見てみたが、どう見てもいつも泊まるホテルよりもベッドが大きい。二人で寝てもまだ余りそうだ。
・・・なんてことを考えていると、ただ一度だけ、さゆみに触れたあの日のことを思い出して頭がボッと熱くなった。鏡の中の衣梨奈も顔が真っ赤だ。
こんなことで、今日は本当に大丈夫なんだろうか…?

リビングルームに戻り、ソファーに腰を下ろしてさゆみが来るのを待った。
心臓の鼓動が激しくなる。胸が痛いくらいに脈打っているのが分かる。
時計も、止まってしまいそうなくらいゆっくりと動いているように見える。
実際はそれほど時間が過ぎていた訳でも無いのだが。
コン、コン。
「ガキさん?着いたよ」
不意にさゆみの声がドアの向こうで聞こえた。思わず飛び上がりそうになる体を必死で落ち着ける。
走り出したくなるのを堪え、ゆっくりとドアに向かい、開けた。


651 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/03/08 23:28:12 0
さゆみは、衣梨奈を見ると、驚いた顔をした。
「あれ?生田?ガキさんは?」
「あの・・・話をしたくて、新垣さんにお願いしました。そうしたら、新垣さんが此処を用意してくれて・・・」
「話?何だろ」
「あの・・・」
「ま、ドアのところで立ったまんまでも何だからさ、部屋に入ろ。落ち着いて、座って話しよっか」
さゆみに背を押されてリビングルームに戻った。

「で、話って?」
「・・・」
「あのさぁ、違ってたらごめんね。もしかして、あのときのこと気にしちゃってる?」
・・・え?どうして道重さん、そんな風に軽く言うんですか?
「だったらごめんね、気が付かなくて。さゆみってさあ、ソッチもイケるヒトだからさ、急に泊りになっちゃったし、朝まですること無くなっちゃって退屈だったから生田のこと巻き込んじゃったんだよねぇ」
・・・あのことは、道重さんにとってはその程度だったんですか?
衣梨奈は泣きたい気分に駆られた。・・・のだが、そこで新垣さんの言葉を思い出した。
(肝心なとこが抜けてるよ。あのコが素直じゃないってコト)
(多分、最初はあんたが傷つくことも言うかもしれない。でもね、そのときは私の今の言葉を思い出して)
衣梨奈は気を奮い立たせ、じっとさゆみの目を見詰める。
「何よぉ、そんな目しちゃってぇ。ま、そういうコトだからさ、野良犬にでも噛まれたって思って気にしないで。じゃ、ガキさん来ないんだったらさゆみも帰るね」
そう言って立ち上がりかけたさゆみの手首をしっかりと握り締める。


652 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/03/08 23:30:55 0
「どうしたのよぉ、生田」
「・・・」
「あれぇ?もしかして、生田もソッチに目覚めちゃったのかなぁ?」
悪戯っぽく言うさゆみの言葉に、衣梨奈は答えない。そんな衣梨奈に対し、苛立つような口調でさゆみは言葉を紡ぐ。
「じゃ、仕様が無い、さゆみが責任取らなくっちゃねぇ。それじゃ、先にシャワー浴びといで。さゆみも後で入るから。服はすぐ脱いじゃうんだからバスローブ羽織るだけで良いよね」
さゆみの早口に不自然さを感じたものの、それを問う暇も無く、衣梨奈はバスルームに追い立てられた。
ガラス張りのシャワールームでシャワーを浴びながら、何度も落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせた。
バスローブを羽織り、ベッドルームに行くと、入れ違いにさゆみがバスルームに入っていく。ベッドに腰掛けてさゆみを待つ。
程無くしてさゆみがシャワーを浴びて戻ってきた。
二人で並んでベッドに腰掛けると、あの時に戻ったように感じる。
あの日と違うのはただひとつ。衣梨奈の気持ちがしっかりと固まっていることだけ。
衣梨奈は、さゆみをじっと見詰めた。その視線から逃げるように、ふっとさゆみは目を逸らした。
「キスの仕方は、教えたよね」
そう言って、さゆみは目を瞑り、唇を薄く開いた。もう、こうなると話も何も無い。
衣梨奈はさゆみの肩に手を置き、唇を割るように舌を入れながら口付けた。
さゆみもそれに応えながら、衣梨奈の背中に手を回し、自分の方に引き寄せて仰向けに倒れた。必然的に、衣梨奈はさゆみに覆い被さることになる。




5スパゲッティー 30〜 に続く





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