2スパゲッティー592/594-595 続き


18 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/05(火) 21:29:54.89 0
本当に、どうしたんだろう・・・。
あの日から、あの人から目が離せなくなってしまった・・・。

夢の中で、ぽたり、と熱いものが頬を伝わったのは覚えている。
ふっと目を覚ましたとき、体にはガウンが掛けられ、ガウンから出ている足はバスタオルでぐるぐる巻きにされていて驚いたのも覚えている。
そして、恐らく、不器用な手つきでそれをした人が、涙の痕を頬に残し、一糸纏わぬ姿で自分の側で眠っていたことも。月と星の明かりの中で見たその人は、白い肌が輝いて、光の中に溶けて消えてしまいそうな気がしたのも・・・。
綺麗だと、思った。かぐや姫もこんなに綺麗だったのかな。
その瞬間、はっと我に返った。寝ぼけた頭に冷水を浴びせられたような気がした。
慌てて揺すったその肌は、血の気が通っていないかのように冷たかった。
本当に月に溶けて消えてしまいそうで、怖かった。

19 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/05(火) 21:32:09.10 0
揺する手に力を込め、必死の思いで叫んだ。
「み、道重さん!」
「んぅー、何?」
・・・良かった。返事をしてくれた。この人は、此処に居る。
「風邪、引きますよ?そんな恰好じゃ」
「んー?・・・ああ、そうだねぇ。じゃあ、お布団で寝よっか」
「はい!」
二人して同じ布団に包まり、衣梨奈はさゆみをぎゅっと抱き締めた。
「どうしたのぉ、生田」
「・・・」
「甘えんぼ」
「・・・」
「ま、いいや。生田、湯たんぽみたいにあったかぁい」
すうっと眠りに入ったさゆみを、何も言わず、衣梨奈は抱き締め続けた。
せめて自分の体温がさゆみをこの世に引き留めてくれるように、と。

20 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/05(火) 21:33:28.39 0
「・・・りぽん、えりぽん!」
「わ!・・・何だ、聖か」
「何だじゃないでしょ。何怖い顔してるのよ」
「えっ?」
「何かをじいっと見てたかと思ったけど違うのよね。あっち、道重さんしかいないじゃん」
「う、うん」
視線の先では、さゆみが台本を片手に立ち位置を確認していた。
翌朝から普段通りに振る舞っているさゆみを見ていると、あの夜のことが夢だったかのように思えてくる。そのくせ、こんなにも鮮やかに記憶が蘇ってくるのに。
吸い付くような白い肌の感触も。
ケーキみたいに甘く柔らかい唇も。
頭に血が上って引っ込みがつかない自分を、むしろ宥めるかのように触れてイかせた長く細い指も。
そういえば、あれも夢だったのかな。
行為の最中に、たった一度だけ、腕を掴まれ、引き寄せられてキスをした。
そのときに、聞こえた気がした、さゆみの声。

ソ・バ・ニ・イ・テ



111 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/07(木) 21:50:12.05 0
 >>20

「みっちしっげさぁーん!」
突如、素っ頓狂な声が聞こえた。と同時に、バタバタっという足音が近づいてくる。
驚いて振り向いたさゆみに、天真爛漫な笑顔で佐藤が飛び付いた。
「きゃっ!佐藤、危ないでしょ」
あまりの勢いに受け止めきれなくて、さゆみがよろめいた。
何とか転ばずに済んだものの、ひとつ間違えば大怪我をする。
思わず叱り付けようとして衣梨奈は腰を浮かせたが、次の瞬間、さゆみを見てはっとした。
さゆみは佐藤を叱りながらも柔らかい顔で笑っている。叱る声も、何だか嬉しそうに聞こえる・・・いや、あれは叱ってないな。
さゆみの笑顔に機先を制されて、衣梨奈は呆けた表情を顔に貼り付ける。
「あーっ、佐藤さん、ずるーい!」
「まーちゃん、道重さん捕まえてて!」
小田と工藤まで駆け寄ってきた。二人は、走りながらも正面から抱き付いている佐藤を器用に避け、それぞれ左右から抱き付く。
「もーっ、あんたたちまでぇ」
「えへへ」
「道重さん、ケータリング来ましたよぉ。ゴハン食べましょー」
「はいはい。だけど、これじゃ動けないからちょっと離れようね、三人とも」
「はーい」
体を離しはしたものの、佐藤と小田はさゆみの両側でしっかりと手を繋ぐ。工藤はさゆみの背後に回る。
手を繋いだ二人はさゆみの手を引っ張り、思わず及び腰になったさゆみを工藤が後ろから押しながら歩く。
何だかなぁ・・・あれじゃお母さんが子どもに甘えられているみたいだ。そりゃ、確かに年齢差はあるんだけど。

112 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/07(木) 21:52:26.18 0
ふと、傍らを見やったさゆみが衣梨奈と聖に気が付いた。
「フクちゃん、生田、あんたたちも早くおいで。この分だと食べる前に無くなっちゃうよ」
「あ・・・はい」
(えりなを呼ぶのはやっぱり後回しっちゃね・・・)
少し面白くない顔をしながらも四人に続いて歩き出そうとした衣梨奈の背後で、聖がぽつりと呟いた。
「良いなぁ・・・何か」
「は?何が??」
「あんな風に道重さんと居られて、さ」
「そう?佐藤なんか急に飛び付いて危なかったっちゃろ」
「それはそうだけどさ、道重さん、怒ってなかったじゃん」
「あー、そうやったねぇ」
「あんなに甘えられるなんてやっぱり羨ましいよ」
「うーん・・・そうかいねぇ・・・」
「考えてみれば私もあんまり年は変わらないけど・・・」
「うん、それはえりなもそうったい」
「でも、えりぽんもあんな風に道重さんに甘えられないでしょ?」
「うん、それはそうやろうね。あれが新垣さんやったらまた別かもしれんけどさ」
「・・・そうなんだよね、えりぽんは」
「そうそう」

113 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/07(木) 21:53:40.71 0
「でもさ、えりぽんだって羨ましいんだよ、私」
「何で?」
「インフルに罹った工藤は可哀想だったけどさ、えりぽん、道重さんと九州に行って、そのまま二人だけで過ごしてたじゃない」
「え?でも、えりなは実家に・・・」
「嘘。打ち合わせが長引いて、お家に帰ったのは夜遅くだったって聞いたよ」
・・・そう言えば、そういうことにしたんだった。
あの後、浅い眠りから目覚めて、それから親に迎えに来て貰ったんだっけ。
夜になったばかりなのを幸いに。
「あーあ、聖もああやって道重さんに甘えてみたいなぁ・・・」
「・・・」
「二人っきりでさ、きゅって抱き付いて、よしよしって頭撫でて貰うだけで良いからさぁ」
うっとりとした目付きで語りだす聖を横目で見ながら、衣梨奈は内心冷や汗をかいていた。
これは、道重さんとキスもエッチもしたなんてバレたら聖に殺されかねないな。
お互いの平和の為に、このコトは絶対にバレないようにしよ。
「そういえばもうすぐ田中さん卒業しちゃうんだよね。そうしたら、あんな風に甘えられるのは道重さんしか居なくなっちゃうんだよね・・・」
そうだった。道重さんは、一人だけ、残るんだった。
そう思った瞬間、胸の中がチクリと痛んだ。
同時に、帰る為に実家に連絡を入れようとした衣梨奈を引き留めたさゆみを思い出した。
はっきりとは言わなかったけど、淋しそうでちょっとだけ泣きそうだったあの表情。
(やっぱり、忘れられそうに無いっちゃねぇ・・・)




362 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/11(月) 10:56:24.63 0
>113

楽屋に戻ると、メンバー達は食事の真っ最中だった。
箸が転がっても笑い転げる年頃の中高生がメインとあって、ワイワイガヤガヤと賑やかな食事風景である。
先刻さゆみに甘えていた年少組の3人など、既に口の周りをべたべたにしながら何かを頬張っている。さゆみや飯窪といった年長組が彼女らに話しかけながら世話を焼いている姿を見ると、幼稚園児じゃあるまいし、と、微笑ましい反面腹立たしくも呆れてしまう。
「えりぽん、私達も食べよ」
「そうやね」
聖と二人、食事が並んでいるテーブルに行き、思い思いに料理を取った。
野菜が苦手な衣梨奈の皿の上は、肉料理と主食のご飯物が殆どを占めている。
これからまたステージだし、スタミナを付けるには丁度良いか。
ステージ上で息切れしては様にならないからな。
「あ!またえりぽんお肉だけじゃん」
隣で聖が呆れたような声を出す。
「良かったい。ステージに備えてスタミナ付けるっちゃもん」
口を尖らせて反論しながら席に着くと、会話を聞きつけたさゆみがこれもまた呆れ顔でやって来た。
「生田、あんたまた野菜食べてないの?」
「スタミナ付けるのにはお肉が一番なんです!」
「駄目駄目、野菜も食べないとスタミナ付かないって聞いたよ。ちょっと待ってて」
すっとさゆみは席を離れ、皿に何かを載せて、またこちらに来た。
見ると、皿の上には、野菜炒めやサラダなどの野菜料理が満載である。
「ほら、食べられるだけで良いからこれも食べな」
「いえ、別に良かです。食べるモン充分ありますけん」

363 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/11(月) 10:57:53.61 0
「良くないから言ってるの!長崎じゃちゃんぽんも食べてたじゃない」
「あれは、野菜ばっかりだったから仕方が無くって・・・」
「それなら食べられない訳じゃ無いんでしょ?いいから少しでも食べなさい」
「え・・・でも・・・」
皿の料理が勿体無い、と反論をしかけた途端
「これならちょっとお肉入ってるから良いでしょ。ほら」
なんとさゆみが箸で野菜炒めを取り、衣梨奈の口元に持ってきた。
これでは年少組よりもっと子ども扱いである。膨れ面を仕かけた途端
「生田、ちょっとあーんして」
え?
この台詞・・・。
あのとき、キスの前にも・・・。
どきっとした。
深く重ねられた柔らかい唇。口腔内を撫でていった舌。初めての、感触。
あのときの記憶がまざまざと甦り、頭の中がごっちゃになる。
思わず顔を赤くしながら開けた衣梨奈の口に、すかさずさゆみが箸を突っ込む。
口の中に野菜が入ってしまった以上、観念して噛んで嚥下するしかない。
「良し。あとは自分で食べるんだよ」
にっこりとしてさゆみは先刻着いていた席に戻る。勿論、野菜料理の皿は衣梨奈の前に残されたままである。
ふと気が付くと、じとーっとした視線が隣から注がれている。
「えりぽん・・・道重さんに構って貰おうと思って・・・」
「そういう訳じゃなかとよ、聖」
慌てて隣の聖に言うが、時や遅し、聖はひどく不機嫌な顔をしている。
ああ、これは、しばらく愚痴られるんだろうな・・・。

364 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/11(月) 10:58:46.01 0
唐突に着信音が鳴った。
「あれ、メール?何だろ??」
さゆみが携帯を見る。メールを読んでいるうちに、さゆみの顔が曇る。
「道重さん、どうしたんですか?」
「れいなから。今日も出られないって」
「田中さん、どうかしたんですか?」
「うん。この間の検査の結果が出てね、十二指腸潰瘍だったんだって」
「えーっ!」
全員の驚きの声が、思わぬユニゾンを奏でる。
「だ、大丈夫なんですか?田中さん」
里保がさゆみに詰め寄らんばかりに問う。
「お医者様にかかってるし、大丈夫だと思う。れいなから“迷惑かけてごめんね”って」
「そんな、病気じゃ仕方無いですよ」
「うん。だから鞘師、今日はれいなの分もお願いね。・・・ちょっと返事打つね」
テーブルに背を向けて返信を打つさゆみの背中は、それまでと違って小さく弱く見えた。
ズキンと、衣梨奈の胸が痛む。
あのときのように、抱き締めることができれば良いのに。
傍に寄り添って力付けることができれば良いのにな。
(そりゃ、えりなにはそんな資格も無いっちゃけどさ・・・)




547 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/15(金) 21:13:08.47 0
>364
「みんなぁー、心配かけてごめんねぇ」
開口一番入ってきたのは、勿論、休んでいた田中さん・・・れいなだった。
「わぁ、たなさたぁん!」
「田中さん、もう大丈夫なんですか?」
「れいな、おっそぉい!もう最終日だよぉ」
全員が嬉しそうな顔をしてれいなに駆け寄る。佐藤など、早速れいなに抱き付いて離れない。
久し振りに見るれいなは、確かまだ闘病中だというのに相変わらず笑顔を振りまいて、その場がぱあっと明るくなる。
「おー、生田。久し振りっちゃねぇ」
「田中さんも元気そうですね」
「元気、では無いっちゃけどね。れなまだ病気やし」
「そうは見えませんよぉ」
あーあ、衣梨奈も頬は緩みっ放しだ。
衣梨奈がふとさゆみを見ると、やっぱりれいなを見ながらにこにこ笑っている。
・・・あれ?もしかして、いつもと雰囲気が違うかな?いつもにこにこしてるけど、今日は笑顔まで違うように見える
何でやろ?・・・何だか、いつもよりふわっとした感じだ・・・。
二人に見とれていたんだろうか?隣に香音ちゃんが来たのにも気付かなかった。
「ねぇ、えりぽん」
「あれ?香音ちゃん、いつの間にそこに来たと?」
「もぉ、先刻から居たじゃん」
「そうやった?ごめんごめん」
「ま、良いけどね。それよりさぁ、やっぱり田中さん居ると雰囲気違うよねぇ」
「あ、香音ちゃんもそう思ったと?」
「うん、だってさ、道重さんも凄く嬉しそうだし。いつもより柔らかい感じだもん」
「そうやねぇ」
「やっぱり安心したのかな?田中さんの顔見て」
「そうかもしれんね」

548 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/15(金) 21:15:36.97 0
賑やかな空気は、食事中も続いた。
「さゆぅ、れな豚まんと、クリームパンもこれとこれとこれ食べたい」
「ちょっとぉ、れいな、あんたそんなに食べられるの?」
「んー、無理」
「じゃ、どうすんのよ?」
「だけん、れなこれだけ食べるから、あとはさゆが食べて」
「えー、さゆみもこんなに食べられないよぉ。・・・ちょっと誰か、食べるの手伝ってくれない?」
れいなは豚まんやクリームパンをちょっとずつ千切っては残りをさゆみの皿に乗せる。
さゆみはれいなの隣であれやこれやと世話を焼きながら、自分が食べ切れない分をみんなの皿〜主にれいなにくっ付いて離れない佐藤の皿〜にほいほいと乗せていく。
さゆみとれいなは特に仲が良いという訳でも無いと言うけど、やっぱり長年一緒に居たからか、二人の間には独特の雰囲気があるから誰も入ってはいけない。
・・・ま、二人に甘えて、二人の間に挟まっている佐藤は別だけど。
何だか面白くないな。別に道重さんも田中さんも誰のものでも無いし、衣梨奈は新垣さんに甘えられれば良いから妬いているって訳でも無い筈だけどな。
あれ?えりな何でそんなこと考えとるんやろ??
・・・などと思っていたら、れいながくるりとこっちに振り向いた。
「あ、そうそう、生田」
「はい?」
「その刀、ちょっと舞台ンときにれなに貸してくれん?」
「は?何するとですか??」
「さゆンこと刺すと。殺陣の最後で」
「え?田中さん、太鼓ですよね」
「ええやん。見てたら面白そうやし、あれ、すっごくやりたいんやもん」
「えーと・・・」
「生田、ごめん、もう好きにさせてやって。れいな、今日が最後だしね」
あ、そうか。田中さんはこの舞台には、もう立つことは無いんだ。
「分かりました。じゃ、えりなが倒れたらこの刀持ってってください」
「うん、ありがと!」
れいなは、ニカッといつものように笑う。釣られて衣梨奈とさゆみも苦笑いする。
たったこれだけなのに、二人と一緒の世界に居られたようで、何だかちょっと嬉しい。

549 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/15(金) 21:19:42.80 0
舞台袖で気合を入れ、出ていく。
れいなの背中を見るさゆみは、嬉しそうだけどちょっぴり淋しそうに見えた。
ふと、狂おしいほどに愛しく思った、あの夜のさゆみを思い出す。
衣梨奈を引き留めるときに腕に添えられた掌は、遠慮がちながらも震えていた。
濡れた洗い髪に隠れていったうなじは儚げで、思わず掌を添えずにはいられなかった。
月明かりに照らされた白い肌は、暗闇の中に浮かび上がりながら溶けてしまいそうだった。
思わず夢中になった衣梨奈に与えられる刺激を、唇を噛んで堪える表情は泣いているようにも見えたっけ・・・。
「道重さん?」
「あ、ごめんごめん。じゃ、行こうか」
傍で心配そうに顔を覗き込んだ衣梨奈の頭をポンと叩いて、さゆみも舞台に出ていった。
あのときとは全然違うけど、道重さんに触れられたのは久し振りかも。
そんなことを考えて、衣梨奈はちょっとだけ赤くなった。
その日の舞台は、本当に楽しかったと思う。
舞台上のみんなも、お客さん達まで、一緒に楽しんで笑い転げていた、と思った。
〜〜〜例え今日の出来がグタグタであったとしても〜〜〜




703 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/19(火) 22:06:51.08 0
>549
ダンスレッスンで心地良い汗を流した後の休憩中。
ガチャリ、という音で、何気なく開いたドアに目をやると
「どう?頑張ってる?」
「うわぁ、新垣さん!」
大好きな先輩の新垣さんが手に大きな荷物を持って入ってきた。
「ラボが終わってすぐリリイベ、ってのも大変だねぇ。はい、これ、差し入れ」
「わぁい、ありがとうございまぁす!」
大きな荷物は差し入れのおやつや飲み物だった。全員が嬉しそうに新垣さんに駆け寄る。
勿論、真っ先に傍に駆け寄ったのは衣梨奈だった。新垣さんの腕に自分の腕を絡め、擦り寄る。
・・・あーあ、これじゃ、この間の佐藤のことを甘えん坊だなんて言えないな。
「生田ぁ、あんたも相変わらずだねぇ」
「何がですか?」
「ほら、そういう甘えんぼなとこ。ほらほら、早くしないと差し入れ取られちゃうよ」
その言葉にくるりと振り向いて、差し入れの近くにいる香音に向かって叫ぶ。
「香音ちゃん、えりなの分も取っといて!」
「はいよ」
苦笑いをしながら香音が衣梨奈の分を確保する。・・・あ、お菓子、隣の奴の方が好きなんだけど、そこまで我儘は言えないかな。

704 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/19(火) 22:08:07.92 0
「新垣さんは、何かの打ち合わせですか?」
「うん、FCのイベントが今度あるからさ」
「えー、本当ですかぁ?じゃ、えりなも絶対参加します!」
「こらこら、何言ってんの。その日、あんたも仕事でしょ」
「仕事?」
「あんた達の握手会の日だよ、私のイベント」
日程を聞いてみると、確かに握手会の日がイベント当日だった。
「えぇー、何でこの日にしたっちゃろ・・・」
「仕方がないよ。会場の都合もあるし、スタッフさん達のことも考えなきゃ」
「それはそうですけどぉ・・・」
「ほらほら、そんな顔しないの。グッズは後であげるから」
「でもぉ、当日欲しかったっちゃん・・・」
「何よぉ、イベントはその日が最後じゃないでしょ」
「・・・ですよね!そうだ、えりな、行けなくても何とか参加します!」
「は?どうやって?」
「それは後で考えます」
「あはははは、あんたも相変わらずだねぇ」
腕を組んだ・・・というか衣梨奈が無理やり絡めた・・・二人を、みんなの笑いが包み込む。

705 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/02/19(火) 22:11:51.45 0
わいわいと賑やかなレッスン室に、また、誰かが入ってきた。
どうやら、他の仕事から帰ってきたらしいさゆみだった。
「あ、み・・・」
・・・え?
どうして?
さゆみは、淋しそうな眼差しで、切なそうな表情で、ふっと目を逸らした。
その様子に、衣梨奈は思わず、さゆみに呼びかけようとした声を飲み込んだ。
が、それも、他の誰もが気付かない一瞬のこと。
さゆみは次の瞬間、ぱあっと明るい優しい笑顔でこっちを向いた。
「あれ、ガキさん来てたんだ」
「あ、さゆすけ、お帰り。今度のFCイベントの打ち合わせがあったんだよ」
「そうなんだ。さゆみも、今仕事が終わってこっちに来たとこ」
「あらら、あんたも相変わらず忙しいねぇ」
「ま、今回は先方のオファーだからね。有難いし宣伝にもなるからできるだけ受けとかなきゃ、さ」
「・・・あんたが良いなら良いんだけどね。程々にしときなよ」
「うん、ありがと。・・・あ、これ、差し入れ?」
「そうそう。さゆすけも好きなのどうぞ」
「わぁ、ありがとう!じゃ、いただきまぁす!」
にこにことお菓子を選び出すさゆみを見ながら、衣梨奈はどうしても先刻のさゆみの眼差しと表情が心に引っ掛かっていた。
道重さん、何であんな顔したっちゃろ?
・・・ま、いいか。握手会が終わって一段落したら聞いてみよ。
そう、思ったのに。

何気ない明日が来ることが、奇跡だなんて思わなかった。
衣梨奈がさゆみと話をすることは、結局適わなかった。
その日、さゆみは、倒れた。


4スパゲッティー 56〜 に続く




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