ふうっと、息を吐くさゆみのうなじから、衣梨奈は目が離せずにいた。
ホテル備え付けのシャンプーの香りに、頭の芯がくらくらと酔いそうだ。
風呂上がりのさゆみの顔は、ほんのりピンクに染まっている。
(道重さん、無防備過ぎっちゃろぉ・・・)
鼓動は、心臓が破れそうな程に高鳴っている。
まとめていた髪がはらりと解かれる。
「あ・・・・・・」
うなじが、隠れてしまう。
思わず、手を伸ばして首筋に添えた。そのまま、掌を滑らせ、頬を撫で、顎をつまんだ。
驚いた表情をして見せたさゆみに口づける。が、唇を合わせる以上のことを知らない幼いキスは、一瞬で離れてしまう。
潤んださゆみの眼が、刹那、妖しい光を湛えた。
「こう、よ」
「え?」
「生田、ちょっとあーんして」
訳も分からず少しだけ口を開けた衣梨奈の視界が塞がれた。口腔にするっと何かが入ってくる。それは、舌に絡み、頬や歯の内側をなぞり、唾液を絡め取る。
それがさゆみの舌だと認識したときには、既に衣梨奈も舌を伸ばして甘いさゆみの唾液に酔い痴れていた。
もっともっと、欲しい。
二人して腰かけていたベッドにさゆみを押し倒した。
羽織っていたガウンを剥ぎ取り、雪白の肌の隅々まで唇を這わせ、掌に柔らかな感触を覚えさせた。
時折、覚えたばかりの深い口づけをする。さゆみが漏らす吐息すら、空気に溶けるのが勿体無かった。
さゆみは、敏感な箇所に衣梨奈が触れる度にビクッと体を震わせるが、その間に、声を発することは無かった。
それが何となく悔しくて、そして、さゆみの声が聞きたくて、衣梨奈はさらに唇を、手を、体のあちこちに這わせる。
不意に、潤み切った衣梨奈の敏感な部分に強烈な刺激が走った。
「あ、はあぁぁぁん!み、みちしげさぁん!」
突然のことに頭が真っ白になり、そのまま果ててしまい、意識を手放した。
切ない顔で見つめるさゆみに気付くことも無く。

火照って疼く体を持ち上げ、のろのろと起き上がる。
情事の後のだるさを堪え、無理に動き、二人の体を拭う。
風邪をひかないようにシーツをかけてやりたいが、力の無いさゆみでは衣梨奈の体は動かせない。
「生田・・・寝ちゃったの?」
返事は無かった。仕方がないので、先刻羽織っていたガウンを掛ける。思いついて、バスタオルを持ってきて、ガウンの上から体を包んだ。
暖房も効いているから、これなら寒くはないだろう。
「こんなカワイイ顔して寝るんだね・・・」
口元が綻ぶ。が、頬には涙が伝っていた。
想い人がいるのは重々承知していた。それなのに、ふと感じた寂しさに耐えかねて、誘いをかけてしまった。
声を出さなかったのは、想い人ではないことに気付いて興醒めされたくなかったから。
今だけでいいから、柔らかい唇の感触や不器用な掌の温もりを手放したくなかったから。
我儘なのは分かっている。だけど、だけど、だけど・・・。
「いくたぁ・・・ごめんね・・・」
窓の外で、星がひとつ、流れた。


3スパゲッティー 18〜 に続く




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