瀬能と美春4

初出スレ:2スレ目33〜

属性:おじちゃんと女子高生


 親友の娘。二十歳年下の女の子。
 瀬能にとって、美春はそれ以上でも以下でもない。なかった筈だ。
 だが、その関係が、少しずつおかしくなっている。
 それが良いのか悪いのか、瀬能には分からない。

 きっかけは、些細な事だった。
 美春の泣き顔を見た。胸に暖かさを感じた。たったそれだけの事なのに、酷く動揺する自分が居た。
 それ以来、瀬能は美春をまともに見る事が出来ずにいた。

 美春は相変わらずの調子で、瀬能の変化には気付いていない。
 それだけが救いだった。

 二月のある晩。
 ここ数日残業続きだった瀬能は、疲れた体を引きずるようにして、帰路に着いた。
 クリスマスから正月、バレンタインデーと、イベントが目白押しのこの時期は、瀬能の勤める広告会社にとっても一番忙しい時期と言える。
 企画や営業と言った花形部署ではなく、会社の隅でちまちまパソコンに向かう経理部署でも、忙しさは尋常ではない。
 決算を間近に控えてはいたが、久しぶりに日付の変わる前に会社を出た瀬能は、家の扉に掛けられた物に気付いて目を細めた。

 小さな紙袋が一つ。
 黒一色のシンプルなその中には、英字があしらわれた小さな包み。上には、折り畳まれたメッセージカードが乗っていた。

 不思議に想いながらも、瀬能は紙袋を取り上げ部屋に入る。
 鞄を放り投げた瀬能がカードを開くと、小さな文字が並んでいた。

「お疲れ様。甘い物でも食べて、また明日から頑張って……か」

 差出人の宛名は無い。
 だが考えずとも、瀬能にはそれが誰からの贈り物なのか、すぐに分かった。

 包みを開くと、手作りと覚しきチョコレートが並んでいる。
 やや不揃いなそれを一つ摘んで、瀬能は携帯を取り出した。

 2/14 AM00:03

 点滅する時刻を確認し、瀬能はもう一つチョコレートを摘んだ。


 甘すぎず、苦すぎず。少しオレンジの香りのするチョコレートは、口の中でゆっくりと溶ける。
 口許が綻ぶ自分に気付き、思わず苦笑した瀬能だが、綻んだのは口許だけでは無かった。

 少し考えてから、瀬能は包みを片手に居間兼寝室に戻り、ちこちこと携帯のボタンを押して、一通のメールを送る。
 チョコレートを摘みながら、風呂の準備をしていると、不意に携帯の着信音が鳴り、瀬能は慌てて部屋に戻った。

「もしもし」
『も、もしもし!』

 勢い込んだ電話の相手に、瀬能は思わず笑いそうになったが、それを押し殺すと、もう一つチョコレートを口に運んだ。

「まだ起きてたのか」
『うん。もう寝る所だったんだけど』

 瀬能が言うと、電話の向こうの美春は、小さな声で答えた。
 美春は妹の千秋と二人部屋のはず。この時間に電話をするのは、いくら美春でも気が引けるのだろう。

『あの、チョコ…』
「うん。今、食ってる」
『今?』
「そう、今」

 メールの内容を気にしてか、美春の声はいつもより少し自信が無さそうで、それが瀬能の笑いを誘う。
 バレンタインのチョコを貰った事はあるが、今までは全て既製品だった。
 手作りのチョコを美春から貰ったのは初めてで、それを突付くような内容のメールを送ったのだが、美春も気になっていたのだろう。わざわざ電話を寄越す辺り、その様子が伺える。

「美味いよ」
『……ホント?』
「ほんと。ありがとな、一番乗り」

 礼の言葉に、美春は少し押し黙ったが、やがて小さな声で呟いた。

『他の人には、あげてないから』
「……え?」
『手作りなのは、瀬能さんにだけだから。これからもずっと、そうしようって決めてるから』

 真っ直ぐな口調からは、美春の真っ直ぐな眼差しが思い出され、瀬能は思わず言葉を失った。
 しかし、瀬能が口を開くより早く、美春はやはり小さな声で瀬能に告げる。

『疲れてるのにごめん。千秋がうるさいから、もう切るね』
「あ、あぁ」
『おやすみ』
「……おやすみ」

 瀬能が返すより早く、電話が切られ、瀬能の声は美春に届いたかどうか定かではない。
 それよりも、言われた言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡り、瀬能はしばらくの間、携帯を手にしたまま呆けていた。



「俺だけ……って、治樹は?」

 的外れな事を呟いているのは承知している。
 しかし美春がそう言ったのならば、父親である治樹にすら、手作りのチョコレートをあげるつもりはないのだろう。

 恐らくは一生。

 ようやく頭の中が整理され、瀬能は徐々に頬が緩むのを自覚した。
 もし直接言われたならば、仏頂面を貫き通すしかなかっただろう。だが今は、狭い部屋に一人きりである。
 その事に感謝しながら口許を覆いはしたが、緩む頬を引き締める事は出来ない。

「やべ……変態趣味はねぇぞ、俺」

 ニヤける自分の胸の内で、美春に対する気持ちが、明らかに変わってしまっているのが分かる。
 いくら自分に言い聞かせても、頬はいっこうに引き締まらず、それどころか胸の内そのままに、嬉しさと困惑とが混じった笑みが湧いて来る。

「親友のガキだろ。駄目だって、マジで」

 自嘲混じりに呟いてみるが、そうする事で、自分の気持ちをよりいっそう強く自覚してしまう事に気付き、瀬能は慌てて立ち上がった。

 疲れのせい。汗を流せば、この感情も、汗と共に流されるかも知れない。
 勿論、そんな訳はないのだが、藁にもすがる想いの瀬能は、逸る気持ちを抑えながら風呂場に向かった。

 考えなければ済む話。
 何かに没頭していれば、忘れられる些細な出来事。
 今まではそうだったかも知れないが。
 自覚してしまった今となっては、そんな事ではどうにもならない。

 今度美春に会った時、どんな顔をすれば良いのやら。
 それだけが酷く憂鬱で、瀬能は考えを振り払うように、勢い良く服を脱ぎ捨てた。





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2008年01月02日(水) 17:07:13 Modified by toshinosa_moe




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