第1種放射線取扱主任者が放射能とは何か、人体に対する影響は、法令はどのようになっているのか、についてわかりやすく解説します。マスコミやネット上の間違ったり、偏った情報に流されまくっている状況に憂慮しています。何か質問がある場合、掲示板を利用してください。気づいたら分かる範囲内でご解答します。

細胞分裂

細胞はDNA合成期と分裂期を繰り返しながら増殖します。これを細胞周期といい、DNA合成期をS期、分裂期をM期と呼びます。さらにM期と次のS期との間をG1、S期と次のM期との間をG2と呼びます。
各期(stage)は細胞分裂のたびに、G1 → S → G2 → Mという順で繰り返されます。
G1期の途中で静止状態となり、細胞周期が回らなくなる場合もあります。このような特別な静止状態をG0期と呼びます。G0期の細胞は刺激によってS期に入り、細胞周期が回りだす場合があります。たとえば潜在的再生系の細胞やリンパ球は普通はG0期にあります。

細胞死と分裂遅延

放射線は細胞分裂を阻害します。その結果は分裂遅延、さらには細胞死として現れます。
分裂遅延
分裂を繰り返している細胞が照射されると、細胞分裂は一時的に遅延を起こします。
その遅延時期は細胞の種類、細胞が置かれている周囲の条件等によっても変わりますが、哺乳動物培養細胞でおおまかには、1 Gyの照射で1時間、10 Gyの照射で10時間の分裂遅延が起こります。これは細胞周期において、G2期からM期への進行が一時的に妨げられること(G2ブロック)が原因であり、分裂遅延が続く間は細胞がG2期に蓄積していきます。
分裂遅延が起こっている場合にも、DNA損傷の修復は行われており、損傷が元通りに修復されれば、細胞は回復し、正常に分裂を続けることになります。
細胞死
放射線照射を受けた細胞は細胞死を起こすことがあります。細胞の種類や細胞の受けた線量によって、細胞死は増殖死間期死に分けることができます。

a. 増殖死(分裂死)
増殖死(分裂死)は、照射を受けてから何回かの細胞分裂をした後に、無限増殖能を失って起こる死のことをいいます。
何回分裂するかは線量に依存しており、細胞が死に至るまで4〜5回の分裂を繰り返すこともあり、この過程で分裂異常や分裂不全の結果、巨大細胞となることもあります。
放射線による細胞死の多くは増殖死によるものです。数Gy以下の照射で生じることが多いもので、分裂を繰り返す細胞はこのように比較的小線量で分裂が阻害され、細胞死を生じます。このため、成年で常に細胞分裂を行っている組織では増殖死が主体となり、一般に放射線感受性が高くなります。

b. 間期死
間期死は細胞が照射を受けた後、次の分裂に入ることなく死が起こる場合で、細胞分裂を経過しないで死に至る現象です。これには3つの型があります。
(1) リンパ球や若い卵母細胞のように分裂能力が限られている細胞に起こる場合で、非常に小線量(0.2〜0.5 Gy)の照射で間期死が起こります。
照射されたリンパ球は自らのDNAを酵素でずたずたに切断し、短時間で死亡します。このような積極的な細胞死をアポトーシス(細胞自滅)といいます。
(2) 成人の神経細胞や筋肉細胞のように、非分裂系の組織の細胞では数十〜数百Gyの大線量の照射によって起こります。
(3) 細胞再生系でも大線量を受けた場合には、その細胞に間期死が起こります。ただし、この場合は非分裂系の細胞に比べると少し少ない線量で間期死が認められます。

線量−効果曲線

放射線の生物効果として生存率(縦軸)をとり、線量(横軸)との関係を示すものを線量―効果曲線(線量−生存率曲線、」あるいは単に生存曲線)といいます。
線量−効果曲線と標的理論
線量−効果曲線は、線量、生存率とも、指数関数型の曲線、あるいはシグモイド(S字)型の曲線となることが多くなります。
指数関数型は生体高分子(DNAやた酵素など)やウイルスの不活性化、微生物の致死において見られます。
一般に、哺乳動物細胞ではシグモイド型が普通です。
1標的1ヒットモデル
放射線によるヒット事象はポアソン分布に従います
細胞内の標的に平均λ個のヒットが生ずるような照射をした時、x個のヒットが生ずる確率P(x)は
P(x) = eλx/x! (x = 0, 1, 2, 3, ...)
で示されます。
いま、細胞内には標的は1つしかなく、その標的にヒットを1つでも受けたら細胞が死ぬと仮定します(1標的1ヒットモデル)。
この場合、生存率Sは細胞がヒットを受けない確率P(0)となり、
S = P(0) = e
で表すことができます。
平均1個のヒットが生じたときにはλ= 1であるので、S = e-1 ≒0.37となり、これを与える線量を平均致死線量'D'0と定義します。
ヒット数は線量Dに比例し、λ= D/D0と示せるので、上式は
S = e≒-D/D0}
と表すことができます。
D0は細胞の放射線感受性を示す尺度として用いられます。D0が小さいほど、放射線感受性が高いことを表しています。
多標的1ヒットモデル
細胞内にN個の標的であり、すべてがヒットされなければ細胞死が起こらないとします(多標的1ヒットモデル)。1つの標的が生き残る確率がe≒-D/D0であるので、ヒットされる確率は(1-e-D/D0)となります。
N個の標的すべてにヒットする確率は(1-e-D/D0)Nであり、細胞の生存率は、
S = 1 - (1-e-D/D0)N
となります。
これはシグモイド型の線量−生存率曲線で、片対数でプロットすると肩のある生存曲線となります。
この式はD >> D0、つまり高線量域では近似的に
S = Ne-D/D0
となり、片対数グラフでは勾配が1/D0の直線となります。
直線−2次曲線モデル
線量−生存率関係を示すものとしては他に、直線−2次曲線モデル(linear-quadratic model、LQモデル)があります。
これによる生存率は
S = e-(αDD2)
と表されます。
哺乳動物細胞では致死損傷はDNAの2本鎖切断であり、1本鎖切断では致死となることはありません。致死損傷である2本鎖切断は放射線の1本の飛跡で向かい合う2か所を切断する場合(αD)と、別々の飛跡によって生じる場合(βD2)があるとするモデルです。

SLD回復(Elkind回復)

大部分の哺乳動物細胞では肩のある生存曲線を示します。細胞内に標的がN個ある場合、たとえN-1個の標的がヒットを受けても細胞は死に至りません。このような損傷を亜致死損傷(SLD, sublethal damage)といいます。つまり、生存曲線において肩の部分の線量(Dq以下)では細胞は亜致死損傷を蓄積しています。あと1個すなわち残るN番目の標的がヒットされると細胞は死んでいきます。

Elkindらは分割照射を行うことによって、細胞は亜致死損傷を回復できることを示しました。図中の曲線Aは単一照射による細胞の生存曲線であり、曲線Bははじめ5 Gyの照射を行い、十数時間後に2回目の照射をいろいろな線量で異なった場合の生存曲線です。
もし、2回目の照射までの間に損傷の修復が起こらなければ、曲線Bは曲線Aの5 Gy以上の部分に重なる直線となるはずです。しかし、AとBとは全く同じ肩をもった曲線となり、このことは2回目照射までの間に、1回目照射で生じた肩の部分の損傷が完全に回復していることを示しています。
このような回復を亜致死損傷からの回復SLD回復)またはElkind回復といいます。
SLD回復が起こる場合には、一度に照射するよりも、その線量を2回あるいはそれ以上に分けて分割照射するほうが生物効果は小さくなります。
低線量率照射は分割照射の極端な場合と考えられ、高線量率を短時間で照射(急照射)するよりも、同一線量を低線量率で長時間照射(緩照射)するほうが生物効果は小さくなります。これを線量率効果といいます。
線量率効果は細胞の致死だけでなく、突然変異にも見られます。

PLD回復

照射後普通の状態では死に至る細胞が、照射後に特定の条件に置かれると損傷を回復して生き返る現象があります。
このように、細胞に致死を引き起こす損傷でありながら、状況によっては修復される場合、これを潜在的致死損傷(PDL, potentially lethal damage)とよび、それからの回復を潜在的致死損傷からの回復PLD回復)といいます。
一般に、PLD回復による生存率上昇は照射後6〜8時間で最大となり、以降は変化しません。

SLD回復もPLD回復もともに培養細胞だけでなく、組織中の細胞でも起こります。また、正常細胞、がん細胞のいずれにも見られます。ただし、SLD回復は増殖中、つまり細胞分裂を行っている細胞への分割照射の時に見られる現象です。これに対して、PLD回復はむしろ増殖を止めているプラトー状態にある細胞や低酸素性細胞などを照射した場合に見られる現象であり、分割照射とも関係がありません。

高LET放射線では線量−生存率曲線の肩の部分はないか、ごく小さくなります。このような場合、SLD回復もPLD回復もないか、極めて小さいです。SLD回復によるとされる線量率もほとんど見られません。

細胞周期と放射線感受性

増殖している細胞は細胞周期を回りながら増えているので、放射線感受性は細胞周期の段階によって異なります。感受性が高いのはM期であり、S期の終わりが最も感受性が低くなっています。
細胞周期の各時期についての感受性の変化は、
M期は感受性が最も高いが、G1期に入るt急に感受性が低下します。G1後期からS期初期にかけて再び感受性は高くなり、S期後半では低下します。
G2期からM期にかけて高感受性となります。

細胞周期とSLD回復
細胞周期の放射線感受性の高い時期つまりM期では生存曲線の肩は小さく、SLD回復は他の時期に比べて小さくなっています。また、放射線感受性の低いS期後半は肩が大きく、SLD回復が大きくなります。
このような細胞周期依存性は低LET放射線で顕著であり、高LET放射線では小さくなります。

突然変異

たとえ細胞が死を免れようとも、放射線によるDNA損傷が突然変異として発現することがあります。
体細胞突然変異と生殖細胞突然変異
細胞は核中のDNAをS期において複製し、M期において分裂で生じる2つの娘細胞へと分配します。
そこで、DNAや染色体に何らかの変化が生じると、異なった遺伝情報をもつ娘細胞が出現することとなります。これを突然変異細胞といい、その現象を突然変異といいます。
自然状態でもある程度の確率で突然変異は起こっており、これを自然突然変異といいます。放射線の場合を放射線誘発突然変異といいますが、放射線に特に特有の突然変異があるわけではありません。
突然変異には、大佐棒に生じるもの(体細胞突然変異)と生殖細胞に生じるもの(生殖細胞突然変異)とがあります。
遺伝子突然変異と染色体異常
突然変異には、遺伝子突然変異と染色体異常とがあります。

a. 遺伝子突然変異(点突然変異)
DNAに配列されている遺伝子1個の化学変化によって生じる突然変異をいいます。この場合、突然変異の頻度(誘発率)は線量に比例して直線的に増加します。

b. 染色体異常
染色体の構造に大きな変化(欠失、重複、逆位、転座など)が生じたものを染色体異常といいます。
染色体異常としては2か所の切断と誤った再結合から生じる、リング染色体(環状染色体)や2動原体染色体も観察されます。
染色体異常には照射後も長期にわたって存在する安定型と、比較的短期間で焼失する不安定型とがあります。欠失や転座は安定型で、リングや2動原体染色体は不安定型になります。
線量率効果
突然変異、すなわち遺伝子突然変異と染色体異常はともに線量率依存性を示し、線量率が低い照射ほど突然変異の出現頻度は低くなります。つまり緩照射のほうが急照射よりも突然変異の頻度は低くなります。(線量率効果)これは、低い線量率での照射中に修復が行われていくためと考えられています。高LET放射線では線量率効果は小さくなります。

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