第1種放射線取扱主任者が放射能とは何か、人体に対する影響は、法令はどのようになっているのか、についてわかりやすく解説します。マスコミやネット上の間違ったり、偏った情報に流されまくっている状況に憂慮しています。何か質問がある場合、掲示板を利用してください。気づいたら分かる範囲内でご解答します。

放射線の生物に対する作用過程

以下のような過程で作用が起こります。
(1) 物理的過程放射線照射により物質中には電離(イオン対生成)と励起が生じます。これは照射後10-18〜10-15秒で生じる非常に速い反応で、X線やγ線の場合は、光電効果、コンプトン散乱あるいは電子対生成に基づく二次電子によってもたらされます。
(2) 化学的過程生体の主な構成成分である水と放射線との反応で生じたOHラジカルなどが働き、生体抗生物質に種々の化学反応が引き起こされます
ラジカルの寿命は10-10秒程度なので、化学的過程は10-12から1秒にかけて起こります。
(3) 初期障害これらの化学反応が核酸やタンパク質(酵素)などの生体高分子にも及び、それらに損傷を起こす過程があります。照射後数分ぐらいまでの間に生じます。
初期障害として最も重大なものはDNAの損傷です。
(4) 拡大過程初期障害は細胞内の物質代謝によってしだいに増幅・拡大され、数分〜数時間後には生化学的に検出可能な障害を生じます。
(5) 最終効果:生化学的障害が生じた結果、被ばくした組織により異なりますが、いろいろな急性障害さらには晩発障害が現れてきます。
急性障害は被ばく後数時間から数十日以内に現れ、晩発障害は数カ月から数十年の潜伏期を経て現れます。

線質と生物効果比(RBE)

放射線の線質と効果発現
放射線の線質が異なると、同じ線量を与えても効果の程度は大きく異なります。放射線の線質を表す指標はLET(linear energy transfer、腺エネルギー付与)です。
LETは放射線の飛跡に沿った単位長さあたりにどれだけのエネルギーを与えるかを示すものであり、ふつう水中におけるkeV/μmで表されます。

X線、γ線、β線(電子線)は低LET放射線であり、中性子線、α線、重粒子線など高LET放射線です。
低LET放射線であるX線、γ線、β線の間では効果発現の効率にはほとんど差はありません。高LET放射線では、その種類により飛跡に沿って生じる電離密度に差が大きくなり、生物効果にも差が出てきます。
生物効果比(RBE)
LETの異なる放射線の生物効果を比較するときには、次式で定義される生物効果比(RBE、relative biological effectiveness)が用いられます。
RBE = ある生物効果を引き起こすに必要な基準放射線の吸収線量/問題としている放射線で同じ効果を引き起こすに必要な吸収線量
基準放射線にはX線(250 keV)あるいはγ線が用いられることが多い。
RBEをLETに対してプロットすると、LETの値が100 keV/μm付近までは、LETの増加とともにRBEが高くなっていきます。しかし、この辺をピークとして、さらにLETが大きくなるとRBEは低下していきます。
このように100 keV/μm以上のRBEが減少するのはoverkill(殺しすぎ)が原因とされています。
RBEは、指標の取り方、線量、線量率、酸素分圧、温度などの環境条件によって変化します。

線量率効果

同じ線量を与える場合に線量率を低くして照射すると生物効果は一般に小さくなります。これを線量率効果線量率依存性)とよびます。
これは低線量率での照射中に回復が起こるためです。低温での照射では線量率効果が見られないことから、この回復過程は低温で起こらないことがわかります。
細胞死でも突然変異でも、低LET放射線では線量率効果ははっきりと認められますが、高LET放射線の場合には線量率効果はないか小さくなります。これは高LET放射線では回復が少ないからです。

一定線量を1回で照射するのに比べて、分割照射をすれば生物効果は小さくなります。このような分割照射の効果も高LET放射線では少なくなっています。
低LET放射線つまりX線やγ線の低線量率照射あるいは分割照射の場合、同一線量でも生物効果は小さくなります。

線量分布

放射線の線質やエネルギーによって、体内のどの程度の深さまで照射されるかは異なります。
個体における放射線そのものによる効果は、被ばくした部分のみに現れます。つまり、個体における部分照射と全身照射ではその効果の差は大きくなります。
生物影響を左右する放射線側の要因としては、線量、線質、線量率、線量分布などがあります。
一方、生物側の要因としては、生物種、年齢、性別、遺伝的素因、健康状態、内分泌などがあります。
また放射線に対する感受性は組織によっても異なるし、詳しく見ると細胞周期の時期によっても放射線感受性に差がでてきます。
放射線や生物種の要因以外にも、放射線の生物影響を修飾する要因として、酸素、防護剤、増感剤、温度などがあげられます。

酸素効果

酸素分圧の高い条件で照射すると、低酸素状態での照射よりも大きな生物効果が見られます
酸素効果の程度は酸素増感比(OER、oxygen enhancement ratio)で表されます。
OER = 無酸素状態である効果を引き起こすのに必要な線量/酸素存在下で同じ効果を引き起こすのに必要な線量

酸素効果は低LET放射線で大きく、そのOERは2.5〜3といった値を示します。つまり、酸素中のほうが無酸素中よりも放射線感受性が2.5〜3倍高い、ということを表しています。
一般に、細胞の酸素分圧が高くなるにつれて放射線の効果は上昇しますが、酸素分圧が20 mmHgを超えるとほぼ一定になります。
正常組織ではふつう酸素分圧がすでに高いため、それ以上酸素を与えてもほとんど増感しません。
一方、がんなどの中心部に存在する低酸素細胞は、酸素を与えることで増感できます。

酸素効果は、放射線の直接作用あるいは間接作用でラジカルをもつようになった生体高分子が、酸素と反応して過酸化物を形成し、放射線による損傷が修復不可能な状態となるためと考えられます。
高LET放射線では酸素効果はないか小さくなります。OERはLETが高くなるについて減少し、LETが100 keV/μmを超えるとOERは1に近くなります。

防護剤

拮抗的作用と補修的作用
放射線の効果を減ずる物質はいろいろありますが、防護作用のメカニズムには拮抗的作用補修的作用があります。
拮抗的作用とは間接作用の場合に生じた拡散性のOHラジカルなどと、防護剤が反応することでこれを取り除くものです。
補修的作用は、直接作用あるいは間接作用の結果ラジカルをもつようになった生体高分子から電子を受け取る形で基底状態に戻し、損傷の形成を防ぐものです。
このような防護作用をもつものとしては、
(1) SH基やS-S結合をもつ化合物 システイン、システアミン、グルタチオンなど
いずれも副作用が強く、ヒトに応用できる薬剤はまだ開発されていない。
防護効果は低LET放射線に対してのみ現れ、高LET放射線に対する効果は小さいものです。
(2) 血管の収縮などを起こし、体内組織の酸素分圧を低下させることによって酸素効果を減少させ、放射線感受性を低下させるものがあります。
例:アセチルコリン、エピネフリン、ヒスタミン、セロトニンなど

防護剤の効果の大きさは線量減少率(DRF、dose reduction factor)で表します。
防護剤は照射直前または照射中に与えて、照射時に系内にその物質が存在していることが必要です。
修復剤
これに対して、照射後に投与して障害を軽減させる、つまり障害の修復を促進する物質を修復剤といいます。
致死線量の放射線を動物または培養細胞に照射し、その後に薬剤を与えることで死亡率が減少するという報告は多く見られます。
修復剤としては、ホルモン組織の抽出物、核酸およびその前駆物質などが知られています。

増感剤(化学的増感剤)

増感剤には核酸類似物質と低酸素細胞増感剤とがあります。
核酸類似物質
ハロゲン化核酸前駆物質がこれにあたります。中でも5-ブロモデオキシウリジンBUdR)があげられます。チミジン類似物質であり、このような塩基のハロゲン化物がDNAに取り込まれると放射線増感作用をもたらします。
低酸素細胞増感剤
酸素の増感作用(酸素効果)と同じ原理で働く物質です。電子親和性が高く、酸素と同様、生体高分子における有機ラジカルを固定し、修復不可能な化学変化をもたらします
生体内での代謝が遅く、酸素よりも組織の奥まで拡散しやすくなっています。
がんの低酸素細胞を増感する目的で、放射線治療における併用薬剤として期待されています。メトロニダゾル、ミソニダゾルなどが開発されていますが、まだ臨床的に十分効果のあるものは開発されていません。
これらの薬剤は低LET放射線には増感効果がありますが、高LET放射線に対しては増感効果は少なくなります。

温度

放射線感受性は一般に低温で低く、温度の上昇とともに高くなる傾向があります。放射線の間接作用の場合、試料を低温にしたり凍結することによって、生じたラジカルの拡散が妨げられ、放射線の作用が減少します(温度効果、凍結効果)。ただし、温度は直接作用にも影響することが知られています。
また、低温は細胞のSLD回復も低下させます。低温での照射、とくに凍結した細胞では線量率効果がみられないのはこのことによるものです。
温熱処理細胞を40℃以上に加温(温熱処理)すると放射線感受性はとくに高まり、著しい細胞致死効果が見られます
がんの中心部には低酸素細胞が多く、放射線抵抗性を示します。ところが温熱処理はこのような低酸素細胞でも感受性が高く、また放射線の利きにくいS期の細胞にも感受性が高くなります。このような理由で多くの場合、温熱処理は放射線と併用する形でがん治療に用いられています。
低LET放射線では温熱処理による増感効果がみられますが、高LET放射線では増感作用は少なくなります。

高LET放射線の特徴

高LET放射線の生物影響には低LET放射線と比べて次のような違いがあります。
  • 直接作用が主になります(間接作用の割合が小さい)。
  • 回復(SLD回復、PLD回復)が小さい。肩が小さい生存曲線
  • 線量率効果が小さい。
  • 細胞周期依存性(細胞周期の時期による感受性の変動)が小さい。
  • RBEが大きい。低線量率や分割照射では、RBEはさらに大きくなる。
  • 酸素効果が小さい(OERは1に近い)。
  • 増感剤(低酸素細胞増感剤)の効果が小さい。
  • 防護剤の効果(防護効果)が小さい。
  • 温度効果が小さい。

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