ありふれた物語:序章

作者:蚕




序章


気が狂うほどの美しい夜。
草原には静かな、穏やかな風が流れ、響く音は虫たちの声と小川のせせらぎ。
平穏、いや静寂と呼んだほうがいいかもしれない。
ただ広く、静かな美しい夜。雲ひとつない空に大きな月が一つ、照らし続けていた。
 それはさっきまで動いていたモノ、さっきまで呼吸をしていた物の躯、今はただ抜け殻になった巨躯だけが地面に横たわっている。

――雄火竜リオレウス
「天空の覇者」、「空の帝王」などと呼ばれるこの生物は、その二つ名に相応しいに獰猛な性格を持つ飛竜(ワイバーン)である。
並みの人間では立ち向かうこともままならないほどの強靭な生命力と戦闘力を誇る生命体、すなわち飛竜の代表格であるリオレウスだが、その躯にはもはや「空の帝王」としての面影は残っていない。
紅く美しい鱗は散りゆく木の葉のように剥がれ落ち、青く澄んでいた瞳は白く濁り始め、その命の営みが終わったことを告げている。
その躯をただ見つめ続ける戦いの勝者、人間達の間で「ハンター」と呼ばれる者は、自分が奪ってしまった抜け殻を見つめ続けていた。

――俺はハンターだ、飛竜を狩るのが仕事なんだ。
誰に話しかけるでもなく、一人つぶやく。

――仕方なかったんだ!殺さなければ殺されていた!
分かっている、そんなことは都合のいい言い訳にしか過ぎないことくらい。

――俺が殺さなくても、いずれ誰かに殺されていた!!
認めたくない、命を奪ったことを認めたくない、自分の罪を認めたくない。

――人間が襲われる前にしとめなければ、奴等に「罪なき人間」が襲われるんだ!
飛竜に罪があるわけではない。
だが、誰かを、なにかを「罪」にしないと壊れそうだから……

問いかけに答えてくれるのは己のみ。
草原には、小川のせせらぎと虫達の声のみが静かに響く。まるでこの地の覇者の死を悼む鎮魂歌(レクイエム)のように。
静かな夜に、美しい月に彩られ、「ハンター」はこの地を後にする。
少し肌寒い春先の風だけが、その背中を慰めてくれていた……
2005年09月12日(月) 07:55:45 Modified by funnybunny




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