モンスターハンターB.C.E. 1

作者:揚げ玉




モンスターハンターB.C.E. 第1話


 カフの村に、シュレイド王国所属第二大隊第一機動部隊が現れたのは、僅か二日前の事だ。
 現れた。いや、正確には、占拠したのは、そう言うべきかも知れない。彼らは村の集会所を接収し、食料を始めとする生活物資を住民に拠出させたのだ。だが、住民の抵抗らしい抵抗は無かった。時勢を考えれば当然だろう。
 シュレイドとカロンゾ、両王国の戦いは長きに渡り、各地は荒廃していた。
 敗れた者は集落ごと勝者の慰み者となり、子々孫々に至るまで、文字通り、骨の髄までしゃぶり尽くされる。如何に尊大で横暴でも、自分達を守ってくれる兵士を拒絶できる程、村人は強靭では無い。
 そんな中、カフは他の村人よりも兵士に近い立場にあった。彼がかつて、王都シュレイドに留学していた事で、王都駐留の兵士らは彼に親近感を抱いたのだ。さらに、王都で簡単な治金を身につけていた事で、兵士らに武具の調整も命じられもした。自然と、兵士との関わりも多くなっていく。
「ちっ、もうへばりやがった」
 カフは村の鍛冶工房に立ち、命じられた通り武具を修理していたが、その時は修理の手を止めていた。武具の一部に工法が分からぬものがあり、王都で集めてきた記憶と書物をめくり、修理方法を模索していたのである。
 表の通りから兵士の会話が聞こえて来たのは、その時だ。兵士は会話と同時に工房の壁を蹴りつけたらしく、その乱暴な音も相まって、カフはすぐに彼らに気付いた。
「デグニダル級か? こいつはスタミナが無いからな……いい加減、装備課がまともな品種を作ってくれりゃ良いんだが」
「あの青白い眼鏡共に何が期待できる」
 カフは足音を立てぬ様に戸口へ近づき、そこから外の兵士を覗いた。
 戸口から見える村の広場には、一頭の竜が引き出されている。人の背丈を遥かに越える、大型の竜だ。全身は白銀の鱗に覆われ、鱗の鈍い光沢が、夕陽を工房へ照り返している。
 竜は、地面を見詰めたまま、身体を震わせていた。
「デグニダルも期待外れだったな」
 外で話す兵士は二人。片方の兵士が、手にしていた鞭を振った。唸りを上げた鞭が、竜を打ち付ける。
 その間も、兵士二人は何事かを話し、まるで食事時にナイフとフォークを操る様に、何事でも無い様に、竜を鞭打ち続けた。
 見れば、打たれる度に竜の体から鱗が千切れ、宙に飛んでいる。やがて鞭が肉に達したのか、キラキラと光る鱗の破片は、ついに、赤黒い肉片に変わった。
「きったねぇ……鎧に染みが付いたらどうするよ!」
 嫌悪をむき出しにし、兵士が竜へ毒づいた。
 鞭は一層強く叩き付けられ、だが、竜は身体を震わせるだけである。
「処分時じゃないのか。さっきユニブロス級に腹をやられたんだろ? 金属皮は硬いが、ただでさえ治癒力が低い。ましてスタミナの無いデグニダル級じゃなぁ」
「使えねぇ」
 鞭打つのに疲れたのか、兵士は竜に近寄り、その顔を蹴り飛ばした。
 竜の首がもたげられ、兵士を見るが、瞳に力は無かった。おののき、怯える様な視線を返しただけである。
「……おらよ」
 兵士が、胸元からネックレスを取り出す。鎖の中心に添えられたクリスタルを、竜の額へ押し付けた。
 鈍い、破裂音。
 竜の頭部が砕け散った。
「手が汚れるから嫌だぜ」
「はぐれ竜になられるよりマシだろ」
 二人は、血まみれになった竜の亡骸を一瞥もせず、酒場の方角へ歩き去った。
 すぐに静寂が訪れ、広場には、竜の遺体だけが残っている。
「……あれが……クリスタル発振」
 兵士が去ったのを確認し、カフは工房から駆け出し、竜の亡骸を見詰めた。
 大きな翼。生前はさぞ、美しく羽ばたいたのであろう、白銀の翼。翼を含め、全身に金属の鱗を纏っているというのに、竜の身体は酷くしなやかで、まるで瀟洒な彫像でも見ている気にさせられる。だが、その美しいはずの体には、赤黒い塗料が浴びせられていた。塗料は、まぎれもない、竜自身の血液である。無くなった竜の頭部からは、血液が今も地面に垂れ続けていた。
「惨い事を……」
 首の無い竜の死体を見詰め、カフはその無念を思った。
 あの瞬間、本来ならば一噛みで殺せるであろう人間に、叛意の欠片も抱けなかった竜。いや、本来などという言葉を、人間の作り出した繁殖場で生み出されたこの竜は、知る由も無いのだ。
 竜は孵化する前から人間に管理され、生まれた時には、外科手術によって脳にクリスタルを埋め込まれる。このクリスタルは、竜が特定の脳波を発した瞬間、二度までは耐え難い激痛を竜に送り込む。三度、それを感知した時、クリスタルは爆発する。
 人間への叛意を、完全に押さえ込む技術。それこそが、クリスタル発振と呼ばれるものだ。後世、竜操術として悪名高い、竜を使役する技術の核となるものである。
 繁殖場で人間の調教を受けて育つ竜は、ほとんどの場合、成竜になれば人間に叛意を持たない。調教によって改善が見られなければ、クリスタル発振によって幼竜の内に爆死するのだ。
 成竜がクリスタル発振で処分されるのは、大まかに二つのケースが考えられる。一つは、クリスタルに当該竜の主人として登録された人間が死ぬ時。もう一つは、竜の額に制御用のクリスタルを当てた時だった。
 竜は人に危害を加えぬように、人とはぐれて生きる事が許されない。
 人に不要になった後、生存する事も許されない。


B.C.E.

竜がくびきから放たれ、人が懺悔と悔恨と、恐怖と勇気と供に、狩りへ漕ぎ出すADの世紀

それよりも遥か昔

B.C.E.と呼ばれる時代があった

Before Crisis Era

竜のくびきが解かれる前の時代

人は、竜の主たり得た

 
「ロア級ガンホルン、来ます!」
 やや緊張した声色で、男が叫んだ。
 男の視界には、四肢を夕焼けに染め、荒野を駆け来る竜の姿がある。
 数は数十。
 遠方のそれは、まだ黒色の影を伴ってしか確認出来ないが、間違いなく、炎を纏う竜ロアと、それに騎乗したガンホルン騎士だった。赤青色の体皮と、堅固な甲殻を持ち、爆発を伴う塵粉を翼から撒き散らすロア級は、強行突撃を得意として知られる。彼らは、ガンホルンを持つ乗り手と相性が良いのだ。持ち主の肺活量に応じ、無数の散弾を撒き散らすガンホルン。翼から発火・爆発する塵粉を飛散させるロア。彼らは、通りすがりの対象に、壊滅的な打撃を与えて行く。
 ロア級の群れを見詰める男の背後には、同じく数十の騎士が、幾つかの種の竜にそれぞれまたがり、皆が遠方の影を見詰めている。
「ガンランス前へ。ガンブレードは脇へ移動し、チャージを開始」
 一団の中心に立つ男は、頭部を兜で覆っており、素顔は見えない。だが、白銀に輝く瀟洒な鎧越しにも、威風は十二分に伝わってくる。声におくびにも恐怖を感じさせず、恐らく、兜の下の表情にも、恐れなど微塵も無いのだ。彼は手を軽く振って、一団の配置を変更した。
「ブルーナー隊長の指揮をこの目で見れるとは、光栄の至りですよ」
 兜の男の背後から、別の男が声をかけた。
 鎧兜を着込み、それぞれ竜にまたがる一団の中、その男だけは頭部に飾りを着けただけで、素顔を露出させている。端正な顔立ちで、口元には微かな笑みが浮かんでいた。
「……ガンブレード、火薬圧縮開始。秒読み30」
 ブルーナーは背後の男に応えず、前方の影を見詰めた。影は時間と供に巨大に、そして凶暴になって見える。
 影でしかなかった竜の顔、騎乗する敵兵の姿。それらが彼の目にも確認できる頃には、周囲の男たちにも変化があった。
 前を睨んだまま、鼻だけをならす者。
 身につけた兜を、改めて頭に押し付ける者。
 周囲をしきりに見回し、敵から視線を逸らす者。
 ある者はこの部隊にも慣れ、ある者は慣れていない。精鋭揃いで知られる第一機動部隊だが、欠員の補充などで加わった日の浅い兵士もいるのだ。中には、騎乗する竜が主の動揺を感じ取り、整列を乱す者すらいる。
「20、19、18……」
 隊長であるブルーナーの秒読みを、隣に控える副官のヴァンガードが、引き継いで行なっている。
 秒数が減るに従い、周囲の緊張は高まっていく。
「10」
 その頃には、もう、敵の姿は目の前にある。
 土煙を上げる、竜の巨大な蹄、殺気を撒き散らす敵の兵士。
 禍々しい形相、牙をむく竜。
 怒号を上げる、敵兵。
 新兵ならば、今はもう悲鳴を上げて逃げ出している頃だ。
「5」
 唇をかむ者。
 喉を鳴らす者。
 胸に手を当て神に祈る者。
「1」
 爆音。
 更に二突き、三突き。
 前列に並ぶガンランスを持つ騎士達が、一斉に突きの三連を繰り出す。その度、前方に爆発が飛び、爆発の黒煙が、壁の様に立ち込めた。
 煙の壁を突き越えて来るはずの敵兵は、姿を現さない。
「ガンブレード!」
 ブルーナーの号令一下、ガンランスの両脇で巨大な剣を掲げていた騎士達が、頭上から剣を振り下ろした。
 轟音。
 ガンブレードの刀身で圧縮されていた火薬が、剣の一閃と供に宙を駆け、黒煙の彼方へ襲い掛かった。
 火薬は宙を駆けつつ爆発を繰り返し、黒煙の中に飛び込み、その周囲を取り巻き、さらに幾度も爆発した。
 ガンランスの斉射を受けて怯んでいた敵兵は、黒煙の中で、今頃爆発の渦に飲み込まれているはずである。
「屠れ!!」
 ブルーナーが兜の下で吼えた。
 吼え様、彼は既に先頭を切って竜を駆けさせている。背後にはヴァンガードが続き、一団が駆け始めた。
 むき出しの素顔で微笑を浮かべる男は、やはりその笑顔のまま、彼らの突撃を見送っていた。

「剥げるものは剥いでおけ!」
 夕刻の光が、業火の様に彼らを焦がしている。
 打ち倒したロアの身体に、ナイフを手にした兵士達がたかっていた。ガンランスの斉射で絶命した竜、ガンブレードにまかれて死んだ竜、主人の死によって、クリスタル発振を引き起こされた竜。
 形の異なる無念を浮かべるロア級の死骸を、小型の肉食獣の様に、兵士は嬉々として切り刻んでいく。
 彼らは鱗や骨を始めとする、竜の体から剥ぎ取った素材で、自身の装備を整えたり、装備課で換金して小銭を得るのだ。両王国を合わせても、竜を操る「竜騎兵」の数は少なく、竜の体から剥ぎ取られる素材は、研究や加工の為に高値で取引されている。
 これらの資金で、兵士らは装備課から新たに竜を買い付けたり、野生竜を捕獲に出て、自分用に調教する事もあった。
「一兵も損なわず、見事でしたブルーナー隊長」
 竜の死体を剥ぐ兵士を、ブルーナーが黙って見詰めている。その背後から、声が掛かった。
「スタインウェイか……」
 ブルーナーが背後を振り返ると、端正な顔立ちの男が、やはり微笑と供にこちらを見詰めていた。男の長い睫の下の、左右で異なる色の瞳が、その印象を一層人離れしたものにする。今は強い夕陽が彼のまつげに弾かれ、その瞳の色は窺い知れない。
 派遣将校スタインウェイ。
 他の兵士らと異なり、彼は鎧を纏わず、軍服を身に付け、ズボンの裾を黒光りする長いブーツの中に押し込んでいる。ズボンも一般的なすらりとしたデザインではなく、膝の辺りが膨らんだ特殊なものだ。今は重厚な鎧を纏っているブルーナーが正装するにしても、身につける軍服はこういったものでは無い。
 それはスタインウェイが名ばかりの指揮官であり、正確には彼が、一般の兵士ではなく、憲兵である事を示していた。
「ロア級の突撃を正面から圧し留めるなど、私は初めて見ました。今でも鳥肌が立っています」
「憲兵でも、そのような事が?」
「ハハ、これはお手厳しい。憲兵とて、戦う事を生業とした、兵士である事に変わりありませんよ」
 そうであれば、強い者、驚嘆すべき戦いに、賞賛を惜しまないのだと、スタインウェイは言っているのだ。
 だが、ブルーナーの方は同意しかねたのか、何も言わずに鼻を鳴らしただけだった。味方の兵を監視・処断するのが役目である憲兵に、彼のみならず、兵士は良い感情を持ちにくいのだろう。
「憲兵は皆、アルビノス級に騎乗すると聞いていたが、貴官はミカズチ級に騎乗されるのだな」
「珍しいでしょう? 装備課の試作を借りて来たものです」
 スタインウェイが、背後に控える自らの竜を顎で差し、笑った。
 彼の騎乗するミカズチ級は、一般に竜といわれて想像する程の大きさではなく、馬よりも幾回りか大きい程度だった。その姿も馬に似ており、双角を持ち、四足で疾走し、身体に翼や鱗などは無い。体色は透ける様な漆黒で、時折、その表皮に光が走って見えるのは、この竜が雷を自由に扱うためとも言われている。繁殖が極めて困難で、シュレイド・カロンゾ両王国の中でも数頭しか存在しないと言われる種であった。
「羨ましい限りだな」
「貴官の部隊とて、最新鋭の竜ばかりでは無いですか。デグニダル級、スパルタカス級、ヴァルキリー級……機動力では最高クラスのものばかりです」
「相手が悪い。カロンゾの重槍騎兵相手なら、せめてコロサル、ソル、ルナは欲しい」
「陛下直属の機動近衛兵とて、そこまでは揃いませんよ」
 そう言って、スタインウェイは端正な顔をほころばせた。
 一方で、兜を外したブルーナーは腕を組んで崩さず、兵士を見詰めている。彼のたてがみの様な金色の髪が風に揺れ、増え始めた顔の皺を撫でた。
 この頃になると、一団の背後にある村からも、住民が家屋から現れ始めている。戦闘の終結を感じ、様子を窺いに出たのだろう。
「……ステンズ。その女は?」
 不意に、ブルーナーが声を荒げた。視界の隅に、周囲の哨戒に出ていたステンズが、竜の背に少女を乗せて現れたのだ。
「……はい、今の戦闘で驚き、村の外に逃げ出してしまったとの事で、連れて来ました」
 竜の手綱を引き、姿勢を正し、ステンズが答えた。
 彼は前回の戦闘から第一機動部隊に加わったばかりで、他の隊員よりも遥かにブルーナーに恐縮している。この部隊への配属が認められる程の腕とはいえ、まだ成人したばかりの年齢だった。色の薄い、刈り立ての銀髪の下の顔には、まだあどけなさがある。凄腕を持って知られる部隊の隊長には、距離感が大きいのだろう。
「……捨てて来い」
 微かに眉をしかめたブルーナーが、少女に一瞥をくれ、抑揚を付けずに言った。
「そんな! まだ周囲に敵兵がいるかも知れないですし、もしはぐれ竜にでも出くわしたら……!」
「気の毒だが、その際は死んでもらうしか無かろう」
 感情の機微を見せず、機械的に言い切るブルーナーへ、ステンズがいきり立った。
「何故です!?」
 若者らしい正義感を剥き出しにするステンズへ、集まり始めた周囲の兵士が合いの手を入れる。
「さっそくお楽しみの材料を見つけたのか、スケベ」
 そう言って笑いを上げる同僚を睨むと、ステンズはなおも激高した。
「お願いです隊長! ここで解放するだけじゃないですか……!」
 少女を竜から降ろしたステンズは、自らも竜から降り、ブルーナーの元で懇願していた。
「ステンズ、その女は……」
 ステンズの背後に隠れる様にして立つ少女へ、ブルーナーが手を伸ばしかける。
 その時だった。
「捨てて来いと、隊長もおっしゃっています。私からも一度だけ言いますが、捨ててきなさい」
 会話に割り込んだのは、スタインウェイである。
 変わらずの微笑を湛えながらも、彼の色違いの、深紅と紺碧の瞳は、射抜く様にステンズを見詰めていた。
「黙れ、憲兵ごときの意見など聞く耳持たん」
 だが、ステンズはスタインウェイと瞳を合わそうともせず、相変わらずブルーナーへの懇願を続けていた。
「生まれながら、女は上と下に口を持って生まれるのを、知っているだろう? それは、蒙昧な男共を手玉に取るためのものさ」
「……なんだと!?」
 スタインウェイの良く通る声が、ブルーナーへ懇願するステンズを邪魔した。
 彼はステンズの背後の少女を見詰め、冷たい笑顔を浮かべている。
「歳や外見が如何なものであろうと、女という奴は男より一枚も二枚も上手なのさ。……もっとも、お若い戦士様にはお分かりいただけないかな」
 そう言って笑ったスタインウェイが、ステンズには何か、許しがたいものに見え、背後のガンブレードに手を当てさせた。
「薄汚い味方殺しの憲兵が、誇り高い機動兵にものをしゃべるな」
「あの、止めて下さい……私、良いですから。村の外へ戻ります」
 見かねたのか、少女が歩み出て、口を開いた。
 ステンズが彼女を庇うように剣を構え、スタインウェイは、口元の笑みを一層冷たくした。
「女ごときが、今ここで口を開くんじゃないよ」
 笑顔のまま、スタインウェイは腰の剣を引き抜き、そのまま、剣を一閃させた。
 剣は冷たい光を帯び、少女の喉下を引き裂き、容易く、その命を奪った。
「な……!」
 気が付いた時には、ステンズの背後で、物音があった。少女の小さな命が、地面へ倒れこんだ音だった。
 一瞬の出来事に、彼は何事か分からず、愕然とした。
 だが次の瞬間には、彼はそれを理解し、胸にこみ上げた激情のまま、剣に手をかけた。
「貴様ぁ!!」
 背のガンブレードを引き抜き、引き抜き様、ステンズがそれをスタインウェイに叩き付けた。
 はずだった。
 いや、少なくともステンズは、自らの剣でスタインウェイを切り裂いたつもりだった。
 つもりまま、だが、ステンズは眉間に弾を打ち込まれ、絶命していた。
「憲兵への反逆は九族に及ぶ。……愚かな事を」
 スタインウェイが、溜息混じりに呟いた。
 一瞬だった。
 音を立てて宙を駆けたステンズの剣は、抜き身になったスタインウェイの剣に流された。そのまま、スタインウェイの切先がステンズに向けられた瞬間、剣からは光が起こり、火薬に火がつき、刀身から弾丸が放たれ、ステンズの眉間を撃ちぬいたのだ。
「……ガンソード、だったのか」
 成り行きを見詰めていたブルーナーが、呻くように呟いた。
 スタインウェイは何も言わず、剣先から煙の上がる自らの剣を、一閃させて鞘に収めている。
 一般に、火薬を使った特殊な武器、ガンソードやガンブレード、ガンランスなどの武器は、竜に騎乗する騎兵だけが扱う兵装である。憲兵は基本的にアルビノス級と呼ばれる竜を支給されるが、兵装は歩兵扱いであり、こういった特殊な武具は帯びていないと見られていた。だが、片手で扱う剣から弾丸を放った事は、彼の持つ剣が、紛れも無く騎兵用の特殊な兵装である事を示している。
 僅かに間を置き、背後で、小さな破裂音が響いた。
 ステンズが騎乗していた竜の、頭部が吹き飛んだのだ。主人が死んだ事で、竜が野生化せぬ様に、クリスタル発振が引き起こされた。
「所詮は、道具か……」
 竜の肉片が、スタインウェイの足元まで飛び、彼は、視線を落として呟いた。
 小さなその声は、誰の耳にも入らず、落ち行く日に吸い込まれて消えて行く。彼が落日に思った事を、知る者は永遠にいない。
「ステンズ……」
 一方、ブルーナーは死体となったステンズを見詰めていた。彼を庇おうにも、ブルーナー自身、彼の連れていた少女に疑念を抱いていたため、スタインウェイの踏み込みに反応するのが遅れたのだ。まして、憲兵への反逆は軍規として硬く戒められている。例えブルーナーがスタインウェイの一撃から彼を救ったとしても、その後の軍法会議で極刑か終身刑になるのは逃れようがなかった。
 言いようのない苦味が、胸にこみ上げてくる。ブルーナーの噛み締めた奥歯から、苦味のある鉄の味が広がった。

火が、注いだ
 
 突如、宙で何かが光り、光は火になり、辺りに飛散した。
「榴矢! 退避! 散開しろ!」
 部隊の副官であるヴァンガードが両腕の盾をかざし、叫び、兜のアイガードを下ろしながら、兵士へ四囲に散る事を命じた。
 ガンボウから放たれる種々の矢の内、榴矢は非常に厄介な性質を持っている。重装と軽装、両者に効果を上げるために開発されたこの矢は、前者には焼けた溶液、後者には鋭利な金属片を、頭上で撒き散らせ、瞬時に生命ないし戦闘力を奪う能力を持っている。矢の性質上、対象が密集していればいる程、効果を発揮する。ヴァンガードの指示は対処として基本的なものであるが、それゆえに最も効果的なものでもあった。
「ガンボウに入り込まれたか……」
 けたたましく一団が散開し、黒煙と、榴矢特有の刺激臭が立ち上る中、スタインウェイは四囲を見渡した。瞬時にかざした盾を下ろし、鋭く口笛を吹く。
 途端、駆け込んだミカヅチ級に飛び乗り、駆けるまま、彼は竜に鞭を打った。あっという間に周囲が朧(おぼろ)になり、凄まじい速度で竜が駆け抜ける。
「陣形を組み直せ! 来るぞ!」
 駆けるスタインウェイの背後で、ヴァンガードの声が聞こえた。
 鋭く叫ぶ彼の声は、あっという間に一団を纏め、一つの塊に作り直していく。スタインウェイは、そのまま背後を振り返らず、一団から逃れた。
 そして一団は、どんなに初動が早かろうと、最早、示し合わされた敵の動きには対処できなかった。
 振動、そして、破裂。
 裂けたのは、足元の地面だった。大地が岩盤を吹き飛ばし、凄まじい岩礫の嵐の中、裂けた大地から巨体が飛び出してくる。現れたのは、しなやかな岩石を身に纏った大型竜、ユニブロス級だった。竜の背には、当然の様にカロンゾ王国の兵士が騎乗している。
「ロアの襲撃は囮か……!」
 驚愕し、叫び、しかし、ヴァンガードは既に、現れたユニブロス級の群れを回りこんでいる。
 シュレイドの騎兵、数騎が今の強襲に直撃され、足元からの一撃で竜ごと真っ二つに引き裂かれていた。

 血しぶきを上げて絶命する兵と竜の主従を横目に、ヴァンガードは両手を一閃させた。ヴァンガードの籠手から、自身の腕の長さ程の剣が姿を現す。
 ユニブロス級来襲の余波で、宙を飛ぶ岩石を、剣の背で弾く。そのまま、ヴァンガードは騎乗するエイビス級に鞭を入れ、尚且つ、自分自身の脚で竜の背を蹴った。
 ヴァンガードの体が宙へ跳び、地面から姿を現したばかりのユニブロスの背に、飛び乗る。
「一つ!」
 一閃。
 ユニブロス級の背に飛び乗ったヴァンガードの剣が、手綱をさばくカロンゾ兵の首筋を、背後から一抜きにした。
 敵兵からガクンと力が抜け、人形の様にユニブロスの背から落ち、ユニブロス級の頭部は爆発し、地面へ倒れこんだ。
 その背に乗っていたヴァンガードも姿勢を崩し、地面へ落下していく。
 だが、その下に駆け込んだのは、先程飛び退いたヴァンガードのエイビス級であった。
「隊列内のユニブロスに気を取られるな! 周囲からの攻撃に留意しろ!」
 エイビス級の背に飛び乗りつつ、ヴァンガードが叫ぶ。 同時に腕を軽く一閃し、両の手甲から伸びていた剣を収納した。
 辺りでは複数のユニブロス級相手に、部隊が入り乱れての戦闘が始まっている。敵の狙いは分かっていた。隊列の内側にユニブロス級を突っ込ませ、周囲から別働隊が締め上げるつもりだろう。だが、それが分かったところで、部下達の奮戦を期待するしかないのだ。自分が敵を一騎・二騎仕留めた所で、大勢は覆らない。
 ヴァンガードは舌打ちしたい気を抑えながら、エイビス級を旋回させた。エイビス級は鳥の様な羽毛に覆われた竜で、素早い反面、かなり小型の竜である。竜の中でも大型のユニブロス級を相手取るとなると、ほとんど、騎乗した状態であっても敵竜の胸元までも届かない。
 だが、宙を飛ぶエイビス級を操り、ヴァンガードはたくみにユニブロス級の足元を縫った。
 隙。
 ユニブロス級の足元は、巨体ゆえに隙も多い。躊躇なく、ヴァンガードはエイビス級を上昇させ、竜の背から飛び降りた。
 身体は真っ直ぐに落下し、再び、ユニブロス級の背に降り立つ。
「気付いてたのか」
 ヴァンガードが、低く呟いた。先程と同じ様に、カロンゾ兵の背後を狙おうとした瞬間、今度は振り返った敵兵が、白刃を煌かせて応えたのだ。
 敵兵は足元のエイビス級を察しており、ヴァンガードの来襲に気付いていた。
「少しはやるようだが、まだまだぁ!」
 敵兵が叫び、同時、その背のガンブレードが煌く。ユニブロス級の背の上を、爆発が駆け抜けた。
 途端、ヴァンガードはユニブロス級の翼に掴り、不安定なそこを蹴って、敵兵に飛び込む。
「……お前がな」
 ギリと音を立て、ヴァンガードの手甲が唸る。
 次の瞬間、強烈な拳がカロンゾ兵の腹部に命中し、手甲と鎧、金属同士がせめぐ高音が鳴った。
 そして、爆発。
 爆発はヴァンガードの拳から巻き起こり、数回、立て続けに起こった。敵兵の鎧はおろか、腹部そのものを引き裂き、爆発が空へ突き抜ける。
「二つ」
 ヴァンガードの左手から、漆黒の煙が立ち上った。
 手甲に充填させた爆薬を、拳の威力に応じて爆破させる、ガンナックル。隠匿性と小回りの高さで、近接戦闘では比類ない威力を発揮する武器である。
 クリスタル発振の爆発がユニブロス級の頭部で起こり、竜が地面へ沈む頃には、ヴァンガードは身体を捻って宙へ跳び、再び駆け込んだエイビス級の背に飛び乗っていた。
 土煙の中を、低空でエイビス級が飛ぶ。一度息を突き、ヴァンガードが周囲を見渡した。
 横殴りの、爆風。
 凄まじい風が、騎乗するエイビス級ごとヴァンガードを殴った。敵か味方か、ガンランスが滅竜砲を放ったのだ。爆発の光が四散し、それが収まった頃には、漆黒の煙が立ち上り、周囲が見渡せなくなっている。敵も味方も入り乱れ、周囲も確認できぬまま、殺戮の音だけが行き交う。
 黒煙の中で、人が、竜が、死んでいた。

 駆けるミカヅチ級は、他の竜を引き離し、戦場から距離をとりつつあった。
 何世代にも渡って戦乱が続く中、竜は兵器として開発され、より強固で屈強なものを求められて来た。一部を除けば、多くの品種が火力・防御力を求められて来たのだ。ヴァンガードの乗るエイビス級の様な機動性を重視した品種も存在するが、その多くは小回りを効かせる事で、乱戦での優位を確保するためのものである。ミカズチ級の様な、速度を重視して改良された品種は少ない。まして、長時間疾駆するとなれば、尚更だった。
「あれか……」
 何騎か背後を追跡してきていたようだが、スタインウェイがその光景に気付いた頃には、背後の敵兵は追いきれずに脱落していた。
 鈍い発火と、微かな発煙。そして、奇怪な磨耗音。
 時間を置き、再び鈍く発火。
 スタインウェイの視界の端で、時間を置いて繰り返されるそれは、ガンボウの矢の発射だった。
 弓と呼ばれる武器を、騎兵用に改造した特殊な兵装だった。射手は弓の弦に籠手を掛け、籠手に装填された矢を射出するのだ。弓を引き絞ると同時に、籠手は射手に向かってスライドし、微かに帯電したそこが、矢を加速するレールの代わりとなるのだ。弾ではなく矢を放つため、一般的な銃よりも、より質量の大きいものを投擲でき、その威力・用途は遥かに増したものになる。射程も比較にならないほど長く、多くの場合、ガンボウの射手は戦場の外から敵兵を狙い撃ちにしてくるのだ。
 最初に榴矢を打ち込んだガンボウを、スタインウェイはミカヅチ級を疾駆させて捜索し、真っ先に狙ったのである。
「撃ったら移動しないと……。一箇所に長く留まりすぎだよ、素人君」
 竜の背に乗り、ガンボウのスコープを覗くカロンゾ兵の姿が、ミカヅチ級の背の上から見える。スタインウェイは竜に鞭打ち、そのまま駆け込んだ。
 徐々に、カロンゾ兵の姿が大きくなる。
 影、輪郭、姿。顔が見え、装備が確認でき、その表情が見えた時、スタインウェイのガンソードが宙を凪いでいた。剣が空を切り、敵兵の正面に刀身が向いた瞬間、刀が光を放った。刀身から弾丸が放たれ、敵兵を捕らえる。
 絶叫、供に起こる小さな爆発。カロンゾ兵を追い、その従者である竜が、絶命した。



 陰に舞う埃が、日差しで浮かび上がる様に、光が薄い輪郭を作りながら、宙を駆けた。既に辺りを覆い始めた闇の中、光はより鮮明に浮かんで見える。
 スタインウェイの視界をよぎったそれは、真っ直ぐに駆け、彼の後方へ飛んだ。
 手綱を引き、ミカヅチ級を竿立たせ、背後を振り返る。
「滅竜閃!? もう一匹ガンボウを伏せていたのか……!」
 後方の戦場で光が炸裂した。ガンボウの放った滅竜閃だった。
 憎憎しげに、スタインウェイが周囲を見渡す。だが、そこに影は見えず、戦場で黒煙が上がっているのが確認できただけだった。
 不意に、周囲で轟音が放たれ、同時、宙を何かが駆けて行く。
 ガンボウの矢が、宙を奔る音だった。
「まさか……ステルスか?!」
 更に矢が宙を駆ける音が響き、しかし、音以外のものは視界にない。
 スタインウェイは音を探りながら、尚もミカヅチ級を走らせた。
 不意、音が足元で鳴る。
 次の瞬間には、ミカヅチ級が顔をそらせ、その肩口から微かな出血が確認できた。
 ガンボウの狙いが、こちらに向いたのだ。
 再び音が鳴り、竜が更に出血する。
「……ち」
 スタインウェイがとっさにかざした右手の盾が、鈍い音と振動を伝えた。今度は、騎乗の彼の心臓を狙って飛来した矢だった。
 左手に剣を抜くが、向けるべき相手が見つからない。ミカヅチ級を走らせ、彼はしきりに周囲を見渡した。
 何も無い岩地で、矢が激突する音だけが、身近で鳴る。
 それが聞こえる間は良い。矢の衝突が聞こえない時、それは、自分自身の命が打ち抜かれた瞬間に他ならない。
 ミカヅチ級へ、更に鞭を入れる。限界まで速度を上げたミカヅチ級が、走る。
 その間も矢はミカヅチ級を捉え、竜の幾箇所からも出血が起こった。騎乗する彼に矢が飛んでこないのは、ミカヅチ級が速度を上げたためで、人よりも的の大きい竜に、ガンボウが狙いを定めたのだろう。
 駆けに、駆ける。
 駆け続け、やがて、地平線にかかっていた夕陽が、蝋燭の火を吹き消すように、沈んだ。
「やはりミズハ級!」
 荒野の隅に、もやがあった。プリズムの様に光を帯び、奇妙に乱反射するそれは、スタインウェイの知る竜だった。
 鞭を、振る。既にミカヅチ級の呼吸は限界に達しており、これ以上走らせるのは危険だと分かっている。それでも、今走らなければ、次の機会は無い。日没の一瞬、光量が大きく変わる瞬間にのみ、可視できる、不可視な竜。シュレイド王国では極秘扱いである最新鋭のミズハ級と呼ばれる竜だが、カロンゾ王国では先んじて実戦配備をしたらしい。
 恐らく、データを取るための試験配備であり、その栄えある対戦相手として、偶然、自分はこの場に遭遇したのだろう。
 スタインウェイは喉の渇きを感じながら、更にミカヅチ級へ鞭を入れた。
 走る。
 ミカヅチ級へ矢が突き刺さり、前方に向けた自身の盾にも、衝撃が走る。
 敵兵がガンボウの連射を始めた。方向を定めずに駆け回っていれば狙いにくいが、こちらが敵兵に向かって真っ直ぐかければ、それだけ敵兵にも狙いやすくなる。良い、的だ。
 だが、好機は逃せない。
「くっ……」
 一度、二度、三度……。
 ガンボウの矢が、音を立ててスタインウェイの盾に突き刺さる。盾をかざす右手から感覚が失われ、更に数発を受け止めた時、盾は砕け散った。
 だが、ミカヅチ級の速度も、方向も、変更させず、駆ける。
 次の矢は、案の定、盾を失ったスタインウェイの右腕を突き抜け、そのまま胸に突き刺さった。
 それでも、駆ける。
「右手は進呈しよう!」
 もや。光の乱反射の塊。スタインウェイは、左手を大きく一閃させ、そこへ剣を振った。ガンソードから弾丸が放たれ、それは、もやの上に乗る影を撃った。
 爆発。
 もやが、途端に竜らしき形を作り、その瞬間には、竜の頭部は砕け散っていた。
 荒い呼吸を整える。右手を矢が突き抜け、肉と皮だけで繋がり、垂れ下がっている。右胸まで突き抜けた矢は、鏃(やじり)が体内で留まっているらしい。緊急に処置をしなければ、命は無いだろう。
 スタインウェイは冷たい笑みを浮かべ、周囲を見渡した。
 影。
 黒い影の山。
 駆けつけた敵の別働隊が、彼を取り囲んでいた。

お付き合いくださる方は、以下まで。
モンスターハンターB.C.E. 2
2007年06月16日(土) 05:49:45 Modified by orz26




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