ジオンライン ―平面越しの絆たち― 第一章:第一幕
作者:ランドール
第一幕 勝手知ったる顔見ぬ仲間 ――オンラインサイド――
『尻尾切ったど〜!』
チャット画面が開いて文字が躍る。
例文登録しているのか、鎧竜の尻尾を切るや否やの雄叫びだった。
『GJ!』
『ナイスです^^』
他の仲間たちからも声が上がる。文字を打ち込む手間は戦闘時には致命になりかねないため、例文登録でない限り短いのが通例である。そんな中でも、個性が光っているのは興味深い。
「良い仕事ですね」
私も仲間を労い、その一方で油断無く弾丸をリロードする。毒弾である。一般に、目に見えて攻撃機会の増える麻痺の方が状態異常としては好まれる傾向にあるが、相手によっては毒の方が有効打となる。鎧竜グラビモスは、典型的な毒に弱いタイプだ。
シュン、とサイレンサーで音を消された弾丸が飛ぶ。着弾。
何発か打ち込むうちに、こぽこぽと毒のエフェクトが鎧竜の頭に現れる。これをなるべく維持することが、当面の私の仕事と言えるだろう。
不思議なもので、慣れた仲間と動く時は、誰がどう決めたわけでも無しに、役割分担が自然と出来上がってくるのである。
尻尾を切るのは、先に雄叫びを上げた大剣使いのDS氏
着実に部位を破壊するのは、ランス使いのLee氏。
常にムードメーカーとして作用する、Bore氏。
別段、ランクが近かったからとか集める素材が似通っていたからとか、そういう集団ではない。大仰に同じ志を持った、というわけでもない。
ただ、何となく、互いにとって居心地が良かったのである。
出会いは偶然だが、継続は必然。人付き合いのある側面に関しての、真理と言えるだろう。
と、再びチャット画面が飛び出した。
『zzz』
気の抜けることを言うのは、Bore氏だった。
睡眠ガスで眠らされて、見れば体力も少ない。ここで熱線を喰らえば、お手本のような即死コースである。そんな状況下でのお茶目な発言は、余裕というよりは開き直りか、それとも本人の気質によるところか。恐らく両方だろう、と思いながら私はスコープを覗いた。
「了解です」
例文を添えて発射。着弾。紫色の煙がBore氏から立ち昇る。
『うはw毒弾だw』
「ええ」
別の弾をリロードする暇が無かったので仕方ない、と釈明するには、キーボードの不在が立ち塞がる。もっとも、眠りさえ解除できれば何ら問題は無いので、充分といえば充分なのだが。
その後、鎧竜を倒してもなお、Bore氏は終始ご機嫌だった。何かが面白かったらしい。
『そういえばNPさん、前は貫通弾だったよねw』
『貫通しましたか…^^;』
DS氏が素直に驚く横で、
『逆に目覚めないかもw』
と、Lee氏が相当物騒なことを言う。
話の流れからすれば、ここは『そうかもしれませんね』とLee氏の発言に続くのが妥当なのだが、ここでもキーボードの不在が立ちはだかる。簡単に言うと、最初のBore氏の発言に向けた言葉が、この時点でやっと打ちあがるくらいの速度なのである。そのため、打っては消し打っては消しで、気がつけば終始無言、というケースもちらほらある。
ただ、この場合は、問題なく話がつながると判断し、そのまま発言ボタンを押した。
「しかもLv2でしたからね」
笑いを意味する『w』の文字がチャット画面に乱れ飛んだ。
それは痛い、いや即死だ、と打たれた本人が一番大笑いしている。普通に事実報告をしたつもりなのだが、何故か、時折妙に面白がられる。まあ、これはこれで悪く無い。
ただ、一応、釘は刺しておこう。
「そう何度も寝ないで下さいね?」
実際、過去数回はそのまま死んでいるのだ。睡眠ガスがスキル無しではガード不能になった以上、回避にも慣れてもらわねば、即死の危うさが増す。
『うはw美人に叱られたw』
『いいなあ、羨ましい!』
『こっちも頼みまーす^^』
………………貴様ら。
「次から放置しますね」
『わ〜い、冷たい視線貰ったw』
『オレも美人になじられた!』
『後は踏まれれば完璧ですね♪』
………………何をどう完成させる気だ。
ああもうどうしてくれようか、と思案しながらふと気づく。
(何だ、私も結構、楽しんでいるじゃないか)
誰も気づかないだろうが、このとき、私は――NPは、微笑んでいたに違いない。
さあて。
気合を一つ入れた私は、短くて、かつ効果的に仲間の臓腑を抉る言葉を組み立て始めた。
2005年08月16日(火) 11:40:45 Modified by funnybunny