モンスターハンター 〜英雄たちの序章〜

作者:春々





後の世の者は、この荒々しくも眩しかった数世紀を振り返り、こう語る。

大地が、空が、そして何よりもそこに住まう人々が、

最も生きる力に満ち溢れていた時代であったと。


世界は、今よりもはるかに単純にできていた。

すなわち、狩るか、狩られるか。

明日の糧を得るため、己の力量を試すため、またあるいは富と名声を手にするため、人々はこの地に集う。彼らの一様に熱っぽい、

そしていくばくかの憧憬を孕んだ視線の先にあるのは、

決して手の届かぬ紺碧の空を自由に駆け巡る、力と生命の象徴 ――――

“飛竜“たち。


鋼鉄の剣の擦れる音、大砲に篭められた火薬のにおいに包まれながら、

彼らはいつものように命を賭した戦いの場へと赴く――。 








真円を描く月が静かに街を照らす夜。名もなき詩人は酒場の片隅にあるテーブルで一人座り、自身の分厚い手帳に今までの出来事を書き綴っていた。

その内容は、ある若者たちが飛竜と戦うまでに至った経緯。

そして、初めて詩人が見た“人と飛竜の戦い”だった。


〜詩人の手記〜


―――私が彼を最初に見たのは、初めてこの街に来て市場を回っていた時のことだった。それは何気なく見ていたことだったが、その日の夜に酒場で彼を再び目にした時、すぐに市場にいた男だと気付くことができた。彼はその時、そこで露店を開いている翁と交渉をしていたのだ。交渉していたモノは、一本の大きな剣だった。その剣は竜骨と呼ばれる素材で出来ており、身の丈もある刀身を持っている。彼はそれを担いで酒場に現れたのだ。おそらく交渉の末、大剣を手に入れることに成功したのだろう。彼のことがすぐに思い出されたのは、大剣の印象が強く残っていたからだ。その剣の名はリュウノアギトと言い、剣の特徴として刃の峰の部分に多数の牙が埋め込まれている。まるで竜の顎のような巨大で物々しい形状からも名前の由来が伺えた。

明らかに人以外を相手とする目的で作られた武器。

それを背負う者。

私は知っている。彼のような者を何と呼ぶのか。


そう、彼は『モンスターハンター』。

恐るべき怪物たちに立ち向かう狩人。


そしてここは、そのような人間が集まる街。ハンターの街『ミナガルデ』。

ミナガルデの街の酒場はハンターたちの息抜きと語らいの場であり、同時に仕事の依頼を受け付ける所でもある。そのため、この酒場は昼夜を問わず客が途絶えることはない。

彼が酒場に来た時も、ここは多くのハンターで賑わっていた。彼はハンターたちの歌え騒げの喧騒を掻き分けて、壁に立て付けられた大きな看板の前へと向かった。壁一面をそのまま利用して作られた木製の巨大な掲示板。そこには数え切れないほどの依頼書が無造作に貼り付けてある。依頼の内容は討伐要求、希少な鉱石の採取など様々なものがあり、それらは私にとって無理難題に近いものだったがハンターにはお決まりの仕事だ。いや、それを当たり前のようにやるからこそハンターなのか。

彼はそれらの中から一枚の依頼書を選ぶと、その内容を確認しながら引き剥がし、受付のカウンターまで行って叩きつけるように置いた。駆けつけた受付嬢がチェックを済ます。それだけで、依頼の請け負いは成立したようだ。

そして彼は待たせていたと思われる二人の仲間を呼び、酒場を出て行ったのだった。


その一部始終を見ていた私は、彼らをとりまいていた歴戦の戦士を思わせる雰囲気が無性に気になり、彼らにお願いして一緒に付いていくことにしたのだ。


ハンターたちは、仕事の依頼のことを『クエスト』と呼んでいる。

私は彼らが請け負ったクエストについて尋ねた。

彼らは答えた。彼らが選んだクエストは、『飛竜リオレウス』の討伐要求だった。


『飛竜リオレウス』 私がその生物をはじめて見たのはいつの時だっただろうか。彼らがいつ頃から生きているのか知らないが私の物心がついた頃にはすでにその姿はあった。

天空に舞う一つの影。それは空の覇者と呼ぶに相応しい恐るべき風貌をしていた。

人の十数倍もある圧倒的な巨躯は脅威以外の何物でもなく、赤銅色の鱗や甲羅に覆われた皮膚は、鉄刃すらも容易く弾き返す。

研ぎ澄まされた牙や爪は全てを切り裂き、口から吐き出される灼熱の炎は全てを焼き尽くす。

性格が極めて獰猛で他者を寄せ付けることなど全くないが、翼を拡げて大空を自由に舞う様は見る者を惹きつけてやまない。

ある種の美しささえ備えたその姿を一度でも見た者からすれば、我々人間などあまりにちっぽけな存在に思えるだろう。



それこそがレオリウス。人間の領分からは明らかに外れた存在。

だが彼らは晴天の空の下でその怪物と戦った。戦いの始まりはリオレウスが獲物を鋭い爪に捕えながら、平原に舞い降りてきたのと同時だった。

 三人のハンターたちは小高い岩の陰で待ち構えていた。大砲を持ったハンターが手で合図を送る。

 空の王者が地上に降りたことを確認し、ハンター二人が岩陰から飛び出した!一人は片手用の剣を、もう一人は竜骨で作られた大剣を握り締め、飛竜の足元まで走って一気に近づくと、まだ気づかずにいるリオレウスに向かって各々の剣を全力で振り下ろす!が、しかしその攻撃はあっけなく赤銅色の甲羅に弾かれてしまい、散った火花は世にも恐ろしい飛竜に自分たちの存在を知らせるだけだった。

 攻守交替。

 リオレウスが、その青い瞳でハンターたちを睨みつけると、そこにはすでに背を向けて走る姿があった。あまりにも巨大な体をそちらへ向けると、並んで走る二人のハンターを同時に踏み潰すかのように凄まじい勢いで追いかけ始める。牙をむきながら突進し続けるその一歩ごとに地響きが立ち、ハンターとの距離が縮まっていく。今は距離が離れているとはいえ、追いつかれるのは時間の問題であろうと思えた。

 しかし、ハンターたちには狙いがあった。飛竜に背を向けて走る二人のハンターが向かう先、それは残る一人のハンターが隠れている岩陰である。リオレウスが正面の岩を越えれば、そこには大砲を持った仲間がいるのだ。そのハンターの持っている大砲は、一般にヘビィボウガンと呼ばれる武器の一種で、機動力と対応弾数を犠牲にした分、より高い火力を誇るものだった。この一撃をまともに受ければ、雄飛竜リオレウスですらただでは済まないだろう。私は、そう考えていた。

 かくしてリオレウスは、急速なスピードで岩へと近づいていく。男がヘビィボウガンに弾を装填した。

 ガシャン、と小気味よい音がする。

 味方のハンターも敵の飛竜も、すぐ目の前まで来ている。そして今、追われていたハンターたちが、あわやというところで小高い岩を飛び込むようにして越えていった。一瞬遅れてリオレウスも雄たけびを上げながら岩へ乗り上げて突っ込んだ。

 岩陰に隠れていたハンターが、そこで待っていましたとばかりに、その大きな銃口を飛竜に向ける! 最大限にまで開けられた凶悪な口めがけて、ヘビィボウガンがついに火を吹いた!―――


そこで詩人は手を止め、窓の外を見た。夜空には満月が、青白く輝いていた。

彼もあの夜、このような美しい月を眺めていたのだろうか・・・。

そう思いながら詩人は、手帳の余白の部分にペンを無造作に走らせた。


そこにはこう書かれていた。


―――これは全てのハンターたちに捧げる物語である。


話は、ある小さな村に住む一人の青年が目覚めるところから始まる。―――
2005年12月03日(土) 12:45:27 Modified by funnybunny




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