Dragon's Sanctuary 第十九話

作者:揚げ玉




Dragon's Sanctuary 第十九話


 槍が唸りをあげる。
 かつて、国を破壊と混沌の淵へ突き落とそうとした龍。
 彼の龍の頭部に存在した角。
 それを加工した槍は、何者をも貫く鋭さをもっていた。
 そしてそれが、空の王者相手であろうと変わりは無い。
 空の王者リオレウスの翼が、削られ抉れる。
 絶叫を上げ、のたうつ。
 だが、その隙を突いて別のリオレウスが槍の主へ噛みかかる。
 慌ててそれをかわす。
 だが。
 さらにその背後から迫る、三頭目の火竜に対しては接触を許さざるを得ないだろう。
「グァッ!」
ヘクターが背中からの衝撃にさらされたのは、半ば覚悟しての事だった。
 狩りの上での呼吸が読め、獲物の動きが分かろうと、自らが獲物を上回る動きが出来なければそれまでである。
 背後に迫る火竜の気配へ、全身がどんなに警鐘を鳴らそうと、火竜を抉り、火竜をかわした直後のヘクターに、それに従う猶予は無かった。
 ドシャと音を立て、ヘクターが地面へ叩きつけられる。
 槍を支点に身体を起こす。
 その切っ先を飛竜へ向け、構えようとする。
 刹那。
「ッグゥァァアア!!」 
翼を抉られたリオレウスが、怒り狂いながら突進して来た。
 身体が千切れ飛ぶほどの衝撃を感じながら、盾で凌ぎきる。
 飛竜の突進を盾で防ぐ格好のまま、十数メートルは後方へ押しやられただろうか。
 地面に突き立てたブーツが、土を深々と抉りながら後方へスライドする。
 盾越しに、憤怒の表情を見せるリオレウスの顔があった。
「……!?」
盾に噛み付くリオレウスへ、槍の一撃を見舞う。
 半ばそう実行しかけた時、ヘクターの視界は焼けた。

爆音

 視界が、世界が爆発した。
 業火を宿した火球が、ヘクターの身体を吹き飛ばした。
 ヘクターに噛み付こうとしたリオレウスの後方、その上空には別のリオレウスが羽ばたいている。
 彼こそが、ヘクターに火球を宙から見舞わした張本人であった。
「……GJってか?」
凄まじい熱気が身体を包んでいった。
 見事な連携とも呼べる飛竜の行動に、皮肉紛れの賞賛を口にする。
 まだ身体は熱気に包まれている。
 熱気、いや火傷が全身を覆っているのだ。
 身体が焼ける様だ。
 だが、痛みがあるのは幸いだった。
 まだ皮膚が生きている。
 恐らく火球そのものではなく、盾と槍にぶつかって地面に着弾した火球に巻き込まれたのだ。
 あんなものの直撃を食らったなら、幾らこの鎧でも半死半生がせいぜいだろう。
 視界の遥か上空、こちらを見下ろすリオレウスを見詰めながら、ヘクターがヨロヨロと立ち上がった。
「流石に……なぁ」
唸りながら睨む三頭のリオレウス。
 その背後には、上空のものを含め更に数頭がいる様だ。
 五頭?六頭?
 本来であれば、一対一ですら人間は飛竜に抗いし得ない。
 装備や技術で対抗しようにも、そこには自ずと限界がある。
 まして、この状態だった。

すまん、ベッキー


帰るのは無理かも知れん





「テァ!!」
勇ましい凛とした声。
 それは、リオレウスの注意を一身に集めた。
 飛竜が絶叫を上げる。
 突如襲い掛かった剣が、彼の尾を切り飛ばした。
 火竜の尾を切断するなど、並みの芸当では無い。
 龍殺しの一刀、封龍剣【絶一門】。
 そこへ、彼女の実力が加わって始めて可能になる。
「遅くなりました!!」
飛竜の尾を切断しながら、更に切断面へと切りつける。
 すでに甲殻を失い、肉を露出させた尾の切断面は、バターを切るように剣を飲み込んでしまう。
 リオレウスが悲鳴を上げた。
「アキか……」
突如現れた人影が、一つの像を結ぶ。
 エストの元へ旅立った、アキだった。
「クッ……」
身体を動かすと激痛が走る。
 火竜のブレスに近距離で巻き込まれたのだ。
 生きている事に感謝せねばならない。
「ン……?」
突然の乱入者に気分を害されながらも、ヘクターの元に集まった三頭のうち、一頭が彼に向かって駆け始めた。
 先ほどヘクターに翼を傷つけられた、一頭である。
 傷つけられたプライドは返してもらおう、というわけだった。
「来い」
全身の傷は既に深手と呼べる域に達している。
 だがそれでも、リオレウス一頭相手に負けるわけにはいかない。
 ヘクターが槍を構える。

グァァアアアウゥゥ

 大地を揺らし、唸り声と供にリオレウスが駆けた。
 渾身の力を込め、ヘクターが構える。
「テヤァ!」
だが。
激突しようとする両者の間に、漆黒が割って入った。
 正面を向いてひた走るリオレウスに、黒い影が絡みついた。
 影は二本の剣を飛竜の首筋に突き立て、表皮を削り落とすように剣をスライドさせていく。
 飛竜の表皮に擦れるたび、剣からは光る破片が飛び散った。
 対象を凍結させ、脆くなった部分を削っているのだ。

グルゥゥアアアアゥゥゥ

 憎憎しげに、飛竜が唸る。
 自らの翼に傷をつけた憎き相手。
 それを一飲みにしようとした瞬間、横から何かが飛び込んできたのだ。
 無粋な者へ、苛立ちをぶつける。
 いや、ぶつけ様としたのだ。
 だが、影は素早く飛竜の死角へ回り、それを追えば、さらに別の死角へ回り込む。
 極度に達した怒りを吐き出そうとした頃、彼はそれに気付いた。

アアァアアアオオオンン

 逃げ回りながら、その影は首筋の甲殻を凍結させていたのだ。
 すっかり凍りついた甲殻が、音を立てて砕け散る。
 甲殻という鎧を失った首筋へ、二本の剣が突きこまれる。
 リオレウスは絶命し、その場に倒れこんだ。
「いよいよ黒幕のご登場か?」
ヘクターの元へ現れた漆黒の影。
 遠くを見詰める様に、ヘクターが影に笑いかけた。
 彼のものと同質な、頭部までをすっぽり覆った鎧。
 全身を包む漆黒のそれを纏う者は、まるで龍そのものに思える。
 頭部の兜越しに、懐かしい声が心外そうに答えた。
 

「それ、どこのエストよ?」



 風が吹いた。
 崖の淵に立つ彼女が、こちらを振り返る。
 まるで魔法を駆けられた様に、絵画が動き始めた。
「……アキ?」
「エスト!!」
「アキじゃない……?」
「エスト! エスト!!」
「どうしたの?」
感極まって涙を流すアキを、つい昨日会ったかの様にエストがキョトンと見詰めている。
 思わず抱きついてしまったエストの身体が、驚いた様に立ち尽くしていた。
「え……や、どうってわけでもないんだけど……」
「こんな所まで大変だったでしょ? 何か急用?」
考えても見れば、エストは自分が探していた事など知る由も無いし、探される理由も心当たりもないに違いない。
 そういえばそうだ。
 ……なんで私はエストを探していたんだっけ。
「……?」
「?……」

ア、アハハハハハッ
フフ、フフフフ

 これまでの時間など一瞬であったかのように、二人はあの頃と変わらぬ笑顔を浮かべた。
「フフ……立ち話もなんだし、まずはお茶を入れるわね」
「うん!」
「ゴル、スタン?」
エストが背後を振り返ると、土煙を上げながらノソノソとモンスターが現れる。
 モンスターといっても、ミナガルデの者であれば警戒する対象ですらないモンスターだった。
 アイルー。
 二匹のアイルーが、エストの声に応じて現れた。
「呼んだニャ?」
「呼んだニャ?」
「お茶の支度をお願い」
「分かったニャ」
「了解ニャ」
そそくさと駆け始めると、その二匹はあっという間に姿を消してしまった。
「今の、この土地のアイルー?」
「ミナガルデでね、求職中って張り紙がしてあったの」
「ミナガルデのアイルーなんだ?」
「それがレドニアから来たらしいのよ」
「レドニアから?」
「ええ、町を出て一旗上げようとしたけど、ミナガルデはもう他のアイルー達が縄張りにしちゃってて、仕事にならなかったんですって」
「それで求職中??」
「首から紙をぶら下げて、噴水の前で立ってたの」
その様子を思い出したのか、エストがクスクスと笑い出す。
 その様子を思い浮かべてか、アキも釣られて笑みを零した。
「ヘクターに会ったんだって?」
「え……知ってたの?」
「ええ、ディグやイリアスからは定期的に手紙が来るから」
「手紙? アイルーが運んでくるの?」
「荷物のやり取りをする竜車の定期便があって、それに手紙もお願いしてるの」
「定期便!?」
「……それで来たんじゃないの?」
「……あ、歩いて」
「……アハハハハハ」
エストが大声で笑うところなんて始めて見た。
 大声で笑うエストを、アキがあっけにとられて見詰める。
 腹部を一撫ですると、エストが笑いを収めた。
「ヘクターね。アキの修行になると思って、わざと歩いて行かせたんだと思う」
「えー!? 竜車で来れたのー!?」
「あの人らしいんだから……」
そう言って微笑むエストを、以前にも見た事がある。
 そう。
 昔、エストが仲間の話をしていた時の事。
 自分の仲間について触れる時。
 素顔を、見せる時だ。
「そういえば、ヘクターとは何処で会ったの?」
幾らか歩き、木々と岩の傾斜を利用した家屋らしいものにたどり着いた時だった。
 エストが思い出したようにアキへ尋ねる。
「ミナガルデで。ヘクターが街に来たー! ってベッキーさんが嫌がってたけど」
そのときの光景を思い出し、アキが含み笑いを漏らす。
 だが、一方でエストは気まずそうな表情を作り、歯切れの悪い言葉をつなげた。
「あんまり良くないわね……」
どうやらエストの住んでいるらしい家屋へ入ると、整然と片付けられながらも生活感の漂う様子を見ることが出来る。
 室内には明かりがともされ、暖かな光が踊っていた。
「ねぇ、エストはここで何をしているの?」
あの日を境に、エストはミナガルデから姿を消してしまった。
 一体、何のためにこんな辺境にいるのだろう。
 まるで、人間から逃れて隠れている様にも見える。
「答えを、見つけたからかしら」
「答え……?」
いつかの言葉が蘇る。

人と飛竜の生き方
今とは違う、供に歩んでいける方法
人と龍の、生きる道

 それを探すために、戦っているのだとエストは言った。
 彼女は、それを見つけ出したのだろうか。
「そう。答えを導き出さない事。それが、私の答え」
「答えを導き出さない事……?」
エストの言葉をアキが鸚鵡返しに口にし、彼女は微笑んで話を続けた。
「人は殺すことを止めない。人は侵す事を、止めない」
「私はその間に立つ」
エストが瞳を一度閉ざし、それを再び開く。
 漆黒の瞳に、長い睫が影を落とした。
「私は、境界になる」
迷いながら、だが、発されたその言葉は、強い意志を帯びていた。
「人とモンスター。モンスターと人……」
「私は双方に立ちはだかる壁になる」
室内の明かりがエストの漆黒の髪を焼き、そこに獄炎を宿した。
 風を帯びた髪が、まるで世界を分かつ炎の壁のように揺れる。
「私は彼らに聖域を作り、そこを全てから守る」
ああ。
 それが、エストの答えなのだ。
 迷いの無い真っ直ぐな眼差しが、アキを突いた。
 人とモンスター。
 その双方と戦い、その双方を守る。
 煉獄の道を、彼女は選んだのだ。

「龍の聖域……」

エストが半生をかけて作り上げた土地の名前

その意味が、やっと分かった

長い旅の中で、彼女はついに答えを見つけたのだ
2006年04月04日(火) 06:31:58 Modified by orz26




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