Dragon's Sanctuary 第二十話

作者:揚げ玉




Dragon's Sanctuary 第二十話


 時を作る。
 それが、エストの出した答えだった。
 人とモンスターが本当に共存できる時代が訪れるまで、エストは橋渡しをしようというのである。
 両者の接触しない世界を築き、どちらかがどちらかを滅ぼす事が無い様に、世界を隔離しようとしていたのだ。
 既に、この一帯にはミナガルデに生息しているモンスターの卵や幼生が運び込まれ、一つの生態系として機能し始めている。
 エストは、ここにミナガルデを保存したのだ。
「……だから、狂人なんて呼ばれてるんだ……」
「ああ、アレね」
アキが、エストに関して囁かれている噂を口にする。
 目の前でそれに触れる事ははばかられたが、確かにそれはそれで由々しき問題である。
 幾ら種の保存のためとはいえ、法を犯し続けたのではいつか限界を迎えることだろう。
 そんな事を続けていれば、いつかエストの元へ司直の手が伸びる事になる。
「ねぇ、なんとか説明して、誤解を解いてもらったら?」
「フフ……大丈夫よ」
「でも……」
「ほら、あれを見て」
不意にエストが指差した壁には、王国に認められたこの土地の権利書と、モンスターの飼育を許可するという旨の書状が飾られていた。
「ドンドルマまで行って、飼育資格を取って来たのよ?」
「え……じゃ……」
「そ、何も問題ないの」
余りにも心配そうな顔をするアキを見つめ、エストが可笑しそうに笑っている。
 だが、アキは混乱したように尋ねた。
「でも、それじゃ、アノ噂って……?」
「狂人のエスト、でしょ?」
そこで一度区切りを付けたエストは、台所へ向かい茶の注がれた器を手にした。
 近隣で採取される植物を干し、作られた茶である。
 それをテーブルに座るアキに差し出しながら、自らも喉を潤す。
「あれはね、さる高貴な方が囁いていらっしゃる事なの」
「さる高貴な方……?」
「そう、とても困った方がね……」
怪訝そうに尋ねるアキへ、だが、エストはそれ以上話を続けようとしなかった。
 代わりに尋ねたのは、ヘクターの事であった。
「ヘクター、戻ってるんだって?」
「あ、うん。ミナガルデに来てるよ」
「……大変な事になりそうね」
「そんなー、エストまでベッキーさんみたいな事……」
ヘクターが来ると、必ず大騒ぎが起こる。
 ベッキーがそう言って、ヘクターをからかっていたのを覚えている。
 だが、エストまでがそんな事を言い出すのは意外であった。
「そうじゃないのよ。ヘクターはね、ずっとG区画の監視を続けてたの」
「彼がミナガルデに来たっていう事は、よほど大きい異変があったって事よ」
「異変……」
そう言ったところで、アキは口をつぐんだ。
 言われてみればそうだ。
 確かに、ミナガルデには普段見かけることの無いギルドナイトが集結していた。
 無論、それまではギルドナイトの顔など知る由も無かったのだが。
 だが、紹介を受けた人数を考えても、相当な数の高位のハンターが集結しているはずである。
 何かが起こっているのでは無いだろうか。
「ゴル、スタン」
「ニャー?!」
「呼んだニャ!?」
エストの声に応えるようにして、すぐに背後の別室からアイルーが駆けてくる。
「竜車の用意をして。すぐにミナガルデに向かうわよ」
「い、今からニャ!?」
「用意何もしてないニャ!!」
エストの唐突の申し入れに驚いてか、二匹のアイルーがどたばたと暴れ始める。
 エストが荷物をかき集めながら、二人に命じた。
「遠距離手当に、緊急手当ても付けるから」
二匹のアイルーが、途端に目の色を変える。
 テーブルの向かいでは、ただならぬ様子を察したアキも出発の用意を整え始めていた。
「……急で悪いけど、ミナガルデに戻るわ」

 戦場となった狩場では、時折遠方からモンスターの叫びと、人々の怒号が聞こえてくる。
 それ以外には音もなく、平時よりも静かなぐらいだった。
 ありとあらゆる生き物が鳴りを潜め、嵐が過ぎ去るのを待っているかのようである。
「……」
茂みに座り込んだヴィッツは、一度だけ深いため息を漏らした。
 腕までが真っ赤に染まり、汗をぬぐったためか、顔にも強張りを感じる。
 固化した血液が、顔でペイントのように張り付いているのだろう。
 やはりダメだった。
 焼け焦げた肉を削ぎ、消毒のために回復薬で洗い落とし、薬草で身体を包む。
 あくまで、緊急時の応急手当である。
 まして、もしも完全な設備が整った状態でさえ、彼を生かすことは出来なかったろう。
 当然といえば、当然の結末だった。
「クソ……」
薬草を口に含む。
 内服としても使用される薬草だが、ヴィッツは時折嗜好のために薬草を口にする。
 苦味が、歯ごたえが、苛立ちに一時的な清涼を与えてくれるのだ。
「ふぅ……」
周囲をうろついていたリオレイアは、既に何処かへ消え去った。
 見つけ出すのを諦めたのか、他に獲物を見つけたのか。
 そこら中が血の臭いに満ちている。
 一つの獲物にこだわらなくても、幾らでも行くあてはあるだろう。
「……?」
遠方から足音がする。
 武具の擦れる音。
 人、それもハンターだろう。
 人数は二人ほどだろうか。
「……ギ……ル……!」
「……ギル!」
呼び声が、近づいてくる。
 ギル。
 ギルを呼んでいる声だ。
「ギール!!」
「……」
気乗りはしないが、返事をするか。
 ヴィッツが難儀そうに腰を上げ、口を開いた。
「大声を出すな、モンスターが集まる」
「!?」
突然の人の声に驚いたのか、近づいていた人影が立ち止まった。
「すみません」
茂みの中からかけられた声に驚きながらも、フィルが頭を垂れた。
 その後ろに続くシャオは、頭をかくような仕草で応じる。
「で、ギルに何の用だ?」
「ギルをご存知なんですか?」
「ああ、知ってるよ」
ヴィッツの返答に安堵したのか、胸をなでおろした二人が茂みに踏み入る。
 そこに立っていたヴィッツは、手と腕を真っ赤に染め、頬にも幾筋かの赤い線が引かれていた。
 異様な光景だった。
 その光景に一瞬言葉を失い、フィルが尋ねる。
「ギルを探しにきました。何処にいるかご存知でしょうか?」
「……」
ヴィッツは何も言わず、代わりに顎を上げた。
 この奥だ。
 そういう仕草だった。
「……?」

赤黒く染色された、異臭を上げる肉の塊

 フィルとシャオの眼にしたのは、ギルの変わり果てた姿だった。
「レイアにやられてな。手当てしたが、無理だった」
これといった感情がこもっていないかのように、ヴィッツが淡々と告げる。
「ギル……」
シャオが唖然と立ち尽くし、一度だけ死者の名を呼んだ。
 焼け焦げ、出血に覆われた全身ながら、ギルだと判別できたのは、顔の部分だけが綺麗に拭われ、恐らく焼け爛れたのであろう部分には、丁寧に包帯が巻かれていたからだった。
「そん……な……」
瞳を見開いたまま、フィルが遺体を凝視している。
「残念だったな」
淡々と告げ、最早やるべき事は終えたのだといった様子で、ヴィッツが自身の腕に回復薬をかける。
 手についた血液の洗浄と、消毒を兼ねていた。
「逃げろっつったのに、逃げねぇからそうなる」
「……」
その冷淡な物言いに、シャオが眉をひそめた。
 しかしギルの死という衝撃の後であるせいか、何を言っていいのか分からず、ヴィッツへ一瞥を送るに留めていた。
「どうして……なんで無茶を……」
触れて良いのか。その資格があるのか。
 何処を触れればよいのか。
 ギルの死に驚愕し、困惑し、恐怖しながら、遺体の前へフィルがうずくまった。
 その震える声からは、自らが何という感情を抱いているのか、整理がついてないようにも見える。
 悲しめばよいのか、怒ればよいか。
「で、お前らギルとどういう関係?」
「……」
何も答えずにうずくまったままのフィルに代わり、シャオが口を開いた。
「ギルドの……仲間だった。色々あって……俺たちはギルドを後にしたけど」
先ほどからのヴィッツの感情のこもらないような、冷淡な様子に好ましくないものを感じながらも、シャオはギルの最期を看取ったのであろう彼に素直に答えた。
「ああ、フィルとシャオか?」
「……? 何故俺たちの名前を?」
シャオが怪訝そうに尋ねた時だった。
「グァ!?」
凄まじい衝撃が腹部を突き刺し、シャオの身体を容易く宙へ吹き飛ばした。
「な……!?」
次の瞬間には、物音を聞いて振り向いたフィルの腹部にも、凄まじい衝撃が突き立った。
 それはそのまま、うずくまっていたフィルを宙へ浮き上がらせ、遥か後方の茂みの中へと叩き付けた。
「てめぇ……!」
先に地面に叩きつけられたシャオが、起き上がり様、剣に手を添える。
「!?」
だが、起き上がった途端足から力が抜け、その場に倒れこんでしまう。
 モンスターの牙すら通さぬように作られた鎧。
 それを着込んでなお、凄まじい衝撃だった。
「どの面下げて現れた」
二人を蹴り飛ばした本人、ヴィッツが射る様な視線を突き立てた。
「な……に?」
「今更どの面下げてギルに会いに来た」
その声は、先ほどのように感情のこもらぬ冷淡なものでなく、明らかな怒気を含んでいる。
「女のケツ追いかけてギルド抜けた野郎が、今更どの面で会いに来れる!!」
「俺たちは別に……」
震える足を堪えながら起き上がろうとするシャオへ、再び蹴りが炸裂する。
「てめぇらが遊び半分で作ったギルドの後始末もしねぇで、女を追いかけるからコイツが死んだんだろーが!!」
派手な音を立て、シャオが吹き飛ぶ。
 ヴィッツの痛烈な蹴りが、容赦なく彼へ突き立った。
「立て! 立って焼け焦げたコイツに謝れ!!」
地面にうずくまっていたフィルの襟元を掴むと、ヴィッツが彼を起き上がらせる。
 正確には、吊り上げたというべきだろうか。
 ギルの死に動揺するフィルは、立つ力が無いように、ものを見る力が無いように、手足をダラリと下げながら虚空を見詰めていた。
「俺はな、てめぇらみてぇに遊び半分でギルド作って、ごっこ遊びしてる甘ちゃんが、死ぬほど嫌いなんだ!!」
殴打。
 襟首を掴んでいた手を離した瞬間、落下するフィルの身体へヴィッツの拳がめり込む。
 音を立て、フィルの身体が茂みに吹き飛んだ。
「ケツも拭けねぇガキが! 群れて良い気になってんじゃねぇぞ!!」
烈火の形相で、ヴィッツが二人に立ちはだかる。
 既に小骨の二三も折れたろうか。
 二人は立ち上がる気力も歯向かう気力もなく、ただただヴィッツを見詰めていた。
2006年04月25日(火) 02:12:25 Modified by orz26




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