The Unbalanced Hunters ―戦士二人― 第二章:開幕

ランドール




第二章 〜追憶を断ち斬る刃〜


開幕 〜優しい『あなた』の悲しい詩〜


きっとそれは、ふとした拍子に。
呆れるくらい、何気ないきっかけで。
とりとめもなく、胸を焦がす黒い傷の痕。

例えば、小鳥や風と話せるような。
例えば、いつしか空まで手が届くような。
例えば、目を開けたまま夢が見られるような。

そんな、罪の無い時間が流れていた頃。

理由の無い笑顔が咲き乱れていて。
悪意の無い悪戯も飛び交っていて。
仕方の無い仕置きをたまには受けて。

ちゃんと謝って。
ちゃんと許されて。
ちゃんと笑いあって。

そんな、優しい音で想いが満ちていた頃。

小さな世界は全てが幸せ。
全ての幸せが小さな世界。
世界は幸せで幸せが世界。

それは今日も。
きっと明日も。
ずっとずっとどこまででも。

そんな、明日を明るい日と信じられた頃。

そして。

始まりは、突然で。
終局は、呆気なく。
儚く、消えた世界。

「――忘れたことなんか無い忘れられるわけが無い忘れていいはずが無い、のに。
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして……こんな、ことにな、る」

腕に感じるのは、失われゆく熱。
耳を打つのは、か細い吐息。

「何も出来なかった何も守れなかった何もわかっちゃいなかった何をしていたんだ、オレ、は。
意味も意義も意思も意気も全部全部全部無駄で無為で無力で無意味で……無様に、過ぎる。
何もかも同じだ何もかもが最悪だ何もかもが繰り返しだ何もかもが手遅れ、な、の、か?
繰り返したく無いのに繰り返させたく無いのに繰り返すわけにいかないのに!」

頭蓋を突き刺すのは、鉄錆びの匂い。
胸郭を貫くのは、鮮やかな真紅の色。

「く――うぅぅぅ、落ち着け取り乱すな頭を冷やせ血液を氷点下まで引き下げろ。
そうオレは冷静だ冷静だ冷静だいつだって今だってこれからだって。
まだ同じじゃない最悪じゃない繰り返しじゃない手遅れなんかにしてたまるものか!
失敗を重ねるな取り返しのつくうちに立ち直れ今するべきことを全力でやってみせろ!
そう、手持ちの薬は全て飲ませた応急の処置として抜かりは無い、後は一刻も早くキャンプへ連れ帰って本格的な治療を行うだけだ。だから――大丈夫だ、絶対に助けてみせる!
そうだ……もう少しだけ、我慢、出来るな? 
――――――――――え? なんで、こんなに、冷たく……」

項を撫で下ろすのは、無音の空気。
背を這い上がるのは、最悪の予感。

「な、んだ? なに、が、起こって、る? こんなにも、静か、じゃ、まるで……まるでまるでまるで。

ソナ――――――――が――――もう――――死―――――――ような――――――?

……あ? あああああああああああ!? 何だ……オレは今、いったい何を考えた!?
嫌、だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 命がモノに変わっていく音なんてもうたくさんだ!
死ぬべきはオレだったのにオレが死ぬべきだったのにあの時死んでいればよかったオレが!
なのに大事な人ばかり大事な大事な人ばかり大事な大事な大事な人ばかりが、どうして!」

零れ落ちたのは、言の葉と透明な雫。
崩れ落ちたのは、心の根と戦士の誇。

「あの悪魔よりもナニモノよりも――オレは、オレを殺してしまいたい」




――さて、皆様。死ぬ、とはどういうことなのでしょうか。

「息してなくて、心臓動いてなくて、脳みそ働いてないことだよ」
と、どこかの誰か言いました。

「意味も無く、ただいたずらに時を浪費することではないでしょうか」
と、別の誰かが言いました。

「誇りを失っちまうことさ。てめえで掲げた『これだけは譲れねえ』ってもんを譲っちまった時、
そいつは例え生きていようと終わっちまっている。そりゃあもう、死んだとしか言えねえわな」
と、他の誰かが言いました。

「私が私でなくなることです。例えばそう――憎しみを吹き上げる、黒い炎のような」
と、どこかでソナタが言いました。

――そして白髪の戦士は今、『命を失う』以外のあらゆる意味において死に瀕しているのでした。

これは最悪の底の底、蜘蛛の糸さえ這い入る余地の無い闇のような出来事です。
けれど、微かな炎の揺らめきを頼りに、手探りで不器用に明日を探すような。
そんな、生きるということのお話です。
そこに、賢しいモノなど、露ほどだっておりません。勇ましいモノなど、欠片だっておりません。
痛みに震え、悲しみに怯えながら、それでも顔を上げようとする、どこにでもいるモノたちの、どこにでもあるありふれたお話です。
それでもよければ、さあさ、始めましょうか。
刀と、悪魔と、傷痕と、足跡と……
何よりも、そう――白髪の剣士が初めて心より微笑んだ、記念すべきお話を。
2005年08月22日(月) 20:46:46 Modified by funnybunny




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