高等部の制服に二年生の黄色いリボンを合わせ、金色の髪もシュシュでまとめて、ウェヌス・ドーンは初めて感じる学校生活の香りを満喫していた。
 といっても授業に出席するわけではない。先日りのんと葵により支配虫の洗礼を受けた想い出の教室で、椅子の横に机を置いて積み上げて、葵から借りた教科書を読んでいるのだ。
 学校に通った事はないが、領地から召抱えた、または招聘した一人者に教育を受けたプリンセスである。
英語や数学となるとよくわからないが、彼女にとっては異世界の地理や歴史は刺激的だったし、文学や音楽、絵画などの芸術を理解する心は充分以上に持ちあわせているつもりだ。
 強いて勉めて学ばなければならない桎梏がないからか、ウェヌスにとっては趣味の本と何ら変わらない楽しい読書の時間だった。
レムリアにいた頃は武芸ばかりだったのでこんなに本に親しんだのは久しぶり、もしくは生まれて初めてかも知れない。
 一通り目を通したところで世界史の教科書を再び手に取り、序盤の章を開いた。
 ローマ以前の古代地中海世界についての章である。
 彼女の興味を惹きつけて已まない名が、章頭の重要単語に挙げられ、本文中でも太字で表記されている。そしてこの教科書の本来の持ち主も、植物好き故か黄緑色の蛍光ペンでその名をなぞっていた。
 アレクサンドロス三世、括弧の中により通りの良い名として、アレクサンダー。
 アレクサンダーは歴史上の人物になっている通りこの世界ではもちろん故人であり、彼の築いた王国も
この教科書でも解説されているように後継者感の争いで分裂した末ローマ帝国に滅ぼされ編入され、以来その帰属を変えてきた。しかし、ウェヌスの生まれ育った極星帝国に於いてはアレクサンダーはアンデッドとしてついこの間まで『生きて』おり、大王国は今でも超大国として端倪すべからざる存在だ。
 言葉を交わした事は何度もなかったし、それも挨拶くらいだった。彼にとって自分はその他大勢の一人でしかなかっただろう。
だが、ウェヌスの方は彼の事を同じ軍を率いるものの先達として、正直にいって尊敬していたのだ。
 同じ教科書をめくり、同じ男の名前を指で、ペンでなぞった。抱く想いは違うけれど、葵を近くに感じられた。ともすれば奥底で蠢く支配虫をともに抱いている以上に、葵と理解し合えた気がする。
 そのどちらもが恋心を抱いているわけではないが、まるで恋の三角関係のようだ。そういえば、恋の鞘当てというのもいかにも学校生活らしいではないか……
 感慨に耽るウェヌスに、白いものが飛来する。
 過ぎし日の想い出に浸り既に文字を追ってはいなかったが、視線は依然教科書に落としたまま、ウェヌスの左耳孔から触手が伸びる。
 伸びた触手の先端が膨らみ、紡錘形になったのも束の間、三つに割れて花のように開いた。その形は彼女に支配虫を植えつけた片割れである葵から受け継いだものなのかも知れなかった。しかしその形は葵の花々とはまるで異なり、花弁に該る部分にはびっしりと牙や刺のような白い物が生えている。白い物を投げた少女には、幼稚園の頃に図鑑で読んだ深海魚の頭部のように思えた。
 野球の最終回で凡打を待ち構えて受け止める野手のように、ウェヌスの触手は抛られた鶏卵を受け止めた。ぶるぶると震え始めると同時に殻が砕ける音がする。あの牙が噛み砕いているのだろう。何度見ても面白い。
 葵もそうだったそうだが支配虫の寄生によって肉体が変化するにあたり大変な空腹を覚えたウェヌスは触手もおそらくはタンパク質なのだろうと鶏卵の摂取を思い付いたらしい。しかし食べる段になり茹でるのは面倒だしかといって生で食べるのもぞっとしない……と思案したところで彼女の肉体は要請に応えた。
 味覚を持たない、正確には有無を切り替えられる摂食用触手の誕生である。
 最初のうちは開いて待ち構える触手に上から落としていたのだが、大量の鶏卵を運ぶのを面倒に思った葵と、触手を動かすトレーニングをしたいと思ったウェヌスの意思が合致して抛り投げる事にした。
 そしてその行為は、もう一人の少女を大変に楽しませる事になったのだ。
「……りのん」
 名前を呼ばれた少女は、今は変身してウェヌスと同じく高等部の制服に包んだ身を竦めた。
 追い打ちをかけるかのように、教科書がぱたんと閉じられる音が、校内放送さえ切られている静かな教室の空気を震わせる。
「宿題は終わったのかしら?」
 その声はただでさえ凛としていて、教科書を閉じる音が露払いとなった静寂に響いたけれど、りのんは気圧されずちゃんと頷けた。
「うん」
 りのんは授業が終わるや高等部の制服姿に変身してここにやって来た。そして本当はすぐにウェヌスと遊びたかったのだが、まず宿題を済ませるように釘を刺されたのだ。遊びたい一心で、ウェヌスが葵の教科書を読む横で一生懸命宿題に取り組みやり遂げた。命じられた事を成し遂げたりのんは自分の正当性を確信し、それに支えられて変身した今は美しく膨らんだ胸を張れる。
「よろしい」
 りのんの返答にウェヌスは満足気にほほえむが、最後に付け加える。
「でもりのん、耳から出すとあなたの声がよく聞こえないわ。これからは口や前から出せる時にして頂戴ね」
 とっさの事で、口から出せば唾液、鼻から出せば鼻水が出てきてしまうかも知れない。葵から借りた教科書を汚す可能性は極力排除したかった。
 そんな気遣いなどつゆ知らず、葵の方はぞんざいな扱いをしているのはウェヌスには知る由もない。
「それじゃ、もう一個!」
 りのんが投げた鶏卵を、今度は口から触手を伸ばして受け止めた。
「わたしね。一度やってみたかったんだあ犬にフリスビー投げるの」
 その話を聞くのは記憶にある限りでも三度目である。だが、口から触手を出しているので喋れない。触手を出す場所はよくよく考えた方が良いと思うウェヌスだった。
 りのんに言ってやりたい事はあったが、鶏卵五個を平らげた触手が喉の奥に戻る時に一緒に飲み込んでしまったので代わりに小さく息を吐く。無論、吐息に鶏卵の匂いなど混じってはいない。
「ではお茶にしましょうか。りのん、淹れてくれる?」
「はーい。かしこまりましたーお姫様ー」
 りのんは元気よく手を上げて教室の隅に跳ねていく。壁に付けられた机の上にティーポットと湯沸かしポットにティーパックの袋が置いてあった。
 考えてみれば紅茶を淹れるなど初めてともいえる経験だ。りのんが家で飲むものは水か麦茶、もしくは時々牛乳である。
 何気なく蓋を開けようとして、栞のような紙片が付いた糸が挟まれている事に気付く。紙片をつまんで蓋を開けると、その先にまだ温かいティーパックがぶら下がっていた。
 そういえば、とりのんは思う。自分はお花屋さんやケーキ屋さん。女の子なら夢見るだろうあこがれの職業に変身した事がない。
 警察官や自衛隊員など戦闘向けの職業や、この間ウェヌスを――というよりモーニングスターを運んだ時の宅配便の運転手のように実用的な職業にばかり変身している。なんとも武闘派の魔法少女だ。
 こんな時こそ、メイド喫茶のメイドさんにでも変身すればよかったのではないだろうか。もっとも、ティーポットにティーバッグを放り込み、電気ポットの湯を注いでしまった今になって変身するのは間が抜けている気がして躊躇われた。
 行った事もないしね、と自分に言い聞かせる。そして、今度二人と一緒に行ってみたいと密かに思う。
 この教室には時計がないので心の中で百八十数える。紅茶の抽出時間はよくわからないので、とりあえず馴染みのあるカップラーメンに倣って三分間待つ事にしたのだ。
 人間が数える速さは秒よりも若干速いらしい。三分を目指して二百数えて注ぐと、最初は淡い色で失敗したかと思ったがすぐに濃く色づいた茶が出てきてアールグレイの香りが鼻をくすぐった。なるほど、ウェヌスが好んで飲むようになかなか大人好みの風情である。
「どうぞっ!」
 しかしウェヌスは紅茶を前にして首を傾げる。
「あら……? ミルクは?」
 ウェヌスが右に置いた机の上には葵の教科書が揃えられて山と積み重なっているが、対して左に置いた机の上にはティーカップと受け皿以外何も載っていない。言われて始めて紅茶というのは砂糖やミルク、あるいはレモンを入れて飲むものだった事を思い出す。
「クリームパウダーならあるけど……ミルクはないかな。あ……自動販売機にあったかも……」
 ウェヌスはゆっくり首を振った。無論彼女も食堂の紙パック自販機に牛乳が入っているのは知っている。
「ダメよ、冷めてしまうもの。……ああもう、仕方ないですわね」
 口では仕方ないと言いながら心底楽しそうな顔でブラウスを脱ぎ捨てる。ミントグリーンのブラジャーは勝手に外れて脱げたように見えたが、おそらく前からは見えないところで触手を使ってホックを外したのだろう。かつてコンプレックスだった小さな胸は、今は励起した支配虫によって盛り上がり巨乳といって差し支えない。――いや、彼女の頭程にも膨れ上がったそれは、もはや巨乳という範疇にも納まるかどうか。
 すっくと立った足元にスカートもはらりと落ち、触手が絡みついてパンツも脱がせていく。座っているうちに脱いでいたらしく、触手が上履きを揃え、椅子の背にサイハイソックスを掛けて再び膣へと戻っていった。
 すっかり全裸のはだかんぼになったウェヌスは歩み出ながら歌うように言う。
「ミルクがない紅茶など福神漬のないカレーのようなものだもの」
 さっき飲んでいた紅茶にはミルクが入っていなかったので多分ウェヌスにとってはカレーの福神漬は重要でないのだろうとりのんは解釈した。初めて会った時、その数時間前昼食を摂ったカレーショップで福神漬をスプーン三杯取っていた事など知る由もない。――要するに、適当に言ってみただけだったのだ。
(ああ、でも最初は何も足さず引かず味わってから二口目以降自分好みを追求するという事かしら)
 そもそも紅茶もカレーも飲食物であり結び付けて喩えるには近過ぎたかも知れない。比喩とはかけ離れた物同士を結びつけるからこそ意味があるのではないか。
 そんな事を思いながらウェヌスは支配虫で膨らんだ乳房を撫でた。
 触れただけでも愛液が溢れ出る程に爆発する快感に、思考が吹き飛ぶ。
 いとおしむように撫でると、中に詰まった支配虫が蠢いてぶるぶると震えゴム鞠のように弾んだ。しばらくは無秩序に動いていたように見えたが、しばらくして蠢くものが先端に向かってゆく。金色のピアスを着けた乳首の付け根が大きく動いたかと思うと、ピアスから後ろの部分が環形動物のように震えながら伸び始めた。
「うわぁ」
 りのんが感嘆の声を上げる。
 ウェヌスが膣や肛門、そして口から触手を伸ばしていたのは見た事があるが、乳首からも触手を伸ばせるとは思わなかった。全く人体は神秘に満ちみちている。
 乳首からの触手はティーカップに向かい水面上空で静止して、ピアスを振りながら滲み出る乳汁を滴り落とした。破瓜の一滴が水面を打ち王冠を形作る。
 晴天がやにわにかき曇るように、みるみる紅茶に母乳の雲が広がってゆく。
 城にいた頃はミルクを薔薇の花のように広げて楽しんでいたが、あれはまず砂糖を沈めて濃度差を作ったところにスプーンで注いでやる必要があるなど準備が必要だ。それに今は、触手から直接垂らす事こそが重要だ。
 ほぼ全体に広がったところで、触手を突っ込んでかき混ぜて口に運んだ。
熱から保護する為に表面を硬質の鱗状組織で覆っており熱に侵される心配はないが、仮にやけどしたとしても触手は切り離せば良い。
 りのんが淹れてくれ、自分の淫乳を注いだ紅茶は一ダース二百四十八円の茶葉から水に茶器まで安物で、
これまで口にしてきた最高級品とは比べものにならないのだろうが、今のウェヌスの舌には生まれてから飲んできた中のどれよりも美味に感じられた。
「ああ、おいしい……! りのんも飲むかしら?」
「うん」
 興味津々だったりのんは待っていたとばかりに頷いた。
「セルフで?」
「んー…… できたら、ウェヌスちゃんに作ってもらいたいな」
 おずおずと上目遣いで言うりのんに、ウェヌスはやさしくほほえんだ。
「お任せなさい。このミルクが出るようになったのもりのんのおかげだもの、あなたにはわたくしに調えさせる権利があるわ。
そしてわたくしもあなたに飲んでもらいたくて仕方がないのよ」
「よろしくお願いします」
 先程と同じくウェヌスの胸から触手がうねうねと伸び、りのんが自分用に注いだ紅茶のカップの上で静止する。しかし、そこでミルクを分泌すると思いきや、ぶるぶると震えたかと思うとピアスから先の部分が伸びてりのんの口に突っ込んだ。
「んん!?」
 ウェヌスのミルクは先程と同じようにティーカップに入れられると思っていた。まさか口に突っ込んでくるとは思っていなかったし、なによりも伸長するスピードが早く避ける事が出来なかった。
 そういえば、初めての出会いでもフェイントにしてやられてモーニングスターをくらい、危うく頭を叩き潰されるか首を刎ね落とされるところだった。
 懐かしく思いながら意図が知りたくてウェヌスの顔を見ると、出会った頃と同じ触れれば切れるような雰囲気がした。
「ふふ……わたくしのミルク篤と味わいなさい」
 りのんは健気にも頷こうとしたが、口の中に触手が入っていて思うように首を動かせない。それにウェヌスには返事を待つ気はまるで無かったようである。
 温かいものがりのんの口の中いっぱいに溢れた。外に漏れないように、慌てて口を閉じて締めようとするが、ウェヌスの触手はまるでお構いなしに、それどころかこじ開けようとするかのように激しくのたうち回りながら母乳を噴出する。その勢いはかなり強く出した本人が驚く程だった。自分のカップに注ぐ時は量を調整していたが、全力で出せばこれほどの勢いになるものなのか。頻尿体質が何らかの影響を及ぼしているのだろうか。そういえば、飲んだ紅茶の量の割に尿意を覚えていない。
(頻尿も悪い事ばかりではないのね)
 人間も生物の例にもれず戦闘の前には排尿本能が高まる。更に頻尿体質も相俟って戦の前にはやたらと膀胱の様子が気になり、時には姫の誇りと尿意の板挟みになったウェヌスにとって、これだけでも支配虫を宿し体質改善した甲斐があるというものだ。
 あの頻尿体質は意識しすぎる事によるものだったような気がしないでもないが、淫乳分泌に寄与するならば真実体質によるものだったとしてもよしとしたいウェヌスである。
 最初こそ頑張って飲んでいたりのんも次第に飲みきれなくなり、ついに口からこぼれ落ちた母乳がブラウスに滴り落ちた。
「あらあらあら、お行儀の悪い事」
 こぼれた淫乳を指で拭おうとして意識が逸れ、更に大量に漏らしてしまうりのんの様子を愉快そうに眺めつつ、触手を伸ばしてりのんのティーカップを絡み取り引き寄せ、中身を自分のカップに移した。
(やれやれ、とんだいじめっ子だ)
 椅子の上で丸まって日向ぼっこしながら寝ていたあんみつが主の危機に動き出したと思いきや、りのんの事は一瞥しただけでウェヌスと暢気に話し始める。
「あら、わたくしりのんの事は尊敬できるお友達だと思っていますわよ? でもお友達の間でも多少のからかいあいはむしろ友情の表れではなくって?」
(からかい……ね)
「何か文句でも、淫獣」
 ティーポットに新しいティーパックを入れ、かつりのんに淫乳を注ぎながら、更に触手をあんみつに突き付ける。黄色と青緑というどこか毒々しい色をした触手がしなやかな鞭のように風を切るが、あんみつは涼しい声で答えた。
(どうやら極星帝国の僕らの世界理解は偏見と歪曲に満ちているようだね)
「アルフハイムの古人曰く、好きな子はいじめるのが礼儀だそうよ」
 その言葉を実行するように更に二本触手を伸ばし、りのんの頬を往復ビンタの要領でしかし軽く叩いた。叩くたびに表面から母乳が分泌され、すべらかな頬を滴り落ちていく。
 そして、もう一本。今度はりのんの頭上に伸ばし、シャワーよろしく母乳の雨をたっぷりお見舞いした。変身したりのんの長い髪がミルクにまみれ、先端から雫となって垂れていく。
 下着が透けて見えるほどブラウスが濡れ、足元に淫乳の水たまりが出来るに及んでようやく満足したのか触手を引き戻す。それでも口に突っ込んだ一本はしばらく残して遊んでいたが、やがてそれも引き抜いた。しかし最後にとどめとばかり大量噴乳したので触手が抜けると同時にりのんの口からは汚水が排水口から逆流するような音を立てて大量の母乳が流れ出た。
「さあ、りのん。ミルクはそれで充分でしょう? 口の中に私のミルクが残っているうちに紅茶をお飲みなさい」
 新しく淹れた紅茶を注がれたカップを、触手ではなく右手で持ってりのんに差し出す。
「ミルクでお腹いっぱいだよ…… でも、いただきます」
 ハンカチで右手を拭き、カップを取り上げて傾けたりのんは感嘆の声を挙げた。
「おいしい」
 頷くりのんに、乳房も元通り小さくなったウェヌスも満足気に微笑んで頷きを返した。「でしょう?」
 しかしりのんは顔を曇らせた。
「でも制服汚れちゃった……」
 口から溢れたり、触手ビンタで飛び散ったウェヌスミルクはりのんの制服のあちこちに染みを作っている。
 こちらは流石に自分の服を汚すようなヘマはしていないウェヌスが諭すように口を開く。
「あなたのはわたくしのと違って魔法で出したものでしょう。他の姿に変身すれば綺麗になるのだから文句を言うものではないわ」
「そうなんだけどね、なんかね」
 姿勢を変えながら制服の様子を確認するりのんの姿は艶かしく、口に出そうか迷っていた気持ちに後押しを加えられたウェヌスは先程から考えていた事を告げる。
「では変身して着替えるといいわ」
「うん?」
「……ねえりのん、今度はあなたのミルクが飲みたいのだけれど……」
「わたしの? うーん……ウェヌスちゃんみたいに出るかどうかわかんないよ? でもがんばるね」
 首を傾げてしばらく思案したものの、決然と頷いたりのんの答えに満足そうな笑みを濫かべる。
「では、まず変身なさい。こんなふうに……」
 誰も聞くものなどいないが、耳元に口を寄せて囁く。
 舌を伸ばせば届く距離であり、りのんはひょっとしたらウェヌスが下を伸ばして耳朶を舐めてくれるのではないかという期待を囁きが終わり離れていく瞬間までずっと抱き続けていた。
 結局その期待が裏切られた事に内心落胆しながらも、りのんはウェヌスに言われたとおりの姿に変身するべく呪文を唱える。
「みらくる・まじかる……へーん、しん!」
 光に包まれて少女の衣装が変わる。
 胸を覆うのは黒い革のビスチェ。だが乳房の部分は露になっており、青水晶のピアスに飾られた乳首が黒の中に白く浮かび上がっている。
 陰部と尻を覆うパンツに該る部分はない。両手と両足にはこれも革のブーツとロンググローブが、ベルトで装着されている。そして普段はクリトリスにある青水晶が、今は首に巻き付けられた首輪を猫の鈴のように飾り淫靡に輝く。
 青水晶のピアスはともかく、ボンデージスーツはステラ・ブラヴァツキをはじめWIZ-DOMの魔導士たちが愛用している服装である。
女としての肉体の魅力を増幅する衣装を纏う事で魔力を高めるのだという。それを身に着けた事でりのんもWIZ-DOMらしくなったといえるのかも知れなかった。
「えへへ、ちょっと恥ずかしい」
 自分の姿を確認してはにかむりのんの手を、ウェヌスが取って握り締めた。しかし行動に戸惑う前に、口から発せられた言葉こそが彼女を驚かせる。
「りのん……ごめんなさい」
「ん?」
 問い返して見つめたウェヌスの瞳はこのお姫さまには珍しく殊勝な色に染まり心底申し訳なさ気である。
「あなたには申し訳ないと思っているわ」
「え? え?」
 ウェヌスの指が首輪に触れる。今のりのんの服はりのん自信の魔力で作られているものだが、実体化しているため他者が触れて干渉する事が可能である。
「……首輪が緩んでいるわよ」
 りのんの方ではそうは感じておらず、むしろきついくらいだと感じていたのだが、おそらく同年代の少女の大多数がそうであるように首輪というものを自分に巻くのは初めての経験なので実はそうだったのかも知れない。
「あっ」
 ウェヌスはりのんの首輪を取り、自分の陰部に擦りつけてから再び巻きつけてやった。穴一つきつく着けたのでかなり苦しい。着けられた瞬間には目の前が暗くなり星が飛んだほどだ。
「ありが……とう……」
「礼には及ばないわ。謝るのはわたくしの方なのだから。許して欲しいなんて言えないけれど」
 どうやら、首輪をきつく締めた事について謝っているのではないらしい。では、何が……?
 事態をまるで理解出来ず戸惑うりのんを他所に、ウェヌスは自分の話を先へ先へと進めそして遂に終点に達した。クライマックスはりのんを抱き寄せ、愛おしくかき抱いて、耳元で切なげにささやく。
「先に謝りましたからね」
 そして、キスをする。――りのんはそう思った。
 しかし、それは優しい口付けなどではなく――りのんの口に入ってきたのは舌ではなかった。触手のかけらが舌に絡みつき喉に這入ってりのんの口を塞ぐ。
(ウェヌス、ちゃ……)
 声を封じられ、それでも行動の意図を問おうと見た武装戦姫の瞳は、先程までとは別人のように冷たかった。触手を口に突っ込んで淫乳を溢れさせた時は、子供をからかって遊ぶ母親のような目をしていた。菓子を目の前で振り手を伸ばせば遠ざける。それを何度も繰り返し、泣くか泣かないかのところでちゃんと菓子をくれる、子供が可愛くて仕方がない目だった。
 しかし今のそれは、おおよそ人間に向ける視線ではなかった。より正確にいえば人間(ひと)と認めた存在に向ける視線ではない。
幸か不幸か葵とは異なり。初めて戦った時も一人前の戦士と認められていたりのんには向けられる事がなかったものだ。
 通気性の悪いスーツの背中を冷たい汗が流れる。
 能面のようだった顔の口元が不意に笑みの形を作った。
「はっ! ……乳牛の分際で人間様の言葉を唱うなどと生意気な」
「んっ? んんんーっ!」
 無論りのんの口からは出るのは人語ではない呻きで、耳にしたウェヌスは楽しそうに笑い転げる。
「あぁははははっ! そう、そうよそうなさい。雌豚らしくめぇめぇとうめくがいい! あーっはっはっ!」
 なるほど謝っていたのはこのためだったのかと理解した。
 豚じゃなくて牛だよおと突っ込もうとするが口の中に触手が詰まった状態では喋れない。――いや、仮に詰まっていなかったとしても、首輪を掴んで吊るし上げられている状態では喋れたかどうか。
 首輪は首を軽く締め付けるほどにぴったりと巻かれているが、ウェヌスは首輪と首の間に指をねじ込んで持ち上げた。左腕だけでりのんを吊るし上げたが、モーニングスターに比べれば軽いものなのだろう。
 変身したりのんの方が背が高い為だろう、膣から触手が伸びて脚に絡み付き、膝を折らせて締め付ける。
 圧迫感にりのんの意識が一瞬若干遠くなる。息をするのも苦しい。
「いいザマね、獣畜生(けだものちくしょう)風情が。お似合いの姿ですわよ?」
 足を折り畳まれたおかげで顔を付き合わせられる高さまで降ろしてもりのんの体は床につかない。
 ウェヌスはりのんを吊るし上げたまま、左乳首を右手の親指と人差し指で挟み、抓りはしないものの握力を持って押しつぶす。
 苦痛の息が漏れたところで、今度は銜えて舐め上げた。まずは滴るほどに塗りたくった自分の唾液を音も高らかにすすり、それから前歯で蹂躙してやる。
「さぁ、だらしなく緩んだ乳腺から母乳をほとばしらせるがいい、淫らな雌犬が」
 牛、豚、犬。設定がコロコロ変わっているなあと思うりのんだが、実は雌犬と書いて心の中ではビッチ――女狐と読んでいた事までは知る由もなかった。
「わたくしに鶏卵を捕らせて犬のようだと吐かしていましたわね? はっ! おまえの方が犬ではないか!」
 唾液を飛ばしながら――気品を旨とする彼女の名誉のために断っておくとりのんのあちこちを舐め上げており、また抑制しようとしていなかったからである――罵倒され、ウェヌスにしゃぶられねぶられかみつかれ吸われているうちにりのんの乳首からもミルクがにじみ始める。
「あははははッ、いたぶられて母乳を垂れ流すなんてとんだ被虐体質ですわね」
 それを味わったウェヌスは正直な感想を口にする。
「自分の母乳の方がわたくしの口には合いますわね。それに少し量が少ないかしら。全く、乳牛のくせに」
 口が塞がっているし、自分の乳首を銜えられるほど柔軟なわけでもないりのんはウェヌスの感想を素直に受け容れた。
さっきのウェヌスのミルクは本当に美味しかったから自分のがそれより美味しくなくても何の問題もないし恥でもない。
 強く吸って口の中にりのんミルクを溜めた状態で紅茶を飲む。
 味はさて措き、りのんの母乳でミルクティーを飲みたいと宣言したからには実行しようとする。根の所では真面目なお姫さまである。
 ともかく、満足したので解放してあげる事にする。――と、解放する為に何をしなければならないか、心がちくりと痛んだ。
「ちょっと我慢なさい」
 首輪はその構造上、一旦締めなければ外せない。ただでさえきつく締めているのだ。りのんはきっと苦しいだろう。指を抜いてから、なるべく苦しくないように手早く首輪を外してやる。
「……大丈夫? 少し苦しかったかしら」
 返事をしようとすると、口に詰まっていた触手はりのんがその存在を思い出す前に自ら這い出て床に落ちた。
「……うん、ちょっとね」
「先に謝っておいたとはいえわたくしも少し興に乗りすぎたようですわね…… りのん、わたくし……」
 俯く琥珀色の瞳は先程とは別の意味で直視できない。
「う、ううんっ、ウェヌスちゃんに動物扱いされてりのん、すごく気持ちよかったよ。もっといじめてもらってもよかったくらい。ほら、あそこがびっしょびしょだよ」
「そう言ってもらえると気持ちが楽になりますわ」
 ウェヌスはりのんの喉元に口寄せた。喉笛を噛み切られるか頸動脈を食いちぎられるかと思ったが、温かい舌が首輪の痕を優しく舐めた。
「こんなに赤くなって……痛かった? 苦しかったでしょう?」
「ウェヌスちゃん、くすぐったい」
 首を舐めまくるウェヌスは自分よりも動物っぽいとりのんは思った。動物のおかあさんのようである。
「お風呂に入って一晩寝ればなおるよ。……くすぐったいってば」
 だいたい首の前半分を丹念に舐めたところでウェヌスはりのんを抱き寄せて、露出した胸と陰部に自分のそれを押し付けるように抱き締めた。
「大好きよ、りのん」
「私もウェヌスちゃんだーいすき」
 りのんのくちびるがウェヌスのそれを塞いだ。
 入り込んでくる舌を、ウェヌスも同じく舌で受け止め、ボンデージスーツの背中を抱きしめた。
 正直にいってあまり触り心地は良くないが、だからこそ性的なプレイ時に着るのには向いているのかも知れない。しかし自分が着るのは気が進まないとも思う。
「えへへ、触手を詰められるのもいいけど、ちゃんとキスするのも気持ちいいね」
「そうね……触手を使わなくても、舌を絡めるだけでもあなたとなら充分に快いわ」
 りのんが指を伸ばし、ウェヌスの口元を濡らす唾液を拭う。
「ウェヌスちゃんの舌にちょっとだけわたしのミルクティー残ってた」
「美味しかった?」
「うん」
「そう…… りのんは一生懸命搾り出してくれたものね」
「ウェヌスちゃんが優しく吸ってりのんをミルクを出す動物にしてくれたからだよ。りのんはウェヌスちゃんみたいに自分ひとりでは出せないもん」
「あなたもいずれ自分で出せるようになると思うわ」
 りのんの目が眩しかった。
 極星帝国時代、イレイザー狩りと称して小生意気な天使共を捕まえてはこうして家畜のように嬲っていたが、こんなうれしそうな目で見られた事はなかった。
 憎々しげな視線で睨みつけてくる心を折り砕くのも楽しい物だったが、この瞳を向けられるのもまた違った趣があって良いものだ。
動物をペットとして飼った事はなかった。馬は飼っていたが武器がモーニングスターなので乗る事も少なく、近しく感じた記憶はない。しかし動物を買う楽しみが少しわかった気がする――そう思って、苦笑する。
(りのんは人間ではありませんか。人間の、わたくしの大切な同胞ですわ……)
 足が向かった先は湯沸かしポットの前で、何の気なしに持ち上げて水位を確認する。
「あら、もうお湯がないわね」
「あっ……ごめん、さっきなくなりそうだったのにほきゅうするの忘れてた」
「また沸かせばいいのよ」
 大人びたボンデージスーツでいかにも子供っぽい顔をするりのんに、ウェヌスはボトルに汲んだ浄水を持ち上げて笑った。
自分には変身しても重いそれを軽々と持ち上げ、そして片手で給水する彼女はすごいと素直に思う。

 扉が二度ノックされ、りのんの感慨を断ち切る。ウェヌスに視線を送られたりのんは頷きを返し、入室を促した。
「どうぞー」
「お待たせー」
 扉が開いて、葵が入ってくる。簡易的な魔法だが、この部屋の扉と窓には術者であるりのんが承認した人間以外には開けられない魔法がかかっている。
 それに階段のところに感知魔法がかかっているので、やってくる相手が葵である事はりのんにはわかっていた。
 だから慌てて服を着る必要もないし、開けた葵も二人が全裸と卑猥な装束である事にいちいち驚かない。
「それともお邪魔だったかな?」
 多分にからかいの色を込めた挨拶を、金髪全裸の姫は正面から受け止めて笑顔で返す。
「ごきげんよう、葵。あなたが来るのを待っていたといえばそうだし、来ないで欲しかったというのも本当よ。だってあなたがやってきたら教科書を返さなければならないもの……面白かったわ」
「え? おも……面白かった?」
 意外な言葉に聞き返すが、ほほえみとともに帰ってきた答えはやはり同じだった。
「とても」
「そうなんだ……」
(極星帝国の人間は頭おかしいって言いたいのかな)
「違うよっ!」
 ウェヌスは顔を赤くして大音声を張り上げる葵をにこにこ笑って見ていたが、落ち着いたところで声をかける。
「ねえ葵、この紅茶はりのんが淹れたもの」
 ウェヌスの言葉を承けて、りのんがポットから紅茶を注ぐ。
「それにこうしてわたくしのミルクを加える」
 ウェヌスは勢いよく淫乳を注いでからカップを葵に差し出した。
「さて葵、あなたの蜜をここに垂らしてくれないかしら。甘くて美味しいという、あなたの自慢の淫蜜を」
「三人で回し飲みしよう」
「口移しもいいんじゃない?」
 りのんとウェヌスの魅力的な提案に、葵はパンツを脱いで応えるのだった。

第六話『カップ一杯の媚薬』

「こないだ捨て猫を拾ったんですよ」
 武器の献上に来ていた工廠(アーセナル)の見習いが武器を広げる手を休めて言った。
「あらおまえ、身無し子が捨て猫を拾ったの? 類は友を呼ぶわね」
 少女といって差し支えない歳の女領主は休めた手を咎める事もなく鼻で嗤ったが、両親を戦争で喪ったという点に於いては彼女も同じである。領主とお抱え工廠の見習い、身分の違うふたりが親しくしているのも、歳が近いという以上に同じ悲しみを抱くところが大きいのかも知れなかった。――無論、意地っ張りの領主がそのような事を口に出す事はないし、指摘しても認めないだろうが。
「拾ったのはあたしだけど、工廠のみんなで世話してるんですよ。お姉さまも今度見に来てくださいよぉ。マジで可愛いんですって。特に食事の残りの肉をやると飛びついてくるあたりが……」
「誰が猫なんか。ドラゴンならまだ乗って使えるだろうけれど……ああ、この刀はなかなかいいわね」
 少女領主は与太話に付き合いきれないとばかりに見習いが持ってきた武器の中から刀を取り上げて鞘から抜き放ち見つめた。それを見た見習いは締まりのない顔で笑う。
「えへへ」
「何? ついに発狂したの?」
 胡乱気に眉をひそめる領主様に、見習いは喜色を隠せない声で答える。
「それあたしが打たせてもらったんですよ」
「ふぅん」
 小さく頷いてから、領主は見習いのくりくりした瞳を真顔で見据え、静かな声で言った。
「精進なさい。いずれわたくしの為に武器を任せるかも知れないわ」
 その言葉に見習いは息を飲んだ。彼女の得物がなんなのか、そして一見簡単そうなそれを巧く作る事の難しさは親方や職人達から聞いて知っている。しかし彼女は大きく息を吸い頷いた。
「任せてくださいお姉さま。さいっこーのを作って見せますよ」
「ふふ、頼もしい事」
 見習いを値踏みするようだった顔が花のように笑う。少女は姉のように慕う彼女のこの顔が大好きだった。身分違いは当然承知しているが、いつか彼女のようになれたらと願っている。
「さて……お茶にしましょう。おまえはこれが楽しみで来ているのだものね」
「わーい、やったぁ」
 少女はくりくりした目を輝かせて小躍りする。
「なるほど」
「へ?」
「おまえがさっき言っていたでしょう。猫に餌をやるとどうとかって。おまえの言っていた通りだわ」
「あ、あたし猫と同じですかぁーっ?」
 情けなさそうな声で鳴くところも、なるほど何かの動物のようだった。

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