朝、目が覚める度に、隣にあなたを探してる。

 いくつの頃だったか――真夜中に目が覚めた時、隣にいる筈のあなたがいなかった。
 蓋を開ければ笑い話で、ただトイレに行っていただけの話だった。ちょうどその時間に私の目が覚めたのも双子の神秘なんかじゃなく、夜が怖くて走って行った足音が聞こえたか振動が伝わったか、そんなところだったんだろう。
 けれどあの時の私は隣にいる筈のお姉ちゃんがいない事がどうしようもなく恐ろしくて、不安で……たまらなくなってわんわん泣き出した。
 おしっこを済ませて晴れ晴れした顔で戻ってきたお姉ちゃんは私が泣いているのにびっくりしてオロオロしてたけど、私が抱きついて、もう二度とどこにも行かないでって縋り付いて懇願したら子供らしい無邪気さで頷いてくれて、どこにも行かないよって言ってくれた。
 でも、結果としてそれは虚しい嘘になってしまった。
 お姉ちゃんは、死んでしまったから。

 あの日、姉と一緒に立った戦場で、私、フォルナ・スウェーデンボルグは敵の攻撃を受けて転倒した。
 心配した姉が駆け寄ってきて、転倒した事と姉が来た事の二重の照れくささに私が顔を背けた時――空から隕石が降ってきた。
 それがハネつき共の攻撃だと知ったのは後の事で、事態を把握する間もなく、起き上がろうとしていた私は姉に押し倒されていた。
 私は大丈夫だから逃げるようにと言おうとした――と思う。間近に隕石が落ちた衝撃で私は気絶して、それからの記憶はないからだ。
 記憶がないのはある意味幸せなのかも知れない。それから姉に起こった事を直視していたら私はきっと発狂しただろう。
 気がついた時、姉は私の上で死んでいた。
 気絶した私を隕石雨からかばい続けて、命を落としてしまったのだろう。そして死してなお隕石に打たれ続けて私を守ってくれたのだ。でもそんなのは後になってから振り返って思う事だ。
 姉の姿は余りにも悲惨で、私は覆い被さっている肉塊としか思えないものが実姉で、私の身体を染めているのが彼女から漏れている液体だと気付いた途端、頭の中が真っ白になって、それから何をどうしたのかもよく覚えていない。
 気がついた時には救護兵に取り押さえられて搬送されていた。
 姉の葬儀の時にはもう私の傷はだいぶ回復していた。レミリアの傷は癒えないというのに。
 私の身体に傷が残ったっていい。だから、姉の遺体の傷を消して欲しかった。私の回復の分を彼女に回してやって欲しかった。
 人並みには美容に気を遣っていたお姉ちゃんの、最後の姿があんな惨めなものだなんて、悲し過ぎる。だって、私より可愛くなるって言ってたのに。せめて人間らしい姿で葬ってあげたかった。

 ――あの姿は余りに記憶の中の姉とは食い違いすぎて、不出来な作り物のようだったけれど、それでもあれが姉だという事は間違いない。
 姉が帰って来る筈はない。
 わかってはいるけれど、それでも私はレミリアがいつ帰ってきてもいいように、部屋をそのままにしている。正確には二人の部屋の半分、お姉ちゃんのスペースや持ち物だ。
 二人で使っていた部屋は、私一人には広すぎる。二人でいた頃には狭すぎるほどだったのに。
 こんな事なら、大人になり始めたあの頃、部屋を分けようかという話が出た時に素直に従っていればよかった。
 ……だって、あの時の話では、私達の部屋はレミリアの部屋になって、妹の私は追い出されるみたいだったじゃない。妹にも妹の意地があるんだよ。
 それに私は、プライバシーを守るより、レミリアと一緒にいたかった。レミリアも、きっとそうだった。
 彼女の持ち物はほとんどすべてが私に形見分けされたから、理屈の上では私がどうしようと自由という事になる。こうしてお姉ちゃんの服を着て、お姉ちゃんのベッドで寝たって問題ない。
 眠れない夜にはこうしてレミリアのベッドに潜り込んで一緒に寝たよね。レミリアが私のベッドに来る事もあったっけ。
 ねえ、お姉ちゃんのネグリジェで、お姉ちゃんのベッドで寝たら、とてもいい夢をみたんだ。
 あの日の戦いで、私とお姉ちゃんは並んで防衛戦を張っていたんだけど、お姉ちゃんが猛攻に耐えかねて武器を落としちゃうんだ。敵がお姉ちゃんに押し寄せて、そこに私が颯爽と駆けつけて敵をやっつけて……相打ちになる夢。
 レミリアは少し怪我したけど助かって、瀕死の私を抱き上げて死んじゃダメだって言ってくれた。
 そして私は今度こそ姉を助けられた満足感に満たされながら死んでいったんだ――
 目が覚めて、正夢だったらいいのにと思った。

 私は左でレミリアは右。私達は左右対称に髪を結い分けていた。
 きっかけは何だったのかは覚えてない。両親かメイドが見分けるために始めたんじゃないかという気がするけど、始まりがなんであれ、続けていくうちにそれがからだに刻まれていく。
 髪を切らせる時も左に結う事が前提になる切り方になるし、日々の動作や剣を振るうにも左に結った髪が影響する。
 レミリアが私に内緒ばなしをする時は、必ず左耳に、結った髪を持ち上げて囁いた。
 逆もそう。髪で隠した耳に囁くのはお互いだけ…… 少なくとも、私はそうだった。
 いつか好きな男の子でもできたら違うのかも知れないと思っていたけれど、それも今となっては遠い世界のお話だ。
 左右対称という事は、鏡に写った姿の髪は左右逆になって相手と同じ向きになる。
 一緒に育って同じ物を食べた双子なので体格も同じ。
 レミリアの服を着てレミリアのベッドに座った私が鏡に映る。全身が映る大きな鏡だ。私たちは瓜二つ、そっくりな双子。こうしていると本当にレミリアがそこにいるみたいで……
『フォルナ』
 姉の声色で、自分を呼ぶ。
 よくこうしてお互いの真似をして、親や使用人をからかったものだ。
 どちらかというと私がレミリアの真似をする方が、逆よりうまかったかな。もちろん、妹はいつもお姉ちゃんの真似をしているからなんて理由じゃなくて、単に彼我の才能の差というだけだろう。私達は双子だから。
『フォルナ……』
 それに呼ばれる側もそう聞きとろうと意識して聞いてるんだからそう聞こえない筈がない。
 今の私はフォルナ・スウェーデンボルグではなく、レミリア・スウェーデンボルグ。
 灯りを落とした部屋で、左右対称に髪を結った私の姿を鏡に移せば、鏡に写るのは姉の姿だ。
(おかえり、レミリア)
 鏡の中の姉の口が、『ただいま』と動いた。

「ねえ、レミリア」
 こんな事を訊くのはちょっと恥ずかしいけど。
『なぁに、フォルナ』
 姉妹だから、訊いちゃおう。
「レミリアはオナニーとかするの?」」

 私は時々レミリアがいない時や寝静まった時、更には寝たふりをして声を潜めてオナニーした。
 姉が近くにいる背徳感と、そして安心感が私を高ぶらせた。
 確証はない。だけど、姉が時々それらしい仕草をしているのを見た事がある。ねえレミリア、私達は似たもの姉妹だった。それはきっと夜の事についてもそう。
 あなたもほんとはしてたんでしょ?
「私に隠れて……ないしょの場所をいじってたんでしょ?」
『……そんなこと……』
「あるんだね」
『ないよ!』
「女の子ならみんなしてるよ。レイナ姫だってきっとしてるよ」
『不敬よ』
 思わず苦笑する。ベッドの中で妻に対しておまえは王妃より美しいという男を罰する無粋があるものか。ベッドの中は無法地帯なのだ。
『フォルナよりは多くないわ…… 週に一、二回くらいよ』
「私もそのくらいだよ」
『……いやらしいなあ』
 ――そうだ。私はいやらしい子だ。死んだ姉に縋り、更にはこうして姉を汚す。
 小娘の青い肉体は、姉の死すらも性欲の糧にしてしまう。死と隣り合う戦場で生の発露である性欲を滾らせる例を幾つも見てきた。
 誰より近しい隣人の死は、生存本能をかきたてる。私まで死んだら、誰がスウェーデンボルグの血脈を守るのか。だから性欲を高めて性行為に励むんだ。
 でもそんなのは理屈の上の話だ。私の性行為は実を結ばない自己完結のオナニーじゃないか。
 私は――いやらしい子だ。
 左耳に震える指で触れる。ここに触る時はいつもこうだ。レミリアの髪を掻き上げる時はこんなじゃなかったのに。姉だけが囁く秘密の場所に触れた指は、じっとりと濡れていた。
 耳の形を見れば性器の形がわかるのだという。そっとなぞると、下腹部がじんわりと暖かくなってきた。

『私は……時々週に三、四回してたかも……だ、だってお姉ちゃんだもの。妹より大人だから多いのよ』
「双子じゃない。大人関係ないし、ただレミリアが淫乱なだけだよ」
 裾を捲り上げる。下着を着けてはいないから、鏡に映るのは剥き出しの陰部だ。冷静に考えるとかなり滑稽な構図だけど、今の私はその滑稽さすら飲み込んで性欲の糧にする。
「ほらレミリアのここ……いやらしい」『フォルナ……だめっ言わないで』
「濡れてるじゃない、気持ちいいんだね。こんなにおもらししてよだれ垂らして」『ち、ちがっ……』
「違わないよ。違うならなんで指突っ込んでるの? そこは入る穴じゃないよ。そんなにいじってるから血が出てくるんだよ」
『血が出るのは生理じゃない……』
 血――頭の片隅に不安な思いがよぎる。それは頭の片隅に押しやって仕舞い込んでいた思い。思い出してしまえばオナニーを中断せざるをえないような重大なことがら。それが漠然とした不安のままであるように、詳細を思い出さないように私は指で腟壁を刺激した。
「レミリアはいやらしい、本当にいやらしい。破廉恥な子だわ。私はそんな子に育てた覚えはありません」
 指を突っ込んだ穴は愛液に濡れそぼち、指を動かす度に卑猥な水音がする。
「レミリアのあそこはいやしく」……かんだ。「レミリアのあの部分はいやらしくグチョグチョいってるよ」
『フォルナ言わないで指っ、私の指止まらないのおっ!』
「いやしいなレミリアはっ」怪我の功名だ。「そんなに指を突っ込んでグッチョグッチョかきまわしたいのっ?」
 口元に違和感を覚えて拭うとよだれが漏れていた。本当にどうしようもない淫乱な姉だ。
 私は襟ぐりから手を突っ込んで指先についた唾液を乳首に塗りたくり、摘んでこね上げた。
『ひゃぅんっ!?』
 どういう訳か双子なのに胸に関してはフォルナの方が如実に大きくて、レミリアに羨ましがられてた。
「おっぱいおっぱいおっぱい! おっぱい気持ちいい? レミリア」
『……うん。おっきくて柔らかくて……乳首も敏感でキモチイイよ』
「お姉ちゃん、よく私の胸をふざけて揉んで……私っ、感じちゃって大変だったんだよ」
 それでも、うれしかったけど。レミリアに揉まれてると、何かほっとした。
『フォルナの胸、やわらかいね』
「レミリアの胸だって形がいいよ」
『フォルナの乳袋たゆんたゆんしてる……』

 左手で胸をもみ、右手で性器をいじくりながら、快感の波間に考える。
 私はフォルナなのか、それともレミリアなのか。
 鏡の中では性欲に飢えた女が身をよじらせている。
 それは寝床にうつぶせて息を潜めて自慰に興じていたフォルナのようでも、妹に背を向けて息を殺して一人遊びしていたレミリアのようでもあり――
 こうしていると、それを望んでいたのかも知れないけど、自分が誰なのか、わからなくなる。
 もしかしたら生まれたばかりの時に取り違えられた、私は本当はレミリアだったのかも知れない。
 じゃああれはフォルナだったのか?
 でも、みんながレミリアと思っていたならそれはレミリアでだからレミリア……
 混乱する私の思考を、レミリアの淫声が中断させる。
『フォ、ル、ナっ……私、私イッちゃうよぉ! ひゃぁんっ!』
 いくという言葉が、私の心の奥に仕舞った気持ちを引き戻す。
 いく……行く……逝く……レミリアは行ってしまった。私を置き去りにして逝ってしまった……
「お姉ちゃん逝かないで……私を一人にしないでよぉっ!」
 声を限りに懇願する私の目頭は熱くなるが、姉の声は諭すように優しく落ち着いていた。
『フォルナ、私は。私はね……いつだってフォルナのそばにいるよ……』
 いつもなら虚しい言葉でも、今のこの瞬間ならなにより尊く信じられる。
「レミリア……」
『だからね、一緒にイこ』
「うん……一緒にいこう」
 お姉ちゃんとならどこへでも、どこまでも。
 私は姉を感じながら頂点に達した。

 フォルナとレミリアはお揃い。服も、家具も、食器もおそろい。
 からだだって……この淫らな器官だって……抱く想いだっておんなじ、おそろい。
 私達は双子なのに一人ぼっちで快楽を求めてた。ああ、こうなるとわかってたなら、離れ離れになると知ってたなら、二人で一緒に求めていればよかったのかも知れないね……
 二人でする一人えっちはきっともっと素敵だった。

 息を整えながら右手の匂いをかぐ。とてもいやらしい愛液の匂いに混じってお姉ちゃんの懐かしい匂いがした。
 自慰に高ぶり潤んだ私の瞳。薄暗い部屋の中で鏡に写して見るそれは、姉のそれに見えた。
 姉になって千回オナニーしたら本当にレミリアが帰って来る。
 訳も根拠もなく、そんな気がした。
 これで……何回目だっただろうか。まあいいや、数え始めた今日が一回目。
 レミリア、あなたにもう一度会えるなら、どんなことだってするよ。
 その『どんなことだって』のうちの一つかな。
 千回だって、万回だって。果てるまで。
 もうオナニーもできなくなったお姉ちゃん。私がその分もオナニーするから、少しでも気持ちよくなってくれますように。
 頂点に至って心地よい疲労感に満たされたからだをベッドに預け、愛液をシーツで拭った指で姉とお揃いの髪飾りを撫でながら、私は姉に祈った。

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