>元禄二年春、長旅の疲れを癒す間さえ惜しむかのようにして芭蕉はみちのくへ旅立つ。
さて今は、これまで行ったことのなかった地・みちのくが芭蕉の視野に入っています。
芭蕉は｢笈の小文｣〜｢更科紀行｣の旅を終えて直ぐ「おくのほそ道」の旅につくことになる。
ここでは芭蕉が「おくのほそ道」で詠んだ句の幾つかを読んでまいりたいと思います。
＊ あさよさを誰（たが）まつしまぞ片ごころ
>朝に夜に松島で誰かが私を待ってくれているからだろうか、あの松島が恋しくてならない。
旅好きの芭蕉の気持ちがこの句に窺われます。
しかも、芭蕉の好奇心をくすぐる松島の情報に不足はありません。
＊ 風流の初やおくの田植うた
＊ 早苗とる手もとや昔しのぶ摺
＊ 夏草や兵（つわもの）どもが夢の跡
>ここで「兵ども」が誰であるかを解き明かす鍵は｢兵どもが夢の跡｣の「夢」だろう。
句の成立に専門的な関心をお持ちの方はご研究も楽しいでしょう。
ここでは「独り歩きする」俳句の解釈に留めておきたいと思います。
この句から、戦場になった平泉の戦乱の叫び声が聞こえるようです。
寝ては天下取りの夢を見て、戦いつつも天下取りの夢を見たのかも…
次の句は山形領・立石寺で詠まれたもの。
>天空へ突き出す巨大な凝灰岩の岩山に九十九折れの石段をめぐらせて岩頭の堂々を結ぶ、仙人の山さながらの奇観である。
人の滅多に近づかない山奥に、よくぞ堂宇・仏閣を作った感じです。
＊ 閑（しずか）さや岩にしみ入（いる）蝉の声
>岩にしみ入るように鳴く蝉の声を聞いて天地の閑かさに気がついた
>夏の日の午後、炎天にそびえる岩山に登って山上でしばし休んだ。
>耳を澄ますと、蝉の声の彼方に夏の天地の大いなる静寂が広がっていた。
>それは芭蕉のいる岩山をとり巻く宇宙の静寂そのものだった。
長谷川櫂氏は「閑さ」は心が捉えた「静寂」だと理解しているらしい。
もちろん、それを肯定も否定もする材料がある訳ではありません。
炎天の岩山に登る体力が残っていたのなら、それは嬉しいことです。
「静」は物音がしない状態を指し、「閑」は聞えない状態と云える。
芭蕉がいた空間に物音が有ったか無かったかといえば、有りました。
蝉の鳴声だけでなく、鳥の鳴声、木々の枝葉を揺する風の音もある。
それらの音が一瞬途絶えたとして、芭蕉はその一瞬を特別視しない。
また、堂宇の中に入った瞬間に、外界の物音が消え去るでしょうか。
それも有りません。ここで「閑」は雑音が完全に消え去ったのです。
その瞬間まで芭蕉の耳には騒がしく鳴く蝉の声が聞えていたのです。
ところが一瞬にして芭蕉のいる空間は「閑」になってしまいました。
その原因は何でしょうか。私は決めつけたりしたくありませんけど。
例えば、高血圧で耳鳴りが蝉のように聴こえる人の場合もあります。
仮にも気を失ったなら炎天下にいながら、目の前は真っ暗闇になる。
自分の体が岩にしみ入ったのか、蝉の声が岩にしみ入ったのか…ん？
その年四十六歳の芭蕉に溜まっていた疲れが出たのかも知れません。
一年半に及ぶ｢笈の小文｣と｢更科紀行｣の旅に続く今回の長旅でした。
芭蕉は十分な休養をとっていたとは言えませんし、無理したのかも。
それで一瞬、於多福姉の脳裏に次の俳句が浮かびあがったのですよ。
・ 炎天の梯子昏きにかつぎ入る 橋本多佳子
芭蕉は蝉が鳴く炎天から一瞬にして昏(くら)き所に運ばれたのかも。
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さて今は、これまで行ったことのなかった地・みちのくが芭蕉の視野に入っています。
芭蕉は｢笈の小文｣〜｢更科紀行｣の旅を終えて直ぐ「おくのほそ道」の旅につくことになる。
ここでは芭蕉が「おくのほそ道」で詠んだ句の幾つかを読んでまいりたいと思います。
＊ あさよさを誰（たが）まつしまぞ片ごころ
>朝に夜に松島で誰かが私を待ってくれているからだろうか、あの松島が恋しくてならない。
旅好きの芭蕉の気持ちがこの句に窺われます。
しかも、芭蕉の好奇心をくすぐる松島の情報に不足はありません。
＊ 風流の初やおくの田植うた
＊ 早苗とる手もとや昔しのぶ摺
＊ 夏草や兵（つわもの）どもが夢の跡
>ここで「兵ども」が誰であるかを解き明かす鍵は｢兵どもが夢の跡｣の「夢」だろう。
句の成立に専門的な関心をお持ちの方はご研究も楽しいでしょう。
ここでは「独り歩きする」俳句の解釈に留めておきたいと思います。
この句から、戦場になった平泉の戦乱の叫び声が聞こえるようです。
寝ては天下取りの夢を見て、戦いつつも天下取りの夢を見たのかも…
次の句は山形領・立石寺で詠まれたもの。
>天空へ突き出す巨大な凝灰岩の岩山に九十九折れの石段をめぐらせて岩頭の堂々を結ぶ、仙人の山さながらの奇観である。
人の滅多に近づかない山奥に、よくぞ堂宇・仏閣を作った感じです。
＊ 閑（しずか）さや岩にしみ入（いる）蝉の声
>岩にしみ入るように鳴く蝉の声を聞いて天地の閑かさに気がついた
>夏の日の午後、炎天にそびえる岩山に登って山上でしばし休んだ。
>耳を澄ますと、蝉の声の彼方に夏の天地の大いなる静寂が広がっていた。
>それは芭蕉のいる岩山をとり巻く宇宙の静寂そのものだった。
長谷川櫂氏は「閑さ」は心が捉えた「静寂」だと理解しているらしい。
もちろん、それを肯定も否定もする材料がある訳ではありません。
炎天の岩山に登る体力が残っていたのなら、それは嬉しいことです。
「静」は物音がしない状態を指し、「閑」は聞えない状態と云える。
芭蕉がいた空間に物音が有ったか無かったかといえば、有りました。
蝉の鳴声だけでなく、鳥の鳴声、木々の枝葉を揺する風の音もある。
それらの音が一瞬途絶えたとして、芭蕉はその一瞬を特別視しない。
また、堂宇の中に入った瞬間に、外界の物音が消え去るでしょうか。
それも有りません。ここで「閑」は雑音が完全に消え去ったのです。
その瞬間まで芭蕉の耳には騒がしく鳴く蝉の声が聞えていたのです。
ところが一瞬にして芭蕉のいる空間は「閑」になってしまいました。
その原因は何でしょうか。私は決めつけたりしたくありませんけど。
例えば、高血圧で耳鳴りが蝉のように聴こえる人の場合もあります。
仮にも気を失ったなら炎天下にいながら、目の前は真っ暗闇になる。
自分の体が岩にしみ入ったのか、蝉の声が岩にしみ入ったのか…ん？
その年四十六歳の芭蕉に溜まっていた疲れが出たのかも知れません。
一年半に及ぶ｢笈の小文｣と｢更科紀行｣の旅に続く今回の長旅でした。
芭蕉は十分な休養をとっていたとは言えませんし、無理したのかも。
それで一瞬、於多福姉の脳裏に次の俳句が浮かびあがったのですよ。
・ 炎天の梯子昏きにかつぎ入る 橋本多佳子
芭蕉は蝉が鳴く炎天から一瞬にして昏(くら)き所に運ばれたのかも。
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