漆黒の夜空〜Those who dye empty red〜第一話

作者:蒼夜


ミナガルデ…ハンターの聖都、大規模なハンターズギルドがある街である。
ミナガルデの酒場は、クエストの達成をパーティで祝っているものなどで、活気に満ち溢れていた。
普通の常識を持つものなら、入ることも躊躇う歓声の中に一人の訪問者がやってきた。
その訪問者は、端整な顔立ちには鋭く紅い瞳があり、それを縁取るのは、腰まで伸ばしてある漆黒の長髪だ。
普通のハンターの肩までしかないその小柄な背に背負われているのはジークムント、翼を持ち火球をはく飛竜の代表ともいえる、リオレウスを素材とした上級ハンターにならないと手に入らない武器だ。
防具もレウスシリーズのようだが、レウスシリーズ特有のゴツゴツと突き出している所が半分以上削られている、飛竜との戦いで削られたわけではない、明らかに人の手によって加工されている、動きやすくするためであり、視界を確保するため頭には何もつけてはいない。
それよりも眼を引いたのは左腰につけている武器だ、見かけは斬破刀などの刀と呼ばれる、東洋の技術で作られた斬ることに特化した剣に似ているが、奇妙なのはその武器の長さだ、刃は大剣の半ばまでしかない、しかし柄は大剣並みに伸びているて、片手剣ではない。その刃の部分、刃先のほうは半分がゲリョスなどから取れるゴム質の皮でできていて、鍔に近いほうはグラビモスの甲殻でつくられた鞘に収められている。
「すまない、ここのギルドに登録したいのだが…」
受付の前まで来たその訪問者は、店の看板嬢ベッキーに話しかけた。そのやや低いが良く響く声に酒を飲みあっていたハンターたちは、その訪問者に視線を向けた。しかし、訪問者は、その視線を気に留めることは無かった。
「あー、はいはいちょっと待ってくださいね」
ベッキーは、厨房から出てくるとペンと一冊の本と紙というより札のようなものを受付のカウンターに置いた。
「はい、お待たせしました。ハンターズギルドへのご登録ね、ギルドは――初めてじゃなさそうね」
「ああ…」
訪問者は、右腰辺りにあるポーチから履歴書を出すと、カウンターの向こうのベッキーに渡した。
ベッキーは、それに目をとおしてから紙にペンを走らせ、履歴書と紙を訪問者に渡した。
「はい、これで登録完了です。こちらがハンターライセンスになります、えっと、フィア=レフューゼさん」
訪問者…フィアは、ライセンスを受け取りポーチにしまった。
「フィアさんのHRはバウンティーハンター、泊まれる部屋はビショップルームまでになります」
ベッキーはそういうと、そのまま小走りに厨房に向かった。
フィアは、ベッキーが消えた厨房あたりを一瞥し酒場を跡にしようとしたが、
「よう、俺たちのパーティにはいらないか?人数一人たりねぇんだ」
酒場のカウンターで酒を飲んでいた男がフィアに話しかけてきた。
男の装備は、ハイメタルシリーズと片手剣アサシンカリンガだった。
男は知らない話だがフィアは、長旅をしミズガルデについたばかりで気が立っていた。
「…すまないが、あんたみたいな弱そうなハンターとは組む気が無いんでな」
フィアは、吐き捨てるように言い、酒場から出るため入り口に向かったが男が前に立ちはだかり、
「弱そうだと!もやしのような奴が調子に乗りやがって」
男はフィアの胸倉をつかみにかかろうとしたが、突如視界が反転した。
「っ!?」
男は一瞬何が起こったか分からなかった。投げ飛ばされたのだ。周りにはいつの間にか人だかりができ、歓声やら応援が、飛びかっていた。男は顔を紅潮させ立ち去ろうとしたフィアに向かい、
「待てこのやろう、女みたいな面してが俺に恥を書かせやがって」
すこしフィアが男の言葉に反応し、後ろに振り向き、馬鹿にする口調で静かに言い放った。
「…男なら強いのか?そう言いたげだな、じゃあ見るからに弱そうなお前は何だ?」
「なにっ!」
男は怒りに我を忘れ、片手剣アサシンカリンガを抜いた。
周りにざわめきが起こった、ハンターは人に向かって獲物を抜いてはならない。ルール、というより暗黙の了解なのだ。その掟を破ろうものなら、ギルドの所有している〈ギルドナイツ〉という対人間ハンターに狩られる、という事態に発展する場合がある。
しかし男は怒りに燃え、目の前の人物を八つ裂きにしんばかりの勢いで向かった。
「うおぉぉ」
獲物を抜いた男に対し、フィアはさして動揺した様子も見せない、まるでこの事が起こる事を予想してたかのように。いや、実際していたのであろう。
フィアは、身をかがめると男の剣を持った腕の肘の裏に拳を放った。
「ぬわっ!」
男はコロナを落とした。その隙を見逃さずフィアは左手で男の手をつかみ、右手で胸倉をつかむと渾身の力を込めて…投げた!
男は声も上げれず酒場の外まで転がっていった。少し呼吸を整えフィアは、
「…邪魔したな」
と、静かに言い放った。小さな声だったが静まり返っていた酒場には、フィアの高め声は、よく響いていた。
「「ヒュー、ヒュー」」「「よくやった、にいちゃん」」
静まり返っていた酒場から歓声や賭けをしていたのか、金品の重なり合う音、ジョッキを鳴らすなどが聞こえてきた。
フィアは、静かに酒場の騒ぎを後にした。


…失敗したな、必要以上に目立ってしまった。
俺は、少々自分のしたことを後悔しながら、ゲストハウスに向かって歩いている。
しかし相手の売ってきた喧嘩だ、正論でどうこうできる問題ではない。そう区切りをつけることにした。しばらく歩いているとゲストハウスについた。
ゲストハウスとは、家を持たないハンターたちの寮みたいなものだ。
部屋はハンターのランクによって変わる。下から、ポーン、ルーク、ビショップ、クイーン、キングだ。上に行けばいくほど、値段は高くなるが部屋が豪勢になってくる。
俺が泊まれるのはビショップまでだが武具の調達などをしたため、金がないので一番下のポーンルームだ、豚小屋のような部屋だが(実際愛玩用の豚がいるが)一泊無料という、装備もろくにそろえていない、駆け出しハンターにとってはうれしい限りである。
俺は部屋に入ると荷物を置き、愛剣のジークムントと腰につけていた刀を武器掛けに立て掛け鎧と鎧の下に着る武装用ダブレットも脱ぎ、下着姿で簡素なベットに寝転んだ。
…相変わらず汚い部屋だな、はやく金を集めよう、討伐でも受けるか…
そんなことを考えながら、静かに眠りをつくのであった。


フィアは目を指すようなまぶしい朝日に起こされた。
「…んっ」
ベットから降り、支度を済ませ鎧を着込み、ジークムントを背負った。
行くとしよう、まずはリオレイアあたりの狩りにするか…

俺は酒場に入った。酒場は依頼を受注したのか、ハンターは少なく、酒場にに残っているハンターたちは朝だというの赤みを帯びた顔で笑いあっていた。
その中の一人が静かに入ってきた俺を見ると…
「よぉ、昨日の女顔のにいちゃんじゃねえか」
大声で言うものだから皆の視線が俺に向く、やはり目立ちすぎてしまったのだろう。
女顔というのが少々気に障ったが、この程度でいちいち問題を起こすのは避けようと押し黙り、受付のカウンター
に向かった。
今日はそれほど忙しくないらしくベッキーはカウンターのまえで、暇そうにあくびをしていた。
しかし、こちらを見つけると。
「こんにちはフィアちゃん」
「…その〈ちゃん〉付けは、やめてもらえないか?俺は男だ。それに昨日は〈さん〉付けだっただろ」
「いいじゃない細かいこと気にしない、男の子だってちゃん付けくらいするわよ、それにフィアちゃん可愛いし」
「・・・はぁ、好きにしてくれ」
この手の者はいくらいっても経験上、聞いてくれない。
俺はあきらめてカウンターの脇にある掲示板に目を通した。
掲示板に無造作に張られている紙の中で、そこそこ契約金の少ない〈討伐〉を探していると…
イャンクック討伐の依頼。
イャンクックとは飛竜に分類されるが容姿は一言で言うと大きな嘴に目が直接ついたような顔をした巨大な鳥である。飛竜のなかでは最弱の部類に入る。新米ハンター最初の壁であり〈篩(ふるい)〉でもある。生半可な気持ちでハンターになった者はこのイャンクックと戦い命を落とすか、ハンターをやめる。
・・・契約金200z(ゼニー) 報酬2400z
金はギルドに預けてある。これは、ハンターがゲストハウスに金をおいておくと盗まれる可能性がある事や、かといって持っていて狩り場で落とす様なこと等が起こると、武具が作れなくなり達成できる依頼が減ってしまうということから、金の管理はギルドが行っている。武具を作るときなどは小切手などでギルドを通して支払いが済まされる。
俺はカウンターに向かうと、契約書をカウンターの上に置いた。「イャンクックの討伐を」
ベッキーはカウンターの上にある依頼書をみると、カウンターの下から分厚い本を取り出し、目を通すと。
「イャンクックの討伐を…ね」
ベッキーのあきれたような口調を聞き、眉をしかめると、ベッキーが口を開いた。
「残金180z…契約金には少し足りないわね」
しまった、と…しかしベッキーが、
「契約金…その程度なら私が払っておいてあげるけど…」
「…本当か?」
意外な展開に驚く、が後になって、利息付で返せというのか。と思っていると。
「別に利息付で返せとは言わないわよ、フィアちゃん」
心が読まれたと思い、一瞬ビクッと反応してしまった。
「図星のようね…」
ベッキーが半眼であきれたように言う。
「ただし、さっき登録した新米ハンターを任せれるかしら?」
ベッキーが問うと、俺は…
「一時的なパーティならいいが…多少の知識はあるのか?」
「村の方で小型のモンスターを狩っていたそうよ」
そうか…とうなずくと次の質問をした。
「さっきから質問攻めで悪いが最後だ、どんな奴だ?」
するとベッキーは、珍しく人気の少ない酒場の隅に目をやった。
俺も習ってそっちに目をやると…
「彼女がそうよ、ボウガン使いで名前はリュース、リュース=ベシエント」
酒場の片隅には、15歳くらいの蒼のかかった黒髪の少女が葡萄酒を飲んでいた。
2006年12月20日(水) 17:46:12 Modified by soya444




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