貧乏奮闘記

作者:おとぎ2号




「ハンターナイフってのが一番安い武器なんだよな?」

武器屋のカウンターに肘をついて一人の男が店主に尋ねた。

毛を編んだ半そでのシャツに、なめした皮のズボン、黒くて短い髪を棘のように逆立てている。不敵な黒曜石の目を店主に向け、応答を待つ。

「ここになんの用だい、兄ちゃん。ここはハンターが狩りに使う武器を扱っている店だ。

 ゴロツキの玩具を売ってるわけじゃねえんだがな。」

ハンターを対象に商売をしている店主は顎の不精髭を指で抜きながら目の前の男をあしらう。

「あー、何か勘違いしてねえか?こう見えても俺はハンター、なんだけどよ。

 で、どうなんだ、ハンターナイフが一番安い武器なんだろ?」

店主はやれやれといった様子でため息を漏らすと、頭の頂点まで禿げあがった頭をかきながら口を嫌々開く。

「くだらねえ冗談は酒場の飲んだくれ連中に言ってくれや。

 お前さんの格好のどこがハンターって言うんだ?いいかハンターってのはな――。」

店主が言葉を終えぬうちに、というより話を聞くがなかったのか男は荷袋を開けて中身を取り出した。

男は桃色と黄色からなる大きな塊を店のカウンターへ叩きつけるように勢い良く置いた。

「これで文句ねえだろ、おっさん。

 さあ、商売を始めてくれねえか?」

目の前の塊に放心状態になっていた店主は男の声ではっと我に返った。

とはいうものの驚きはまだ冷めてないようだ。

「お、おい、こいつはイャンクックの頭じゃねえか!!

 なんでお前さんなんかが……。」

店主は両手をフラフラと宙に漂わせ、視線をイャンクックの頭と男へと交互させている。

「俺と話する気があんのかよ。おい、おっさん!」

一喝。

ようやく店主は状況を理解した様子で男を正面に捉えた。

よく見るとなるほど生と死を潜り抜けてきた眼をしている。

「さあ、商売だ。ハンターナイフでよかったのか?

 イャンクックを仕留める腕前だ、お前さんに相応しいもっと上級の武器だってあるんだぜ?」

「いや、遠慮しとくぜ。貧乏なんでな。」

貧乏という単語を聞いて店主は眉を動かした。

イャンクックすなわち飛竜種と呼ばれるモンスターを狩るだけの腕があれば一生を賄える

金は稼げるはず。飛竜種は人間を遥かに凌駕する生物であり、ハンターといえど力が及ば

ず命を落とすことだってある。

飛竜種から得られる素材は非常に希少ではあるが、需要が高く高値で売買されている。

イャンクックでさえ飛竜種の中でも最弱と言われているが、見事狩りとることが出来れば

家一軒建てることだって出来るのだ。

「飛竜を狩れる腕があって貧乏だと?盗人のメラルーに身包み剥がされたってか?」

カバの様に口を開けて店主は笑ってみせた。

「笑うな、クソ親父!

 マジなんだよ。この街に来るために装備一式売り払っちまったんだ。

 それでも足りねえから最後の蓄えだったイャンクック丸一匹売りながら旅してきたって訳よ。まあ、武器代にその頭売っちまうからこれで一文無しだけどな。」

両手を大きく広げて首を軽く振って男は言った。

「そいつはご苦労なことだな。お前さん名前は?

 飛竜殺しの貧乏ハンターなんて中々いねえからな、覚えときてえのよ。」

親しい事を言ってはいるようだが、なおも笑っている。

男は舌を軽く鳴らして答えた。

「イゴットだ。

さんざ人のこと笑いやがって、少しくらい値段まけてくれてもいいんじゃねえのか?」

店主は無言で首を振る。

「クソ親父め。なら煙草くれ、持ってんだろ?」

こうしてイゴットはハンターナイフを購入し、見事一文無しとなった。

(煙草は手に入ったのでいささか上機嫌ではあったが。)

紫煙を燻ぶらせながらイゴットは街のハンターズギルドへと向かった。

ハンターとして活動するにはギルドに登録する必要がある。

日々送られてくる膨大な依頼書は全てギルドへ届けられ、ハンター達はギルドを通して依

頼を受けるのだ。

ギルドは大抵人が集まる酒場に組み込まれており、酒場は専らハンター達で連日連夜賑わ

っている。

ハンター達は狩りの出立前に必勝を祈り酒を煽り、帰還して勝利の美酒に酔う。

グラスとグラスの紡ぎだす音をバックにハンター達の武勇伝や狩りの同行者の募集の声が

飛び交う中をイゴットは颯爽と通り抜けギルドの受付嬢の元へと歩み寄る。

「いらっしゃいませ、ハンターズギルドへようこそ。

 本日は採集のご依頼ですか?それとも討伐のご依頼でしょうか?」

受付のメイドが台詞的に話しかけてきた。

イゴットの格好から依頼人と認識されたようだ。

「ギルドに登録に来た。これでもハンターでね。」

そう言い放ち、腰のハンターナイフを抜いてみせる。

「これは失礼致しました。ハンターの登録ですね。ではお名前のみ伺ってよろしいですか?」

メイドは少しも動じずに相変わらず用意された台詞を連ねる。

男達が視線を送らずにはいられない容姿をしてはいるものの、あまりに無機質過ぎる表情

と機械的な台詞からイゴットは奇妙な恐怖にも似た印象を受けた。

「名前だけでいいのか?登録なんだから他にも手続きとかいるじゃねえのか?」

メイドは少し微笑みながら質問に答えた。いや顔が歪んだと言った方がいいだろうか、

表情からは何も感情が見えないのだ。

「はい、お名前だけで結構です。他の手続きは全て私がやっておきますので。ギルドマスターの言いつけなんです。“ハンター達は気が短えんだ、だから手続きなんて面倒臭えことはお前がやってやれ。”とのことなんです。」

メイドはどうも自分には合わないがギルドマスターは良くハンターのことを分かっている

ようだ。イゴットの強張った表情が軽く緩む。

「さっそく依頼を受けられるか?貧乏なんでね、高額の依頼を頼むぜ。姉ちゃん。」

イャンクック討伐依頼。酒場に足を運んで五分と経たずに今日の糧を得ることが出来た。

ついでにハンターナイフが支給された。なんでも命を担保に危険な仕事に就く勇敢な者へ

という意味を込めて、オデッセイという名のかつて単身で初めて飛竜に挑んだ勇者の剣を

模したハンターナイフを贈るのがギルドの決まりらしい。

「こういうことなら一文無しにならずに済んだじゃねえか。」

腰に二本の片手剣を差して依頼書に目を通す。

そのときイゴットの背後に視線を感じた。振り返ると一人の女性がこちらを見ている。

黒いショートカットの髪は眉の上で綺麗に整えられており、左目の下のホクロが印象的な

女性だ。イゴットよりずいぶん若い、女性というより少女といった所だろうか。

「こんにちは、うちはモンや!あんたイャンクックを倒しに行くんやろ?うちもなんや!せやから一緒に狩りに連れてってくれへんかな?」

モンと名のった少女の大きな黒真珠の目はイゴットではなくイゴットの持っている依頼書

に向けられていた。

「悪いが他を当たってくれ。俺は他人と狩りに行くつもりはねえんだ。報酬山分けしなきゃなくなるだろうが。貧乏なんでな、報酬は全て俺のものだ。」

冷たく言い放つと、イゴットは狩りを行うジャングル地帯に向かう定期便を探した。

ハンター専用の草食竜の獣馬車でハンターなら無料で乗ることが出来る。

無料という響きでイゴットの口元が緩んだのは言うまでもない。

「ちょ、ちょっと待ってえな!うちの装備見てや。腕と腰や。イャンクックの装備やろ?あとは体防具で夢のクックシリーズが完成するねん。あと一匹仕留められたら鎧作る素材が揃うんや。イャンクックは火に強いからな、そしたらもう火竜の炎も怖ないで!ちゅうわけでお願いや、連れてってや。」

やれやれ、よく喋る女だとイゴットは首を軽く振ってみせる。

「二度も同じこと言わせんな。とっとと失せろ。それから火竜の炎に耐え得る装備は火竜の装備だけだ。っておい、ついて来るんじゃねえ。」

煙草に火を付けて足を速めるイゴットだったが、モンはその後ろを執拗に無言でついて来

る。いい加減我慢できなくなりイゴットは振り返り罵声を上げようと口を開いた。

が、モンに先を越されてしまった。

「やっと振り向いてくれたな。そこで提案や。うちは仲間としてじゃなくて、競争相手としてあんたについて行く。それでな、イャンクックに止めを入れた方が報酬も素材も全部一人占めできるっちゅうのはどうかな?これならいいやろ?」

なかなか面白いことを言うものだ、確かにこの方法なら狩りの時間は短くて済むし、報酬

も全て頂くことができる。イゴットは負けることなど気にしてない様だ。彼はギャンブラ

ーでもあるのだろうか、不適な笑みを浮かべてモンを見据える。

「金がからむと俺はマジで強いぜ。ま、せいぜい無駄な努力でもしてくれ。」

かたやモンも自身に溢れた顔でイゴットを見据える。

「負けへんで!」

二人のハンターを乗せた獣馬車は競争の地ジャングルへ向けて力強く走りだす。

「さあ、一稼ぎと行くか!」

豊かな土壌とたっぷりと水を抱えた雄大な川に恵まれて草木が生まれた。

彼らは強い突風に負けぬようしっかりと根を張り、決して届くことのない遥か天空の太陽に手を伸ばそうと互いに背伸びをし合う。

草木など見慣れたものだが、この密林の様に天に昇らんばかりの命に溢れたものは滅多にお目にかかれないだろう。

一本の木から密林となる今日まで草食竜達が草花を食べようとも、鳥達が木の実をついばもうとも、肉食竜が獲物を捕らえて深緑の体が紅に染まろうとも、密林はその全てを抱擁し続けてきたのだ。

もしも食物連鎖の環から外れる物が現れても密林は優しくその腕を広げて迎え入れることだろう。

「ほんなら勝負開始やな」

黒いボブカットの少女、モンが背丈より大きいであろう剣を砥石で磨きながら言った。

刃ではなく赤い獣の爪が複数付けられた剣だ。刀身は同じ獣の青い鱗が貼り付けられており、刀身を盾として使うことも出来そうだ。ランポスという小型の肉食竜の素材を使っているのだがその外見から人はその剣を蛇剣と呼んでいる。

そして自分の体重が倍になるほどの重厚な鎧に身を包んでおり、中でも両手と腰に纏った防具は目の覚めるような美しい桃色をしている。

「確認するが最後に止めを入れた方が勝ちなんだよな? つーことは、たとえ攻撃した回数が少なかろうと止めさえ決めちまえば勝ちって訳だな。……おい、そんな人を疑う目してんじゃねえ、俺が狩に手を抜くわけねえだろ、マジで闘うに決まってんだろうが」

モンの疑念の目に見据えられたイゴットがそう言いながら煙草の煙を大きく吐き出す。

どうもこの男は理解出来ない所があるなとモンは空を仰いでため息を漏らす。。そしてイゴットの逆立った髪の毛の頂点から視線を脚の先まで下ろして行く。重厚な鎧も背丈程の大きな剣も身に着けておらず、ただ黒いズボンに茶色のシャツを着ているだけだ。一応腰に小さな二本の鉄製の剣を下げているがあまりに頼りない。

「なあイゴット、ホンマにその格好でイャンクックと闘うん? ウチもまだ新米ハンターであんまり頼りないんやけど、アンタはそれに輪をかけるで。今なら乗って来た獣馬車があるから引き返せるよって、無茶はやめときや?」

モンは先程とは変って真剣な目つきで喋る。

大人しい草食竜を狩るのであれば平服であっても問題は無いだろうが、彼らが狩ろうとしているのはこの世界の最強生物であろう飛竜種なのだ。イャンクックは最も小型で他の飛竜種に比べ戦闘能力は低い、とはいえ並みの鎧なら軽々と引き裂く爪に、兜ごと頭蓋骨を叩き割る非常に頑丈な嘴、そして獲物の全身を包み込むであろう強力な炎を吐き出すのだ。

イゴットの様な格好でイャンクックに挑むのは正に自殺行為そのもと言えるだろう。

「俺の心配なんてしてる暇あんのか? 勝負は既に始まってるんだぜ、さっさと狩に行かねえと頼りない俺に負けちまうぜ?モン先輩よ」

指先で煙草を軽く叩いて灰を落としながらイゴットは悪戯な目つきで言い放つ。

「いきなり先輩なんて呼んでからに、気持ち悪いわ。さっきまでモンて呼び捨てやったやん、それにウチを先輩とか思ってないやろアンタ。全く……。危なくなったらすぐに逃げるんやで? ええな?」

一体どこからあれほどまでの自身が出てくるのだろうとモンは不思議に思う反面、どこかイゴットが羨ましいなとも思った。

方やイゴットはギルドから支給された品に興味を持ったらしくあれこれと手に取っている。この程度の品じゃ帰って売り飛ばしても大した金にはならないなと小声を漏らしたのをモンは聴き逃さなかった。

飛竜を狩るには第一に居場所を探索する必要があるのに、このキャンプ地で油を売っている暇などないというのに、勝負は始まっていると言ったのはイゴットなのに、やはりこの男はよく分からない。

「ここでのんびりしててもしょうがないわ、ウチはもう行くで。しつこいとは思うけどくれぐれも気いつけや。無理はせんと、ちゃんと身を守るんやで!」

そう言うが早いか、モンの姿は密林へと消えていった。

やれやれ、やっと静かになったなとイゴットは背伸びをして、ようやく足を密林へ向けて動かしだす。先にモンが通った後が地面の踏み潰された草を見れば分かる。

間隔が随分と大きい、いきなり走ってイャンクックを探しに行ったのだろう。

「ご苦労なこった。他の飛竜には使えない手なんだが、聴覚に優れたイャンクックならこんな裏技があるんだがね」

意地悪そうに呟くとイゴットは支給品にあった動物の角を加工して作られた笛に唇をあてた。

「探すんじゃなくて、誘う。これがイャンクックに出会うための最良の方法だ」

普段は仲間との連絡に使う角笛の鈍い音色が木々の間を通り抜けていく。イゴットは視線を木々の上方の鳥達に向けて休むことなく音を刻みだす。

その音色に聞き入っていた鳥達が緊張して周囲を見回し出したのに数刻とかからなかった。

次の瞬間鳥達が一斉に飛び立ち、角笛の音色がかき消されんばかりの羽音に包まれた後、イゴットの周囲に静寂が訪れた。

「来たな」

角笛から唇を離し、腰の二本のハンターナイフを抜き取り、耳を澄ませた。

剣の柄を握る手に次第に力が入り、掌に少しずつ汗が滲んでいく。

静寂が連続する風の音、風圧の音と言った方がいいかもしれない、それによって徐々に破られていく。

そして一方向の木々が身をくねらせて音の主を迎えた。桃色の甲殻に身を包み、黄色の巨大な嘴で武装した飛竜イャンクックがその姿をイゴットに現した。

イゴットは生い茂った腰の高さ程ある草に身を隠して足元の石ころをイャンクックの後方へと放り投げた。石ころは広葉樹に当たり、落下しながら葉にぶつかって音を生み出していく。イャンクックは見かけとは裏腹に割りと臆病な性格をしているので、大きな丸い耳を傘の様に開いてその方向を凝視する。姿の見えない音の主を探しているのだ。

イゴットはその隙に乗じて物音を立てないように忍び足でイャンクックの背後に近づいて行く。

あと四歩近づいたら足に斬りかかって転倒させ、弱点である頭に渾身の一撃を加えられる。

イゴットの脳内では既に勝利への方程式が構築されていた。

あと三歩。

二歩。

突然イャンクックは長い首を前後左右に振り回し始め、すぐそこまで接近していたイゴットの姿を捉えた。先ほどの音の主が見つけられず、不安になって周囲の様子を伺いだしたのだ。イゴットを敵と認識して甲高い鳴き声を上げ、戦闘体制に入る。

「ちぃっ! 心配性すぎるぜ!!」

ここまで接近して見つかってしまったイゴットは前に進むしかなかった。

姿勢を低くしてイャンクックの頭の下を潜り抜け、胸の前で交差させたハンターナイフを左右に大きく広げる様にして桃色の鱗で守られた脚に初撃をいれた。

しかし剣はテーブルにジョッキを叩き付ける様な音を上げて、はじき返された。

凄まじい勢いで斬りつけたためか鱗と剣の間に火花が散る。

手に痺れを感じながら、イゴットは上体を仰け反らせて反動に耐えるが、瞬間巨大な嘴が襲い掛かる。鎧ではなくシャツで守られた体だ、嘴は胸をえぐり、内臓まで達するはずだがイャンクックは奇妙な手ごたえを感じた、まるで宙に浮いた木の葉を打つような手ごたえだ。イゴットは嘴が直撃する寸前に地面を蹴り、後方に飛ぶことで衝撃を最小限に抑えたのだ。

「ハンターナイフがこれ程までに使えねえとはな、まあ激安なだけあるわな」

既に刃こぼれを起こした剣に悪態をつき、地面に倒れたまま頭を起こしてイャンクックの方を見る。止めの一撃を入れようと地面を数回蹴り、雄叫びえを上げている。

「へへ、熱くなり過ぎだぜ。やれやれ、これだから単純野郎はよ。おい、狙うのは脚だ。転倒させて頭に全力で振り下ろしてやれ!」

イャンクックの背後にはモンが大剣を構えて全速力で迫っていたのだ。イゴットしか敵はいないと考えていたイャンクックにとって、これは予想外の攻撃だった。

モンは上半身を激しく捻って水平に剣を薙ぎ払う。蛇剣の赤い牙が桃色の鱗を引き裂き鮮血を溢れさせたのだ。

「せやからその武器じゃ無理や言うたんや! 怪我は大丈夫なん?」

突然の激痛に体勢を崩すイャンクックだったが、モンの姿を確認するとその場で飛び跳ね嘴の間から炎の混じった煙を噴出した。血走った目でモンを威嚇する。

「さっそくブチ切れやがったか、やれやれ。おい、モン! ここは任せたぜ、上手く行きゃ勝負はテメエの勝ちだ! まあ、頑張ってくれや」

イャンクックに背を向け、イゴットは走り去って行く。やはりハンターナイフ程度で飛竜に挑むのは無謀だと思い知ったのだろうか。

「ちょ、ほ、ほんまに逃げるん!? 危ななったら逃げえ言うたけど、早すぎるんちゃう!?」

あれだけの大口を叩いていたのだ、普通ならイゴットのとった行動は正解なのであろうが、

きっとビックリする様な戦いを見せてくれるだろうと思っていたモンにとってイゴットの行動はあまりに以外だった。

しかし今は自分一人しかいない、自分がやらなくては。自分だって逃げてもいいと大口を叩いたのだから。

イャンクックの脚の傷は思ったより深くないらしい、凄まじい勢いでこちらに突っ込んで来る。モンはそれを前転によってすばやくかわし、初撃によって出来た傷を狙って剣を振るう。脚に傷が次々と刻まれていくが、イャンクックは転倒しない。

「あかん、ウチの力が弱過ぎるんや」

今までは数人の新米ハンター同士でチームを組み、互いの力を合わせて互いをフォローしあって飛竜を狩ってきた。自分一人ではこれ程までに力不足なのか。一人でも倒せると思いこんでイゴットに勝負を挑んだ結果がこれだ、己の中にある慢心だった。

普段は晴れ渡った空の様に明るいモンの顔に後悔と不安の雲が立ち込める。

瞬間、モンは突風に煽られた。戦いの最中だというのに意識をそらしてしまった。

イャンクックが翼を振り、風を起こしたのだ。モンは踏ん張りきれずに腰を地面に落とす形で後ろに倒れてしまった。

やられる。モンの強張った顔をイャンクックは愉快そうに見下ろしている。モンには硬い嘴が歪んでニヤっと笑っているように見えた。そしてイャンクックは天を仰いだ後モンに向けて炎の塊を吐き出した。

とっさに両手で体を防御するモンであったが、凄まじい熱量にたまらず叫び声をあげた。

もう逃げることはできないだろう、目に涙が浮かぶ。

嫌だ。

まだ死にたくない。

「イャンクックの装備を身につけていて正解だったな。火傷らしい火傷もねえじゃねえか。いいねえ金持ちはよ!」

突然背後からイゴットの声が聞こえた。逃げたのではなかったのだ、モンにはイゴットの声が希望の光に思えた。モンは振り返ろうとしたが既にイゴットは自分の横を駆け抜けていく。イゴットの腕には支給品として届けられていた小タル爆弾が抱えられていた。 

「あ、あかん! 無茶や!! 小タル爆弾じゃ威力が足らへんよ!」

モンの忠告に耳も貸さずイゴットはイャンクックの足元へ滑り込む。

「テメエは黙って見てろ!ハンターは装備だけじゃねえってことを教えてやるぜ!!」

小タル爆弾はその名の示す通り小さなタルに爆薬を詰め込み、地面に設置して点火起爆するものであり、爆炎とタルの破片によってダメージを与えるハンターのアイテムの一つである。しかしモンの言う通り威力はあまり期待できず、むしろ高威力の大タル爆弾を誘爆させる為に用いられるのだ。それに設置したとしてもイャンクックがその場を移動して距離が離れれば威力はさらに激減するのだが、

「爆弾が脚にくっついとる……」

モンの驚く顔を見ながらイゴットは勝利を確信したように呟く。

「起爆まで後三秒。……ニ、一、零」

爆音と共に小タル爆弾が炸裂した。普通ならタル全体が砕け散る様になっているのだが、この爆弾はイャンクックの脚に吸着した部分のみが破裂した。

タルの破片によって桃色の鱗はズタズタに引き裂かれ、内部の体組織を破壊させ、骨まで露出させた。そしてイャンクックの自重に耐え切れず、食べ終わったフライドチキンの様な脚は鈍い音を立てて砕け折れた。イャンクックは立ち上がろうともがいているが、片足を失った今ではもはや意味が無い。

「骨折の瞬間をナマで見ることになるとはな。うひゃあ、こいつはグロイぜ。そして、いくらハンターナイフがムカつくほど斬れねえ剣でも、テメエの眼は貫けるぜ」

イゴットは逆手に剣を持つとイャンクックの両目めがけて一気に振り下ろした。

「眼の裏側には脳みそがあるらしいぜ、ま、もっともテメエが脳ナシならこの攻撃は意味ねえだろうけどよ」

イャンクックの全身が痙攣したかと思ったら、物音一つ立てずそのまま動かなくなった。

「お、一応脳みそはあったか。脳ナシって台詞は撤回してやるよ。おい、モン! 勝負あり、だぜ」

この一連のやりとりをモンはただ呆然と見ていた。イゴットの呼び声でようやく我に返ったようだったが、裏返ったこえで曖昧な返事をするだけだった。

キャンプに戻り、イゴットとモンはそれぞれの傷の手当てを始めた。傍らではイゴットに命じられてネコ型獣人のアイルー達がイャンクックの死体の回収を行っている。彼らはネコのような外見はしているものの、二足で歩行し人語を解する。主に森にある住み家を拠点にして活動しているのだが、中には人里で仕事に就く者もいるのだ。

「なあ、あの小タル爆弾なんなん? 脚にペッタリくっついて吹き飛ばしてまうような爆弾なんて聞いたことないわ、ウチ」

イゴットの言った通りイャンクックの防具に守られたおかげでモンの受けた傷はたいしたことはなかったようだ。顔色も良く、いつもの明るい表情に戻っている。

「ああ、あれか。小タル爆弾を俺が改造したんだ」

討伐を終えて(勝負に勝って)上機嫌なイゴットは煙草に火を点け自慢げに説明した。

「あのとき俺はキャンプに戻って小タル爆弾を持ってきた。でもな、さすがにあれじゃダメージは期待できねえから、現地調達で色々と材料を集めてな、で、小タル爆弾を解体して内壁の方側にハジケクルミとハリの実を詰め込んでその周りに爆薬を敷き詰める、あとは零距離で爆破出来るようにハジケクルミを仕込んである側の外壁にネンチャク草を貼り付けりゃ出来上がりだ。贅沢言えば、より破裂する力が強いカクサンデメキンが欲しかったんだが、魚釣りしてる暇はなかったからな。あれでよしとしたわけよ。お前がイャンクックの脚に傷を付けてくれたおかげで予想以上に効果あったぜ。っておい、ちゃんと聞いてんのか?」

モンは口を半開きにして、ただイゴットの煙草の煙を見つめているだけだ。

「ああ、ごめん。よう分からんかった。なんやエライごちゃごちゃした話は苦手やねん、ウチ。でもすごいなあ、名づけてペッタリ爆弾やな!」

今度はイゴットの口が半開きになった。煙草が地面に落ちて足元から煙が漂う。

「て、テメエ! 人が真面目に答えてるってのに、それからペッタリ爆弾なんて変な名前つけんじゃねえ! あれは局部破壊爆弾って名前つけようと思ってたんだからよ。なんだよペッタリって……」

上機嫌な勝者がギルドの受付のメイドに鼻を鳴らせて狩の成功を報告する。

メイドから袋一杯に詰まった報酬金を受け取るとアイルーにイャンクックの死体を商人の元に運ぶよう命じた。今回はいい稼ぎになったようだ。

「ちょおっと待って! なあイゴット、こいつの背中の甲殻を三枚だけ頂戴! 三枚あればクックメイルが完成してイャンクックの装備が全部揃うねん」

勝負に敗れた敗者モンが勝者イゴットに泣きつく。

「あのな、勝負の話を持ち出したのはお前だぞ? 負け犬はさっさと消えろよな」

なんだかんだ言っても少しくらい分けてくれるものだとモンは思っていたため、この台詞はさすがに頭に来たらしい。イゴットの胸ぐらを掴んで声を張り上げる。

「なんやて!? ウチが斬り傷つけんかったらペッタリ爆弾も意味なかったんちゃうんか!? それに今回の狩を受注する為の契約金もウチが払ったやんか!! ウチがおらへんかったら、アンタ今も一文無しやったんやで!? せやから甲殻の三枚くらいくれたってええやんか!! ケチケチケチケチケチケチケチケチ!!!」

あまりに大きなモンの声に人々の注目を集めることになってしまった。

なおも叫び続けるモンを黙らせられるなら甲殻の三枚くらい安いものだとイゴットは諦めることにした。

「分かった分かった! やる! やるから黙れ!」

それを聞いたモンは目を輝かせて更に大きな声で喜びを表した。

「ほんまに!? ほんまにくれんの!? やったやったあ!! イゴット、アンタ正直めっちゃムカつく奴やけど、ちょっとだけいいとこあるやん!!」

ピョンピョン飛び跳ねるモンを見てイゴットは眉間に指を当てる。

「正直なのはいいがぶっちゃけすぎだ、お前。ほら甲殻はやったんだからさっさと消えろ」

ありがとうと手を振るモンを背にしてイゴットは商人相手に値段交渉をするべく市場へと歩きだした。

「やれやれ。あの女とはもう関わりたくねえもんだな。甲殻三枚分の赤字は出ちまったたし、何より五月蠅くてかなわねえぜ」

「ち、足元見やがって」

討伐したイャンクックを素材として市場に売りに行ったイゴットであったが、あまりいい稼ぎにはならなかったようだ。

「運良くイャンクックの死体に遭遇できたな、だと? あの節穴野郎が!!」

イゴットの装備を見た商人の印象を考えてみると確かに分からないでもない。

この時代を象徴する弱肉強食というルール、それは即ち力のみが認められる世界であるということを意味する。

力ある者は心から敬意を払われるものだが、そうでない者はイゴットのような扱いを受けてしまうのだ。

「聞いたぜ、さっそくイャンクックを仕留めたらしいな」

いつも以上に目つきの悪くなったイゴットが武器工房を訪ねると、店主はカウンターに身を乗り出して不揃いな歯を見せてイゴットの機嫌を伺ってきた。

「暑苦しい顔面を近づけてんじゃねえ、そんなに飛竜の死体発見の達人様が珍しいかよ」

ハンターナイフより遥かに鋭い視線を店主に突き刺しながら更なる悪言を浴びせようとした。

が、しかしそれは店主の豪快な笑い声に阻まれた。

イゴットと正対すると店主は静かに言葉を紡いだ。

「お前さん俺を誰だと思ってる? 刃こぼれ具合を見ればそいつが剣を何に使ったかくらい分かるさ」

真っ直ぐにこちらを捉える視線はついにイゴットの口を閉ざしてしまった。

武器に頼らず力を示した男とそれを見抜いた男の間に静かな時間が流れて行く。

やがて店主は小さく息をもらすとイゴットに用件を聞いた。

「あ、ああ。

 剣の修理を頼む」

店主の一言が口の封印を解く鍵となり、イゴットは2本のぼろぼろのハンターナイフを差し出した。

一対の相棒を工房の店主に任せたイゴットはこの街のゲストハウスに来ていた。

ここはハンター専用の宿泊施設であり、ギルドに登録されたハンターランクに比例して宿泊できる部屋の位が上がっていくというシステムがある。

「何!? タダで泊まれんのか!? マジかよ!」

このゲストハウスの最下位にあたるポーンルームという部屋の宿泊費はイゴットがこの世で最も愛する言葉である「無料」であった。

部屋に通されたイゴットは無料で泊まれることの意味を知ることになる。

木製のベッドはイゴットの脚が飛び出るほど小さく、飛び乗ったら敷布団に早変わりするほど貧相な作りだ。試しにゆっくりと座ってみると煙と見紛う程の埃が舞い上がった。

そして藁が散乱している床には、この部屋の真の主の姿があった。

「豚と相部屋かよ。

いいサービスじゃねえか。……クソっ!」

とりあえず“最高の”サービスの礼とばかりに蹴りをプレゼントしてやった。

普段ホテルというものは疲れを癒す場所であるはずなのだが、この部屋に来て疲れは倍化したように感じる。

豚をいじめても仕方が無いのでイゴットは寝ることにした。

「このやろ、ベッドの上に来るんじゃねえ!!

 なんでクソ豚と一緒に寝なきゃなんねえんだ!!」

どうやらいい夢は見られそうにないようだ。

酒場とゲストハウスのポーンルームを除いて、夜の静寂が訪れる。

端が少し欠けた月が夜空を舞い、虫達がそれを称える歌を奏でた。

そして星達がいつかは月の様に大きく明るく輝くため力強く体を輝かせ、夜空を美しく彩っていく。

やがて端が少し欠けた月が夜空を舞うのに疲れて大地に横になったとき、紅く映える山の峰から再び太陽が世界を覗き込んだ。

そしていつも通り鶏達と朝の挨拶を交わすと、眼下に見える全ての窓へと手を伸ばした。

目蓋越しにちらつく朝日でイゴットは眼を覚ますと、豚の侵入を阻むべく小さな棚やテーブルで作ったバリケードを解いて大きく伸びをした。

「腹減ったな」

そういえば昨日から何も食べてなかった。

朝食が来るのをベッドに腰掛けて待つことにしたが、一向に来る気配がない。

そうして空っぽの胃袋が上げる悲鳴に耐え切れなくなった頃、イゴットはあることに気づいた。

「タダで泊まれる代わりに飯とかは自分でやれってことか……」

やれやれと道具袋から肉焼きセットを取り出すと、少々フラつきながらゲストルームの中庭に出て朝食の支度を始めた。

「お、イゴット!! 朝早いんやなあ」

背後から聞こえるこの独特の口調は振り向かなくても誰の物か分かる。

「なあなあ、これ見てや。全身イャンクック装備やで!」

桃色の鎧を纏ったモンはイゴットの正面へ来てクルクルと回ってみせたが、イゴットは見向きもしない。

ただひたすら肉を焼き続けていた。

「もう、無視せんと、ちゃんと見てや!!

何か言うことあるやろ? 似合ってるぜ、とか」

肉越しにモンが色々とポーズをとっては何か喋っている。

「うっとおしんだよ、お前! 集中して肉焼いてんだ俺は。

目の前でチョロチョロされたら気が散るだろうが!!」

イゴットが怒鳴るとモンは急に大人しくなった。

肉汁が火に炙られて食欲をそそる音が聞こえる。

そろそろ頃合いだと唾を呑んだイゴットだが脳裏に疑問がよぎった。

何か妙だ、あの飛竜よりも五月蝿い女が一喝したくらいで黙るものだろうか。

「なあイゴット、それって……」

モンの視線はこんがりと焼けた肉に固定されていた。

モンを黙らせたのは肉汁溢れるこの朝食だったのかと溜め息をついた。

「……やらねえぞ、これは。

そんな怖え顔したって無駄だぜ。俺は昨日から何も食ってねえんだからな」

しかしそれはイゴットの勘違いだった。

確かにモンを黙らせたのはこんがりと焼けた朝食なのだが……。

モンは体を小刻みに震わせ唇を開くと土石流のように言葉をイゴットに浴びせた。

「何豚ちゃん焼いてるねん!!

あんなにカワイイ子を焼き殺すやなんて、アンタ人間ちゃうわ!!

絶交や! アホ!!」

何が言いたいのだろうかと、イゴットは口を開けて見ているだけだった。

「何とか言ったらどうなんや!!」

身に着けた鎧の効果もあってか怒っているモンは小さなイャンクックの様に見える。

「よく分からねえんだが、この豚はセルフサービスで食えってことで部屋にあったんじゃねえのか?

現に朝飯はいつまで経っても来やしなかったぜ?」

それを聞いてモンは今にも炎を吐き出しそうな勢いでさらに怒鳴る。

「朝飯は呼び鈴鳴らしてニャンコに持ってきてもらうもんやろが!!

下手な言い訳はせんでや!!

それにアンタは人として最低の行いをしたんやで!

少しは反省の態度を見せや!!」

呼び鈴なんて物があったとは……、おそらくバリケードを作っているときにどこかに落としてしまったのだろう。

ゲストハウスの利用法などハンターにとってもはや常識なのでボーイは一々説明などしないのだろう。

これがいつも野宿をしているイゴットに災いしたようだ。

「とにかく! 早ようその豚ちゃんのお墓作って供養しいや!

それからウチが泊まってる部屋には近寄ったらアカンで!

ウチの部屋の豚ちゃんまで焼き殺されたらたまらんわ!

えっと、それから、その、イゴット!!

絶対許さへんからな!! アホ!!」

言うだけ言うと黒髪のイャンクックは走り去って行った。

「余計な邪魔は入ったが、美味い朝飯だったな」

食事を済ませ、イゴットは酒場へとやって来た。

今日も狩りの依頼を受けようと早速ギルドの受付へと向かったが、どうやら取り込み中のようだ。

「で、その最高ランクのハンターの実力は?」

左右のバランスが極端に悪い鉄の鎧を纏ったハンターが話をしている。

「はいライセ様、お答えしますわ。

彼のリオレウスの討伐数はそれはもう凄まじいもので、巷では“火竜殺し”と呼ばれている程です。

今まで彼ほどリオレウスを狩ったハンターはいないでしょう」

自信たっぷりに受付嬢は答えた。

しかしそれを聞いてライセと呼ばれた男の顔色が曇った。

「リオレウス、か。

俺が依頼したいのは鎧竜グラビモスの討伐なんだ。

いくらリオレウスを狩ったとは言っても……」

火竜リオレウスは大空を自在に駆け素早い動きで獲物を捕らえるタイプの飛竜であり、

方や鎧竜グラビモスは言わば要塞のような飛竜である。

リオレウスを遥かに超える強固な甲殻は溶岩の中でも活動が出来るほどだ。

そして体内からは特殊なガスを噴出させ、吸えばたちまち意識を失ってしまう。

さらにはグラビモスの口から放たれる強力な熱線は盾も鎧も一瞬で灰にしてしまう為、防御する術は存在しない。

「俺に任せな! ただし報酬ははずんでもらうぜ?」

突然イゴットが割り入った。

「そのアンバランスな鎧のデザインからして、ガンナーなんだろ、アンタ。

さすがにあの熱線とボウガンで撃ち合いはしたくねえわな」

男がイゴットを見る。

鎧は着けていないし武器も持っていない、どこから見てもハンターとは思えない。

目の前の一般人と何ら変らないハリネズミのような頭の男について受付嬢へ答えを求める。

「ええと、こちらはイゴット様です。 

その、昨日登録されたばかりの新人ハンター、です」

ばつ悪そうに受付嬢が答えた。

「新人に用はない。他を当たれ。

それで、グラビモスを狩るのに最も適した人材はいないか?」

イゴットが自分だと主張したが男は無視して受付嬢を促した。

「……そうですね、“火竜殺し”を超えるハンターはたった一人だけです。

彼は“耳鳴りの男”と呼ばれていまして、どんなモンスターでも一撃で倒す凄腕の剣士なのだそうです。

ですがそのハンターは非公式のハンターでして、当ギルドには所属していません」

その“耳鳴りの男”はどこかという問いには明確な答えは得られなかった。

彼の所在を知るには直接ハンター達から情報を得る他にないのだろう。

「“耳鳴りの男”に会いたいなら工房の入り口に依頼書を貼って待つしかないぞ」

一連のやり取りを聞いていたのか、紅い鎧に身を包んだ熟年のハンターがライセに話しかけてきた。

「あの男に関しての情報はこれだけだ。

すまないが私も狩りの受注がしたのだが、通してもらえないか?」

ライセは短く礼を述べるとその場を去ろうとしが、受付嬢がすぐに引き止めてしまった。

「お待ちください、ライセ様。

こちらの方こそ当ギルド最高のハンター、ユキザネ様です。

この方の実力なら件のグラビモスも簡単に討伐できることでしょう」

商人魂とでも言えばいいのか、非公式の“耳鳴りの男”に依頼をされたらギルドに紹介料が入らない。

火竜殺しのユキザネなら最高ランクということもあって、かなりの紹介料が取れる。

なんとかライセとの契約を結ぶため、ここで帰す訳にはいかない。

「ユキザネ様、残念ながら本日は火竜リオレウスの討伐依頼はありません。

ですので遠方より来られたライセ様の依頼を受けられては下さいませんか?

ライセ様は腕の立つハンターを探してこの街へいらっしゃったのです。

当ギルドとしてはユキザネ様を推したい所存なのですが……」

なんとしても契約をというギルドの執念、力のあるハンターをというライセの執念、

そして火竜討伐にかけるユキザネの執念、この緊迫した状況の中である人物がその均衡を破ってみせた。

「なるほど……、変種のグラビモス、ね。

あらゆる攻撃を弾き返す黒色の甲殻に、可燃性のガスを噴出すると来たか」

イゴットだ。

先ほどから大人しく事の成り行きを傍観しているのかと思ったら、いつの間にか依頼書を手にしていた。

「お前、それは俺の……!!」

カウンターに置いていたはずの依頼書が突然イゴットの手に渡っていた。

「こいつは正式な依頼書だな。

へへへ、悪いが手柄は貰ったぜ」

常識では考えられないことをいとも簡単にやってのける。

「“耳鳴りの男”は工房に行けば会えるんだったな。

情報、感謝しとくぜユキザネさんよ」

ヒラヒラと依頼書を揺らしながら不適な笑みを浮かべるイゴットに二人のハンターが食らいつく。

「さっさと返すんだ!

その依頼は俺が最後まで努めると決めたんだ!!」

「分をわきまえろ!

新人ごときが戦える相手ではないぞ!!」

飛竜ですら逃げ出さんばかりの剣幕の二人をイゴットは軽くあしらった。

「そうはいかねえよ。この依頼はすでに俺が受注しちまったからな。

まあ、どうしてもと言うんなら連れて行ってやらなくもねえぜ。

ああ、それからライセ。契約金はお前さん持ちだ」

すでに依頼書の受注者の欄にイゴットの名が記されており、ライセは従う他になかった。

一方ユキザネは自分と同じギルドの新人を見殺しには出来ないと同行を決意した。

かなり強引で反感を買うやり方であったが、イゴットは今回も無料で狩りに出発できるようになった。

「その凄腕さんの名の由来がもし俺の想像通りなら……」

上機嫌の新米ハンターと鬼の形相のハンター3名は工房へと足を運ぶことにした。

装備の手入れと、そして“耳鳴りの男”に会うために……。

「へっ、こいつは楽しくなりそうだぜ」
2005年08月16日(火) 11:24:46 Modified by funnybunny




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