Dragon's Sanctuary 第三話

作者:揚げ玉




Dragon's Sanctuary 第三話


 火山から吹き上がる煙が空を覆い、一帯は陽光が届きにくい。だが一方で、溢れる溶岩は光を発し、空は不気味な光によって彩られている。
 火山はいつまでも活動を止めず、その熱が一体を覆っていた。
「目標はここの山頂。手ぶらで六時間、火薬岩持って半日の道程だ」
ディグニティが指差した薄暗い山頂は、マグマの活動のせいで明滅して見える。うなずいた三人は、ディグニティの後を追って山頂を目指した。

 突然の申し出だった。
「ディグ、いい加減つけが溜まってるんだから、ここら辺で返して頂戴」
嫌々ながらうなずいたのは、ディグニティだった。
 酒場で悠然と杯を煽っていたディグニティの表情が、突然にが虫に噛り付いたような表情へと変化した。都合よく忘れていたその事を、ベッキーに催促されて思い出してしまったのである。
 近頃は山奥にこもっていたため、新たなつけが発生する事もなかったのだが、これまで溜め込んだつけが結構な額になっていたらしい。
 結局、ディグニティはベッキーからの申し出を引き受けた。これまで溜め込んでいたつけを、労働で返す事になったのである。
 街やギルドで使用される、可燃性の鉱石が残り少なくなっているのだという。つけの代わりにそれを採掘して来いというのだ。
 爆薬として使用されるこの鉱石は、極めて振動に弱く、僅かな衝撃で爆発する性質を持っている。ゆえに、この鉱石の採掘には危険物の取り扱いに長けたハンターが当たる。彼らが危険物に慣れているというだけの理由では無い。その鉱石自体が、モンスターの巣窟の中にあるのだ。
 誰もが嫌がる依頼である。人間の子供ほどもある鉱石の塊を持ち上げ、両手が塞がれた状態でモンスターの巣窟を駆け抜けなければならない。まして、その鉱石は衝撃によって爆発するのだ。もしもモンスターに襲われでもしたら、鉱石は爆発し、再び採掘の可能な場所まで戻らなければならない。爆発によって、ハンター自身が死傷する危険もある。好んでこの依頼を引き受ける者など、どこにもいなかった。
 当初、ディグニティは一人でこの依頼を引き受けるつもりだったらしい。それを止めたのはクラスターである。彼は自らも同行する旨を告げ、さらには隣にいたカノンも同行させるように頼み出たのだった。
「ああ、別に構わないぜ」
ディグニティがうなずく。
何事にも口うるさく、慎重である事を説くクラスターが、何故今回に限ってカノンの同行を申し出たのだろう。まだカノンには早い、そんな言葉が返ってくると思っていたのだ。彼女はその事をクラスターに尋ねた。
「ディグがいるから。何があっても大丈夫だよ」
との事である。
 その信頼は何処から来るのだろうか。ディグニティを手放しで信頼するクラスターへ、カノンは嫉妬を覚えたほどであった。

 今回の狩りのメンバー三名が決定した時点で、カノンにもう一名の心当たりがあった。一人で行くつもりであったのだから、ディグニティなどはパーティの頭数が三名でも一向に構わないといった様子である。
だが、こういった危険物などを運ぶ、いわゆる運搬物と呼ばれる依頼は、人数が多い方が依頼の難易度が下がるのだ。人海戦術で一気に運搬を済ませてしまうのが良いのである。
 カノンが声をかけたのは、先の依頼で同行していた女性であった。たまたま酒場に居合わせていた彼女へ、今回も同様にカノンが声をかけたのだ。
「ええ、構わないですよ」
こうして四名は火山地帯へ、火薬岩と呼ばれる可燃性の鉱石を採掘しに向かう事となった。

 現地に到着した一行は、さっそく支給された地図に目を通した。全ての依頼は、依頼の拠点となる小屋の傍から開始する事になる。ハンターズギルドの管理するこの小屋には、寝泊りが出来るというだけでなく、地図や応急薬などを置いた支給品ボックスと呼ばれる箱が据えらている。
 ボックスの中から地図を受け取った一行は、地図の上に瞳を這わせていた。
 小屋のある麓から山腹を貫く洞窟を抜け、山頂付近の出口に達すれば、火薬岩の採掘される山頂は目と鼻の先である。
 地図を追いながら、ディグニティが幾つかの注意点を告げた。途中、ブルファンゴという猪状のモンスターの生息地が存在する事。決して単独行動を取らぬ事。洞窟の入り口で、もう一度準備を行う事。
 それだけを簡単に説明すると、ディグニティは勢い良く走り始めた。
 駆け出したディグニティの背が、右に左に揺れる。燃える様な炎色の髪が、揺らめいて陽炎のように見えた。
どういうわけか、ディグニティはガンナー用の鎧を身に付けていた。しかも極めて初歩的な、ランポスレジストという鎧である。本人曰く、単に格好いいからだそうで、確かに腰にはく灰色の見慣れぬ防具と相まって、彼自身に非常によく似合って見える。
 何故、ディグニティはそんな装備に身を包んでいるのだろうか。装備もそうだが、性格もまた不思議な男である。つかみどころの無い性格であった。
「凄い……一度も剣を抜いてないなんて……」
ブルファンゴの生息地を駆け抜けた時、同行する女性が感嘆の声をあげた。
 一度も剣を抜く事無く、ディグニティはモンスターの生息地を駆け抜けた。ある時は気付かれぬ様、またある時はその脇を駆け抜けて。そうやって、彼はブルファンゴの群れをやり過ごしたのである。
「無駄な狩りはしない。倫理的にも、体力的にも、効率的にも、それは間違っていない」
背中の大剣を揺らしながら先頭を行くディグニティ。その背後にはボウガンを背負ったカノン、その後ろに片手剣を持った女性、最後尾にハンマーを腰に差したクラスターがついている。そのクラスターが、前方を行くディグニティを見詰めながら評したのだ。
「超一流である、紛れも無い証拠だよ」
ディグニティのお陰なのか、一向は洞窟の入り口まで一度も剣を抜く事無く、無事に到着した。
 灰色のゴツゴツした岩山に、ぽっかりと口を広げた洞窟の入り口。闇色の洞内は、灰色の巨大な魔物が口を開いたように見える。
 ここに来て、一度も背後を振り返る事のなかったディグニティが一同を見渡した。
「ここで全員クーラーを飲め。効果は半日弱。もしも途中でクーラーの効き目が切れそうになったら、火薬岩を叩き落として次のクーラーを飲め」
二人の女性を見ながら、ディグニティはクーラードリンクを口にした。
 ハンターがパーティを組む時、大半のハンターはパーティ内で最初にクーラードリンクを飲むのを嫌がる。クーラードリンクとは、命を繋ぐ飲み物である。身を焼きかねない過酷な環境の中で、体中から皮膚を冷却し、火傷を防ぐために作られた飲み物である。火山の火口の様な場所で、この効果が切れたのなら、それほどの長時間を要さずに灰となる事が出来るだろう。
 ゆえに、パーティはこの効果の継続時間を目安にして行動を決める。だがそれは、全員の効果の平均時間が目安となるのだ。火炎の中で進むにしろ、退くにしろ、クーラードリンクを始めに飲んだ者は、すなわち真っ先に命が燃え尽きる可能性がある。
 パーティが無理をした時ほど、それは顕著に現れるのだ。だからこそ、そんな役回りを買って出る者はいない。たいていの場合、クジに頼るのが常となるのだった。
「じゃ、俺も」
ディグニティから間を置かずに、クラスターが倣う。それを見たカノンが慌てた様子でクーラードリンクを飲み干した。
「……クス」
カノンの様子に微笑みながら、その女性もまたクーラードリンクを口にする。
最初にディグニティがクーラードリンクに口を付けてから、時をおかずに皆が飲み干した事になる。
「よし。行くぞ」
山がぽっかりと広げた黒い口内へ、ディグニティが足を踏み入れる。これといった気負いも無く、まるでミナガルデにある酒場の洞窟へ入るのと変わらない様子だった。
「よ、よし!」
洞窟が呼吸をするかの様に、定期的に空気が出入りしている。吸い込まれる様にして風が洞内へ取り込まれ、対して、本当に呼吸されたのでは無いかと思える生暖かい風が吐き出される。この禍々しい洞窟に飛び込むにあたり、気負うなという方が無理であろう。ディグニティとは異なる、至って普通の反応を示したカノンが、躊躇しながら洞内へ向かった。
 細くなった入り口からしばらく進むと、ドーム状に開けた巨大な空間に出る。
 洞内は意外なほどに明るい。
 いや、暗いのだ。
 入り口も狭く、果てる事の無い様に見える洞内は、深い闇に閉ざされている。
 と同時に、眩しい。
 それは陽によるものではなく、火によるものであった。臓器の蠢きの様な鳴動、気泡が破れる粘的な破裂音。それらを溶かし込んだ赤熱が、この洞内で活動をしている。
 マグマ。
 それは大地から溢れる、大地の血液ともいうべきマグマであった。
「……すごい……」
少し離れると、前を行く人間が黒く炭化してしまう。マグマの発するムラのある光が、強い光と闇を交互に投げ掛けてくるせいであった。影に取り込まれた人間は、まるで焼けて炭化した様に黒く見える。
 すさまじい熱気だった。血中に回り、絶えず肌を冷却してくれるクーラードリンクが無かったなら、恐らく全身の皮膚が焦げ始めているだろう。
「迷ったら溶けるまで焼かれるぞ。絶対に離れるな」
先頭を行くディグニティの声が、カノンの元へ届く。
 延々と続くゴウゴウという大地の燃える音が、ディグニティの声をも焼いた様な錯覚に陥りさせる。耳に入るものまでも、いや、感じるもの全てが、この洞窟の中では熱されて感じる。
「離れるとイーオスと人間の影を見間違うことがあるから。前を行く影の形を確かめておくんだ」
背後から吹き付ける熱風と供に、耳に入り込んでくるのは最後尾のクラスターの声である。山腹を抜く巨大な洞窟は、巨大ゆえに細かに入り組んだ構造はしていない。洞窟全体を通し、出口側へ駆け抜けるまでに幾つかの分岐を経るのみである。
 だがそれは、道順を誤ると後戻りに多大な時間を要するという事でもある。道を戻る際にクーラードリンクが底を突いてしまえば、残るは溶け死ぬしかなかった。
「わ、わかったわ」
イーオスという小型の肉食モンスターがいる。
 熱帯や山地に住むモンスターであり、その赤黒い体皮と、斑上に浮かんだ黒点が特徴である。身長は二メートル弱と、モンスターにしては小振りであった。ハンターにとっては比較的組し易い部類に入る。無論、一対一の状態であれば、の話であるが。
 しかし、この洞内において二本足で歩き回る彼らは、不確かな光源に相まって、人間の姿と間違えやすい。彼らを人間と見誤れば、それは文字通り死への水先案内人になりかねなかった。パーティからはぐれて一人になった人間など、クーラードリンクの効果の終焉を待たず、イーオスの群れに食い殺される事だろう。
「後二・三時間で洞内を抜ける。剣は抜くな。イーオスは無視しろ」
走り続ける一行の前方から、声が掛けられる。
ディグニティであった。この洞内でイーオスとの乱戦になれば、はぐれる可能性は否応無く増す。ましてや、一秒を争って山頂へ辿り着きたいのだ。ここで剣を抜くような真似はしたくない。
「……?……」
洞窟を駆けるカノンが、ふと、脇に流れるマグマの河へ視線を向けた。一度だけ首をかしげると、彼女は足を速めた。
 何か視線らしきものをそこから感じたのだ。
 だがそれが気のせいだと思う事に、無理は無かったであろう。
 何しろマグマの中から視線を送る生き物など、いようはずが無いのだから。

 道案内は見事といわざるを得なかった。道案内という大まかなものではなく、それは足案内と言うべきであったろうか。洞内に踏み込んだ者へイーオスが振り向く時間、彼らが飛び掛ってくるタイミング、それら全てをディグニティは計算していた。その上でたどった足取りは、緻密を極め、相変わらず一行は剣を引き抜く事は無かった。
「抜けたか……」
洞窟を抜けたディグニティは、マグマの流れる河を眺めながら、感慨の浅そうに呟いた。空を揺るがす火山の鳴動も、照り付ける凄まじい熱気も、彼には何の面白みも与えないらしい。
 実際、ディグニティにしてみれば数百回と辿った道である。時に礼儀すら知らぬ未熟なハンター達と、時に道に迷い傷付いたハンターを背負いながら。心得を知らぬハンターのために、自らのクーラードリンクを与え、肌を焼きながら生還をした事もある。
 そのディグニティにとって、今回の道のりなど酷く容易いものであった。まして今の最後尾には、彼が望みうる最高の仲間の内の一人がいてくれる。これで手間取るはずも無かった。
「これから山頂まで登り、その後は一気に山を降りるぞ」
明るい。
 山の麓からはあんなに薄暗かった山頂が、こんなにも明るい。紅色の熱が辺りを照らし、風に乗って漂う煙がそれらを乱反射させていた。奇妙な光源と奇妙な光が、一帯を照らしている。河となって流れるマグマが、格子状に山の表皮を覆っているのだ。
「先導は俺がやる。尻はラス、お前がやれ」
登ってきた時の順番と変わらず、下山も同じ順番で行なう事となった。けぶる熱気を押し分け、ようやく辿り着いた山頂で、ディグニティが剣を研ぎ始める。一行も荒い息を整えながら、黙々と下山の用意を始めた。
 カノンだけが、ややまごつきながらそれに倣う。
「無理はしなくて良い。失敗してもまた登り直せば良い。死んでしまえばそこまでだから」
クラスターがカノンの様子を見ながら小さくうなずく。分かってる、彼の言葉にそう言いかけて、カノンが首を振って返した。
 自分が失敗したとして、だがクラスターは微笑みながら再びこの山を登るだろう。彼が自分を責めるなどとは元から考えていない。だが、必要な事はそれと異なる。
 自分が、ハンターとして、一人前である事を示さなければならない。クラスターの友人の前で、何としてもそれを示さなければならない。自分がクラスターに相応しい女である、と。
「……」
悲壮な決意と供に、カノンがディグニティを睨みつける。一瞬の躊躇の後、次いで応えたのは彼の口元であった。
 はっはぁ〜……ん?
 声にならない声が、ディグニティの口元の皺になって発せられた。
「おい、ラス。誰もはぐれさせるなよ?」
意地の悪い微笑を浮かべながら、ディグニティが研ぎ終わった大剣を背中に背負う。その彼の声に、クラスターは生真面目にうなずいてみせるのだった。
「……よし、準備は良いみたいだな。行くぜ?」
この火山の山頂には、特殊な岩が転がっている。衝撃によって爆発するという奇妙な岩。そしてそれは、様々な機械を動かす動力となる岩である。
 火薬岩。
 ハンターらは定期的に、この極めて取り扱いにくい岩を火山まで取りに向かう。それは街を、そしてハンターズギルドを運営する上で、貴重な資材となるからだった。だが、これがまたハンターらに忌避される仕事でもある。
 何しろ過酷な道のりを山頂まで登り、そして帰りは人の子供程もある大きさの火薬岩を両手に抱えて下山するのだ。この岩は衝撃に弱いため、落とす事はもちろん、地面に置く事すら出来ないのである。つまり下山するまでの数時間、両手でこの重い岩を抱えながら、ひたすら歩き続けなければならなくなるのだ。
 まして、ここはモンスターの住まう辺境の土地である。武器も扱えず、のろのろと歩く彼らは良い餌になりかねない。
「麓で会おう」
剣をカチャリと鳴らして、ディグニティが駆け始めた。
 そこで必要になるのが、ディグニティの様な囮である。囮役のハンターは、後続の火薬岩を抱えたハンターらが通るであろう、麓への帰路のモンスターを端から切り捨て、かつ騒ぎを聞いて駆けつけてくるモンスターらの注意をひきつけるのが役目であった。いうなれば戦場での一騎駆けに似ている。
「……」
二人が火薬岩を抱え上げるのを確認しながら、クラスターがディグニティの背を見送った。
 では、火薬岩を運ぶ後続のハンターが楽かといえば、決してそうでは無い。どんなに先行の囮役が優秀であっても、一匹や二匹のモンスターは必ず後続に注意を向けてくる。彼らは襲い来るモンスターの中を、文字通りかいくぐりながら下山しなければならないのだ。後続ではなく、先行する囮役を好むハンターがいるのもこのためである。

囮好きの男は彼氏に
後続好きの男は旦那に

 女性ハンターの間で囁かれるこの言葉は、少なからず彼らの適正を言い当てている。囮役を買ってでるような活発で男気があり、翻って向こう見ずな男は、一緒に色々な所へ遊びに行く彼氏に調度良い。対して、後続を選ぶような地道な、そして地味な男は供に家庭を築くには堅実で良い。
 その言葉には、そんな意味が込められているのだった。ディグニティの背を見送った後、カノンがクラスターに向けた奇妙に深いうなずきは、何かを考えての事であったろう。
「さぁ、行きましょうか」
黙々と作業をしていたもう一人のハンターが、微笑みながら二人を促す。
「よしっ」
口を一文字につぐんだカノンが、彼女に応じる。クラスターは相変わらずのマイペースで準備を進めていた。
「出発よ!」
こうして三名の後続が山頂を出発した。
2005年09月17日(土) 21:04:45 Modified by orz26




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