Dragon's Sanctuary 第四話

作者:揚げ玉




Dragon's Sanctuary 第四話


「……で? どうしてお前が火薬岩を持ってないんだ?」
火山の麓にある、納品ボックスと呼ばれる箱の前で、ディグニティは両腕を組んで仁王立ちしていた。
 特殊な素材で作られたこの箱は、あらゆるものの衝撃を吸収できるという。箱の中に、火薬岩を置いても爆発しないのはこのためである。合図さえ送れば、ハンターズギルドに業務委託された、アイルーと呼ばれる猫型のモンスターがこれを運搬してくれるはずだった。そこでクエストは達成されるのだ。
 既に箱の中には二つの火薬岩が収められ、残すところクラスターの持つ分で依頼は達成される。
 はずだった。
 それを納品するはずのクラスターの手には、何も持たれていなかったのである。
「マグマの中からグラビにレーザー吐かれちゃって……。慌てて逃げたから落としちゃった」
二人の女性は既に箱への納品を済ませ、残る火薬岩の納品はクラスターのみである。だが、彼は申し訳なさそうに丸まり、ディグニティの前で恐縮し通すのだった。
「グラビモスだぁ!?」
足のつま先で地面を突いていたディグニティは、クラスターの様子を見て、つま先に溜め込んでいたものを爆発させた。
「そんな奴殺せ!!」
蹴りつけた地面と供に、飛び上がった砂が宙を舞う。
 決して、ディグニティは狭量な人間では無い。わざわざ一つ二つの失敗を責め立てる人物でも無い。もしも火薬岩を落としたのがクラスターでなければ、彼は何も言わずに自ら山頂まで登りなおした事だろう。
 だが、火薬岩を落としたのはクラスターなのだ。
「違う! ラスは私の……」
「良いんだ、カノン」
「火薬岩運びの副業ごとき、しくじるんじゃねぇよ!」
クラスターは信頼する仲間であり、その腕を見込んだ男である。
 ディグニティにとって、クラスターの失敗は自らの失敗に等しい。だからこそ、自らを叱咤するのと同じ様に、彼にも厳しく当たるのである。
 お前ほどの者が何をしているのか、と。
「お前はもう一度山頂へ行って岩を持って来い。そっちのお嬢さん方はラスの護衛をしてやってくれ」
ヴォン。
 今しがたまでモンスターの血を吸っていたディグニティの大剣が、再び音を立てる。微かに帯電したような、電気が走ったような、大剣はそんな奇妙な音を発した。
 ディグニティはそれきり何も言わず、一向に背中を見せる。そのまま、彼はその場から駆け去ってしまった。
「……ごめんね、ラス。私のこと、庇ってくれたんだよね? あんなに言われちゃって……ほんとはラス凄く強いのに……ごめんね」
カノンは、マグマの中から奇妙な物音を聞いた。その脇を通り過ぎようとした次の瞬間、すぐ傍で猛烈な閃光が巻き起こったのだ。
 その光は閃光玉という、凄まじい光を放つ道具によってもたらされたものである。ハンターの使う目くらましの道具であった。
 カノンはマグマの中から何かに狙われていたのだ。それを察したクラスターは、彼女を助けるために自らの火薬岩を投げ捨て、マグマの中へ向かって閃光玉を投げつけたのである。
 その後、クラスターはカノンらのすぐ脇について走り、周囲を警戒し続けてくれたのだ。
「いや、良いんだ。それに、ああ言ってくれるのは、ディグとヘクターぐらいだから」
失敗を責められるのは恐ろしい事である。責められる方は反論も許されず、その責めが終わるまで謝罪を続けなければならないのだから。
 だが、更に恐ろしいのは、何も言われない事である。次に出会った時、再び何も言われず、まるでその人間が存在していないように扱われる事こそ、さらに恐ろしい事である。腹の底に不満を秘めたまま、それを相手にぶつけようとはぜず、仲間内でそれを披露し合う。それこそが最も恐ろしい所業である。
 ディグニティはクラスターに不満をぶつける。だがそれは、彼が本来ならば成せたであろうものを失敗した際にぶつけるのである。彼ならば乗り越えられるであろうものに対して、不満をぶつけるのだ。
その裏には期待と信頼がある。
だからクラスターはその事に対して何も言わないし、ディグニティもまた容赦をしないのだ。
「それより、もう一度火薬岩を運ぶから、二人に援護をお願いできるかな」
そう言い終えると、クラスターは大きく息を吐き出し、改めて頭を下げた。再び顔を上げると、視線は吹き上がる噴煙を射抜き、真っ直ぐに山頂を見定める。
「もちろんよ」
カノンのうなずきに、もう一人も倣った。
 昼間でも噴煙が空を覆い、遮られた陽によって山頂は薄暗い。だが逆に夕刻であっても、蠢くマグマの光によって、山頂は照らされ続けている。
 下山を終える頃には夜になっているはずである。光が確保できる土地とはいえ、出来るだけ夜間の行動は避けたい。火薬岩運びは、これがこの日の最後のチャンスだった。
「本当にラス一人でいいの? 私も持とうか……?」
カノンが覗き込んだクラスターの顔は、普段の彼とは違う表情をしていた。
 端正な顔立ちに浮かぶ覚悟。しっかりと前を見据える眼光は、けぶる山頂でも輝きを失わずにいる。
「二人とも一度運んで疲れているはずだから。大丈夫。今度は必ず運んでみせる」
クラスターの決意が固いのを見て、二人は彼の前後に立って護衛をする事となった。
 先刻、ディグニティが蹴散らしたモンスターの死体を餌にして、今頃は別のモンスターが集まっている頃である。道のりは先程よりも険しくなりそうだった。
「では、行きます」
走り出した女性の後を、クラスターが火薬岩と供に追走する。最後尾を守るのはカノンであった。
 火口から登るマグマの鳴動が、不気味な振動を一行の肌に伝える。瞳には気化したばかりの水蒸気がまとわりつき、耳には熱された空気が入り込んでくる。五感が火山によって妨げられるこの土地で、周囲への警戒を続けるのは想像以上に体力を消耗する。まして地面へ置く事の出来ない、重い荷を抱えたままであれば尚更であった。
「ここ……」
先刻下山した時と、現在では明らかに火山の様子が違う。
 方々からモンスターのうなり声が聞こえ、時折噴煙の向こう側に動く影が見え隠れする。こちらに気付かれれば、たちどころに狙われるだろう。三人は不自由な空間で、出来るだけの警戒を行なっていた。
「あのディグニティって人……これを全部切り伏せて行ったのね……」
先頭を行く女性が苦笑を見せた。行けども行けども続く火山は、時に同じ道を進み続けているように錯覚する。こんな道を迷う事無く、たった一人で、しかもモンスターを切り伏せながら駆け下りたディグニティ。彼女はその実力に感嘆せざるを得なかった。
「!?」
驚き。
 それよりは、懸念が的中した時の諦め。
 イーオスである。
 岩陰から現れた数頭のイーオスが、こちらに向かって一斉に唸り声を上げた。そしてそれは、そのまま仲間への合図になっているはずだった。
 ついに一行は、イーオスに見つかったのである。
「ラス! 走って!!」
ボウガンを構えながら、カノンが叫んだ。彼女のもつ銃口は、既に最初の唸り声を上げている。
 赤色の小型モンスター、イーオス目掛けて初弾が命中した。
「……」
カノンの言葉通り、ここは真っ直ぐ下山するべきである。二人をおいて、クラスターはわき目も振らず火薬岩を運ぶべきである。
 そう、血に飢えたモンスターの中に二人を捨てて。
「行ってください! 貴方がいつまでもここにいたら、こちらも戦いにくくなります!」
護衛する側も、護衛対象がモンスターの群れから離れてくれた方がやりやすい。思う存分武器をふるい、翻ってさらに多くの敵をひきつけることが出来る。

ブオォオオオ

 その女性が腰につけていた角笛を吹き鳴らした。高々と響き渡る音。それは遠方のモンスターの耳にも入る事だろう。クラスターの代わりに、彼女はまさに生きた的となったのである。
「今のうちに!」
もはや躊躇は出来なかった。
 そうまでして作ってくれたチャンスを、ここで逃すわけには行かない。集まり始めたモンスターの中で、火薬岩をのろのろと運ぶクラスターは、ただの足手まといに過ぎない。
だが、それでも。
「大丈夫。この笛、案外縁起物なんだから」
それでも二人の身を案じようとするクラスターを察したのか、使い込まれてぼろぼろになった角笛を、彼女が愛おしそうに一撫でした。
 自分達は大丈夫だと言いたいらしい。
 後ろではカノンがVサインを作って見せている。
「麓で待ってる」
たとえ身が焼け焦げようとも、この火薬岩だけは必ず麓に届けよう。クラスターは一層足を速めた。
2005年09月23日(金) 08:30:42 Modified by orz26




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