Dragon's Sanctuary 第十一話

作者:揚げ玉




Dragon's Sanctuary 第十一話


 炎熱の砂漠。
 じりじりと周囲を焼く光は、それが生物の上であろうと、無生物の上であろうと、容赦はしない。全てから等しく生気を奪い、等しく死を与える。
 無論、それが孤独な旅人であろうとなかろうと、何かが変わるものではなかった。
「……」
ミナガルデを出るその日の最終竜車に、アキは乗り込んだ。
 目指すのは北である。
 どこか、どの辺りなのか、そんな事は分からない。とにかく北を目指しつつ、道すがら情報を集めるつもりでいた。
「……」
黙々と進むアキの足元に、目の細かい砂がまとわり付く。砂に足が潜り込む音は、脚が焦げる様な印象を伴って耳に潜り込んで来る。熱い炎の中で、水が消え去る間際の断末魔の様な、そんな音に聞こえる。
 とりあえずの荷物しか持たずに、竜車へ乗り込んだ。竜車は途中の町で引き返し、そこからは徒歩の旅になった。一応数日分の水と食料は確保してあるが、何処まで北進できるかは不明である。
 竜車から降りて二日、砂漠に入ってから一日は歩いただろうか。この二年でかなり旅慣れたとはいえ、砂漠の旅は未だ心許ない。
 とりあえず、砂漠を抜けた辺りで適当な町を探さねばなるまい。水と食料の調達が最優先である。
「……ふぅ」
額にまとわりつく汗をぬぐう。
 腰の辺りでカチャリと音が鳴り、それは歩く毎に繰り返される。
 腰にさされた二本の剣が鳴るのだ。
 最近、ミナガルデの工房で本格的に生産が開始された双剣という武器である。軽量ながら、速度を生かした攻撃が可能であり、ハンターの間ではちょっとした流行が起こっている。
 アキ自身は、中振りの剣と盾がセットになった片手剣に思い入れがあったが、遠出する際の携帯性を重視し、今回はこちらの双剣を持って出ていた。
「ち……」
迂闊だった。
 封龍剣【絶一門】を手にしてから、飛竜リオレウスを狩る日々が続いた。それは、その剣がリオレウスという飛竜に特殊な効果を与えるからだけでは無い。少しでも目標に近づこうと、遮二無二目標の片鱗へと挑んでいたのだ。
 その過程で得た鉱石で、今の自分の鎧は作られている。スティールだとかハイメタだとか呼ばれる防具を、組み合わせた装備だ。
 しかもG型と呼ばれる、通常とは異なる特殊な材料を組み合わせて作り上げた鎧である。これまでの道中で遭遇したランポスやイーオスといった小型肉食モンスターの牙では、簡単に突き抜く事は出来ない。
 かつて、G型と呼ばれる防具が存在する事すら、自分は知らなかった。
 一度だけフルフルという飛竜から作られたG型の鎧を見せられた際も、その価値が全く分かっていなかった。今の自分にすら作成は難しいであろうその装備を、あの人は事も無げに身につけていた。
 強くなればなる程、知れば知る程、あの人は遠く感じられる。だが、自分はそこに達さなければならない。行き場を見失った彼女を、本来の道に引き戻さなければならない。

たとえ、彼女と斬り結ぶ事になろうとも

 だから、今、目の前に現れた双角の飛竜などに臆してはならないし、後れを取るなど許されぬ事である。

キィィイイアアアアアアアアア

 目前の地面が、盛り上がって弾け飛んだ。
 その中から現れたのは、一匹の飛竜である。
 もしも高ければ、女の金切り声に聞こえるであろう、その飛竜の叫び声。だが、それは勇壮な牡を思わせる、バスの領域で発せられるものであった。この特徴ある叫び、いや、勇壮な咆哮は、ある飛竜のものである。

ディアブロス

 その名を聞いただけでハンターは青ざめ、どんなに凄腕のハンターであっても、少なくとも良い顔はしない。
 二本足で歩かせ、牙と角をはやし、甲殻という鎧で武装させた猛牛。
 それを見上げるほど巨大化させ、翼まで備えさせた生き物。
 いや。
 この生き物を形容する上で、普段我々が見る生物に例える事自体、不遜な事であるかもしれない。

 砂色の岩石の様な甲殻。
 一本が人間そのものよりも巨大な、頭部の双角。
 巨大なハンマーの様に膨らみ、棘の生えた尾。
 腕からは背中に向けて膜が伸び、それが翼という凶器を形成している。
 土中を潜行し、空を羽ばたく。
 苛立ちを吐きつける様な咆哮は、バインドボイスの異名をとり、無防備に耳にしたなら、鼓膜すら突き破る。

砂漠の暴君ディアブロスの姿がそこにあった

「こんな装備で……」
長距離の移動を考え、本格的な重装は施していない。ましてや、武器は普段の愛剣ではなく、携帯に有利な双剣を持ってきている。インセクトオーダー改と呼ばれるこの剣は、決して性能の悪いものでは無いが、この暴君には果物ナイフ程度の印象しか与えられないだろう。
「いや」
唇を噛んだアキは、流れ落ちる汗を拭いながら首を振った。
 あの人を止める気であれば、この程度の相手を仕留められずして何になろう。装備に囚われてなどいる時点で、自分はあの人に歯向かう資格すらない。
「やってやる」
荷物を岩陰に放り込むと、アキは地面を蹴った。

48時間

 ディアブロスと斬り結んでから、それだけの時間が経った。
 岩陰に潜み、蜥蜴や蠍を捕らえながら食料を確保した。数十分単位の仮眠を繰り返し、身体の傷に薬と包帯で対応した。それでもようやく付けた傷は、ディアブロスの脛に一つか二つである。
 堅固な表皮と、堅牢な甲殻は、アキの持つ軽い双剣では刃が立たなかった。幾度と無く繰り返して、ようやく付いたのが飛竜の脚の僅かな切り傷である。
 他方、代償として求められたのは打撲と、捻挫、そして無数の切り傷であった。
 それは無論、アキの実力があっての事である。並みのハンターであれば、とうの昔に双角の串刺しになっていただろう。
「全くもう……このままじゃ一週間あっても無理ね」
岩陰で荒い息遣いを押さえながら、アキが砂漠の上を闊歩するディアブロスを睨んだ。
 程よく物陰になっているここは、あちら側からは見えにくいはずである。うるさい小虫を探すように、ディアブロスが周囲を見回している。
「腹を据えなきゃいけないか……」
ポーチから砥石を取り出したアキは、二本の剣を研磨しながら覚悟を決めた。
 最早、逃れるにしても進むにしても、砂漠地帯を抜けるにはディアブロスを倒すしかない。戦いを始めてしまった以上、目前の飛竜を無視して移動しても、背後から負ってきたディアブロスに一突きにされてしまう。
 生き残るためには、ディアブロスを仕留めるしかない。
「お願い、上手くいって!」
既に脚は砂を蹴り、身体は飛ぶようにしてディアブロスの足元へ駆け込んでいる。
「次は考えないっ!」
両腕を高々と上げたアキは、左右の手に握られた一揃いの剣を、合わせてディアブロスの脛へ叩き付けた。硬質な音がそれを弾き、衝撃が彼女の上体を仰け反らせる。
 だが、アキはその衝撃を押し殺しながら、続く一撃をディアブロスの脛へ叩き込んだ。

グゥゥァアアアアアウウウウルゥゥゥ

 ディアブロスの脚が地面を掻き、口元から憎憎しげな唸り声を漏らす。
 ディアブロスの脚は長く、上体が地面から高い位置にあるため、足元に小型の敵がまとわり付くと敵の位置を確認出来なくなる。
 この二日、自分にまとわりついていた相手はまさにそれで、視界に入ったと思えば、足元と物陰を利用してちょこまかと動き回るのだ。視界にさえ捉えれば瞬時に串刺しにしてやるものを、なんという意気地の無い生き物であろうか。
「イヤアァ!!」
その間も、二本の剣が引き続きしなり続けていた。数十回と振り続けられたインセクトオーダー改は、アキの腕の中で徐々に刃こぼれを始める。
(もって!)
それでも剣をディアブロスの脚へ振り続けていたアキは、心の中で悲痛な叫びを漏らした。凄まじい負荷を掛けられ続けていた剣が、悲鳴の様なものを上げる。その時だった。
 願いが通じたのか。
 努力の結果なのか。
 実力による帰結なのか。
 とにかくその瞬間、ディアブロスの脛を覆っていた甲殻がはがれ、僅かな隙間が外気にさらされた。
「セイ!!」
渾身の力を込め、アキが二本の剣を振り下ろす。狙った先は、飛竜の甲殻に生じた、脛の僅かな隙間であった。

ァアアアアアウ

 轟音がアキを揺らし、土煙が嵐の様に吹き付けた。
 ディアブロスの巨体が地面へ倒れたのだ。
 アキの渾身の一撃は飛竜の筋肉を割り、骨へ達した。
 脚をばたつかせて地面をもがきまわるディアブロス。
 暴君にとって、それはこの上ない屈辱であっただろう。
「テイ!!」
すかさずポーチの中へ手を伸ばしたアキは、地面の上でもがくディアブロスの鼻先目掛け、閃光玉を投げつけた。
 凄まじい光の膜が飛竜の瞳を多い、彼から視力を奪い去る。

「え……!?」
糸の切れた操り人形が、空を飛ぶ。
 不恰好な人形は、おかしな形の影を地面へ落としながら、宙を浮いた。
 それは、アキ自身の身体。
 力の抜けた肢体が砂漠の光に照らされ、吹き飛ばされた空中で漆黒の象を結んでいる。
 まるで出来の悪い作り物の様に、おかしな角度で腕が曲がり、一切の力の抜けた全身が宙を飛んだ。

キィィィィィィイイイイイアアアアアアアアアアアアアア

 咆哮。
 ディアブロスの咆哮。
 地面でもがくディアブロスとは異なった、もう一体のディアブロスの咆哮。
「……ぁ……」
ドサリという音と供に、アキの身体が地面への帰還を許される。
 力の抜けた肢体は捻じ曲がり、操作の聞かなくなった身体に一切の力は入らない。
「……も……う……一体……?」
突如ぼやけ始めた視界で、新たに現れたディアブロスが、地面に倒れたディアブロスに向かって威嚇をしているのが見える。
 アキは、自分の身に何が起きたのか理解した。
 地面に倒れこんだディアブロス。
 その目標を閃光玉で視力を失わせた刹那。
 自分の身体は地面に潜んでいた別のディアブロスによって、宙へ吹き飛ばされたのである。
 突如現れたもう一体のディアブロス。この縄張りを狙う、若いディアブロスであった。
 若いディアブロスは、地面に倒れたディアブロス目掛け、地中から体当たりを食らわせたのだ。
 その隣にいたアキなどには目もくれずに。
 それが幸いであっただろう。
 ディアブロスの肩が僅かにかすっただけであったからこそ、アキの身体は原型を留めている。
 この猛々しい飛竜の体当たりをまともに食らったなら、人間など幾つかの肉片に引きちぎられる事だろう。
「うご……かない……の……?」
アキの身体は、その激痛を差し引いても動かす事が出来なかった。どうやら、あまりの衝撃に全身の神経が混乱を起こしているらしい。
 もっとも、したたかに随所を骨折した彼女にとって、激痛が無かろうと動かせる箇所は僅かなものであったが。
「こんな……こんな……!」
激突の瞬間に感じた痛みが、今は薄らいできている。
 意識の薄らぎと供に訪れた痛みの和らぎは、微かに残ったアキの脳裏に危険を知らせていた。
「わ……たし……」
耳鳴りがする。
 視界がぼやけ、全身の感覚も薄らいだ。



私……

もう……ここまで……なの?




まだしなきゃいけない事があるのに
2005年12月12日(月) 00:24:53 Modified by orz26




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