Dragon's Sanctuary 第十五話

作者:揚げ玉




Dragon's Sanctuary 第十五話


 酒場には騒然とした雰囲気があり、とても懐かしさに浸れるものではなかった。どこかミナガルデでは無い、別の都市に来てしまったかのようでもある。久方ぶりの訪問が、そう感じさせるだけなのだろうか。
 二人は懐かしい酒場に腰を下ろす事無く、ある場所へ向かっていた。
「こんにちは〜」
ミナガルデハンターズギルドが存在する場所は、酒場である。
 だが無論、それがミナガルデ唯一の酒場というわけではなく、他にも幾つかの酒場が存在する。この二人が訪れたのもまた、そんな酒場の一つだった。
「あら、いらっしゃい。久しぶりね」
二人を向かえたのは酒場のマスターの妻、レリアスであった。
 かつてはこの酒場のマスターと供に、ハンターとして鳴らした女性である。
 その声を聞きつけて奥から現れたのは、酒場のマスター、ケーニヒであった。
「おー、一年ぶりか?」
ケーニヒにとって、この二人は特に目をかけてきたハンターであった。彼らが創設したギルドへ、自らの店の名を貸し与える程にである。
「レリアスさんもマスターもお元気そうで」
軽い会釈をすると、フィルが久方ぶりの店内に腰を下ろした。シャオもまたそれに倣い、レリアスとケーニヒに一言二言を交わしてから着席する。
「エストって人が飛竜を操ってるって……何か聞いてる?」
挨拶もそこそこな、急な切り出しであった。
 だが、フィルもシャオもその噂を確かめるため、このミナガルデへ戻ってきたのだ。噂の真偽を、何よりも早く確認したかった。
「ああ、丁度今、その飛竜の群れがここに迫ってるって話だ。街中が浮き足立ってる」
ケーニヒが若いハンターの様子をまじまじと見詰める。
二人に漂う焦燥が、恐らくこの街に戻ってきた理由なのであろう。
 だが、酒場の主として慕われるケーニヒは、それを無理に聞こうなどと野暮な事はしない。
 口ひげを一撫でし、二人を見守るだけだった。
「あ、それと、皆は?」
シャオが何気なく尋ねるのだが、それはケーニヒの表情を曇らせるだけだった。
「……いいか? お前たちが離れた後、それがどんな姿になっても、それはお前たちの責任じゃない」
ケーニヒがグラスを手に取り、それを頼りない灯りにかざすと、ぼんやりともやの様なものが掛かって見える。煙の様にグラスへこびり付いたもやは、灯りの光を覆った。
「……どういう事ですか?」
フィルが眉をひそめる。
 ケーニヒとフィルの、長かった付き合いは言わんとするところを悟らせたのだ。
 だがそれが良かったのか悪かったのか、この場の誰にも判断できない事である。
「……フィル!」
かつてであれば、ユニオンケーニヒの面々はこの酒場にいた。ハンターズギルドの酒場には掲示板を確認するメンバーが残るだけで、残りの者はこちらの酒場に詰めていたのだ。彼らがギルドの酒場、一番カウンター寄りの席にしか座らないのは、そこがあくまで仮の場であり、本来の座席はこちらにあるという意味からである。
 だが、今この酒場にケーニヒのメンバーは一人もいなかった。
 酒場から駆け出したフィルの金色の髪が、弱々しく光を返す。
 まるで落日の輝きの様に。

「……フィルか!?」
ゲストハウスの二階に取られた一室は、今はまるで病室の様なたたずまいを見せている。部屋に置かれた二つのベッドには怪我人が横たえられ、周囲のソファには数名のハンターが詰めている。ベッドの上の怪我人の介護のためであった。
 部屋に息せき切って駆け入ったのは、フィルだった。
 切り整えられた金糸の髪は汗で張り付き、荒い息で上下する肩は、まるで外れてしまいそうだった。
「リーエン!? 一体どうしたんだ! 何があった!」
部屋に駆け入ったフィルを迎えたのは、以前の僚友であるリーエンである。かつて、幾つかに分けられたチームの一つを率いる、ケーニヒのチームリーダーだった男だ。
 今ではケーニヒの副長という立場にあるはずである。
「……やられた。飛竜の群れに、チームが一つ喰われた……」
「何故! 何故こんな時に街から出るような真似をした!!」
ゲストハウスでケーニヒの消息を尋ねたフィルは、飛竜の襲来に際して先行して狩りを行った者がいると聞いた。
 そしてそれが、ユニオンケーニヒのハンターであった事も。
「仕方なかったんだ……あれからギルドの人数も増えて、名前も売れた」
リーエンの胸倉を掴み、フィルが彼を睨み付ける。
 飛竜の群れが迫っているという。
 こんな時に数名のハンターだけで狩りに出るなど、無謀以外の何者でも無い。 自殺行為と言って良い。
 一体何故、ユニオンを率いるリーエンはそんな事を許したのか。
「これだけの人数を養っていくとなれば、それなりの無茶もしなきゃ成り立たなくなる。名前を売らなきゃ、食っていけないんだ……」
胸倉をつかまれたまま、うつむいたまま、リーエンが呟くように応えた。
フィルの腕を握り返した手が、小刻みに震えている。
「お前に何が分かる! ギルドを放り出していったお前に、何が分かる!!」
不意に睨み返されたリーエンの瞳は、昔と異なったものに見える。昔と異なったものが宿って見える。
 曇った光が、リーエンの瞳を覆って包み込んでいた。
「俺……が……?」


放り出した?


ギルドを?


 違う。
 そんなつもりじゃない。
 ……時間が欲しかったんだ。
 自分を鍛え直すだけの時間が。
 そう。
 ギルドのことを忘れた日など、一日もなかった。
 一日も……。
「出て行ってくれ……ここはギルドケーニヒが宿泊する部屋だ……」
リーエンの瞳には、低く垂れ込めた冬の空の様な、陰鬱な何かが漂っている。
「フィル……」
不意に背後からかけられた声はシャオのものであり、息を切っているのは彼が走って来たからなのだろう。
酒場から駆け出したフィルを追って、シャオが現れたのだった。
「……行こう」
短く言ったシャオは、振り返る事無く部屋の扉を閉ざした。
 戸口に立っていたリーエンとフィルの間が、開かれる事の無い扉で閉ざされる。

「ぃよーし。ランク21以上のハンターのみ受注してくれ。狂人の飛竜を片っ端から狩るんだ」
酒場のテーブルの上に腰を置き、腕を組んだディグニティがハンターに呼びかけた。
 既に掲示板の周囲に人だかりが出来上がり、酒場全体もまたハンターで溢れかえっている。
 ハンターランクと呼ばれるハンターの便宜上の区分けによって、狩りに参加する資格の無かった者、資格を得て勇んでクエストを受諾する者。
 様々な者の喚声が、酒場内を飛び交っている。
「それから今回は全体を仕切る都合上、チームのリーダーはこっちから出させてもらう。参加は一チーム三人までにしてくれ」
手を挙げ、指で三を示しながらディグニティが声を張り上げる。
 ランク21以上のハンターを駒として集め、その彼らをギルドナイトが指揮する。これを一つのチームとし、各エリアに配置して飛竜を撃破していこうというのだった。
「俺とヴィッツ、カローナ、ダランス、バルナス、ハーマン、カッツでリーダーをさせてもらう。ギルドの意向なんで、異論は無しにしてくれ」
テーブルに腰を置いたままのディグニティは、どこか不満げに首を振った。
 自分とて、お前たちのリーダーなんてやりたくないのだ。
 かろうじてそんな態度は押さえ込みながらも、進んでリーダーをやりたいという様子からは程遠かった。
 ディグニティの周囲には人垣が出来上がり、クエストを受諾した者達が集まっている。即席の作戦会議である。
「狩るエリアはこっちで指定するが、その他はチームリーダーの指示に従ってくれ。解散―」
どこか投げやりな様子なのは、やはりディグニティ自身が乗り気でないからなのだろう。
 集まっていたハンターがそれぞれのリーダーの下へ集まり、その指示を受け始めた。
「私は……やはり留守番ですか?」
そう言い出したのは、ギルドナイト中、最も経験の浅いイリアスである。
 大規模な狩りを前に、にわかに活気付く酒場。その中、イリアスだけが冷めた空気の中にいた。
 人垣から遠ざかった部屋の隅で、憧憬らしきものの入り混じった瞳で雑踏を見詰めている。その隣にいるのは、やはりどこか冷めた感を漂わすヘクターだった。
「お前にも三人付けてある。どっかのエリアが崩れた時、お前達が食い止めるんだ」
今回の一件の中心に立つのであろうヘクターが、誰も引き連れず、一人で酒場に残るのはイリアスも予想していた。彼はここから指示を出すのだ。
 イリアスが小さなため息をついた。
 やはり自分は、またしても補佐役なのだろう。
 未熟な自分の実力を思い知らされる。
 いつになったら、自分は彼らと肩を並べる事が出来るのだろう。
「ィーリアス。勘違いするな。いざって時の継ぎ当てには俺が出る。お前が、全員に指示を出せ」
「!?」
「いいか、軍隊で本式の訓練を受けたのはお前だけだ。お前が人間を動かすんだ」
うつむいていたイリアスの顔を覗き込むと、ヘクターは薄ら笑いを浮かべ、彼の肩を小突いた。
「全員がお前の指示で動く。俺も、だ」
その不敵な笑みは、自らの命をもイリアスに託すと言っていた。
 イリアスはその瞳を受け、戦慄し、凍り付き、立ち尽くす。
「任せたぞ」
見る者を痺れさせる様な笑みだった。
 ヘクターの実力と、それに裏付けられた自信が作り出した、何とも魅せられる笑みだった。
2006年02月04日(土) 18:56:04 Modified by orz26




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