Dragon's Sanctuary 第十三話

作者:揚げ玉




Dragon's Sanctuary 第十三話



「かなりすっきりしたんじゃないか?」
酒場を見渡しながら、ヘクターが首を振ってため息をついた。
 見渡した店内は、確かに一時よりも客数が減ったように見える。普段ならハンターでごった返している店内が、今はそれなりに整然としているのだ。
「七割だ、そうだ」
呆れた様に、あおっていたグラスをテーブルに叩きつける。ディグニティは心地良くない酔いを感じながら、次の杯を注文した。
「大方の予想通りでしたが……寂しいものです」
それを悲しいとは言わなかったのは、イリアスも少なからずハンターの現状に嘆きを感じていたという事だろう。
 七割。
 先頃解禁となった、G区画と呼ばれる特殊な地区へ出向いたハンターの死亡率である。
 ランポスの大群から、イリアスが退却して来た土地であった。
「結局、蒼レウスの調査はどうだったんだ?」
その調査の帰り、イリアスはランポスの群れに包囲されたのである。
「鳴き声は甲高く頻発……とりあえずは安心でしょうか」
「ああ、童貞君か」
「……止めようぜ? そういう生々しい言い方」
ヘクターの言葉にイリアスが顔を赤らめてうつむき、ディグニティが呆れともとれない表情で首を振った。
「なんでだよ。甲高くて頻繁な鳴き声。番う前の蒼レウスの特徴じゃねぇか」
「言い方って、大切じゃね?」
口に含んだアルコールを咀嚼しきれない様子で、ディグニティが眉に皺を寄せた。
 蒼リオレウス。
 存在しないはずの、蒼の体色を持つ飛竜。本来赤いはずのリオレウスの体色が、蒼いのである。
 蒼レウスは、リオレウスの亜種であるとも、奇形であるとも言われていた。
 G区画。
 そこでは蒼レウスの様なおかしな体色をもったものや、通常ではありえない程成長した飛竜が確認されている。その飛竜たちの凶暴さから、通常のハンターが出入り出来ぬ様に隔離し、ハンターズギルドが管理していた土地であった。
 G区画関連の依頼に関しては、ハンターズギルドは一般に募集を行なってこなかった。
 だが、近年はG区画で確認される飛竜の数も増え、その凶暴さも増して来ていた。飛竜の数が一定の数を保つ様、ギルドナイトたちが間引きを行なってきたが、近年の異常な個体数の増加に対応しきれなくなってきたのである。
 そこで一般のハンター達にG区画を開放し、狩りを行なうという形式をとったのだ。
 だが大方の予想通り、大半のハンターは帰ってこなかった。
 無論、新米のハンターを差し向けたわけでは無い。未帰還となった皆が、超一流と呼ばれるランクに分類されるハンターたちである。
 それでも彼らが帰還しなかったのは、G区画の異様なモンスターの強さによるものであった。
 もっとも、ヘクターがその死傷者達にさして思いやりを向けなかったのには訳がある。
 ハンターズギルドでは、参加した依頼に応じてハンターにポイントを与えていた。そのポイントに応じて依頼が斡旋されるのだ。積んだ経験に応じ、依頼が徐々に高度なものになる仕組みである。
 だがそこには、他人の受注した依頼であれば、ハンター自身の力量は問われないという抜け道があった。これによって、高位の依頼をこなし、分不相応の待遇を受けているハンターも数多く存在するのだ。
 分相応の扱いを受けるハンターは、結局それがわが身に降りかかる事になる。実力の伴わない扱いをされる事は、実力以上の依頼を任される事でもある。
 同行するハンターにすら手に負えない依頼であった時、それはその場に残された自身へ跳ね返るのだ。
「区画内でも繁殖を開始したのはまだ少ないみたいだな。G区画から迷い出た数もそれ程じゃない様だし……」
考え込むような素振りをしながら、ヘクターは何度目かになるグラスの追加を頼んだ。
「で、安心できるって?」
そう尋ねながらも、ディグニティはヘクターがそんな風に考えていないのを分かっていた。
 この数年で、突如数を増やした新種の飛竜。次にそんな爆発的な繁殖が起これば、現在の均衡など容易く突き破られてしまう事だろう。
 だからこそハンターズギルドはG区画の監視を強化し続けてきたのだし、今回の新種の飛竜の個体数の増加の原因を探っているのだ。
「……まぁ、俺がG区画の入り口にいる間は好きにはさせねぇよ」
不敵に笑うヘクターの、しかしその迫力は、それが決して酔った上での虚勢などでは無い事を示している。歴戦の、歴戦以上の何かを感じさせる彼の迫力には、恐ろしさすら漂っていた。
「そういえば、二週間か? アキが旅立って」
ヘクターがイリアスに視線を送ると、彼は複雑な表情を浮かべてうなずいた。
「そろそろ着いている頃ですね……」
「なんだ?」
イリアスの物言いたげな表情は、昔からの彼の癖である。それを知っているヘクターは、慣れた様にそれを尋ねた。
「いえ、ギルドナイトなら色々知ってるだろう? って。いつも厄介事は皆私に押し付けるんですから……」
「そりゃ、イリアスはギルドナイトなんだから……なぁ? ディグ」
「そうそう。ハンターの範ってやつだな。うん」
妙に深いうなずきを交し合った二人は、イリアスを見ては薄ら笑いを浮かべている。
「……お二人とも揃いも揃ってギルドナイトじゃないですか。それも私なんかより、ずっと長いでしょうに」
唇を尖らせて不満を表すイリアスは、二人が初めて出会った頃と変わらない様に見える。幼い頃の彼を知るヘクターとディグニティにとっては、彼は未だに年若い少年となんら変わりなく見えるのだった。
「そうだったか?」
うそぶくヘクターにうなずくと、ディグニティもまた意地悪く笑って見せた。
「昔からそうですよ、二人とも意地の悪い……」
だが、彼らこそがイリアスの師でもあるのだ。
 イリアスにとって、最愛の師と並ぶ、師である。
 彼らが、イリアスに多くの事を授けてくれたのだ。
 もう一人は、今頃何をしているのだろうか。
 もう一人の、かけがいのない師は。




風が大きく震えた


 切り立てなのだろうか、短い髪が風に吹かれている。
 風の吹きつける崖の縁に立つ彼女は、遠く遠くを強く見詰め、しかし澄んだ瞳で過つ事無く前方を見据えている。
 ああ、やっぱり、彼女は彼女だ。
 湿気を含んだ風は時折強く吹き、徐々に強さを増している。
 短くなった漆黒の髪がうなじを撫で、闇が彼女の身体を欲しているかのように愛撫を続けている。
 まるで、それが一枚の絵画であるかのように、光景はアキの瞳に焼きついた。
 雲が色濃くなり始めた空は、彼女自身がそれを呼び寄せているように見える。
 いや、打ち払おうとしている。
 その澄んだ瞳は、昔と変わらず、昔と変わらない。
 彼女は招いているのではなく、挑んでいるのだ。
 彼女はそれを、打ち払おうとしているのだ。
「……」
それが、分かる。
 何故だろう。
 目の前にしてしまうと、彼女の全てが分かる気がする。
 この世の深遠を見詰める瞳は、決して彼女を過ちの渦になど貶める事は無い。
 揺らぐ事のない瞳。
 それを疑う必要など無かったのだ。
 揺れ動いたのは私の方。
 彼女はそこにいたのに、私だけが彼女を信じる事ができなかった。
「……」
アキは動かなかった。
 その場所から、唯々彼女を見詰めている。
 目前の絵画に、触れれば壊れてしまいそうで。
 襲い来る暗雲を見詰め、それを睨む彼女。
 触れれば壊れてしまいそうな。
 だが、何をもってしても壊す事が出来ない様な。
 その絵画は、見る者に問いかける様である。

ここまで登って来るのか

 何があろうと、真っ直ぐに進む覚悟があるのか。
 その上でここまで来るのか、と。
「……ト」
あの時、自分は何も出来ぬ子供でしかなかった。
 腕を伸ばす事も、足を踏み出す事も、その本当の意味を知らなかった。
 自分はあれからどの位、変わったろう。
 自分はあれからどの位、歩んだのだろう。
「……スト」
自分がどれ程進む事が出来たのかは分からない。
 だが、いや、だからこそ彼女に近づこう。
 彼女の傍に行こう。
「……エスト」
もう迷わない。
 卑小な自分など、どこまで進んでもたかが知れているのだろう。
 だからこそ、私は前だけを見詰める。
 私は彼女を追いかけ続ける。
 例え、彼女が離れようとも、私は彼女を追うのだ。
 私は彼女の名を呼ぶ。
 この二年、探し続けた彼女の名を。

エスト


黒い髪が、揺れた






                               嵐が訪れる
2005年12月23日(金) 12:03:45 Modified by orz26




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