Dragon's Sanctuary 第十四話

作者:揚げ玉




Dragon's Sanctuary 第十四話


 G区画。
 ギルドナイトが封鎖した区画は、内部に隔離されていた飛竜個体数の異常な膨張によって、一般のハンターに開放された。
 だが、それがきっかけだったのだろうか。
 G区画内の飛竜が、徐々に一般の狩場へ流出を始めたのである。
 一般の狩場。
 それは村々の散在する地域でもある。
 そしてその先には、ミナガルデが存在していた。

「出来過ぎよね」
ミナガルデハンターズギルドの受付嬢、ベッキーはこの日カウンターにいなかった。
 山腹に穿たれた洞窟内の酒場、その奥には厨房などの様々な部屋が用意されている。
 それらの最も奥まった場所には、手広い空間が穿たれていた。ハンターズギルドの職員が集まる、会議室である。
「真っ直ぐミナガルデに向かってるな」
部屋の中央に置かれた机には、一枚の地図が広げられている。ミナガルデ周辺が描かれたこの地図へ、ハンターの視線が注いでいた。
 ヘクター、ディグニティ、イリアス、ヴェクサシオン、ベッキーである。
 その場に集った皆が、ギルドナイトと呼ばれる最強のハンターであった。
「飛竜にそこまでの知性があると思えませんが……」
漆黒のベストと、真紅のベスト。それらを思い思いに身につける彼らの背に、一様に白色のマントがつけられている。
「原因はエスト、だろ」
意地悪く笑ったのは、ヘクターであった。
 それを嗜めるように腕を組んだのはベッキーである。
「あんまりエストエスト言わないでよ。エストが可愛そうじゃない」
「エストだって名乗ってるなら、そう呼んでやっても良いだろ?」
ヘクターを睨むベッキーに肩をすくめ、ヴェクサシオンが話を切り替えた。
 二人の間に漂う、怪しい雲行きを感じ取ったのである。
 仲良しさんの喧嘩も結構ですが、この際は話が進まないので我慢してもらいましょうかネ。
 そんな風に言いたいのか、ヴェクサシオンの眉が呆れた様に吊り上げられた。
「まぁ、エストさんの事は放っておくとして。飛竜の大群、どうします?」
「……ギルドナイト、呼びますか」
それに応じたイリアスの言うギルドナイトとは、彼ら五名とは異なるギルドナイトの事である。彼らが12ナイトと呼ばれる特別なギルドナイトであるのに対し、この場合のギルドナイトは、平時を普通のハンターとして活動している者達の事であった。
「俺には駒がいないし、呼べるのはディグとイリアスだけか」
ヴェクサシオンとベッキーの両名は、それぞれ陰と陽という暗殺集団を率いる隊長である。二人供に一般的な狩りにも長けているが、本分は人間の殺害にあり、彼らの部下にもそういった者が多い。ゆえにモンスターを相手取る大規模な狩りとなると、彼らの部下には不向きな仕事である。
 となると、今回の事態に適した人材を抱えるのはイリアスとディグニティがそれぞれ抱える、三名の部下であった。
ヘクターのかつての部下は、今やこの場に出席しているディグニティやイリアス、他所にいるクラスターである。最早彼ら自身が12ナイトの身分であり、部下をもつ身であった。
 ヘクターに部下が存在しないとは、そういった事情からである。
「ええ、アイルーに手紙を持たせる事にします。近場にいるので、それ程時間は掛からないはずです」
「うちも問題ないな」
イリアスとディグニティがそれに応じる。
 ヴェクサシオンとベッキーの両名は他の職務に従事するとして、その場は解散となった。

 ミナガルデから離れた場所にある村が、飛竜の群れによって壊滅したという報告がもたらされたのは、そのすぐ後の事であった。
「エストの飛竜だ」
「ついにエストが来たらしい!」
「やりやがった……!」
酒場の噂はあっという間にミナガルデに広まり、いよいよ大規模な狩りが実施されるのだという憶測が流れた。
 近隣の地域へ遠征に向かっていたハンターらも、徐々にミナガルデへ帰還を始めている。これから執り行われるかもしれない一大イベントへ、皆が乗り遅れまいとしているのだ。

狂人の飛竜を討伐せよ

 そんな依頼が張り出されるのでは無いかと、酒場の掲示板の前ではいつも誰かが見張っている。
 個人や、その場限りの野良、任意で組まれたハンターの組織ユニオンなど、様々なハンターのパーティが酒場に集結している。
 ある種のお祭り的な賑わいであった。
「お揃いでしたか」
酒場の片隅のテーブルには、大きく場所を取られた部分がある。
 どうも大量に人が集まるらしいそこは、大手のユニオンでも集結する場所なのだろうか。
「良く来てくれた」
簡素な軽装に身を包んだままのイリアスは、その場に立ち上がって来訪者を迎えた。彼の部下、バルナスである。
 イリアスの部下といっても、バルナス自身も敬愛を集める超一級の熟練ハンターであり、彼自身にも狩りの仲間が存在する。先ほどまで、彼は自身の仲間と供に狩りに出ていたのだ。それを一時的に解散させ、この場に集まったのである。
 ハンターらしい毛皮に覆われた鎧をまとい、背には大型のボウガンを背負っている。バルナスは一礼をすると、テーブルに着く一同へ挨拶をした。
「バトルSにデュエルキャスト改か。昔のイリアスに装備がどんどん似てくるな」
テーブルについていた内の一人、ヘクターが呆れた様に口を開いた。
「私の憧れですからね、イリアスさんは」
バルナスの言葉に、ヘクターの隣に座るディグニティが面白そうに笑う。
「バルナス!」
照れた様にしてイリアスがバルナスを嗜めるのだが、彼は彼で笑ったままである。
「確かに、最近じゃイリアスは超有名人だからな」
ニヤニヤと笑いながら、ディグニティが両手で空を仰いだ。
 当のイリアスは、困った様に首をかしげるのみである。
 12ナイトの中では、最も名の知れる存在となったイリアス。
 それには、イリアスをギルドナイトの顔として育てようというギルド側の思惑があった。ギルドナイトを統べるギルドナイトとして、彼を表に出そうというのである。彼自身は困惑し通しなのであったが、本来異議を唱えそうな先輩格に当たるヘクターやディグニティなどは、頑張れ、と傍観を決め込んでいるのだ。彼は成されるままにならざるを得なかった。
「期待のホープ、最強のギルドナイト・イリアスだろ」
大げさに言って見せたのはヘクターである。
 それは世間で定説になりつつイリアスの評価でもあった。
「ヘクターさん!」
イリアスが顔を真っ赤にして首を振っている。
 自分は12ナイトの内でも最も新参の立場で、その実力も最強どころか最下位なのである。
 それが分かっているだけに、イリアスは風評に困り果てていた。
「はいはい、イリアス君いじめるのもいい加減にしなさい。バルナスまで一緒になって……まったく」
後輩であるバルナスにまでからかわれていたのか。
 イリアスは首を振ってテーブルに着いてしまった。
 もっとも、バルナスがイリアスを尊敬しているのは事実であったし、ヘクターは彼を事実上も最強のハンターに育てようとたくらんでいるのである。
 誰もが人好きのするイリアスの性格を愛し、好いているのだ。
そしてヘクターはイリアスを成長させ、いずれハンターの中心に立つような人物にしたいと望んでいた。無論、それはヘクターの胸の内だけにしまわれていたが。
「そういえば、さっき宿でヴィッツ見ましたよ」
「お、来たか」
ヴィッツはディグニティが狩りを行う際のパーティメンバーであり、公式上は彼の部下である。今回召集されたギルドナイトの一人であった。
「あいつも兄貴が少女趣味だって知って大変だな」
「『義姉』さんって?」
「冗談じゃないっすよ。何で俺より遥かに年下の女を義姉呼ばわりしなきゃいけないんすか。ゲロ吐いて死ぬっすよ……だってさ」
バルナスがヴィッツの口調を真似、おどけてみせる。
 一同に笑いが零れた。
「カローナとダランスは?」
「ああ、もうすぐ来るらしいです」
カローナ、ダランス供にディグニティの部下であり、優秀なギルドナイトである。
 これで招集をかけていた全てのギルドナイトがそろう事となった。

 この日、夕刻になるまでには幾回かの同種の報告がもたらされた。
 村の壊滅、である。

「ついにだ!!」
「ついにエストが攻めてきたんだ!!」
「飛竜の大群がここに押し寄せてきてるらしい!!」

 大して面白く無さそうに、酒場のテーブルに座っているヘクターが鼻をならした。
 夕刻になり、周囲は閑散としている。
 一般のハンターはミナガルデの近隣へ様子を見るなり、ゲストハウスへ戻って狩りの準備をするなり、既に行動に移っている。先に集まったギルドナイトらも、既に会議を終え、狩りの用意や通常の職務に戻っていた。
「周辺の村には避難するように指示をしてあるわ。ヴェクスが走り回ってる頃ね」
ベッキーが珍しくメイド姿以外の服を着ている。非番であるのだろうか、身につけているのはハンターが好んで着る軽装の服だった。
「飛竜の大群……か。狂いも狂ったりってとこだな」
手にしていたグラスをテーブルの上に置くと、カツンという甲高い音が酒場の中に木霊した。
 普段であれば、ありえない光景である。雑踏の渦巻く酒場に、たった一つのグラスの音が響くなど。
 とはいえ、酒場にまるでハンターがいないわけでは無い。
 彼らは普段の様に喧騒をばら撒いていないのだ。
 掲示板を見つめる者や、カウンターに詰め寄る者、皆が新たなクエストの張り出しに神経を尖らせている。この閑散とした雰囲気はそういった所にも原因があった。
「本能を失った飛竜の群れ……」
飛竜とは本来、群れを成さぬ生き物である。
 元々強い生命力を持つ飛竜は、それを維持するだけの広い餌場を必要とする。一頭あたりの餌場が広範に必要となるため、彼らの生活圏が重なる事はありえない。可能性としてありえるのは、繁殖期のみである。
 それであっても、ある程度の範囲で確認されるのは数頭の飛竜がせいぜいである。ましてそれらは個別に行動しており、群れを成すという事は無かった。
「朱に交わば、ってやつだろ?」
たった今、さらに村の壊滅する報告が入ったらしい。
 酒場に騒然とした喚声が響き渡った。
 だが、ヘクターは変わらずに淡々とグラスを空けていた。
「……焦っても仕方ないのは分かるけど、アンタみたいなの見てると腹が立つわね」
ヘクターとテーブルを挟んで向かいに座るベッキーが、机の上を人差し指で叩いている。
「今動いても、体力の無駄になるだけだろ」
今ここでハンターを派遣し、村々に襲い掛かっている飛竜を倒したとしても、倒せる飛竜の数はごく一部に過ぎない。飛竜が一箇所に集まり、一斉に襲い掛かってくる場所で、こちらも迎え撃とうというのだ。
「そうだけど……少しは犠牲になった方に申し訳無さそうにしたら?」
「申し訳無さそうにすれば人間が生き返るってんなら、幾らでも喜んでするさ」
他人事のように聞こえる二人の会話だが、彼らは彼らなりに動けぬ自分らを責めているのだ。
 今ハンターを周囲に派遣したとて、ハンターの数が分散してしまうため、かえって危険なのである。
 ここは耐えるべき時である。
 だが、それでも二人は救えなかったかもしれない人々に思いを馳せずにはいられなかった。

喚声

 不意に酒場内に溢れた喚声は、怪我人がゲストハウスに運ばれたという報告がもたらされてである。周辺の探索に向かったハンターの内、一つのパーティが半壊して帰還したというのだ。
 死者二名、重症者二名。
 帰還した重症の二名も、助かるかどうかは定かでないという。
「落ち着いて待たねぇからそうなるんだ……」
だが、どこか寂しげな含みを持って、ヘクターが喚声を上げる人ごみを見つめている。
「まぁ、周囲の探索を禁じたわけでは無かったけど……」
ベッキーもまた人垣に同種の視線を送りながら、軽く瞳を閉ざした。
「あー、あー、先走り君がやっちゃったんすか」
ゴトリという音と供に、テーブルの上に蒼色のゴツゴツしたものが放り出された。
「ヴィッツか。お前も様子見に行ったんだろ?」
突如現れたハンターへ一瞥を送ると、ヘクターは興味の薄そうにテーブルの上の物体を見た。
 一見するとまるで岩の様にも見えるそれは、所々にとげの様なものが突き出ている。経験豊かな狩人であれば、それがイァンクックの甲殻に似ていると気付けたかもしれない。だがその色が、彼にそれを否定させたであろうが。
「蒼クックか。出てきたな……」
「ええ、疼いちゃって疼いちゃってピクピクって感じですかね」
一見するとさる国の若き皇太子といった、風情のある顔立ち。凛々しく、鋭利ですらある彼の顔は、短く刈られた金色の髪によってむき出しにされている。その美しい顔は、だが、卑下た笑みによって歪められている。
 済ました顔でベッキーの隣の席を取り、腰を下ろし、幾つかの注文を済ませる。ヴィッツの視線は酒場の中の喧騒を追い、そこに揶揄を混ぜ込ませた。
まるで命を落とした者を笑うかの様に。
「……G区画が完全に破られて、中の飛竜が出て来たってわけでしょ」
下品に笑うヴィッツへ冷えた視線を送りつつ、ベッキーは正面のヘクターへ尋ねた。
「ああ、エストが操ってるって」
その風評が可笑しくてたまらないといった様子で、ヘクターがヴィッツへうなずいた。
 ヴィッツもまた口元をニヤけさせ、ベッキーは呆れたといった様子で首を振っている。
「エストが可愛そう」
微かに突き出されたベッキーの唇は、それでも色合いが薄く、官能的でもある。類稀な美しさをもつ彼女は、同じく類稀な美しさを持つ友人を思い出していた。
「自分がどう思われてるかを気にする程、可愛げのある奴じゃないだろ、あいつは」
止してくれと言わんばかりに、ヘクターが片手を振る。そのはす向かいでもまた、ヴィッツがヘクターに首肯していた。
「そんな事言って……」
不満十分と言った顔で、ベッキーが首を振る。
 だが、それ以上何かを言う気も無い様で、特に話を続ける素振りも無かった。
「ま、もうすぐで来るわけだ」
「下手なハンターをぶつけても、足手まといになるだけですよ」
ヘクターがテーブルの上の蒼い甲殻に目をやると、ヴィッツもまたそれに倣った。
「だろうな。ランク20以下のハンターには街中の巡回を依頼する。外に出るのは、21以上のだけで十分だ」
「21以上だって役に立つか怪しいもんですけど」
「まぁ、仕方ないわ。それ以上の腕は望むべきじゃないのでしょうし」
ため息混じりに呟いたベッキーの言葉は、その場の二人もまた共有しているものであった。
2006年01月09日(月) 00:58:14 Modified by orz26




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