Dragon's Sanctuary 第十七話

作者:揚げ玉




Dragon's Sanctuary 第十七話


「ギル!」
リーエンの叫び声は、唸り声にかき消された。
 低い唸り声を上げ、リオレイアがこちらを睨んでいる。
 彼女の口から零れる煙。
 紛れも無く彼女が激高している事を示していた。
「ギル!!」
既に、レディンというハンターが離脱している。負傷し、彼が後退したのは大分前だ。
 ヴィッツの率いたパーティは、彼自身を含めて三名に減っていた。
 ヴィッツがリオレイアともつれ合う様に斜面を転がり落ちた時、彼は残る二名にも撤退を命じていたのだった。
 もしも後少しだけ言葉を紡ぐ時間があったなら、こう言った事だろう。
「お前らがいても、これ以上は足手まといだ」
だが、ヴィッツはそれを言う事無く、残された二人もまたその場に残る事を選択した。
 無様に離脱する事などできない。
 ギルドのリーダーたる自分が、この程度の事で離脱する事などできない。
 その一方で、裏には別の算段も含まれていた。
 大きくなったギルドを維持するには、優秀な人材が必要になる。
 人を集めるには、狩りで名を馳せる必要がある。
 なんとしても退けなかった。
「ギル!!」
眦の裂けた飛竜の瞳にさらされながら、尚もリーエンが叫ぶ。
 その唸り声に、声はかき消される。
 その時。
 不意に斜面から一陣の風が吹き込んだ。
「DyeeeeYa!!」
氷の破片が飛び散る。
 リオレイアの頭部から、幾片もの氷礫が飛び散った。
 飛竜の甲殻を凍結させた、氷の礫。
 彼女の身体を凍結させた破片が、宙に飛び散る。
「Ohoo!!」
風が竜巻となって舞う。
 まるでカマイタチの様に、青白色の光が乱れる。
 それらは収束し、一つの像を作った。
「リーエン! まだ残ってたのか!?」
吹き込んだ風は、ヴィッツという像を結んだ。
 背後のリーエンに気付いたヴィッツが、リオレイアから距離をとりながら彼の元へ駆け寄る。
「そ、それが……」
その時だった。
 背を向けたヴィッツ目掛け、リオレイアが猛追に出た。
 甲殻に散々と切りつけられ、凍結されたそれらを吹き飛ばされても、彼女が怯む事はなかった。
 ヴィッツの背目掛け、しなりを帯びた飛竜の尾が迫る。
「チッ!」
身を投げ出しながら、尾の一閃から逃れる。
 美しいヴィッツの金色の髪を掠め、尾が空を切った。 
 だが。
 もう一人のハンター、リーエンはヴィッツほどの俊敏さを持ち合わせていなかった
「!?」
金属が砕け飛ぶ鈍い音。
 それは、リーエンの盾と鎧が吹き飛んだ音だった。
「グゥアッ!!」
宙へリーエンが吹き飛ぶ。
 もしもリーエンの鎧が、もう少しだけ柔らかなものだったなら。
 金属の砕ける音ではなく、骨の砕ける鈍い音を聞き取ることができただろう。
「リーエン!!」
駆け寄り様、ヴィッツが腰に差した一本の剣を再び引き抜く。
 対で作られた剣を、まるで一本だけの剣の様に、両手で握る。
 振りかざしたそれを、真っ直ぐに突き入れた。
 大きく開かれた、飛竜の眼孔へ。

グァァァアアアアアアオオオオオオ!!!

 瞳の中へ突き入れられた剣ごと、リオレイアがもがきまわっている。
 剣を掴んだままのヴィッツは、そのまま身体を宙に振り回される。
 だが振り回されながらも、両手で持っていた剣を片手に持ち変える。
「クソがっ!」
自由になった腕で、ヴィッツが自らのポーチをまさぐった。
 そこで掴んだものを、地面に倒れて動かなくなったリーエンへ投げつける。
「アイルー!!」
リーエンの身体を包んだ緑色の煙の中では、駆けつけたアイルーが彼の身体を担架に乗せている頃だろう。
 ヴィッツの投げたものは、アイルーに怪我人の後送を依頼するための合図を送る煙幕だった。
「……だからユニオンの連中とは……」
リオレイアの眼孔から剣を引き抜き、身体を逃れさせる。
 宙を飛んで着地すると、ヴィッツは腰の剣を元通りに差し直した。
 煙幕、けむり玉はヴィッツ自身が使用するために所持していたものである。
 それを期せずしてこの様な場面で使う事となってしまった。
 小さなため息混じりに、宙を仰ぐ。
 視線が、不意に脇の茂みに向いた。
「!?」
ギル。
 そう言おうとして、しかしヴィッツは言葉を吐き出せなかった。
 片目を潰されたリオレイアが、唸り声を上げながら迫る。
 それをほとんど本能で避けながら、ヴィッツがもう一度ギルを省みた。
「……逃げろって言ったじゃねぇか」
茂みに横たわるぼろぼろに砕け散った鎧。
 鎧の中には、血まみれの肉が入っている。
 焼けて溶けたシャツが、真っ赤な皮膚に張り付いている。
 シャツの隙間からは、見慣れぬものが零れ出ていた。
 溶けて流れた皮膚だ。

グウウゥゥゥアアアアア

 一瞬の隙を突き、リオレイアがヴィッツに襲い掛かる。
 だが、まるで背後に瞳を備えているかのように、ヴィッツはそれをかわした。
「DyyAaaaaaa!!」
茂みの影から視線を転じると、ヴィッツが咆哮を上げる。
 襲い掛かってきたリオレイアの頭部をかわし、すれ違い様、剣を引き抜く。
 血が流れ、どす黒く染まったリオレイアの瞳。
 水平に並べられた二本の剣が、眼孔を再度襲った。

グワオオォォォォオオ……

 断末魔の悲鳴すら、中断させられる。
 眼孔から、より深い部分を目指して突き入った二本の剣。
 剣はついにリオレイアの脳へ達した。
 凍気を帯びた刀身は、柔らかな脳を簡単に凍結してしまう。
 リオレイアは、まさに凍りついたように力尽きた。
「……」
二本の剣を一閃し、付着した肉片を払い落とす。
 決して気分の良いとは言えない、肉片の飛び散る感触。その感触を振り捨て、剣を収める。
 一度だけ深いため息を吐き、ゆっくりと背後を振り返った。
 背後の、茂みの中を顧みる。
「……よぉ」
「……」
「なんで逃げなかった?」
「……ぎ……るど……お……れは……」
「……ギルドのためか?」
「にげ……るわけ……いか……」
「そうか。大変なんだな、お前も」
茂みに横たわるボロボロのギル。
 ヴィッツが耳をたて、かすれるギルの声を聞く。
 ギルの脇に腰掛け、ポーチから水筒を取り出した。
「のど渇いたろ? 全部飲んでいいぞ」
狩りの上で、渇きは逃れ様の無い大敵となってハンターへ襲い掛かる。
 彼らにとっては、食料よりも、水こそが命を繋ぐものである。
 供給のはっきりしない状況では、ハンターが他人へ水を分ける事はほとんどない。
 だが、それでもヴィッツはギルに水を与えた。
 それが、死出の手向けとなる事を悟ったからだった。
「あ……りが……ゴホッゴホッ」
「焦って飲むなよ」
「ごふっ……カハッ……」
ヴィッツが目を細め、ギルの吐き出したどす黒いものを見る。
 血液だけではなかった。
 恐らく、一部の融解した臓器を吐き出しているのだ。
 最早、手の施しようが無かった。
「これも飲め。少し楽になる」
「……あ……ああ」
ヴィッツが渡したものは、飛竜に対して用いるネムリ草だった。
 通常はこれを加工して特殊弾頭として用いるのだが、人間に対しては加工せずとも強力な効果を持つ。
 手で軽く擦ったものを、ギルの口元へ運ぶ。
 ほとんど舐める程度ではあったが、ギルは水と供に何とかそれを喉に押し込んでいた。
「ねむく……なっ……」
「ああ」
「……」
「……いろい……ろ……すまなかっ……」
「ああ、気にするな」
「……」
「……」
「……」
「また、な。おやすみ」

不思議と喧騒は無くなり、辺りは静まり返っていた
2006年03月20日(月) 11:00:48 Modified by orz26




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