Dragon's Sanctuary 第十八話

作者:揚げ玉




Dragon's Sanctuary 第十八話


 巨大な槍が宙を抜け、黒色の光が四散する。
 真黒龍槍がリオレウスの頬を裂き、角を削り飛ばした。
 槍はそこで止まらない。
 火竜の顔を抉った槍はそのまま伸び、飛竜の首筋に沿って甲殻を削る。
 削り、吹き飛ばし、穿つ。
 幾度か槍が飛竜の身体を削った後、むき出しになった筋肉へ、槍が食い込んでいった。
 絶叫。
 飛竜の首筋へ、真黒龍槍が潜り込む。
「悪いが殺してやれん」
槍を突き立てた張本人が、リオレウスの首を挟んで反対側に突き出た槍の柄を掴む。
 槍の先端を基点にして、飛竜の首ごと槍を反転させる。
 今度は地面へ向いた切っ先を、飛竜の首を巻き込んだままに地面へ突き立てる。
「ォオ!」
おかしな形で首を捻じ曲げられたまま、飛竜の首が地面に繋がれている。
 槍の主は更に槍に力を入れ、それを一回点させた。

ゴキッ

 鈍い音と供に、リオレウスの首が更に捻れる。
 首を槍に貫かれながら、未だ息のあった飛竜。
 いや、今も生を保ち、飛竜は憎憎しげにこちらを睨んでいる。
 だが、彼は最早身体を動かす事は適わなかった。
 脳から全身に信号を伝えるべき神経が、たった今ねじ切られたのだ。
 残るは、生きながらにして弱肉強食の掟に身をゆだねるのみである。
 かつての獲物に、今度は自らが生きながら蚕食される番だった。
「……」
止めを刺すのが礼儀だし、情けでもある。
 普段であれば、こんな殺し方はしなかっただろう。
 だが、遠方から更に別のリオレウスが襲い掛かってくるのが見える現状では、止めを刺すことすら難しい。
 漆黒の鎧に身を包んだ男は、龍の頭部を模した兜越しに新手を見据えた。
 人ならざるものが、挑んでいるように見える。
 気迫、威圧、殺意。
 まるでかつて追い散らした龍が、彼自身に宿っているようだった。

 炎が揺れ、薄暗い室内の裸身を浮かび上がらせる。
 鍛えるためでなく、見せるためでもなく、ただ使うために付けられた筋肉。
 ただ生きるため。
 その一事に用いられる身体は、研ぎ澄まされた機能の持つ美を備えている。
 そこへ、戦うという一事に特化された衣を貼り付ける。
 無駄の無い肉体が行なう、無駄の無いものを纏う、無駄の無い行為。
 それはそれだけで、既に芸術にまで高められた行為と呼べるのかもしれない。
「前にもあったわよね、こんな事」
戸口で腕を組んで立つベッキーが、ヘクターの所作を邪魔しない程度に声を潜めて話しかけた。
 背後からの声に驚いた様子も無く、ヘクターは黙々と着替えを続ける。
「見飽きたろ、俺の裸なんか」
上半身には何も纏わず、ようやく漆黒の腰当てを身につけたヘクターが、ベッキーへ振り返る。
「ひ……人聞きの悪い事言わないでよ! 誰かが聞いたら勘違いするでしょ!?」
「概ね勘違いじゃないと思うんだが……」
まぁ、そんな事はどうでもいいんだが。
 そんな様子で、ヘクターが着替えを続けている。
 動くたびにカチャリと音がするのは、一番最初にブーツを履いたためだった。
 漆黒の龍の身体から作り出した鎧が、石畳の床に当たって音を立てる。
「……どうせ一人で行くのよね」
「足手まといに付いてこられても、仕方ねぇしな」
既に着込んだシャツの上から、重量のある鎧を着付ける。
「死なないで帰って来なさい」
感情のこもらないよう、事務的に発された声。
 だが、ヘクターにはその声が微かにだけ震えているのが分かる。
 圧し切れない震えが、ベッキーの喉を突いた。
「……」
難儀そうに着込んだ鎧へ、手を当てる。
 微かでも着込みが甘ければ、その緩みから衝撃を吸収しきれずに命を落とす事もあるのだ。
 鎧の着付けから、既に戦いは始まっていた。
「……死んだら殺してやるから」
睨み付けるようにヘクターを見つめる視線には、多分、本当に殺意が込められている。
 例えヘクター本人であろうと、自分の愛する者を奪う事は許せない。
 ベッキーの強い視線は、理不尽であるが強いものに満ちていた。
「……そりゃー、俺と同じ墓に入らなきゃできないぜ?」
手を通した手甲越しに、手を開いて閉じる。
 手甲のはまり具合を調べるように、何度かそれを繰り返しながら、ヘクターが意地悪く笑った。
「なっ……じゃ、じゃぁいいわよ!! 勝手にしなさい!」
頭部を覆う兜を除き、ヘクターは全身を漆黒の鎧に包み終えた。
 何者をも突き通さぬほどの、強靭な甲殻。
 ヘクターがかつて追い返した、漆黒の龍から切り飛ばしたもの。
 それで全身を包むように作られた、驚異的な強度を誇る鎧である。 
「お前は……」
小さく息をついたヘクターが、掴みかけた兜をテーブルの上に乗せる。
 ヘクターの接近に、ベッキーが視線を逸らして逃れた。
 間傍まで来たヘクターに、だが、ベッキーは横を向いたまま応じようとしない。
「なっ!?」
ベッキーの頭上にポンと乗せられた、ヘクターの手。
 驚いたように、ベッキーが彼を睨み付けた。
「しっかり生きて、幸せになって、それから殺しに来い。お前が来るまで、俺は墓の中で待っててやる」
途端に俯いたベッキーが、音を立てて奥歯をかみ締めた。
「じゃーな」
再びボックスの前に戻ったヘクターが、槍を担ぎ上げる。
 小脇に兜を抱え、歩き出す。
 部屋を後にする間際、一度だけ振り返ったヘクターが、微かにだけ笑顔を見せた。
「……」
誰もいなくなった部屋。
 広い部屋から、途端に温度が失われていく。
 暗く、肌寒い部屋。
 たった一人残されたベッキーは、俯いたまま首を振った。
「そんなので幸せになれるわけ、ないでしょう……」


「……ばか」



 上体を屈める。
 凄まじい風圧が、死を伴って身体を掠める。
 刹那、手にした槍を死へ突き立てる。
 大重量の飛竜が突進する勢いと、凄まじい膂力によって突き立てられた槍。
 それらは相殺するのではなく、相乗となって飛竜の身体を貫いた。
グァァアアアアウォオオオオオ
 リオレウスが絶叫を上げる。
 だが、槍の持ち主は彼に一瞥すらくれなかった。
 ヘクターは既に、次に突進してきた飛竜と切り結んでいる。
「オオオォォォオ!」
 槍を一閃し、反しながら新たなリオレウスに突き立てる。
 だが、流石に二連続での一閃に渾身はこもらなかった。
 切っ先がリオレウスの表皮を抉りながら滑る。
「グゥアッ!」
 それがリオレウスの突進を弱めていたとはいえ、それでも飛竜の突撃は凄まじい衝撃をもたらせる。
 突進して来た飛竜の、翼が掠める。
 ヘクターの身体が、吹き飛ばされ、叩きつけられた。
 飛竜の前には、人間の身体など小石に等しいと、改めて感じさせられる。
「チッ」
 起き上がった目前に、大きく開かれたリオレウスの口があった。
 腕に響く、嫌な衝撃。
 とっさにかざした盾へ、リオレウスが噛み付いたのだ。
「共食いか?!」
かつて自らが追い散らした、龍の欠片から磨き上げた盾である。
 それに噛み付いたリオレウスへ、皮肉をこめて言ったのだ。
 だが、更なる皮肉へ繋ぐ余裕は無く、ヘクターは盾をさばいて地面を蹴った。
「……チィ」
後方へ飛びのき、リオレウスとの距離をとる。
 いや、とったつもりだった。
 凄まじい重量が、翻した盾にぶつかる。
 背後から、別のリオレウスが駆け込んできていたのだった。
 盾をかざしたほうの腕が、酷く痺れる。
 この場で踏ん張るのは、限界だろうか。
 見渡した様子では、周囲に三匹のリオレウス。
 更に遠方に二匹が見える。
 ここは一度退くべきか。
 いや、ここで踏ん張らなければ、ミナガルデまで一気に押し込まれるだろう。

退けない

「ハハハッ」

口元を緩めたヘクターは、覚悟とも歓迎とも取れる笑みを漏らした
2006年03月20日(月) 22:31:44 Modified by orz26




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