Dragon's Sanctuary 第十六話

作者:揚げ玉




Dragon's Sanctuary 第十六話


 ミナガルデが揺れた。
 いや。
 揺れているのは山。
 ミナガルデという街を支える、山そのものが震えている。
 人々の恐怖と、喧騒と、混乱で。
 モンスター。
 モンスターの群れが、この街へ押し寄せてきた。
 一頭、二頭、三頭……。
 いや。
 最早、個の識別が意味を成さぬほどの大群である。
 
ハンターは、既に血戦の幕を開けていた

「ドオオオオオオオオリャ!!」
ハーマンの大剣が宙を駆け、その間にあったものを引き裂いた。
 毒飛竜、ゲリョスの身体が遺体となって地に注ぐ。
 空を切る轟音と供に、ハーマンが大剣を一閃した。
「ガンナーは弾の調合! 他の者は武器を研磨しておいてくれ!」
ハーマンの周囲で、ハンターらがとっさに行動を起こす。彼自身もまた、血を払い落とした大剣に砥石を当てている。
「次に何が来るか、いつ一呼吸付けるか、わかりゃしねー……」
木陰に身体を潜め、黙々と砥石を動かす。
 ハーマンの一行は、既に本日三頭目の飛竜を沈めていた。 
 たった一日の間に、三頭の飛竜。
 大物と呼ばれるリオレウス級の獲物が混ざっていなかったとはいえ、尋常ならざる成果である。
 もっとも、そんな成果を挙げているのはハーマンの一行に限らなかったが。

「Uuuuuuu−Ra!!」
剣が凍結する音を立て、獲物を断つ。
 肉を凍らせ、骨を寸断したギルドナイトセーバーが、華奢な音と供に獲物の体内から現れた。
 獲物の体内の血肉を食い破って。
「もたもたするな! 次が来んぞ!!」
金色の髪を揺らし、反対側に持ったもう一振りのギルドナイトセーバーを取って返す。
 不意に、宙から飛び掛ってきたイーオスが引きちぎれた。
 空中から乗りかかってきた勢いと、下から剣が振り上げられる勢い。そこに凄まじい冷気を混ぜ合わされれば、イーオス程度の獲物など一刀で寸断される。
 無論、彼のような腕が加わっての事だが。
「あ、ああ……」
そう言って、ギルがギルドナイト・ヴィッツの仕留めたイァンックックにナイフを当てようとする。
「ざけんな、ギル!!」
激高したヴィッツの手元から、ナイフが飛んだ。
「!?」
ナイフはギルの赤色の髪を掠めると、そのまま背後の。背後から飛び掛るイーオスの喉へ突き刺さった。
「剥ぐ暇なんざねーぞ。死にたくなけりゃ、まずは自分のするべき事をしろ」
獲物の身体から、様々な素材を剥ぎ取る。
 それはハンターの生計を立てる手段であり、狩りの報酬ともいえる。
 だから、ギルは習性として倒した獲物にナイフを当てたのだ。だが、彼はその瞬間をイーオスに狙われていたのだった。
「それとリーエン! 周囲への警戒を忘れるな! ぼーっとしてっと死ぬぞ!」
「あ、ああ……」
一流と呼ばれるギルドの、リーダーである。
 多数のハンターを抱えるギルド、ケーニヒ。
 そのナンバー1とナンバー2が何という姿か。
 ギルは、頬が引きつるのを何とかこらえた。

「ハンッ!!」
眼孔が砕け、頭部を挟んで反対側の眼球が飛び出す。
 粘質的な破裂音を立て、脳漿が噴出した。
 ゲネポスであったものは、頭部を砕かれて動かなくなる。
「……ヒ」
小さな悲鳴を立て、ラピスがその場に座り込む。
 足元に落ちた砥石を拾おうとしたのだ。
 その一瞬の隙を突き、ゲネポスが飛び掛ってきたのである。
 こんな狩りは初めてだ。
 一瞬一瞬が、命を落とす危険に満ちている。
 一秒たりと、気が抜けない。
「大丈夫か?」
落としたハンマーを広い、ダランスが血まみれの右手を差し出した。
 イァンクックを仕留めた瞬間であったため、ハンマーを手元に戻す事が出来なかったのだ。
 ダランスは反動のついたハンマーをそのまま投げ捨て、ラピスへ迫る背後のゲネポスに殴りかかったのである。
 ダランスの持つ手甲、グラビドUアームだからこそ可能な芸当だった。
 超重量、超重厚の手甲に、全体重を乗せて殴りかかる。
 それは、下手なハンマーよりも遥かに強大な威力を生み出せるのだった。
「あ、ありがとうござい……ます」
青白い顔色のまま、ラピスはダランスの手を掴んだ。
 間も無く差し出された、血塗られていない左手の方を、である。
 少しだけ気まずそうに、ダランスが褐色の頬を歪ませて、反対の手を差し出したのだった。
 女性への気遣いというものに慣れない、異国育ちの自分を省みての事だった。
「女には辛いだろう。これは狩りというより……」
手足にグラビドUをまとい、胴には一切の防具を付けない。彼独特な防具の纏い方。
 そして褐色の肌が示すように、ギルドナイト・ダランスはこの国の人間では無い。
 元々傭兵であったダランスは、この狩場と良く似た光景を嫌というほど知っていた。
「……まるで、戦場だ」
そう、これは戦争なのだろう。
 人とモンスターの、覇権をかけた争いの一つなのだ。

 ミナガルデの酒場は、さしずめ野戦病棟の趣だった。
 次々と運ばれてくる怪我人。
 彼らを収納しきれない病院は、半ば機能が止まりつつある。
 新たに送られてくる病人は、この酒場の方へ割り振られていた。
「あんまり旗色がよくないな」
酒場のテーブルや椅子に、怪我人が並べられていた。
 多くの者は軽症だが、そうでない者も存在する。
 ヘクターが彼らに一瞥を送り、浮かない顔を見せた。
「元々モンスター相手の事ですから、終始押されるのはわかっていました。最後に勝てれば良い方でしょう……」
ヘクター以上に深刻な顔を見せるのは、イリアスである。
 既に動かせるパーティはモンスターとの戦いの中にあり、新たに投入できるハンターはいなかった。
 以後は各ハンターの働きに任せるしかない。
「さて、そろそろだろ」
「……ええ。お気をつけて」
そう言ったヘクターは、席を立って酒場を後にした。
 それを見送るイリアスも、席を立つ。
 彼もまた、自らの出番が近い事を分かっていた。

結界が破れた

 ほとんど悲鳴であったそれが、酒場の中に響き渡る。
 ハンターの守っていた一角が崩れ、モンスターが雪崩を打ってミナガルデの麓へ駆け込んできたというのだ。
 既に幾つかのパーティが半壊しているという。
「出番だ! ガンナー出るぞ!!」
イリアスの良く通る声が、騒然とする酒場を切り裂く。
 純白のマントを翻し、自らの下についたハンターを呼ぶ。
 席を立った彼らと供に、イリアスが酒場を後にした。

 人外の地。
 感傷的に言っても、事実として言っても、それは同じだった。
 モンスターが溢れ、その中で戦う人間は、幾人かが逃げ、幾人かが残り、多数は引き裂かれ食い散らかされた。
 イァンクックやゲリョスといった、小型の飛竜が前面に出ている間は良かったのだ。
 大型の飛竜、リオレイアやリオレウスが徒党を組んで現れて以降、人間らは一気に押し崩された。
「チッ! レイアか!?」
宙に飛び上がったヴィッツが、そう言って身体を捻る。
 不意に茂みから現れた飛竜から、逃れきれず斜面に飛び降りたのだ。
 両手の剣を腰に収めながら、地面へと着地する。
 足に強い衝撃が走るが、リオレイアに噛み付かれるよりは遥かにましだった。
「逃げろ、ギル! リーエン!!」
飛び降りた斜面を滑り降りながら、その上に向かって叫ぶ。
 この上には、ギルとリーエンという二名のハンターが残っているはずである。確か、同じギルドの出身であるハンターだったはず。二人で後退を始めれば、このリオレイアから逃れる事も出来るだろう。
「ウオッ!?」
とっさに身を屈め、空へ剣を振り上げる。
 手ごたえと供に、轟音が身体を掠めて行った。
 先ほどやり過ごしたものとは別の、新たなリオレイアである。
「二頭……ってわけでもなさそうだな」
すれ違い様、新たなリオレイアの顎に一刀を加えた事を確認するが、それぐらいで怯む飛竜では無い事も分かっている。
 気がつけば、今のリオレイアと供に先ほどのリオレイアもまた戻ってきていた。

グゥゥウゥゥアアアアアアウウウウウ

 低い唸り声。
 威圧とも警戒とも取れる、雌火竜リオレイアの声。
 それが目の前で二頭連なり、同時に発せられている。
 周囲は人間の背丈ほどの木々が生い茂り、背後は斜面で塞がれている。
 前面には二頭の火竜である。
 逃げ場は無さそうだった。 
「アニキもこういう時いねぇもんな……クソ天然め」
苦笑いを浮かべながら、両手に持った剣を十字に構える。
 先に飛びついてきた片方の顎下に滑り込み、甲殻の薄い腹部に剣を立て、もう一匹に切りつける。
 頭の中で、二頭の火竜とやりあうイメージを作り出す。
 後はその通りに体を動かせば、狩りが完了するはずだった。
 その時である。
「ウワー!?」
「!?」
ほとんど一瞬の出来事だった。
 ヴィッツが上方から聞こえた声に注意を奪われたと見るや、一頭のリオレイアが彼目掛けて走り込んできたのである。
「Iiyー……Yah!」
十字に構えていた剣。
 それをリオレイアの首筋へ器用に絡ませると、ヴィッツは下半身から上半身、リオレイアの首を梃子にした剣、その順番に宙へと舞い上がった。
 まるで逆立ちしながら飛び上がったかの様に、ヴィッツが火竜を避ける。
「Yeah!」
そのまま斜面の中腹に着地すると、地面に剣を突き立てて身体を固定する。
 先ほどまでいた場所を見下ろすと、二頭のリオレイアが唸り声を上げて宙を睨んでいる。
 元々飛竜と呼ばれる生物であるゆえ、彼女らがその気になればこちらまで飛び掛る事もでるだろう。
 だが、決して視力の良いとは言えない彼女らに、木々の絡まりあう複雑な斜面に隠れる人間を見つけ出すことが出来るだろうか。
 ヴィッツはその答えを知るゆえに、剣を地面に突き刺しながら悠然と斜面を登り始めた。

 リオレウス。
 リオレウス。
 リオレウス……。
 竜大戦以降、どれだけの人間が群れを成す飛竜を見たことだろう。
 もしかすると、あの大戦以来の出来事かもしれない。
 リオレウス達は、今や草原を走る赤い波の様だった。
 数十匹掛りで彼らを食い止めていたひ弱な生物は無く、それらを蹴散らす時が来たのだ。遠方に見えるあの生物の影を、このまま一飲みにするのだ。
「朱に混じらば……か。あれが人の生き写しならば、我ながら人間でいる事が恐ろしくなるな」
ミナガルデの城壁から、イリアスがボウガンのスコープ越しにリオレウスの群れを見下ろす。
 自らのブレスが引き起こした炎の中、リオレウスたちは悠然と歩いていた。
「ど、どうするんですか……言われた通り拡散弾持って来ましたが、全然足りませんよ」
同じく隣でスコープを覗いていたムーラが、小さな悲鳴らしきものを漏らした。
「私の言う通りに動いてくれれば大丈夫だ」
それよりも、問題はその後だ。
 イリアスが唇の端をかんだ。
 情報が正しければ、およそほとんどの種類の飛竜が群れを成してここに迫っているはず。
 小型の飛竜はあらかた片付けた様だが、リオレウス以降の飛竜が見当たらない。
 あれらを倒した後、一度ハンターを引き上げさせるとして、その間に場をもたせるのはどうしたら良いものか。
 自分らとヘクターさんでは、限界も知れている。
「……ムーラ、トマス、ラクシ。私の初弾に合わせて、以降斉射をはじめてくれ」
リオレウスが歩む速度を速めた。
 もう見物も飽きた。
 視界にある忌々しいあの山を屠ってくれようか。
 飛竜の眼光が鋭く光る。
 最早これ以上は、飛竜の接近を期待するわけにもいかない。
「願わくば速やかなる死を……」
イリアスのボウガンが音を立てる。
「3」

「2」

「1」

「撃てー!!」

ズン

 四つの砲口が大質量の弾を吐き出す。
 LV3 拡散弾。
 子弾を体内に含んだ、特殊な弾頭である。

轟音

 リオレウスの背中に降り注いだそれは、複数の子弾に分離し、それらは飛竜の甲殻に硬さを問うた。
 巻き起こる炎と爆発。分裂した子弾は、例外なく炎と爆発を引き起こす。そしてそれは、火竜の異名をとる彼らを、侮辱した事になるのかもしれない。

グゥァアアアアアォオオオ!

 苛立ちを吐き捨てる。
 そんなものが火竜たるものに効くものか。
 我らを侮辱するにも程がある。
 拡散弾の爆発も、炎も、火竜の甲殻を傷つけるには至らなかった。巻き起こる炎の中で、彼らは王者としての矜持を吐き出した。
「第二射!!」
再度注いだそれらに、彼らが注意を払う事は無かった。
 非力な生物が、何を無駄な事を。
 叩きつけられる爆風も、炎も、所詮は悪あがきに過ぎないのだ。
 火竜は雨の様な炎を易々と受け続けた。
「出し惜しみは無しだ! ありったけ撃ち込んでやれ!!」
四人のハンターが、ミナガルデの城壁から拡散弾を放ち続ける。
 そろそろリオレウス達も焦れてきていた。
 いつまで無駄な事をするのだ。
 この上は、遠方に逃げ散る奴らよりも、この鬱陶しい炎を投げ掛ける奴らから蹴散らそうか。
 飛竜が翼を広げた。
「撃てぇ!!」
遠く離れた城壁の上、イリアスが咆哮を上げた。

 リオレウスは、ついに気付かなかった。
 大地に放たれた炎が、絶えず自らの甲殻を焼き続けていた事を。
 彼らの強健な甲殻に燃え移った火は、その表皮をちりちりと焼いていた事を。
 そして、水分を失って脆くなった甲殻の継ぎ目が、一部だけひびを生じたのだ。
 人の作り出した火は、その一点目掛けて浸入を開始する。
 はけ口を求めるように、炎は飛竜の甲殻の綻びへ襲い掛かった。
 拡散弾の放つ特殊な炎。
 それは、甲殻の隙間から肉を焼き、臓腑へと達した。
 生きながら、リオレウスの内臓に炎がかけられたのである。

アアアアアァアァアァアアアアア

 絶叫と言えばよいのだろうか。
 言葉を持たぬ分、彼らの悲鳴にはその感情が明確に見て取れた。
 痛み。
 苦しみ。
 怒り。
 困惑。
 憎悪。
「……」
何も言わぬまま、イリアスが業火の中を見つめていた。
 生きながら焼かれる、火竜。
 彼らとて、自らが焼かれて死ぬ事になるなど、考えもしなかっただろう。
 火竜たる彼らが。
「……狩人たる私が狩られる日が来ないとも限らんしな」
翻って自らの身を考えると、そんな事がいつ起こるとも限らないのだ。
 暗澹たる思いで、イリアスが火勢の衰えぬ炎を見詰めている。
2006年02月11日(土) 10:33:59 Modified by orz26




スマートフォン版で見る