Dragon's Sanctuary 第二話

作者:揚げ玉




Dragon's Sanctuary 第二話


 生肉の納品という依頼であったため、ゲリョスにさえ遭遇しなければ目的の達成は楽なものであった。早々に草食モンスターを狩り、生肉を狩り集めた彼女らは、半日程度で依頼の条件を満たし、帰還の途に着いた。
 街の入り口で彼女がゲリョスに助けられた礼をし、パーティが解散となる。僅か十四時間二十五分のパーティであった。
「カノン」
ハンターの泊まる宿泊施設、ゲストハウスで狩りの汗を流し、カノンは真っ先に酒場へ向かっていた。足早に駆け込んだ酒場の中で、彼女に声がかけられる。
 短く整えられた淡い金色の髪を揺らし、カノンが駆け出す。人混みで溢れる酒場に、待ち人を見つけ出したのだ。ミナガルデを離れていた待ち人、クラスターが戻ったのである。
「ラスー!!」
弾む声でその名を呼び、カノンはクラスターの座る席まで駆けた。相変わらず酒場の中は混雑していて、店員であるメイド服姿の女性達は忙しく動き回っている。
「二人だけで生肉取りに行ったらしいね。怪我は?」
「ううん、してないよっ」
クラスターの隣、腿が擦れ合う距離に座り、カノンもまた店員へ食事を注文する。
 ギルドから直接依頼された仕事によって、クラスターは一週間程ミナガルデを離れていたのだ。カノンにとっては、随分と久方ぶりの再開に思えた。
 座席から隣を見上げると、そこにはクラスターの横顔が見える。金色の髪は短く刈られ、そのせいで以前よりも彼の美しい顔を眺めやすい。冷淡に見えるほど、研ぎ澄まされた美しさである。
 カノンはクラスターと知り合って思うのだ。もしも彼が見た目が美しいだけの男であったのなら、今自分はここにいないだろう。興味を惹かれるきっかけになっても、外見は人そのものへの評価に影響しない。この見た目よりもはるか鷹揚な男の魅力は、むしろ内面にこそあるのだ。自分が今もこうしているのは、彼の姿によるものでは無かった。
「エイッ」
クスクスと笑いながら、カノンがクラスターの襟足を撫で上げた。短くなったクラスターの金色の髪が、しかし何度見ても栗に見えてしまうのだ。
 こうやって悪戯をするたびに、驚いたようにこちらを振り返るクラスターが、カノンはたまらなく好きだった。

 酒場の入り口が開かれ、そこから一人の男が現れた。
 短く整えられた、燃え上がるような炎色の髪。
 挑戦的で、言ってしまえば生意気な印象を受ける彼の顔は、年を重ねてもその特徴を失わない。
 手足だけを厚い黒色のプロテクターに包み、彼は体に鎧を身につけていない。背には大剣を背負っているが、誰もそれを注視しようとはしなかった。その剣が業物と呼ばれる剣の、そのどれとも異なる形状をしていたからだ。
何処ぞで拾ってきた、ナマクラでも持って来たのか。
 彼の剣を一瞥した酒場の中のハンターらは、それきり興味を失ったように酒盛りに興じる。
 男は馴染みの雰囲気に一つ呼吸をおくと、心地良い雰囲気の中を歩き出した。鳴動する息吹の様な、酒場の喧騒。自分を値踏みをするような、ハンターらの鋭い視線。それすら心地が良い。
彼は思うのだ。自分は今、紛れも無く酒場にいるのだ、と。ヘクターの言葉に嘘はなかった。自分は彼に顎で使われる毎日を過ごしている。
 かつては、自分が口にした言葉を後悔した事もあった。だが今ではそれもまた縁なのだろうと、成り行きを楽しんでいる。そう、それはきっと自分が歳をとったせいなのかもしれない。
「……あんたが俺よりも弱いと分かったら、その時は好きにさせてもらうぜ?」

……十数年前の話である

「ラース」
雑踏と喧騒、人と雑音の海を渡り終えた男は、目指したテーブルに辿り着く。男の目指した彼らは、食事を終えたところらしい。テーブルの上には空になった皿と、残り僅かになったグラスがあった。
「やぁ、ディグ。久しぶりだね」
昔と異なり、短く切りそろえられたクラスターの髪。その彼の耳には、小さな光沢が見て取れる。美しい空色のピアスがそこにあった。酒場の燃える様な熱気を受け、それは光り輝いている。
「……」
ところが、クラスターのピアスは片耳にしか付けられていない。左右につけるタイプでは無いのだろうか。ディグニティがそんな事を考えた時、彼の隣に少女が座っているのを発見する。
 彼女を少女と呼ぶには、その傍らにある使い込まれたボウガンが不似合いかもしれない。酒場の中だけあって、ボウガンの銃身から弾は抜かれ、弦は外されている。だが傷だらけになった銃身と、手入れを受けて研磨されて輝く銃口は、彼女の戦闘経験の程を雄弁に語っていた。そして彼女の耳にはクラスターと同じピアスが、これまた片方の耳だけに付けられている。
「ラス、こちらのお嬢ちゃんは?」
不機嫌そうな表情でディグニティを見上げる少女は、待ち合わせたクラスターの服の袖を握っている。
 握っているというよりは、引っ張っているという方が適当であろうか。元から凛々しくつり上がっている彼女の目じりが、今は更に引き上げられている。
「うん、カノン。よろしく」
本来はカノン本人が言うべきであろう挨拶を、クラスターが微笑みと供に告げる。ディグニティは首をかしげながらも、彼の隣に座る少女に頭を下げた。
「ディグニティだ。よろしくな」
定まりきらない視線を返しながら、カノンが小さく頭を下げる。
 人見知りする子なのだろうか。
 ディグニティは二人の正面に座りながら、そんな印象を抱いていた。

 だが、何よりもディグニティは空腹だった。何しろ、山を降りてからミナガルデまで食事を取らずに来たのである。この不似合いな二人組みの関係について詮索するよりも、彼はまず空腹を満たしたかった。
「ベッキー! なんか適当に食い物頼む!!」
ディグニティが受付に向かって大声を張り上げた。周囲のハンター達が、一瞬何事かと彼を見たほどである。
 テーブルから離れたカウンターで、何かの筆記をしていた女性、ベッキーがうるさそうに手を振った。
「何で私に言うのよ!? 注文取ってる娘に言ってよね」
そう言いながらも、ベッキーは客席を巡回していた女性に合図し、料理の用意をさせる。括られている美しい赤毛の髪と供に、彼女が首を振った。
「まったく。久しぶりに帰ってきたと思えば、さっそくうるさいんだから」
渋々といった様子でカウンターから離れると、テーブルに着いたディグニティへ、ベッキー自身がグラスを差し出す。グラスには並々とアルコールが注がれていた。
「あら、ラスもいたのね。今日もデート?」
口元に手を当てると、ベッキーがころころと笑い声を上げる。
 その極上の笑顔に、周囲のハンター数名が色めき立った。しかし、それらがベッキーの視界に入る事は無いのだろう。彼女にとって、向けられる色目など空から注ぐ雨粒に等しかった。
対して、クラスターの隣ではカノンが掴んでいた袖を引っ張り、なにやら彼の耳元で囁いている。
「それで? ディグが来てるって事はまたヘクトのお使い?」
実際、ベッキーの美しさといったら筆舌を絶するであろう。
 ベッキーの長く伸びた髪が短かった頃、ディグニティは初めて彼女と出会った。彼の行なっていた未許可での狩りがハンターズギルドに咎められ、真偽を確かめるべく調査隊が送られてきたのだ。
 今でも村にやって来た二人を覚えている。後に聞いたところでは、彼らはハンターズギルドが非公式に抱える暗殺部隊であったのだという。
 自分は暗殺されかけていたのだと、その時に知った。だから、あの場で彼らを止めてくれたヘクターと、暗殺部隊の隊長は自分の命の恩人であったのだ。あの美しかった隊長は、当時に比べて更に美しさに磨きがかかったと思う。
 目の前のベッキーを見て、そう思うのだ。
「ああ。なんでも自分で作ったスイカを足元に置いて、滑り込んでくるレイアの顎でスイカ割りをするのが夢なんだそうだ」
そのために、ディグニティはスイカの種を買いに下山したらしい。ベッキーは、そう、とだけ言うとそのままカウンターへと戻ってしまった。
 ベッキーの戻ったカウンターには、キセルをふかしている老人が腰掛けている。この老人こそハンターズギルドの主人であり、この街の事実上の管理者でもある人物だった。その他にも様々な肩書きを持つ事で知られているが、一般的には酒場のマスターで通っている。
「ねぇ、マスター。ヘクト殺して来ていい?」
ベッキーの頬が小さく震えている。ヘクターという男への呆れと、怒りがそこを震わせているらしい。
 ペンを握り、先ほどまでの書き物を再開させる。しかし、その字は色々な方向に活発に動き回っていた。
「……止めておけ。あんなんでも一応お前の上司ぢゃ」
ベッキーの様子に微笑みながら、マスターは笑って首を振る。昔からヘクターとベッキーを知るマスターにとって、無論その言葉が本気であろうはずが無い事を知っていた。そしてそんな事を言い合う二人を、微笑ましく見守ってもいるのだった。
「……?」
ベッキーから受け取ったグラスに口につけ、座席に着いたディグニティは、目の前のクラスターとカノンがこそこそとやり取りをしているのに気が付いた。何をしているのだろうか。
 そういえば、さっきからずっとこの様子である。

数分前の事であった

 どうやらクラスターの知り合いらしい受付の女性が目の前まで来ると、彼をラスと呼び捨てにし、目の前の男と会話を始めたのだ。
掴んでいたクラスターの袖を、カノンが更に強くひきつける。
(ちょっと、受付の女の人と知り合いだったの!? 何で黙ってたのよ!)
小声で聞こえてくるカノンの詰問に驚きながら、クラスターがのんびりと首を振った。
(いや、わざわざいう必要も無いと思ったから)
(ラス!? ラスって何!? クラスターのこと、ラスって呼んでるのあたしだけじゃないの!?)
クラスターの袖が再び引っ張られ、いつの間にかカノンの指が彼の腕をつねっている。
(いたたたた)
(あの女の人とどういう関係だったの!?)
(いや、昔からの知り合いだよ)
クラスターとしては中々鋭い反応であったかもしれない。ベッキーと恋人であったのではないか、カノンがそう勘繰っている事に気が付いたのだ。だが、その後が彼らしい反応であったろう。それはやぶ蛇と呼ばれるものであった。
(一緒に狩りをしていた仲間には他の女の人もいたから……いたたたた)
(他にもいるの!?)

 何をやってるんだ。ディグニティは目の前の二人を見てそう思わずにはいられなかった。クラスターは確か、現在二十代半ば辺りの年齢のはずである。それが十代、しかも前半であろう少女にやりこまれている。
 そもそもこの二人は何をしているのだろう。兄妹にしては歳が離れているし、親戚の子供か何かなのだろうか。そう思っていたのだが、それも違うようである。
「なぁ、そういえば手紙で、レドニアに配属になる前に長期休暇をとって出掛けたい、って書いてたよな? 何処行くんだ?」
ディグニティにしてみれば詮索する気は皆無で尋ねたのだが、それが思わぬ身の上話へと発展してしまう。彼も思いもしなかったろうし、クラスター自身、その意味が良く分かっていないようであった。
「カノンの実家のある村に行こうと思って。家に泊めてくれるんだってさ」
「実家ぁぁ!!!?」
「実家ぁぁあ!?」
ディグティの声に混じって、カウンターからもう一つの声がこだまして来る。木霊の発生源はカウンターを飛び越えると、一瞬にしてディグニティの隣の座席へ滑り込んだ。
「じじじ実家って、ご両親にご挨拶っていうあれか!?」
ディグニティが机から身を乗り出し、その隣でベッキーが彼から奪い取ったグラスを一気に飲み干す。
「うん? うん。泊めてもらうから挨拶はするつもりだけど?」
そう言うクラスターの隣では、カノンが顔を赤らめながらも、文句ある?とでも言いたげにこちらを睨んでいる。
ディグニティが黙って首を振り、ベッキーは大きくため息をついた。
「お前……最近何やってるかと思えば、禁断の嗜み『理想のお嫁さん作り』に走ってたのか……」
頭を抱え込みながら、ディグニティが大きく頭を振る。年端のいかない少女を捕まえ、自分好みに育てるつもりでいたのか、と。ベッキーなどは余計な事は何も言わず。
「末永くお幸せにね」
とだけ言って黙ってしまったのだった。
 実のところ、この場で一番事態を理解していないのが当事者であるクラスターであった。彼にしてみれば、田舎でのんびり出来るかもしれない、としか考えていないのである。このままいくと、次に気が付いた時にはいつの間にか結婚していた、という事になるかもしれない。彼としては、カノンに対してその様に考えた事が無かったのだ。
 だがその気が無いというわけでもなく、本当にただ考えた事がなかったのである。クラスターは、カノンに好かれている事にすら気付いていないのであった。カノンもまたカノンであり、そういう彼だからこそ、両親に会わせて身柄を確保してしまおうと考えたのかもしれない。どちらにしても、彼女は彼に関してあらゆる面で優先権を持ちつつあった。むしろ捕まったのはクラスターの方なのかもしれない。
「?」
不思議そうに一同を見渡しながら、当事者だけが首をかしげている。
2005年09月10日(土) 07:55:36 Modified by orz26




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