Dragon's Sanctuary 第六話

作者:揚げ玉




Dragon's Sanctuary 第六話


一匹……二匹……
それにあれは……グロウ

 ランポスの群れを統べるドスランポス。彼の周りに、次々とランポス達が終結しつつある。川を挟んで向こう側は、文字通り人外の地である。人の通りの通用せぬ世界。
 狩るか、狩られるか。
 だが、そんな事はこの地域に足を踏み入れた際に既に承知している。
 G区画と呼ばれるこの地域は、一般のハンターが立ち入る事を許されぬ程の過酷な地域だった。
「……」
照準を絞られたスコープが、川向こうのランポス達を映し出した。青い鱗に覆われた小型のモンスター、ランポス。
その中にあって、たった一匹だけ、他のランポスを圧倒する巨躯が見える。あれが群れを統べるドスランポスだろう。
 だが、スコープの倍率を間違えているのだろうか。
 そう思って、バルナスは倍率を確認した。
「何だよ……アレ……」
他のランポスを圧倒する、だけでは無い。
 恐らく、あらゆるドスランポスの中でも、あれだけの巨躯を誇るドスランポスは存在しないだろう。小型の飛竜はおろか、中型の飛竜にすら負けぬ威容である。
 そして何より、頭部のとさかの一部が欠けている。恐らく激戦の程を物語るそれは、彼が如何に勇敢な戦いを繰り返してきたかを示していた。
「グロウだよ……」
斜面に伏せてボウガンを覗いていたバルナスの背後から、もう一つのボウガンの持ち主が声をあげる。
 イリアスであった。
「グロウ?」
「ハンターズギルドが特別に名前を与えた、最強のドスランポス。ハンターだけで二十人はやられている」
「ドスランポスに?」
ドスランポスごときに?
 そう言い掛けて、バルナスは語尾を飲み込んだ。
 確かに、あの大きさのドスランポスであれば、並みのハンターなどひとたまりも無いだろう。
「それだけじゃない。奴は飛竜喰いだ」
「飛竜喰い!?」
極稀に、飛竜喰いと呼ばれるモンスターが発生する。飛竜でも無いモンスターが、その異様な能力で飛竜を狩りの獲物とするらしいのだ。
 そうやって生態系の壁を乗り越えたモンスターは、更に強く、更に狡猾になるという。
「奴にイァンクックが喰われてるのを目撃されてる。……その後、ハンターズギルドがランク二十のハンターを四名送り込んだが、それからは忽然と姿を消した」
「逃げたんです?」
「その四名が、奴の二十人目の犠牲者だった」
「……マジですか?」
「こんなとこにいたのか……グロウ」
スコープの中のドスランポスは、月光を照り返す瞳をこちらへ向けている。冷たい光を宿したそれは、見る者を凍りつかせるに十分だった。
「バルナス……これ以上は無駄だ。奴はもう、こっちに気付いてる」
背筋に何かが走る。
それは夜の冷気のせいなのだと思い直しながら、バルナスが地面に立てていたボウガンを折りたたんだ。
「……ここも今夜が限界だろう。明日には連中が大挙してやってくる」
バルナスが微かな音を立てて斜面を滑り降りた。隠密行動を旨とするガンナーらしい身のこなしである。
 力の限り武器を降り続ける事の出来る他のハンターと違って、ボウガンを背負ったハンター、ガンナーは残弾数という制約を常に背負う。モンスターという生き物は非常に生命力が強く、ボウガンの弾を数発撃ち込んだだけではびくともしない。
 数発以上×百以上。
 あのランポスの群れを殲滅させる事の出来る、それだけの数の弾は持ち合わせていない。
 イリアスもまた斜面を滑り降りると、眼下のキャンプへと滑り込んだ。
 周囲三百六十度を岩の斜面に囲まれる泉には、そのほとりに小さな小屋が作られ、ハンターの拠点として利用されている。モンスターの襲撃からも身を隠すことができ、天然の要害といった風情である。
 滑り降りた小屋の前、焚かれた火の周りに三名のハンターが座っている。先のバルナス、そしてハーマンとカッツであった。
「んで、どうします? 皆で突撃して華々しく討ち死にって感じじゃないんでしょ?」
ハーマンが淡々と言った。自らのおかれた状況を冷静に判断しながら、彼は自分の生死を達観して答えを出している。ハンターとしてあるレベルを超えた者でなければ、成す事の出来ない覚悟である。
 バルナスが折りたたんだボウガンを広げながら、砲口を覗き込んだ。彼は手早く砲身の掃除を始めている。
「ああ、そうか。バルナスとハーマンは始めてだっけか……」
焚き火を眺めていたカッツが口を開いた。
「アレ、やるんでしょう? イリアスさん」
「アレ?」
ハーマンが首をかしげる。背後の地面に突き刺した彼のハンマーが、不意にカチャリと音を立てた。
「……ここから五十キロ下がれば、大きな川がある。そこを船で渡れば、ランポスたちは追ってこれない」
イリアスが地図を広げた。一同が覗き込んだそれには、付近の大まかな地形が書き記されている。
「私がいるパーティからは死者を出さない。一人残らず、絶対に生きて連れて帰る」
これからの行動を指示したイリアスは、その最後を強い口調で締めくくった。それは彼自身が、かつて言われた言葉でもあった。

 あくる朝。
 イリアスらが身を隠していた泉は、ついに二匹のランポスの知る所となった。四方を切り立った岩に囲まれたその奇妙な場所には、しかしぽっかりと口を開けた横穴がある。
 その臭いは、この横穴の中から漂ってくる。
餌の臭いだった。
「!?」
だが、その哀れなランポスは、薄暗い横穴を覗き込んだ瞬間、永遠の闇に飲み込まれた。
「走れ!!」
ぽっかりと頭部に穴の空いたランポスの死体。その脇を、イリアスが駆け抜ける。一秒を争うようにして、三名のハンターもそれに続いた。

臭い
臭いだ

 甘みと独自の酸味。
 それは、獲物にかぶりついた時に漂う臭いだ。
 群れを統べるドスランポスは、何とも言えぬ感慨を持ってその臭いの主を探し当てた。
 いや、獲物では無い。
 この臭いを発していたのは、群れの中でも新参の二匹だ。
 一匹は崖に口をあけた横穴のすぐ傍で。
 もう一匹は衝撃で吹き飛ばされたのか、脇に流れる川に、半ば水没して。
 そのいずれもが、頭部に小さな穴を穿たれている。
 奴らだ。
 油断のならぬ、特別な人間。
 この地方に来るまでに、幾度も遭遇した人間。
 飛竜などの身体を身につけ、同様の武器で襲いかかってくる人間。
 油断ならぬ獲物だ。
 だが、獲物である。
 獲物に変わりは無い。
 かつて襲われた時も、返り討ちにしてやったものだ。

ギュオッ!!

 ドスランポスが、空に向かっていなないた。期待と喜びに溢れた声である。
 骨のある獲物への期待。獲物を見つけた喜び。
 青い狩人は、そのしなやかな身体を駆り立てた。力強く柔軟な足は、地面を蹴りつければ大きく前進し、しかも足音を立てない。
 一歩を蹴る毎に身体が飛び、あっという間に景色が流れてゆく。一声いななけば、方々に散っていた群れのランポスが集まってくる。
 森の木の隙間から、崖の上から。次々と集まってくるランポスは、ついに百匹を越えようとしていた。

ギュオッギュオッ!!

 見つけた。
草原を駆け抜けたところで、四人の人間が列を作って走っている。威嚇の声を発してみたが、こちらを振り返る事も無く、背中を向けたまま走り続けている。
 小癪な。
ドスランポスが唾液の溜まった口を開き、地面を蹴りつけて彼らへ飛び掛ろうとした時だった。
「!?」
凄まじい光が、群れの先頭を走っていたドスランポスを襲った。四人の人間が放った何かが、凄まじい光を放ったのだ。
 以前狩った、奇妙な飛竜が同じ事をして来た。
 トサカの光る、奇妙な飛竜。
 奴を狩った時、群れの半数がやられた。
 酷く厄介な相手だった。
 薄らぼんやりと回復した視界の中には、最早人間の姿は無い。群れのランポスが、ドスランポスの周囲に集まってきた。
 さて、どうしたものか。
 ドスランポス・グロウは一度足を止めて考え込んだ。

「下がれハーマン! これ以上は死ぬぞ!!」
イリアスが叫んだ。
 連続して放たれた砲弾によって、抱えるボウガンはすっかり熱を帯びている。
「分っかりましたぁ!」
ハーマンの右手の盾が轟音を立てる。小型の肉食モンスター、ランポス。それが盾に噛み付いた音だった。
「殿(しんがり)は私とバルナスでやる! ハーマンとカッツは全速で後退しろ!!」
イリアスの声が森林を駆ける。
 指示の通り、ランポスの群れと切り結んでいたハーマンとカッツが走り始めた。ここから目指す河までは、両脇を岩に囲まれた緑の回廊が続く。かつて川底であったらしいこの回廊は、両脇が岩で塞がれ、逃げる先は一方向しかない。もう一方からは、ランポスの群れが怒涛のように襲い掛かって来ている。
その細長い回廊を、ハーマンとカッツが駆ける。
 背後にあるランポスは、二人を上回る速度と跳躍力をもって二人を蹂躙しようとしていた。
 その二人を守るように、茂みから人間が姿を現した。
 バルナスである。
「散弾いくぞ! さっさと走れ!!」
ボウガンをガチャリと鳴らし、廃莢を済ませる。
 こちらに向かって走るハーマンとカッツの背後に、青色の濁流があった。それらは一つ一つが個として知能を持ち、 だが、津波のように押し寄せてくる。
 ランポスの群れだ。
 百……いや、もはや数百はいようか。
「散弾!!」
バルナスが叫ぶ。
 同時に、その隣をハーマンとカッツが走り抜けた。

ズバンッ

 無数の破片に弾け散る特殊な弾丸が、幕となってランポスの行く手を阻む。周囲を岩で囲まれた狭い回廊は、散弾の幕によって封をされた。

ズバンッ

 先頭のランポスに散弾の破片が食い込む。食い込んだ破片はモンスターの皮を裂き、その奥の肉を露にする。瞼が砕け散り、眼球が四散する。
 だが、その数は数頭に満たない。
 数百頭分の数頭。
 バルナスは続いてトリガーを引いた。

ズバッズバンッ

 押し寄せる。
 ランポスの塊は、一向に数を減らしたという印象がない。猛烈な波となって、彼らはこちらへ駆けてくる。
 バルナスが舌打ちを漏らした。
 弾を撃ち切った。
 リロードをしなければ、もう弾を撃てない。
 ボウガンの砲身に残っている弾は、全て撃ちきったのだ。
「Loading!!」
バルナスが叫ぶ。
 隠れていた茂みから、声と供に転がり出る。
 それとほぼ同時に、バルナスは駆け出していた。
 向き合っていたランポスの群れから視界を転じる。
 そこには、物陰に潜むイリアスの姿があった。
 背中を見せてかけ始めた獲物。
 ランポス達は、幸いとばかりに走り出した。

ズバンッ

 イリアスのボウガンが火を噴いた。バルナスの扱っていたものと同じ散弾が発射される。再び弾丸の幕で行く手を遮られたランポスらが、抗議と威嚇の声を発した。
 ランポスの群れ、最前列の数匹は、散弾によって身体を引きちぎられて倒れる。だが無論、そんなもので群れ全体の動きが止まるはずも無かった。

ズバッズバンッ

 地面を蹴って飛びかかろうとした一匹が、空中で散弾の雨を受けて肉片を粉々に散らす。真っ赤な肉の雨が地面へ降り注いだ。
「Loading!!」
イリアスがランポスの群れに背を向け、走り始める。
 ボウガンに装填した弾を撃ち切ったのだ。
 撃ち放った数以上のランポスは、朱に染まったはずである。
 だが、やはりランポスらは怯む気配は無い。それどころか、背中を見せて走り始めたイリアスを見て、狂喜乱舞して襲い掛かかった。

ズバンッ

 再び散弾が彼らの行く手を遮る。イリアスの後方でリロードを終えていたバルナスが、新たな弾を発射したのだ。ランポスの群れは、三度(みたび)行く手を阻まれた。

退却戦

 イリアスが考案した、ガンナー二名による退却方法である。こうして二人が交互にリロードと牽制を行う事で、モンスターの群れに向け、ほぼ無限に散弾の幕を作り続けることが出来る。
 ある程度走った先では、先に逃げたハーマンとカッツが新たな弾薬を調合して待っているはずであった。それを受け取り、更にボウガンに弾を込めればよい。
「Loading!!」
バルナスが散弾の当たらない位置まで駆けたのを確認し、イリアスが再び散弾を放ち始めた。

焼け付いた砲口は未だ冷める事を許されず、延々と同種の弾を吐き出し続ける
数時間、夕刻までそれは続けられた

 ドスランポスが、のそのそと丘陵地帯から這い出てきた。
 丘陵から南下した先にある川へは、岩で作られた天然の回廊を進まねばならない。
 あの人間は、この回廊の先へ向かったのだろう。
 ドスランポスの視界には、見渡す限りのランポスの死体が転がっている。皆が皆、身体に無数の穴をあけられ、表皮を吹き飛ばされている。

やれやれ
あの光にやられたとき、微かに感じた危険はこれだったのか

 あのハンターとかいう人間は、飛竜よりも余程厄介で凶暴では無いか。次にランポスを集め、群れを成したとしても、二度とあれには近寄るまい。ドスランポスは、群れの配下が全滅したであろう事を確信していた。

 その後、グロウと名づけられたこのドスランポスは、野生の生物としては稀な老衰という死を遂げるまで、二度と人間の前に現れる事は無かった。
2005年10月07日(金) 15:16:57 Modified by orz26




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