In the case of 第四話

作者:揚げ玉




In the case of 第四話 (Dignity 1)


Dignity

 西シュレイド王国の西方は、辺境の土地として知られる。王国中央部で見る事はおろか、聞く事すら珍しくなった生物。そこでは、彼らが我が物顔で徘徊する。
 モンスター。
 日常の中で作られた、全ての常識を打ち砕く能力。その身体は鋼鉄に比肩する鱗に覆われ、岩をも打ち砕く強靭な膂力を持つ。
 ハンター。
 モンスターを狩る者達。人の力では負えぬ敵を、それ自身の骸を用いる事で、それらに抗う術を身につけた者達。
 生きるか死ぬか。
 そんな究極の命題が、そこでは日常の中に存在する。
 野蛮な未開の土地。だが全ての生命が、一瞬一瞬を精一杯生きている崇高で気高い蛮地である。

 西シュレイド王国の管理を離れたこの一帯には、詳細な地図などは存在しない。王権が届かぬゆえ、一帯を管理するものも、管理しようとするものも存在しないのだ。町の位置や村の名称などは曖昧であり、かろうじて存在する大雑把な地図によっては、名称にもかなりの相違が存在する。
 この村も、そんな些細な相違として片付けられてしまう小さな村である。地図には村の名称すら記されてはいない。村人自身はこの村をエルミラと呼んでいるが、それは公式な呼称として認められているわけでもなかった。
「……」
エルミラの中心にある広場に、一人の少年の姿がある。
 名はディグニティ。
 足元に並べられた毛皮が示すように、ディグニティは狩りを生業としている。年の程はようやく十を幾つか過ぎた程度だろうか。
 健康に日焼けした褐色の肌。
 それに似つかわしくない細い金色の髪。
 精悍な顔つきながら、その中には、まだまだあどけなさが残っている。
 ディグニティは村で唯一の狩人である。そしてその名を村だけに留めておけない程の、高い腕前を持っていた。
 もっとも近隣に生息するモンスターは、およそ強健とは呼べない部類のものばかりである。ディグニティ自身、自らの狩りの腕前に十分な自身を持てずにいるのはそのためであった。
「……今日も売れねぇな」
店頭には猪や豚に似た外観の草食モンスター、ブルファンゴやモスの毛皮ばかりが並んでいる。露天に陳列され商品の大半は、その二種に由来する肉や毛皮が占めていた。
 というのも、エルミラ一帯に生息するモンスターはこの二種が大半であるのだ。ごく稀にランポスと呼ばれる小型の肉食モンスターが出没するが、肉食モンスターの中では最弱の部類に属するもので、ディグニティの手に負えないという事も無い。
 のどかなで平穏な村といっては、この村を守る唯一のハンターに失礼かもしれない。だがココットやミナガルデといった、ハンターでなくともその名を知るような、ハンターの集まる都市に比べれば、やはりアルミラは平穏といえるだろう。
「毎日がんばるね!」
広場を行く人々がディグニティに声をかける。だが、彼らが品物を手に取る気配はない。皆、商品ではなく彼の顔を見て声をかける程度である。それが彼らの日々の挨拶であった。
 とはいえ、ディグニティの足元に陳列されている商品を見ると、所々に隙間が存在する。まるで売れていない、という訳でもないらしい。
 日々の生活に困るほどではないが、繁盛している訳でもない。のどかな村の、のどかな商売といった雰囲気であった。
「今日は帰るか」
普段より店仕舞いが早い気もするが、一時間や二時間店仕舞いの時間が変わったところで、この村では大した影響は無いのだ。
 ディグニティは足元の荷物をまとめると、村外れにある自宅へと向かった。

 村の外れには、丸太を組み合わせて作られた小さな家がある。小屋は手入れされていないらしく、所々痛んでいるのが見て取れる。
 のんびり歩きすぎたのか、気が付けば辺りは薄暗く、夕食の用意に取り掛かる時間であった。
 自宅の扉を開ける。
 薄暗い家の中には、当然誰もいない。
 一人でこの家に住むようになってから、どれくらい経ったろうか。
 ディグニティは、いわゆる孤児というやつであった。
 幼い頃は、村の家々を回って世話を受けていた。たらい回しと言われるかもしれない。だが、どの家でも自分の子供同様に面倒を見てくれたし、孤児という事で不自由した事はなかった。
 まして今は粗末ながら、雨露のしのげる小さな家がある。ディグニティは自らの境遇に満足していた。親を探そうだとか、生い立ちを知ろうだと、そんな気は毛頭無い。親には都合があったのか、それとも育てる気が無かったのか、とにかく自分は捨てられたのだ。
 だが親は自分をこの世に生んでくれたのである。
 親には感謝するべきだと思う。
 だから、それでいい。
 それだけでいい。
 それ以上は親の事を知りたいとも、関わろうとも思わない。
「この前もらった味噌があったから……。軽く火で炙ったモスの肉と、味噌をツタの葉に丸めて、蒸し焼きにすればいいか……?」
日焼けした酷く男性的な見た目に反し、このディグニティという少年は家庭的な事が嫌いではなかった。
 料理をするのも、掃除をするのも嫌ではない。さすがに大工仕事までは習得しておらず、家は傷んだままだったが、それもいずれ誰かに習っておきたいと考えている。
 一人で暮らす事に、なんら不自由は感じていなかった。ましてや狩りという、自分で生きてゆく術も手に入れたのだ。一人で生きて行く事に、なんら不便を感じる事は無かった。
「ランポスの肉はまずかったなぁ……。料理がまずかったのか? いや、肉食動物の肉はまずいっていうから、俺のせいじゃねぇよな」
唯一、独り言が多くなるのがこの暮らしの難点だと、ディグニティは思う。
 ランポスの肉。
 不意に、村の付近に迷い込んだランポスを仕留めた時の事を思い出す。

 ランポスとは全身を青い鱗で覆われた、小型の肉食モンスターである。生物学上は飛竜に分類されるのだが、翼も無く、身長も人の背丈ほどしかない。言われる事が無ければ、その姿は飛竜には見えないだろう。さらに肉食モンスターとしては最弱の部類に入る。
 だが、かつてランポスを狩ったディグニティは、村中から賞賛された。
 村を救った英雄である、と。
 ランポスを倒した者がその様に賞賛されていると知ったら、世のハンターは何と言って笑うであろうか。ディグニティはその程度の肉食モンスターしか狩った事がなく、それが負い目となっている事も確かであった。
もっとも並の人間がランポスに対したなら、一撃で肢体は引き裂かれ、あっという間に絶命するのだが。
「……」
自分はこの村にとって必要な人間なのだろうか。
 夕暮れ時、傾いた陽の中にいると、そんな事ばかりを考える。
 今の生活に不満は無い。
 だが、それゆえに余計心配になるのだ。
 村から受けた厚遇に対し、幾らでも恩を反す事が出来ているのだろうか、と。

 そんなディグニティの意思とは関係なく、彼のエルミラにおける生活は間も無く終止符を打つ。だが彼がそれを知るはずも無く、彼はこの日もいつも通り狩りに出かけていた。
 普段よりも獲物が少ない気がする。
 何かが違うのだろうか。
 ディグニティは、その異変を感じ取れなかった。もしも彼が熟練したハンターであったなら、モンスターが周辺から遠ざかっているのが分かったであろう。
 モンスターが逃げ始めている。
 彼らが逃げる必要のある相手が、近隣に存在するという事である。
 彼らよりも更に強いもの。
 彼らを捕食する生物。
 飛竜。
 猛スピードで空を駆け、鋼であっても通す事のない強靭な甲殻を持つ。
 そして、あらゆるものを焼き尽くすブレス。
 モンスターの代名詞とも言うべき、恐怖の象徴。
 それこそが飛竜であった。

クヵカカカカカ

 エルミラから程近い森の中で、ディグニティは聞いた事もない鳴き声を耳にした。まるで森中全てに響き渡るような 声。
 と同時に、わきあがる感情。
 背中に震えが走り、全身を悪寒が這う。
 この感情は何なのだろうか。
 震えに似た、凍えるような言い知れぬ感情。
 足がすくみ、身体がこの場にいる事を拒んでいるのが分かる。
「あれは……」
再び聞こえてきたその鳴き声は、ディグニティの元には近づかなかった。
 どうも、その声はこちらから遠ざかっている様である。
 だが。
「村の方に……!?」
危惧した通り、声の主は村の方向へ去っていった。
 その正体は分からない。
 だが、それがよからぬものである事は分かる。
 こんな時にこそ、自分は村の先頭に立って守らなければならないのだ。
「くそっ!」
それがどうした事だろう。足が引きつった様に固まり、冷や汗がとめどなく流れ、歯がガチガチと音を立てる。
 体が動かない。
 どういう事だというのだ。
 自分はこれまで村の人々を守るために狩りに出て来た。
 村の人々に恩を返すために狩りを続けて来た。
 違うのか。
 すべては自らの名誉のためなのか。
 自らの糧を得るためだけであったのか。
 言い知れぬ恐怖がそこにあれば、尻尾を巻いて逃げ出すのか。
 何よりも自らの生命を省みるのか。
 動け。
 動け、身体。
「動けよぉ!!!」
ディグニティの右手から鮮血が飛び散った。右手に付けた籠手の隙間を目指し、自分が握っていた片手剣を差し込んだのだ。
 痛みが右手から上半身へ、上半身から頭部へと駆け巡る。
 ディグニティを縛っていた何かが、激痛と供に外へと追いやられた。
「……ょし」
右手を抉られた痛みが、体の中で疼いている。
 しかし動かない身体に比べれば、そんなものは遥かにましである。
 痛みの一つや二つ、体の内に飼っておいても差し支えない。
 ディグニティは村の方角を見定めると、自由を得た筋肉を駆使して全力で駆け始めた。

 エルミラは歴史上、初の飛竜の来訪を受けようとしていた。
 飛竜現るの報を受け、村の中が騒然としている。
 だが、未だ飛竜の姿は無い。
 森の中で食材の採取をしていた者が、いち早くイァンクックの存在に気付き、村に駆け戻って避難を呼びかけたのだ。村の中は避難を始めた人々で溢れていた。
「村長! 女子供の避難はじきに完了します!」
村の住民らしい青年が、緊張した面持ちで老人に駆け寄った。
 村長だという老人は、静かにうなずいて居並ぶ一同を見渡す。皆が思い思いの刃物を握り、紅潮した様子で整列していた。
 村のハンターは、ディグニティただ一人である。
 彼は今ここにいない。
 そうであれば、戦うのは村の男達の役目である。彼が戻るのを村の外で待つ手もあるが、そんな事は出来なかった。
ここにいる者は皆戦いを知らない。昨日まである者はパンを練り、ある者は畑を耕していた。もしかすると全員の力を合わせても、ディグニティ一人の力に及ばないかもしれない。
 だが今まで、まだまだ子供であるディグニティ一人に狩りという危険な役目を押し付けてきたのである。彼自身が狩りという役割を望んだのだとしても、それは否定出来ない。
 だからこそ、ディグニティの手に負えないモンスターが現れた時、その時は村の男達は彼に借りを返そうと決めていたのだ。
 ディグニティを殺す様な事はさせない。
 何かあった時は、代わりに自分らが死のう。
「よし。飛竜が現れたら、全員一斉に飛び掛れ。なんとしても村を守るのだ」
幸いにも、イァンクックはかなりゆっくり村へ向かっているらしかった。
 森の中で鳴き声を聞いた村人が、走って飛竜の襲来を村へ伝える事が出来たのが証拠である。飛竜が全力で飛行していたら、人間がどんなに必死に走ろうとも、目的地に先んじて到着する事など出来ない。明確に村を目指しているのではなく、偶然にも移動経路が村と重なってしまった様である。

クル……グル……

 間も無く飛竜は現れた。
 意外にも、その名に似つかわしくない方法での来訪だった。
 のしのしと歩きながら、飛竜は村の入り口に顔を見せたのである。
 紅色の甲殻。
 大きなくちばし。
 細い骨格。
 飛竜というよりも、巨大な鳥を想起させるそれは、イァンクックという飛竜である。
 もっとも、こんな辺境の村に住む人々は誰もその名を知らなかったが。
「……きた……」
顔を青ざめさせ、数歩を後ずさる。
 しかしそれでも、村人らは列から逃げ出そうとはしなかった。
 皆が村を愛し、またディグニティに負い目を感じて来たのである。年若い彼に危険を押し付け、のうのうと現在の暮らしに甘んじてきた自分達に。
「こ、こい!」
イァンクックが鳴き声をあげる。口を大きく開け、目標を飲み込むべく足で大地をかいた。

クヵカカカカカ

 イァンクックが耳を大きく広げて獲物を威嚇した。しかしそれは村人に対してではなく、飛竜に向けて後方から石を投げつけた少年に対してである。
「こっちだ! この鳥野郎!!」
少年、ディグニティの大声は、十分すぎる程にイァンクックの耳へと届いたであろう。彼は飛竜を挑発すると、急いで地面にある物を設置した。
「止すんだ! ディグニティ!!」
村人の叫びも聞かず、ディグニティは手こずりながら地面に這いつくばっている。
 ディグニティが置こうとしているもの、それはトラップツールと呼ばれる道具である。
 トラップツールは、円形の筒の様な形状をしている。
 この筒の上面には、植物と特殊な蜘蛛の糸を編み合わせた網を格納し、底面には軟らかな土を融解させる薬品が詰め込まれている。
 この装置を地面に設置すると、瞬時に上端の網が広がり、下端の薬品が広範囲にわたって土を融解させる。
つまり、即席の落とし穴が完成するわけである。
 仕掛けられた網は相当丈夫に出来ており、人間はもちろん、小型のモンスター程度の重量では網を破る事は無い。
 あくまでも巨大な飛竜のみを目標とした、特殊な罠であった。
 これまでランポスという小型のモンスター以外、肉食の敵と対した事の無かったディグニティは、このトラップツールとは無縁の日々を送っていた。
 以前、行商人からこれを手に入れてから、ディグニティはポーチの中にしまったままにしていたのである。
ところが。
 突然、このトラップツールを使う機会に恵まれてしまった。
 恵まれたという程、余裕は無い。
 遭遇してしまったのだ。
 ディグニティは漠然と、トラップツールを用いる様なモンスターを狩りたいと願っていた。だがそれは、少年が幼い日に、魔王を倒して英雄になりたいと願う類のものである。
 実際にこんな物を使用する日が来るなど、ディグニティは思っていなかった。これを持ち歩いていたのも、なんとなく気分として持ち歩いていたに過ぎないのだった。
「こっちに来い!!」
ディグニティは知るはずも無かったが、飛竜イァンクックの巨大な耳は極めて精度が高い。
 そしてその代償として、イァンクックは大きな音を酷く嫌った。
 だから、ディグニティの発した大声はイァンクックの気分を大きく害したのである。
 不快な声を発する生物がいる、まずこれから片付けよう。
 ディグニティの声は、イァンクックにそう思わせるに十分であった。
 飛竜が大地を蹴り、勢い良く彼に駆け始める。
 ディグニティが数歩を後ずさった。
 挑発し、こちらに飛竜が駆け寄ってくるのが狙いである。飛竜はまさに狙いの通りに動いている。
 狙い通りとはいえ、巨大な質量を持った物体が猛スピードで自分へと突進してくるのだ。例えディグニティでなくとも、そこに恐怖を覚えることだろう。
 しかし恐怖とは一度飼いならした敵の名である。右手に残る痛みが、勝利の証である。
 それに屈する事はもう無い。
 さらに数歩を、確実に、しかし気取られぬように後ずさる。

アギュゥゥァアアアア

 信じられない程上手くいった。
 イァンクックが絶叫を上げている。
 その下半身は完全に大地に埋まり、上半身も顔と翼を除いてほとんどが土に埋もれている。
 トラップツールは見事に飛竜を飲み込んでいた。
 ディグニティが腰に差していた剣を引き抜き、地面を蹴る。

ガンッ

 これが飛竜なのか。
 ディグニティが舌打ちを漏らす。飛竜の表皮に叩き付けた剣は、まるで鋼鉄を叩いた様に震えている。その根元にある腕は、震えるように痺れている。
 だが、ディグニティは怯む事無く二発目の斬撃をイァンクックへ叩き付けた。
 二発目は、先とは異なる場所へであった。
 本能的に、そこが脆い事を悟ったのである。
 耳。
 頭部の上半分を縁取るようにして存在するイァンクックの耳。音を拾うという器官の性質上、その材質は硬いものであっては意味を成さない。耳は骨などの硬い材質で形成されてしまうと、空気を振るわせる音を上手くつかめないのだ。
 ゆえに耳は自然と柔らかなものになる。理屈付けてそれを知らずとも、ディグニティの本能はそこを斬りつけろと囁いたのである。
「オォオリャァ!!」
そしてそれは正しく、イァンクックに対して効果的な方法であった。
 巨大な飛竜の耳に、ディグニティの剣によって裂け目が入る。
 一つ、二つ、三つ。
 四度耳を引き裂かれた時、もがきながら振り回されていた飛竜の翼が、ようやくその本体を飛翔させる事に成功した。
 落とし穴から脱し、中空へと逃れるイァンクック。
 空から地面へ降り立ちながら、飛竜が威嚇の声をあげる。
 だが、それを聞く者はすでにいなかった。
 四囲を見回しても、あの人間の姿は無い。
 どこへいったのであろう。
 飛竜は自慢の耳で音を拾おうとするが、それはままならなかった。
 あまりにも精度の高い耳は、引き裂かれた耳から滴る血液の音、鳴動する傷口の音に翻弄されてしまった。
どこへ消えたのだ。

真っ白な焦点
空間を飲み込むようにして広がる白濁の幕

 イァンクックはその瞬間、自らの命を失ったかの様に錯覚した。広がる白色の世界に、自分の全てを引き込まれたかの様な錯覚に陥ったのである。だが、足の裏には地面の感覚があり、自分の鳴き声が空気を揺らす感覚もある。くちばしの凄まじい痛みも。
 くちばしの痛み?
 何が、何が起きているのか。
「死ぃねぇえ! 化け鳥ぃ!!!」
何度斬りつけたか分からない。
 だが、ついにイァンクックの巨大なくちばしに亀裂が走ったのだ。割れたくちばしからは、口内の巨大な舌が覗いている。
 狩人としての本能であったのか、それが天賦の才と呼ばれるものなのか。ディグニティは、とっさにくちばしの亀裂からイァンクックの口内へと手を差し込んだ。突き込んだ手に、生暖かい感触がまとわり付く。奇妙な感触だった。
 だが、異質さを感じたのはディグニティだけでは無かった。
 対するイァンクックの口内にもまた、冷たくて硬質な違和感があった。もっとも、それは一瞬だけの事であろうが。

キィィユ

 差し込まれた無機な感触が、突然激痛をもたらした。
 ディグニティの剣。
 イァンクックの口内に差し込まれた剣が、軟弱な舌を刺し貫いたのだった。凄まじい激痛に、飛竜が身じろぎをする。
 そのまま剣を引き抜いていれば良かったのである。だが、飛竜は激痛のあまり暴れてしまったのだ。突き刺さった剣が、その動きに合わせて舌を幾つにも引き裂く。

クカ……カヵ……

 いびつな形に引き裂かれた飛竜の舌。断末魔の声を、音として正しく発声できぬまま、飛竜はくちばしの亀裂から大量の血液を吐き出した。

ズゥゥン・・

 重量感のある音と供に、イァンクックの巨体が地面に倒れる。数回その身体が痙攣をすると、それは物言わぬ死体へと変化した。
「……」
自分の荒い呼吸音だけが聞こえる。
 冷や汗で、手のひらが洗った様に濡れている。
 遠くの村の中から歓声が聞こえる。
 目の前に何かがある。
 飛竜。
 飛竜の死体。
 自分は……今、飛竜と戦い……仕留めたのか?
2005年09月10日(土) 08:04:55 Modified by orz26




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