In the case of 第十話

作者:揚げ玉




In the case of 第十話 (Konig) 


ユニオン

 ハンターが任意で設立する、組合。
 ユニオンには数十名が所属するものもあれば、数人規模のものまである。
 ケーニヒ。
 ミナガルデに存在する小さな酒場で作られた、小さなユニオン。
 その酒場の名を付けられたユニオンは、時と供に所属するハンターを増やしていった。
 年若いユニオンのリーダー、フィル。
 彼の元には、アキという少女がいた。
 だが、彼女はエストというハンターに出会い、その力に魅入られた。
 エストというハンターを追って、彼女はユニオンを後にした。

それから一年

「ハァハァ……」
背の高い草むらで荒い息を押さえつけ、身体を伏せる。
 獲物は、いつの間にか狩人になっていた。
 狩るはずの対象が、こちらを狩るべくして追ってきている。
「クソッ……」
同じ様に息を潜めるシャオが、背の大剣に手を当てた。
「よせ!」
そのシャオを制しながら、フィルが草むらの影から遠方を窺う。
 ドスランポス一頭の討伐だった。
 アキがユニオンを抜けた後、フィルのチームには誰も組み込まれなかった。
 組み込もうとしなかった。
 だから、フィルとシャオは二人で行動するのが常だった。
 この日も、二人だけでその依頼を引き受けたのだ。
「なんで三匹もいるんだよ……」
ようやく呼吸に余裕が出来たのか、シャオが唾を飲み込みながら呟いた。
 二人で狩れるはずの獲物だった。
 ドスランポス一頭。
 だがそれは、良く組織されたドスランポス三頭からなるランポスの群れだった。
 追う立場が追われる立場になって、半日が経とうとしている。
「来た……」
遠方に現れたドスランポスは、数頭のランポスを伴って周囲を警戒している。
 今や立場は逆転し、二人は必死になって姿を隠そうとしていた。
「クソ……クソッ!」
「シャオ!」
いきり立つシャオを窘めるが、最近の彼は中々フィルの言う事を聞こうとしない。
「これぐらい……これぐらいやらないでどうする!!」
「落ち着け。今は一旦逃げて……」
「こんな獲物で手こずって……アキがどんどん遠くに行っちゃうだろう!!」
アキが去って一年。
 シャオは明らかに焦っていた。
 どんなになだめすかそうと、懇願しようと、アキはユニオンを出て行ってしまった。
 強さを求めるために。
 アキの中にあったのは、以前には存在しなかった強い意思である。強さを求める気持ちは、フィルもシャオも同じだった。だが、アキのそれは以前と明らかに変容してしまった。
 ユニオンという枠の中で、技量に見合った狩りを多人数で行なう。
 たった一人、旅の中で生死をかけたやり取りを続ける。
 そこには、是正すべくも無い格差が生じる。
 アキは、それに気付いてしまったのだ。
 エストを目指すのであれば、彼女を上回る駆け引きを続けなければならない。彼女を凌駕する死線を、常にかい潜り続けなければならない。
 だから、アキはユニオンを出て行った。
「落ち着け! 今は自分に出来る事だけをするんだ。今、無理をしても仕方ないだろう」
一度だけ言葉を区切ると、フィルはハンターとして最も無念なそれを言葉にした。
「……この依頼は他のハンターに回そう」
隣で、シャオが息を呑む。
 依頼をこなしきれず、獲物を他のハンターに譲る。
 それはハンターとしての誇りが瓦解するだけでなく、信頼もまた失うことになるのだ。ハンターとして、深い傷を負う事だった。
「何言ってんだよ!? もう少しで一頭はやれるんだぜ!?」
「一頭仕留めても、後二頭いる。相手はあのドスランポスだ。油断できる相手じゃない……」
遠方のランポスは、風下のこちらには気付いていないようである。
 だが、万一にでも風向きが変わってしまえば、それも終わるのだ。
 彼が仲間を呼び寄せてしまえば、それに抗う力は無い。
「今の俺たちならやれるさ! この一年で俺たちだって強くなった!!」
「あのドスランポスだ。昔は散々てこずった相手が三匹」
「今の俺たちは、あの頃と違う!!」
だが、あの頃には狩りの場にもう一人いた。
 ドスランポスを狩ったのは、そのもう一人が狩りを始めてしばらくしての事である。
 彼女への試験をかね、激戦の末に狩ったのだ。
「相手は相手のまま、俺たちはどこまでいっても俺たちだ。油断すれば死ぬ。昔のドスランポスも、目の前にいるドスランポスも、同じドスランポスだ」
「ああ、分かったよ。俺一人でやってきてやる! それなら文句はないだろう!!」
「待て! シャオ! シャオ!!」
地面を蹴って草むらを後にしたシャオは、遠方のドスランポス目掛けて駆け始めた。
 焦りが、シャオにあったのだろう。
 アキと別れ、変わらぬ自分に対する苛立ち。
 変わらぬ毎日への焦り。
 焦燥は募るが、何もできぬ日々。
 だから、シャオはこの時駆け出してしまった。
 そして、フィルもまた。

 
彼らはもう、ユニオンケーニヒには存在しない







一年後




 ネブルと記載された村。
 人口は僅か百人程度の村である。
 この村が地図から消滅したとしても、恐らくほとんどの人間は気に留める事もないだろう。
 だからこの村を襲った危機は、取るに足らないものだと片付けられるのだろう。
 この村の人間以外には。
「ランポスだー!!!」
青い鱗を持つモンスター。
 ランポスは小型の肉食モンスターで、群れを成して行動する。凶暴で狡猾な性格であるが、村を襲うような事はめったにない。
 狡猾であるがゆえに、村を襲撃する事に危険が存在する事に気が付いているのだ。しかし、この日は違った。
 この村が小規模であり、更に自分らの数の多さに任せ、ランポスは怒涛のごとく村へ押し寄せてきた。
 ランポス数十頭の群れ。ランポスの群れが、ここまでの数になるのは珍しい。 だがそれゆえに、彼らは村に押し寄せたらしい。
「ランポスねぇ……」
村の小さな酒場に、二人の男がいる。彼らの耳には、屋外からの悲鳴が届いていた。
 一人はカウンターに片肘を着いて隣の男を眺め、もう一人は外の様子に気を配っている。二人供に鎧を身に付け、傍らに武器を置いていた。
 騎士にしては無骨な兵装。
 無頼の者にしては精悍な顔立ち。
 この二人の若者は、騎士でも無頼者でもなかった。
「放ってはおけないだろう。行くぞ」
その男は金色の髪を肩までの長さで切りそろえ、耳に瀟洒な細工をはめている。
 だが、実は髪型も含め、それらは彼の趣味というわけではなく、その隣に座る男が彼のために買い与えた物だった。
「りょーかい」
その彼の隣の男は、少年の様な悪戯っぽい微笑を浮かべる。
 小悪魔のような、甘い微笑み。
 赤茶色の髪は短く整えられ、毎日の入念な手入れを思わせられる髪型に揃えている。
 もしもこの場に若い女性がいたのなら、何人がこの二人に瞳を奪われただろうか。彼らの年齢は、恋に振り回される少年ではなく、恋を惑わす美しい青年に差し掛かっている。彼らが望みさえすれば、数ダースの女性を手づかみにする事ができるだろう。
 しかし、この二人が行きずりの恋に身を落とす事はなかった。女性と同席したとて、適当に杯を空け、そこで別れる。彼女らとの付き合いはそこまでであった。しかしそれがまた二人の魅力を高め、その人気を確たるものにしたのだが。
「……ドスランポスがいるな。それも数頭」
一人が揃いの細剣を腰に差し、もう一人が立てかけてあった巨大な剣を背負った。
 両開きの扉を開き、酒場から外へ踏み出す。
 注ぐ光と供に、村人の悲鳴が二人を襲った。
 行きかう村人。
 彼らは目的地を定めて走っているわけでは無い。
 自宅にランポスが飛び込み、命からがら逃げ出した者。
 近隣での農作業中に襲われた者。
 彼らは何処に逃れれば良いかも分からず、村の中を逃げ回っている。
 それらに混じって、青い影が目の前をよぎった。
 ランポスである。
 彼らは逃げ惑う人間を面白そうに眺め、間も無く自分らの腹に収まるであろう獲物を、しばらく好きに逃げまわさせているらしい。
「ドスランポスだけやればいい。他は無視しろ」
男は酒場の中に逃げるよう、村人らに手で合図しながら、隣で剣を構えた男を見やった。
 村を駆け回るランポスは、群れを形成するモンスターであり、群れの中には必然的にボスが存在する。
 それがドスランポスと呼ばれる、大型のランポスであった。
ひときわ大きな身体に、群れのランポスを威圧する巨大な赤いとさか。自然の中では、それらが群れの統率に優位に働いたのだろう。
 だが、一部の人間と交わる時、それは不幸となる。
「了―解」
不敵な微笑を見せ、赤茶色の髪の男は走り出した。
 入り乱れる青い波の中に、ドスランポスを見つけ出したのである。
 もはや、ランポスごときに感じる恐怖は無い。
 二人にとって、この凶暴なモンスターは路傍の小石、そんな認識でしかない。
 だが、それは油断へも驕りへもつながらなかった。
 彼らは見てしまったのだ。
 本当の力の片鱗。
 彼らにあるのは、むしろ力への渇望であった。
 未だ未熟な、いや本当は未熟といえる力にすら到達していないのかもしれない。
 だから二人は願うのだ。
 もっと強くならなければ、と。
「行くぜ!!」
群れのランポスに対しては威圧となるドスランポスの身体的特徴も、一部の人間にとっては良い目印にしかならない。
 一部の人間。
 それらを恐れるために、彼らランポスは人間の集まりを避ける。
 それはハンター。
 モンスターを狩る事を生業とする職業。
 こんな小さな村だからと、自分らは多数だからと、ランポスは油断したのだ。
「お前、運が悪かったよ」
彼は身をかがめて走り、ドスランポスの足元まで走り寄った。
 ドスランポスが首をしならせ、突如現れた人間へ鋭い牙を差し向ける。
 その時、ドスランポスは冷たい風を首元に感じ取った。
 そしてそれは、彼の感じた最後の感覚であった。
「人間には近づくなよ。……怖いんだからさ」
ドスランポスの首が、宙へと舞った。
 茶毛の男がドスランポスの頚骨を狙い、足元から一気に剣を振り上げたのである。
 疾風となって駆け抜けたそれは、一刀の元にドスランポスの首を吹き飛ばした。どんな膂力を持つ者であろうと、強固な鱗を持つモンスターの身体を分断する事など出来はしない。
 彼はドスランポスの骨格の中でも脆弱な首、しかも最も骨が薄い部分を狙って剣を振りぬいたのだ。余程モンスターの骨格に詳しくない限り不可能な芸当である。それだけでも彼の歴戦の程がうかがえた。
 たった一刀でモンスターの首を刎ねながら、しかし彼の顔に晴れやかさは無い。ただ目の前の出来事をこなした、それだけである。
 その顔には、むしろ悲しみすら見て取れるのだ。

ギャオッギャオ

 ドスランポスの周囲にいたランポスが、慌てて声を上げている。
 仲間を呼ぶための声だった。
 この声を聞きつけたランポスが、間も無く村中から集まってくる事だろう。
 急いでこの場から逃げなければ。集まり始めたランポスの手によって、二人はなぶり殺しにされる事になるだろう。
「こっちだ」
片手を振って合図したのは、金髪の方の男だった。ドスランポスを切り殺した茶毛の男を、手を振って呼び寄せている。
 茶毛の男が彼の元へ戻ると、二人は背中合わせになって剣を構えた。
「来た来た……」
あっという間に二人の周りにランポスが集まり始めた。
 数に頼んでの事か、集まったランポスは周囲の屋内を物色している。空腹を満たすための算段をしているらしい。
 目前の二匹など、既に眼中に無い様子であった。

ブォオォオオオ

 高らかに角笛が吹き鳴らされた。
 これだけのランポスに囲まれながら、金髪の男が角笛をかき鳴らした。
 ランポスの瞳が二人に集まる。
 周囲を囲まれてなお、彼は角笛を吹いて村中のランポスを呼び寄せようとしていた。
 ランポス達が爪で地面を掻き、威嚇する声を上げる。

そんなに食べて欲しいのか

「シャオ!!」
集まった殺気混じりの視線の中で、笛から口を離し、背中合わせに立つ男を呼んだ。
「了解、フィル!」
シャオがその場で指を立てて応じる。
 その指先から、空中へ何かが弾き飛ばされた。
 高々と宙へ飛ぶ物体。
 それは集中したランポスの視線の中で弾けた。
 いや、実際は弾けたのかどうか定かでない。
 それを確認する前に、ランポスの視線は失われた。
 白色の幕が一帯に下り、周囲にいた生き物の瞳から視力を奪い去ったのだ。
 凄まじい光が、閃光という幕になって眼球に張り付いている。
 ランポスたちが前足で空を掻き、届かない瞳から光の膜を引き剥がそうともがいていた。
「オォオオオ!」
シャオが駆ける。
 再び見つけた赤色のとさか。
 群れに潜んでいた別のドスランポスである。
 滑り込みざま大剣を引き抜き、それを先ほど同様首筋に打ち込む。
 ザシュッ。
 血管を裂き、体液が四散する。
 砕く瞬間に剣と骨が擦れ合う。
 だが首と胴体が地面に崩れ落ちる瞬間には、シャオは剣を収めて次の目標へ走り出していた。
「セィ!!」
だが、目指すそこには既に人影がある。
 フィルだった。
 フィルもまた、シャオ同様群れの中に別のドスランポスを見つけ出していた。
 引き抜かれたフィルの、対になった小剣が舞う。
 左前足、右前足、胸部、頚部、頭部。
 まるで嵐の様に振り回された剣は、ドスランポスの体を次々と切り刻んでゆく。

ギュォオッ

 この時、村の建物の影には、さらに別のドスランポスが隠れていた。
 彼は成り行きを眺めながら、二人のハンターに隙が生まれるのを待っていたのだ。
 金色のが一匹のドスランポスと組み合うのを見るや、その背中目掛けて宙へ飛び掛ったのである。
 背中に爪を突き入れ、勢いと体重でこの男の体を引きちぎろう。
 そして、そのまま頭部の丸かじりにするのだ。
「ウゥゥゥラァァアア!!」
金色、フィルの体が回った。
 まるで氷上で舞う様に、宙へ舞い上がりながら体を一閃させる。
 煌く白刃が、新たに背後から飛び掛ってきたドスランポスの喉を掻き切った。

刃の竜巻となったフィルが、宙で身体を回せ、地へと舞い降りた

 地面へ戻ったところで、前後を確認する。
 前と後ろに一匹ずつのドスランポス。
 左右の手に握られた剣が、それぞれ前と後ろのモンスターの血液を吸っていた。
「……」
ようやく視界を取り戻したランポス達が、一斉に村の外を目指して走り始める。
 群れを統率する者がいなくなったためらしい。
 左右の手に持つ剣を軽く一閃させ、それを鞘へと収める。
 フィルが小さく呼吸を整えた。
「終わったな……」
シャオが周囲を見渡しながら駆け寄った。どうやらランポスの群れは一匹残らず村から逃げ散った様だった。間も無く村人達も集まってくる事だろう。
「ああ」
ユニオン、ケーニヒを後にして二年が経った。
 あの日、ドスランポスから命からがら逃げ延びて一年がたった。
 あの日以来、二人は遮二無二力を求めた。
 こんなものでは無い、本当の力。
 本当の力。
 これまでの世界は崩れ去り、彼らは果ての無い世界を知った。どこまででも上り詰める事の出来る世界。自らが天井だと認識していたものは、足場にすら成り得ないものだった。
 空を目指すための足場。
 二人はそれを求めてユニオンを後にしたのだ。
 世界の果てへ、そしてその更なる高みへ。
 少しでもそこへ近づくために。
「あと一週間もあればミナガルデに戻れるだろう」
「あの噂……嘘だといいが」

 エストと出会い、一年後にアキはユニオンを去った。
 そして、さらにその一年後。
 ドスランポスから命からがら逃げ出したその日、二人はミナガルデを出てゆくことを決めたのだった。
2005年12月23日(金) 12:13:41 Modified by orz26




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