The Unbalanced Hunters ―戦士二人― 第一章:第四幕

ランドール




第一章〜炎が舞い降りた日〜


第四幕〜選択は、正しすぎる間違いでこそ〜


――重要なのは、『何もしない』をすることであり、同時に、勝機を窺うことです。
集中と、忍耐と、決断力。
この戦いで試されているのは、間違いなくそういった要素なのでした。
(後の先を取る以上……フェイントに引っかかって拍子をずらされていては、私は勝てない。
でも、警戒という臆病に苛まれ、本命の挙動に反応出来なかったら……そこで、負けてしまう)
すぅ、と深く息を吸い込み、静かな微笑を湛えます。宣戦布告のつもりなのです。
(……来る)
無関心を装い、迂回を繰り返しながら、それでも確実に間合いを詰めてくる『影』が一つ。
そうしてこちらを射程範囲内に捉えた瞬間、『影』は、躊躇うことなく、攻撃を開始したのでした。
「アン」
――最初の一撃は、目にも明らかなフェイント。
ここまではまだ予想の範疇ですし、『影』とて、これで決着するとは思っていないのでしょう。
問題は、間髪入れずにやってくる、ニ撃目。
「ドゥ」
――これも、フェイント。
高ぶった神経が反応しかけるのを押し止め、同時に、海よりも深く静かに決断を下します。
次の三撃目――本命が来る、と。
神経を研ぎ澄まし。
両の手に力を込め。
脊髄で感じ取った刹那。
「トロワーっ!」
全身全霊で引き上げました。
結果は、完全勝利。
餌に食いついた拍子を見切られた魚は、降参するように、打ち上げられた地面で二度三度と跳ねたのでした。黄金色の魚体が、陽を照り返して鮮やかな光沢を放っています。
「今頃……ユウも、戦っている頃ですかね」
みしり、と奥歯が鳴りました。
自分が、同じ戦場へ立てないことへの、隠しようの無い苛立ちでした。


「街道に、ドスランポスが出た!しかも3匹だ!」
「何だと!?街の兵士たちは何やってるんだよ!」
「やったからさ!追い払って、その生き残りがこちらに向かっているんだ!」
「そんな……そんな話があるのか、ちきしょうめ!」
「ハンターだ!ハンターはいないのか!?」
モンスター来襲の知らせを受けたコルック村は、混乱を極めておりました。
もちろん、ハンターは村に何人もいたのですけれど、貿易の村という性質上、肉を焼いたり頼まれたアイテムを採取したりを生業とする者が多く、まともに戦闘を経験した者といえば、片手にも満たなかったのです。
「討伐の報奨金ははずみましょう!2000……いいえ、2500ゼニーで!」
村長さんが必死に呼びかけを行なうものの、反応はよくありません。
皆、自分が逃げる算段を立てるだけで、積極的に戦おうという者などおりませんでした。
ただ1人、斬破刀を背負った白髪の剣士以外は。
「我に任せられよ」
声色はむしろ控えめでしたけれど、だからこそ、体から立ち上る戦士の風格が、波となって空気を揺らしているようでした。
村長さん、渡りに船とばかりにユウに依頼をしました。
「ただし、報酬は3000でお願いしたい」
「……はあ」
さすがに良い顔はしませんでしたけれど、背に腹は変えられないと判断したのでしょう。
3000ゼニーの報酬を約束し、お願いします、とユウに深く頭を垂れたのでした。
「お嬢さんに、プレゼントをするつもりなんだねえ、きっと」
しみじみと頷くのは、マックス爺さんです。
何でもお孫さんがいるのは街の方だそうで、街道を塞がれて、すっかり足止めを食う形になってしまったのでした。村がこんな混乱模様では、商売をすることも出来ないよ、と、困り顔です。
「3000、クックの耳の値段……ですね。でもそんなの、格好つけすぎです」
「もちろん、困っている人を見過ごしておけないからでもあるんだろうさ。
遊びじゃあないんだ。命を賭けるに値する報酬を請求して、悪いことなんて一つも無いさ」
そのまま、私はユウの背中を見送りました。
事前に、こんな会話を交わしていたからです。
「マックス老に話は通してある。今日一日、面倒を見てもらえ」
「……足手まとい、ですか?」
「然り。今回の相手は、ソナタを守りながらでは存分に戦えぬ」
「……!」
心臓を内側からぶすぶすと焦げつかせるような。
黒い感情の奔流が、唸りをあげて噴き出してくるのでした。
「今は任せると、ソナタは言った。その通りにしてもらう」
反論の余地は――我侭と同義の異論を口にすることは――ありませんでした。
遠ざかる背中は、一度も、振り返ることなく。
あくまで颯爽と。どこまでも淡々と。
戦場へ、その足で、その意思で、向かっていったのでした。
「さあ、見送りがすんだら、後は待つしか出来ない。でも、ただ待つのも芸がないからね。
街道とは逆の方へ少し歩くと、湖があるんだ。そこは水が綺麗で、魚がいっぱい釣れる。
どんなにたくさん釣ったって、なあに、ドーガがちゃんと運んでくれるから心配いらない。
どっさり魚を積み上げて、ユウ君が帰ってきたら、驚かせてあげようじゃあないか!」
やや大げさな身振り口振りなのは、気を使ってくれているのだとわかりました。
ちゃんと、わかりました、けれど。
「そうですね」
と、短く答えるので、精一杯でした。本当に、ダメなのでした。
――何が、炎の子供か。
子供と大人。一般人と戦士。間に有る、絶対的な壁。
それを、思い知らされたような気が、したのでした。


「いつか――なんて、嫌いな言葉」
湖面に映った私の顔は、レディとしては最悪の部類でした。
なので無理にでも笑顔を作り、まだぴちぴちと跳ねている魚を片手に、
「上手に釣れました♪」
にっこりと振り返ると、同じく釣り糸を垂れていたマックス爺さんが、駆け寄ってきました。
「おやおや……これは凄い、黄金魚だねえ」
「ふうん、見たまんまの名前なのですね」
黄金色だから黄金魚。眠くなるから眠魚と良い勝負なのでした。
ところがよくよくお話を聞くと、この黄金魚、たいそうな値打ちものだそうです。
「この黄金魚は、特に好事家や学者さんが、高く買ってくれるのさ」
「金ぴかですからお金持ちが欲しがるのはともかく……学者さんはどうしてですか?」
首を捻っていると、マックス爺さんは言葉を選びながら、ゆるりと話し始めました。
「実はね、この黄金色は、アルビノじゃないかと言われているんだ」
「アルビノ……白子、ですね白蛇とか白虎とか」
「そう、君は本当に色んなことを知っているんだねえ。
で、学者さんが言うには、魚のアルビノは黄化現象といって、黄色くなる場合が多いそうだ。
けれど、アルビノは一般に体が弱くて生き延びることが難しいんだね。飛竜みたいに無茶な生命力があるのならともかく、アルビノの魚じゃあ、そうそう生き残れやしない、と思うだろう?
なのにね、どうしたわけか、黄金魚は100年生きるとさえ言われる寿命を誇るんだ」
「それは不思議ですね」
「だから、その不思議さを調べるために、学者さんも欲しがるんだね。とにかく数が少ないから」
よくわかりました、でした。
ということは、この魚が美味しい食事や快適なベッドに化ける、ということです。
思いがけぬ幸運が舞い込んだ、と考えて差し支えないのでしょう。
けれど。
「これ、上げます」
「うん?」
私は、黄金色の魚を魚篭に入れると、それをマックス爺さんに差し出しました。
「どうしたんだい?せっかく釣ったのに」
「お孫さんのお見舞いに、あげてください。
『ソナタという、未だ見ぬあなたの友達からのプレゼントです』とでも付け加えて」
………………………………………
最初、マックス爺さんは驚きで石になってしまったようでした。
次いで、ミカンから猫が出てくるのを見たくらいに顔中で驚きを示して。
最後には、顔をくしゃくしゃにして笑ってくれたのでした。
「やれ、嬉しいねえ。こんなに優しいお嬢さんが、あの娘の友達になってくれるのかい。
ははは、困ったねえ。年甲斐も無く、目から雨が降ってしまいそうだよ」
実際、眼鏡を少し押し上げて、ちょいちょいっとやっているようでした。
もっとも、そこは見て見ぬ振りをするのが正しいレディの在り方なのは、言うまでもありません。
「じゃあ、お返しをしないとだねえ」
そう言って、静かに眠りこけているドーガの荷から、何かを取り出しました。
それは、特大のホットケーキみたいな大きさと形で、綺麗な薄い桃色をして……
「クックの耳じゃないですか!」
「ああ、とっても欲しがっていたから、迷惑じゃあないだろう?」
そういう問題では無いと思いました。こんなの、わらしべ長者どころのお話ではありません。
「あの、お気持ちはありがたいのですけれど……」
「おっとっと、ちょっと待った。想像しておくれよ、お嬢さん?
孫に会ったら、私は得意げに話すのさ。こんな素晴らしいお見舞いを貰いましたよってね。
そうしたら、絶対に孫は言うだろうさ。『じゃあ私もお返ししないと』って。
さあ、考えよう。マックス爺さんは、そんな孫にこう笑いかけたいとは思わないかい?
『大丈夫、ちゃあんとお返しはしたんだ。だから、お友達もありがとうって言ってたよ』ってね。
思い浮かぶなあ、孫の喜ぶ顔が。うん、間違いないねえ」
「……そんなの、ずるいです」
「歳を取ると、相応に図々しくなるのさ。ここはどうか、年寄りの駄々に付き合っておくれ」
言って、ずずい、とクックの耳を差し出してくるのです。
もう、選択肢は、『はい』か『Yes』かのどちらかしか無いようでした。
「ありがとうございます。あの……お孫さんの名前、聞いていいですか?
何というか、その、私にとって、多分初めての友達でして……」
「うん?ああ、そうか。そうだねえ……」
と、ここで何故かマックス爺さんは言いよどんで。
ぴくり、と眉を動かしたかと思うと、素早く背後を――湖とは反対側の岩場を――見据えました。
「どうかしまし…」
「お静かにね、お嬢さん」
その声には、切迫した響きがありました。
例えばそう――飛竜と対峙した剣士のような、戦いに臨む緊張感で。
顔を横に向けて見れば、ドーガも、何かしらの気配を察したらしく、世話しなく視線をめぐらせておりました。
風の色が鈍色に染まり。湖面がざわわと震えます。空気が密度を上げていくようです。
――ああ、これは。そうなのね。
私は、どこか懐かしい匂いを感じておりました。
――来る。炎の世界が。戦いの場が。
「……そうか、風上だったんだねえ。安心しすぎたかな」
「何が来ます?」
何か居るのですか、という質問を一足飛びにしたせいか、マックス爺さんは軽い驚きを見せましたけれど、すぐにそれは掻き消えました。
「さあね、確認する余裕はなさそうだよ。何にせよ、することは一つだ。わかるね?」
「撤退、ですね。タイミングはお任せします」
「おやおや……責任重大だね、これは」
先ほどの釣りと、同じでした。
機を逸すれば、即、敗北に繋がるような。
集中と忍耐と決断力が全ての戦い。
ただし。
賭けられているのは、釣餌ではなく、命そのものなのでした。
すぅ、と息を吸い込みます。
神経を研ぎ澄まし。
両の足に力を込め。
脊髄で感じ取った刹那。
「走って!」
瞬間、2人と1匹は全速で駆け出し。
半瞬後れで、岩場から『それ』が……いいえ、『それら』が、飛び出したのでした。
大の大人1.5人分はある、後ろ足で立つぎょろりとした目の蜥蜴。
水とも空とも違う、冷たいだけの硬質な蒼色の鱗。
頭から鮮血を浴びて染まったような、赤いトサカ。
「――ランポスか!」
マックス爺さんの叫びに応えたわけでは無いのでしょうけれど、
「きしゃああああああ!」
大きく開いたランポスたちの口から、甲高い声が響き渡ったのでした。
その口に並んだ牙は、リオレウスの三日月みたいな立派な牙からすれば棘みたいなものです。けれど、びっしりと敷き詰められたそれは、さながらノコギリのように、楽々と私の肉を食い破り、骨をこそぎ取っていくのでしょう。
数が4…5…6。これでは、どれか1匹にでも捕まれば、集中攻撃を受けて、あっという間に終わりです。戦闘用の装備を備えていない私やマックス爺さんにとっては、ある意味、飛竜以上の難敵なのでした。
「……ユウが、連れて行きたがらないわけね」
斬破刀であれば、その長さを生かし、片端から横薙ぎに斬り捨てることも可能なのでしょう。あれは、多数対1でも効果をまるで失わない類の得物なのです。
「私が近くにいて、刀を振るう邪魔になったりしない限りは……か。
やっぱり、守ってばかりいられるのでは……どうやったって、不具合が生じるのね」
――どうにも、不可思議な思考の流れでした。
今まさに迫っている牙からいかにして逃げようか、ということ以前に、『ユウと共にこの敵と戦うならばどう立ち回るか』というふうに、状況を分析しているのです。
――しかも、それ以上の異常を、この時の私は、半ば無意識に行っていたのでした。
「4時の方向に1……6時の方向に3……8時の方向に2。
相対速度、大丈夫……気をつけるのは、6時で最近接の1匹だけ……3拍子後!
アン……ドゥ……今!右に折れて!」
併走するマックス爺さんの手を力の限りに引っ張ると、その残り少ない白髪のうち1本を、飛び掛ったランポスの牙が持っていきました。
文字通りの、間一髪。次いで、間髪さえ入れる暇を与えず、
「ドーガ、全力で尻尾っ!即刻っ!」
「ふおお!?」
声の迫力は種族間を超えて伝わったらしく、目一杯の力で振られた尻尾に、白髪1本を咥えたランポスが高々と弾き飛ばされました。飛び掛ってから着地までの隙――つまりは宙に浮いている間であれば、肉食獣であるランポスの牙を以ってしても、草食獣であるドーガの単純な質量の大きさには敵わないのです。逆に言えば、それ以外のタイミングでは、『決して起こり得ない』反撃の光景なのでした。
「……お嬢、さん?」
マックス爺さんは、異常に気づきました。圧倒的なまでに、気づかされました。
少女は今――迫るランポスたちを、まんまと手玉にとって見せたのです。
(勘の良さ……なんかじゃない。お嬢さんは、完璧にタイミングを見計らっていた!
ランポスの飛び掛り、私の回避、ドーガでの迎撃……全ての流れを、操って!)
そんな馬鹿な!と心の中で13回唱えて、念のためもう1回唱えてから、現実に向き直ります。
さて。
一言で言えば、敵の動きを見切っている、ということなのでしょう。
考えるだに恐ろしいですが、おそらくは6匹全てを同時に。さながら、レーダーのように。
けれど、相手はイキモノです。不規則な動きをするものです。将棋の駒の動きを予測するみたいには出来ません。
なのに、事実この少女は、やってのけています。
位置関係の認識。
行動様式を分析。
相対速度の計算。
逐次行動を予測。
適切行動の模索。
最低でも、これだけの作業を同時進行で。しかも疾走しながら、絶え間なく。
そして、これらを利用した上での、反撃までも。
こんなの、頭が回るとか知恵が働くとか、もうそんな次元ではありません。
(大人だって……いいや、どこの誰であったって、とても真似出来ることじゃあない!)
いったい――どんな思考能力なのでしょう。いいえ、そんな問題でもありません。ここは、すでに戦場なのです。机の上で線を引き、論理に酔い、甘美な結論を描くようにいくはずがありません。
総毛立ってサボテンになる体、ガラス片の如きプレッシャーに切り裂かれる胸、沸騰する血液と底冷えする骨髄との狹間に揺れる心。それが、命が危険に晒されるという、非日常の世界です。
年齢だけを考えれば、泣き叫んでへたり込んでも、おかしくありません。むしろその方が自然なくらいです。にも拘らず、鈍るどころか、逆にスイッチが入ったようにフル稼動し始めた、この少女。
(語彙に富んだ大人びた口調……目を見張るばかりの知識量……。
そんなものは、このお嬢さんにとって、氷山の一角でしかなかったのか!)
冷静な分析力。最善の手を探す判断力。躊躇わない決断力。
武器を振るっているわけではありません。敵を打ち倒しているわけでもありません。
けれど、この戦場において、この少女は――まさしく正しく、戦士、そのものなのでした。
「このまま岩場を抜けていけば……大丈夫、逃げ切れます!」
もう、その幼い声に従うことに、迷いはありませんでした。
小さな掌から伝わってくる体温を、頼もしいとさえ、今は感じます。
「ああ、頼むよ」
そう叫んでから、笑いかける間くらいの瞬間でした。
「ふぉぉぉぉぉん!」
絶望的なまでに、悲痛な声。ずぅん、と地面を揺らす、重い音。漂う、鉄錆びの匂い。
「ドーガぁ!?」
足を止めたのは、マックス爺さんが先だったのでしょうか。それとも私だったのでしょうか。
何にせよ、停止した2人の視界に映ったのは、ドーガの腹を深々と切り裂いた、『7匹目』の姿でした。そうして、たちまちに他のランポスたちも、ドーガに群がり始めます。

「ぐぉ、ぐぉ、ぐぉぉぉん!」

明らかに他のランポスとは違う、重低音の叫び、2回りは大きい体、そして……紅に染まり、さらにその上から鮮血を湛えた、刃のような爪。
「貴様がドーガを……ドスランポスぅ!」
ドスランポス。それは、群を従える、ランポスの王。
そして、ユウが退治にいったはずの敵。
それが、いったいどんな経緯を以ってしてか、眼前に現れたのでした。
けれどこの場において、その理由などは、何の意味も持ちません。
地に伏しもがく草食恐竜と、それを救出せんとする老人、そして、無力な私。
それだけが、気分が悪くなるくらい極彩色に彩られた、現実なのでした。
「ダメ!今行ったら、マックス爺さんもやられちゃう!」
「わかっている……でも、もしあれがユウ君なら、君も同じことをするだろう」
「……!」
止められない――そう私は直感しました。
ならば、と。小さな戦士として覚悟を決めた、その刹那。
「――君は、お逃げ」
涙が出るくらい優しい声の老人は、掌サイズの、緑色の球体を差し出したのでした。
モドリ玉。
近くの街や村に瞬く間に舞い戻れる、そんな、あまりにもこの場に相応しすぎるアイテムです。
ただ、これは――1個につき、1人しか、効果が及ばないというもので。つまり、それは。
「どうして……あなた自身、逃げることはいつでも出来たのなら!」
「なあに、老い先短い身さ。息子同然のドーガを見捨ててはおけないし、
ユウ君から預かった君を、置いていくわけにもいかないからね」
男の顔、でした。
静かな決意をしっかと胸に宿した者の誇りが、滲んでいます。
「大丈夫だよ。爆薬と閃光玉があってね、運が良ければ、奴らの隙を突ける。
それに、村に戻った君がすぐに助けを呼んでくれれば、間に合うかもわからないからね」
明らかな方便でした。
生き残る確率なんて無いに等しいのに。ドーガだって、もう助からない算段の方が大きいのに。
それでも、きっとそんなことは覚悟の上で、敢えて死地に向かわんとするこの鮮やかな気性を、どうして止められるというのでしょう。
――私の中で、黒い炎の火種が、燻りだしました。
何を迷っているのか、と。その緑色の玉を足元に放りさえすれば、私の安全は確保されるのだ、と。自ら死にたがるものに付き合う義理なんて無いだろう、と。そう、囁くのです。
確かに、それが正しい選択です。この場に留まったところで、今さら、何が出来るというのでしょう。一緒に死ぬ覚悟なんて、自己満足に過ぎません。助けを呼ぶ、という今出来る最大限の努力を行うことこそが、本当に相手を思っての行為ではないのでしょうか。
「さ、早く」
「あ……」
クックの耳を抱えていた手に、無理やり、モドリ玉が押し込まれて。
マックス爺さんは、たちまち、ドーガに向かって走り出しました。
――同時に、黒い炎が、火の粉を上げて燃え盛ってゆくのがわかりました。
「そう……仕方ないのね。
唯一正しい方法が、冴えたやり方が、これしか残っていないのだもの」
呟くと同時に、唇の端が、きゅ、と歪みました。
――そう、私は、愉快だったのです。愉快で愉快で愉快の上にさらに愉快と愉快が手を繋いで重なるくらい、愉快だったのです。
自分の心で決めた結末が。望みに臨んだ結果が。あんまりにも、可笑しくて。
だから、私は。
遠慮なく、呵責なく、思う存分に、笑顔を湛えたのでした。

「でも、そんな賢しい『正しさ』なんて、『優しいソナタ』には要らないもの」

小さな戦士は、弾むように駆け出しました。
リオレウスさえ凌駕してみせた時のように、一直線に。自らの方法で、戦うために。
――私の目指す炎は、焚き火の炎。お父さんとお母さんの、優しい炎だから。
そう。結論なんて、とうに私の胸の中にあったのでした。
おそらく、選択としては間違っているのでしょう。けれど、私の『正解』は、これなのです。
「ユウが言ったの。私の望むままの炎になれって」
――黒い炎は、跡形も無く、消え去っておりました。
「な……早くお逃げと、あれほど!」
先行していたマックス爺さんが私の姿を認め、目にも明らかな狼狽を見せました。
けれど、逆に私はやんわりと微笑みかけ、
「お孫さんへの土産話、欲しくありませんか?」
「――何だって?」
その問いには答えず、ただ、笑顔のままで。
私は、私にとって『正しい』間違いを選択し。
緑色の玉を、力一杯、放ったのでした。
2005年08月22日(月) 20:38:54 Modified by funnybunny




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