The Unbalanced Hunters 第二章:第六幕 2

作者:ランドール


第6幕 〜最悪以下の結末〜 2



「放って置いたら、本当に一人で行ってしまいそうですね」
「無論」
 この場合は、『無論そんなことは無い』ではなく、『無論そうする』の意味で、間違いありません。
 可愛さ余らず憎さだけ百倍な発言でした。
 そしてなお悪いことに、行動も、この言葉を、額面どおりぴったりと反映してしまっていたのです。
 普通、大人と子供では当然、体格――すなわち歩幅に差がありますから、連れ立って歩く際は、どうしたって大人側が手加減しない限り、子供が一定速度でついていくのは苦しくなります。この白髪の剣士ほどの長身であれば、なおさらのことです。なのに、むしろ早足加減でずんずんさくさくと歩を進めるものですから、すっかり少女は駆け足になってしまっているのでした。
 こんな、装備や道具といった重石を纏いながらの強行軍で現地についたところで、へとへとになってとてもハントなど出来ないことは、誰にだって簡単に想像出来ることです。けれど――歩調を緩める気配は、今日の空模様に雨の兆しを見つけるくらいに、皆無でした。
 あるいは、そうして疲弊させることで、少女を戦いに参加させまいとしているのかもしれません。が、どうしたところで、ガーベラ以外眼中に無いと無言で宣告する事実に、変わりは無いのでした。
 しかし。
 ここにいるのは、ただ歯を食いしばって涙を堪えて追いすがる、ただの少女などではなかったのです。

「どうでも良いですが、ちょっとペースが遅くはありませんか?」

 虚勢と断ずるにはあまりにも不敵過ぎる響きに、前を行く大きな背中が、僅かに振り返りさえしたようでした。
「このペースでは、どう頑張っても、現地入りは夕暮れに差し掛かるでしょう。日が落ちてからハントは出来ません。地に潜って逃げる相手では、追いかけようがありませんからね」
 それは、白髪の剣士も身に染みて分かっていることでした。
 かつてガーベラにあれほど容易に逃走を許したのは、片足がほとんど利かなくなっていたせいもありましたけれど、何より、真夜中という制約があまりにも大きかったのです。
 この少女がそのことを知っているはずは無いのですが、偶然にしてはなんとも的確に、白髪の剣士が無視できない部分を突いてきた、ということになります。
「あなたが、それこそ今私がしているくらいの労力で走り抜けたなら――そうですね。
 たとえ三箇所のベースキャンプうち、いずれを目指したとしても、おやつの時間までには辿り着くことが出来るはずです。それとも、何かそうとしない理由が、あるのですか?」
 じわりと、言葉を染み込ませるように区切りながら、笑顔さえ浮かべて言うのです。
 不敵を通り越して、不審を覚えるくらいに落ち着き払った様子でした。
「……オレに付いて来られる気でいるとでも?」
「――私から逃げられる気でいるとでも?」
 何だか必要以上に恐ろしいことを言われた気がしました。
 仮にここで『どういう意味だ?』とでも問おうものなら、それこそ逃げ場が完全に絶たれそうなことを告げられかねない予感がしましたので、それとなく、別のことを問いました。
「いったい、どんな奇策を用いるつもりだ?」
 すると、僅かに額に汗を滲ませ始めた少女は、嬉しそうにいったものでした。
「とりあえず、プリンセス・ホールドなどを」
「……?」
 耳慣れない言葉に、思わず問い返しかけたところ。
 目の前に、予告も無く、小さなビンのようなものが投じられました。
 反射的に受け取り見やると、それはハンターたちが用いる標準的な携帯薬ビンのようでした。中には、少し濁った黄色い液体が揺らめいています。
 白髪の剣士は、意外そうに、表情を曇らせました。
「強走薬か?」
「ええ、しかも特別製です」
 強走薬。
 それは戦闘という極限状況で、最高のパフォーマンスを発揮するために用いられる薬品です。短い時間ながら全力で運動し続けられるとあって、この薬を常備するハンターも珍しくありません。ですが、実は以外なほどに、この薬の原理そのものについては知られていないのでした。
 簡単に言えば、この薬は、もの凄まじく吸収の良い栄養食品なのです。
 イメージ的には、使い捨ての電池燃料、というのがわかりやすいでしょうか。体内に入った強走薬は、自らその栄養分の分解、吸収、運搬を行い、半ば強制的に体にエネルギーを供給し出すのです。そのため、薬がそもそも備えていた分のエネルギー(主に素材となった肉類の栄養)が消費されるまでは、極端な話、呼吸さえほぼ不要で動き続けられるという、何だか操り糸を探したくなるような状態になるわけなのでした。
 ただ、この便利な薬にも、やはり欠点は存在します。
 薬自体が勝手にエネルギーを運び続けるため、その余剰分さえ蓄積されず、勝手に(主に熱として)消費されてしまうのです。結果、運動量如何に関わらず、ほぼ一定時間――それもごく短時間しか、薬効を持続出来ないのでした。つまり、短距離走では無敵ですけれど、フルマラソンではせいぜいスタートダッシュにしかならない、ということになります。
 白髪の剣士が良い顔をしなかったのも、そうした理由からでした。明らかに、長い距離を駆け抜けるには、向かない薬品なのです。特別製――恐らく毒怪鳥の素材を用いた、効果時間が比較的長いもの――といったところで、この根本的な欠点に変わりはありません。
 そして、こと調合に関する知識において、白髪の剣士に決して引けを取らないであろう少女が、それを踏まえていないはずが無いのです。不審を覚えない方が、むしろ不自然でしょう。
 いったいどういうことだ、と目線だけで問いかけます。
 ですが、少女は、促すように頷くだけでした。
(……まさか目的地まで保つだけの量、強走薬を用意しているとでも?)
 それこそまさか、でした。
 そんな量の薬代、生活費に直せばゆうに一年分にはなります。二人分なのでさらに倍、とてもありえそうもないお話です。
(……かといって、別段、貰って困るものでもない、か)
 全力疾走でいけるのならば、それこそ少女を置き去りにするには絶好の機会です。お互いスタミナが無制限になったところで、根本的な速力の違いは歴然としているのですから。
 何だか、記憶よりも少々どろりと粘り気のある液体に違和感を覚えはしましたが、調合する者によって、多少は性質に違いが出るのが普通です。さして気にも留めず、栓を抜いて、一気に口へと流し込みます。
 そのときでした。

「まあ、ぶっつけ本番ですが、きっと、何とか、なるでしょう」

 不吉極まりないセリフが、所々息を継ぎながら、のんびりと告げられたのです。
「なん……!」
 だと、と続けるはずでしたが、そうして喉に力を入れたのが仇になったらしく、ごっきゅん、という非常にお行儀良い音が、傍らの少女にも聞こえるほどに響いたのでした。
「ぐ……!」
 乱暴に薬ビンを投げ捨て、体の変化をじっと探っているようでした。すっかり足は止まっておりますが、さすがにもう、『目的地へ急ぐ』うんぬんという場合はありません。
 『特別製』という名の『未知の薬品』を飲んでしまった――そんな恐怖よりも、もっと直接的に『毒を盛られたのではないか』という懸念が、どうしようもなく膨れ上がってきます。そうして昏倒している隙に、少女は自分でガーベラを倒すという算段を立てているのではないか……というような想像が、妙な説得力を伴って浮かんでくるのでした。少なくとも筋は通っていますし、この少女ならば――出来る出来ないは別として――そのくらいのことを思いつき、そして平然と実行してみせるのではないでしょうか。否定する材料の方が、むしろありません。
 薬のせいではなく、眩暈がしました。
 白髪の剣士は我が身の迂闊さを呪いながらも、冷静に、指を口に入れて薬を吐き出そうと思いついたようですが、
「多分、食道に触れた時点で、手遅れです」
 無慈悲な言葉に撃ち落されてしまいました。
 『手遅れ』とはどうにも確信犯のセリフに思えて仕方がありませんが――まあ、実際その通りなのでしょうけれど――それでも当のは、どこ吹く風のようでした。ゆっくりとした歩行に切り替えながら辺りをうろうろし、すぅ……はぁ〜、と呼吸を整えているくらいの落ち着きぶりです。
 それどころで無いのは、もちろん、被害者の方でした。
 胃から心臓が生えたみたいに、力が送り出される感覚――これは普通の強走薬を服用したときと、ごくごく同じ身体反応でした。けれど、次いで来るはずの全身が燃え上がるような熱感は無く、代わりに、鼓動のように一定のリズムで、すぅ、すぅ、と血液が沸き立つような、奇妙な心地がするのでした。確かに力は湧いてきているのに、その具合が地味というか、何だかとても頼りないのです。
 あらゆる可能性を覚悟し始めていた白髪の剣士は、色々な意味で、首を捻ることしきりでした。
「何だ……? 効果がひどく中途半端な……というより、出し惜しみされている?」
 特別製、と銘打たれた割には情けない限りですが、それでも、毒に類するものを盛られたのではないとわかって、とりあえず一安心ではありました。
 ――否。
 一安心しかけた、その刹那でした。

「全力で駆けるには不足ですけれど、長距離走には、それくらいが相応でしょう?」

 獲たり、とばかりに笑む少女が。
 それこそ、『当然の権利です』とでも主張するように、真正面から堂々と。
 白髪の剣士の首にその手を絡め、全身を預けるように抱きついたのでした。
 そして当然上がるであろう抗議の声に先んじて、こう告げたのです。
「別にこんなところで甘えるつもりはありませんので、ご心配なく。
 ただ、これで私の分の薬はいりませんから、経費は単純に半分に抑えられます。
 何より、どう考えてもこうしてあなたが走るのが、一番速い移動法でしょう?」
 その意味が、白髪の剣士の理解に到達するまで、たっぷり8秒、かかりました。

「……………………………………………………まさか、この格好のまま、運べと?」
「ですよ。予め、そう言いましたし」

 そんな覚えは無い、と言いかけて、はたと気づきました。
 先に少女が呟いた謎の言葉、プリンセス・ホールド。
 それを直訳すると。

(…………お姫様抱っこ?)

 その言葉を脳裏に描くだけで、今にも自分の足元が崩れ落ちそうな気がしました。
 子供特有のぽかぽかした体温が伝ってくるのが、それに拍車をかけてくるようです。
「あなた、筋力的には戦闘鎚だって扱えるのですから、軽いものでしょう?」
(問題が違う、激しく違う!)
 心の中で絶叫が上がりました。
 なのに、移動手段として有効というのも、強走薬の消費を抑えられるというのも、全て理に適っているのです。そして困ったことに、心情的にも、ガーベラに一刻も早く接敵せんとする、白髪の剣士の希望に沿っているのでした。
 唯一、この非常に落ち着かない状態を維持しなければならない、という埒外な問題以外は。
「……せめて、背に負うわけにはいかないのか」
「あなた、自分が何を背負っているのか忘れていませんか?」
 言わずと知れた斬破刀でした。
 一緒に人間を背負うには、相当以上の無理がある刃物です。
 最後の抵抗も虚しいままに終わり、何だか戦闘前だというのに、気勢を目一杯削がれた感があります。それでも、やれやれ、といったため息一つでそれを黙殺する辺り、やはり、いつもの白髪の剣士とは一線を画しているようでした。
「……乗り心地は、保障しない」
 そうして駆け出すや否や、その台詞が謙遜でも憎まれ口でも無く、単なる事実そのものだとわかりました。走る姿勢がよほど安定しているのか、振動はそれほど無いのですけれど、驚いたことに、目を細めなければ痛いほどに強く風が当たるのです。それも、決して向かい風というわけでも無しに。
 子供にとっては、大人の高さから風景を見やるというだけでも随分と新鮮なものですけれど、この場合はそれ以上に衝撃的でした。
 ありていにいって、馬車と比べて遜色ない速度なのです。
 間違っても、武器防具を纏った二つ足のイキモノが辿り着いて良い領域では無いように思われました。
「どう贔屓目に見ても全力疾走に思えるのですが、大丈夫なのですか?」
「お荷物は黙っていろ」
 にべもありません。
 まあ、自前の体力を消耗する分を差し引いても、薬が効いている間は、駆け足程度の疲労で済むことでしょう。それならば、放っておいてもさして問題ありません。
 そう結論付け、少女はそのまま大人しくしているつもりだったのですが、意外なことに、ほどなくして白髪の剣士の方から声が掛かりました。
「……結局、この薬、いったい何なのだ?」
「改良した強走薬ですが……詳細、気になります?」
「ああ。自分の口に入ったものだからな。副作用などがあっては堪らん」
 当然の言い分でした。
 そして要するに、『ガーベラとの戦闘に差し支える可能性はあるのか』ということなのでしょう。
 少女は、どこから説明したものでしょうか、と少し思案した後、話し出しました。
「拮抗作用、というものがありましてね」
「ほう?」
「ゲリョスの毒とイーオスの毒を同時に注入すると、互いの毒の効果が拮抗しあって、各々を用いるよりも毒の効果が現れるのが遅くなるわけです。つまりその原理を利用して――」
「……もういい。何となくわかった」
 つまるところ、最後に『でも安全ですよ』と添えられても、決して信用出来なさそうなことがわかった、ということです。体が痺れる程度は覚悟しておこうと、白髪の剣士は何かを達観したのでした。

 その後はさしたる問題も会話も無く、夢が吹き飛びそうな速度の『お姫様抱っこ疾走』が続けられました。

 通常3分から5分ほどで効果が切れるはずの強走薬は、何と3時間ほどもその効果を持続したのでした。移動距離に直すと、何と通常の行程の3倍近くも進んだ計算になるわけでして、まさしく正しく驚異的、というより他に無いでしょう。
 こうなってはさすがに白髪の剣士も、その有用性を認めざるをえなかったようで、
「……残りの道程を走破する分も、あるのか?」
 と、薬が切れるや自ら問いかけたくらいでした。
「もちろんです。ただ、休憩は挟みましょう」
「無用だ。この程度で響くような鍛え方はしていない」
「体力的にはそうでも、走った分の発汗は? 水分と塩分、しっかり補給しませんと血液の流れが滞ってしまいます。そこで続けてハントなんかしたら、脱水で心臓の方が止まってしまいますよ」
「…………」
 無言でどっかりと腰を下ろし、水筒と塩の錠剤を取り出したところを見ると、それが正しい意見であると渋々認めた、ということなのでしょう。
 少女は苦笑しながら、続けました。
「それに、私もあんまり黙って抱えられていると、足腰が萎えてしまいますからね。
 その間軽く運動をしておくくらいで、ちょうど良いでしょう」
 そうしてえっちらおっちらと体操を始めた少女を、白髪の剣士は、努めて視界に収めない様にしているようでした。しかし、それはほどなく、全くの勘違いなのだということがわかったのです。
 彼は、どこを向いていようと関係無しに、何一つとして、その瞳に映してなどいないのでした。
 己の内にある、他の誰とも共有できないであろう激情だけを真っ向から見据えて、全身を駆け巡るどす黒い力へと換えていっているのでしょう。休憩の最中であるにも関わらず、その佇まいから静けさに類する要素はまるで感じられません。むしろ、みしりみしりと音がしそうなほどに、狂おしい気配ばかりが伝わってきます。
 多分、殺しているのでしょう。
 その心の中で。何度も何度でも刃を突き立てて。飽きることも無しに。
 そして、殺されているのでしょう。
 その想い出の中で。何度も何度でも守り切れずに。忘れることも出来ずに。
 きっと。
 きっと、自分が本当は何を殺し続けているのかなんて、気づきもしないままに。
「――あの程度の戯れ合いでは、やっぱり焼け石に水でしたか」
 少女は誰にも聞こえないくらいに嘯くと、白髪の剣士の様子を真っ向から無視しながら、明るい掛け声などを交えて体操を続けました。ただ、その軽やかな挙動と良く通る声音とは裏腹に、黒目勝ちな瞳だけが、今にも爆ぜそうなほど、鋭い光を放っているのです。
 それは、何とも、歪な光景でした。
 休憩をしているはずなのに、どこまでも剣呑な雰囲気を醸し出す白髪の剣士。
 元気良く快活に運動しているようで、何か思索を巡らせている少女。
 互いに思うところがありながら目を合わせることもなく、それでいて結局のところ同行せざるを得ない、この両者。
 こうした『不揃い』という意味においてのアンバランスさは、むしろ日常とさえ言えます。
 なのに。
 その、心根が。
 互いが互いを支えあっているという、当たり前の想いが。
 完全に『すれ違っている』という意味でのアンバランスさは、これまでの彼と彼女との間には、決して無かったことでした。いいえ、在り得なかった、と言っても良いでしょう。
 なのに、それが起こっているという、現実。
 それが指し示す暗澹とした予感とは裏腹に、頭のてっぺんに差し掛かった太陽は、どこまでも陽気に謳っているようでした。
 そんな、奇妙な15分間。
 それが長かったのか短かったのかはともかく、小休止としてはある程度相応しい時間であった、と言えるでしょう。これまですでに二つの峠を走破してきた白髪の剣士は、その影響など微塵も見せず、引き続き呆れんばかりの健脚を披露したのでした。
 その凄まじさを評して、少女はこう呟いたものです。
「剣客と健脚って、やっぱり共通するものがあるのでしょうかねえ」
「……………………」
 答える気が無かったのか答えようが無かったのか、何とも微妙な意味合いの沈黙でした。
 そうしてさらに駆けること約4時間。
 途中、昼食とその食休みを入れたことを除けばほとんど走りっぱなしという、何だか一歩引いてしまうレベルのタフネスぶりを遺憾なく発揮した剣客の健脚によって、当初少女が提示した『おやつの時間までに』よりも丸々1時間も早く、二人は最初の目的地である、ベースキャンプにたどり着いたのでした。
「とはいえ、薬は結局三回分かかりましたね。
 試作品なので持続時間にムラが出るのは仕方ないにしても、結構な出費です」
「……」
 家庭的な残酷さの垣間見える感想でした。
 さておき。
 そこは三つあったベースキャンプのうち、もっとも街道に近いものなのでした。
 そのせいか、周囲に決して少なくない木々が茂っているにも関わらず、キャンプの立っている場所周辺だけは見事なまでに均されているのです。これは、街道近くという機材運搬にとってのプラス材料に加え、周辺の安全がそれなりに確保されていて余裕があった、という証拠とも言えるでしょう。こうした縁の下の努力によるありがたさは疑いようがありませんが、少女は、何故か意外の念で首を傾げておりました。
 というのも、白髪の剣士が『安全な』位置のベースキャンプを、つまりガーベラから遠くなるであろう場所を目指す算段は、あまり高く無いだろうと予想していたためです。極端な話、ベースキャンプを経由せず、そのままガーベラを探して突っ込んでいくのでは、とさえ疑っておりました。
 けれど、もちろんそんな失礼な予想をしていたことなどはおくびにも出さず、
「どうしてここなのですか?」
 とだけ少女が尋ねると、
「森と奴は相性が悪い」
 と、なんだか必要以上に不機嫌そうに返ってきたのです。
 これもまた、少女にとっては意外でした。不機嫌さが、では無く、非常に理に適った冷静な判断だったからです。
 通常、砂漠を生息地としている角竜は、森林での行動を嫌います。それは、獲物を狩るにも縄張りを争うにも『突進』で、より極端に言うならその存在意義たる『角』で決着をつけるという、角竜独特の生態に関わってきているのです。
 即ち木々は純粋な障害物、突進の邪魔者に他ならない、ゆえに単純に嫌う、というわけでした。人の感覚に直すと、草がまとわりついて歩きにくい、というような種類の不快感なのかもしれません。これは『地中を飛ぶ』という、突進に並ぶ角竜の生態事情にとっても同様で、複雑に木々が根を張った地中はひたすらに飛びにくいそうです。
 いくら規格外の刀角を備えているガーベラにしても、この点は無視出来ないと考えるのが妥当でしょう。
 つまり、そうした事情を踏まえてこのベースキャンプを選んだ、ということ。それは同時に、ハントを行うときはまず安全の確保されたベースキャンプを拠点とし、それから徐々に探索範囲を広げていくという、教科書じみた基本事項をきっちり守っていることをも意味するわけです。これで少なくとも、怒りに任せて無謀な突撃をかけようとしているのではない、ということが証明されたようでした。
 少女の顔に微かながら安堵の色が灯ったのも、そうした背景を瞬時に飲み込んでのことと言えるでしょう。
 とはいえ、白髪の剣士の調子は相変わらずでした。
 ベースキャンプに備えられた支給品の確認を済ますや、休憩も取らずにガーベラの探索に乗り出していったのです。もちろん、少女へ『行くぞ』の一言を向けることさえ無しに。
 まだ先の強走剤がいくらか効いているはずですから、体力的な余裕があるのは確かなのでしょうけれど、それにしたってあんまりな態度でした。
 ここに至って、やはり、と認識を深めざるを得ないのでしょう。
 彼には、すでに、ガーベラ以外のナニモノも見えてはいないということを。

「恋に恋する麗しの君……か。どう考えても配役が逆でしょうに」

 その呟きは、当然、先に出ていた白髪の剣士の耳には届きませんでした。
 ゆえに、少女が果たそうとしている役割がいったい何なのかなんて、この時点では気づくはずもなかったのです。
 さて。
 当たり前のように少女が後を追ってきても、白髪の剣士は特に何も言いませんでした。言っても無駄だと思っているのかもしれませんし、問題にさえしていないのかもしれませんし、探索活動は人数に比例して効率が上がることを踏まえているのかもしれませんし、そのどれでも無いのかもしれません。少女の目に映るのはただ、標的の姿を求めて草木を掻き分けていく、大きな背中だけでした。
「ここら辺に痕跡がある可能性は低いでしょうけれど……それにしたって、素通りですか?」
「零は零でしかない。そして無駄を重ねる趣味も無い」
「根拠は?」
「あいつは『捕食』では無く『殺し』を行う。獣として見ても、充分狂っているのさ。
 ――当然、痕跡は『残る』のではなく『見せつける』の類だ。
 その場を通ったものが、絶対に見逃しようの無い形で、奴は見せつけるだろう。少なくとも、ハンノキを生きて帰らせた以上、次に来る獲物を見越していないはずがないのだから。
 ならば、見落としの可能性がある場所は、あえて外してくるだろう。つまりここが視界の悪い森林である時点で、あいつは居ないし痕跡も無い。だから進む。以上だ」
「…………」
 淡々と、暗澹と、白髪の剣士は告げました。
 けれどどこか雄弁なふうに見えるのは、ガーベラに関する事柄だったからという、それだけの理由なのでしょう。
 少女の口から重たい吐息が漏れる中、それでも一行はずんずんさくさくと、森林地帯を踏み抜くような勢いで歩み進んだのでした。
 そうして、草木に遮られての歩きにくさから、まばらな石による歩きにくさに変わった頃、ようやく本格的な痕跡の探索が始まったのでした。
 一口に痕跡、といっても、その種類は多岐に渡ります。大まかに分けても、三つです。
 曰く。
 捕食の跡、移動の跡、排泄の跡。
 飛竜がいかに生態系の最上位に君臨しようと、イキモノとしての基本的な性質――つまるところは生理的な諸問題――に、変わりはありません。お腹が空けば食べますし、食べればもよおしますし、やがて疲れれば眠るのです。
 つまり。
 飛竜が主に行き来するのは巣と狩場(あるいは水場)であり、その二点を結ぶ道筋において、獲物を倒し食した痕跡、あるいはその結果当然起こる排泄の痕跡が残っている、ということを指します。あまり飛ぶことをしない飛竜の場合は、足跡などを辿ることも出来るでしょう。
 もちろん実際は、飛竜ごとの習性や個体ごと地形ごとの事情によって、いくらでも痕跡の探し方は様変わりします。ガーベラの場合、先に白髪の剣士が述べた『殺しの痕跡』などが、まさにこれに当たるでしょう。こうした諸々の情報をすりあわせて統合した結果、『その場に存在する算段の高い痕跡』を絞りこんでいき、基本的な指針を固めていくのでした。
 とはいえ。
 飛竜の行動範囲は、当然ながら、人間のそれを大きく上回ります。大空の王リオレウスのように積極的に飛び回る相手でない分マシと言えますが、今回はギルドからの情報が少ない分、まるで慰めにはならないようでした。
「……ユウ」
「何かわかったか?」
「……ええ、あちらには、何も無いということがわかりました」
「こっちもだ」
 心温まる会話でした。
 そうして、神経と体力を根こそぎ奪っていく地味な作業が、何とも地道に続けられ。
 どうにか結果に結びついたのは、1時間と少々が経過してからのことでした。
 その頃、岩陰の窪地でケルピ種の骨を見つけた少女は、そこに残された歯形から捕食したモノの特定を試みておりました。けれど残念ながら、歯型は小さく、こそぎ取るような細かい傷を残している点からも、とても飛竜のものとは思えません。どうやらランポス種によるモノのようです。
「……また外れ、ですか」
 ケルピの死骸に軽く手を合わせてからその場を去ろうとして。
 キキェー、と甲高い悲鳴のような声が、その耳を打ちました。
「どうやら……この死骸の生産者、ですかね」
 背に負った禍々しいシルエットの篭手に伸びかけた腕を下げて、少女はゆるりと歩き始めました。今の声は文字通りの悲鳴――つまり、誰がどうした結果なのかは、考えるまでも無いことなのです。
「ゲネポスあたりですかー? ユーウー?」
 やっほー、と山に向かって叫ぶときのような格好で、少女は声を飛ばしました。
 それを聞きつけて、というわけでは無いのでしょうけれど、離れた岩場から這い出てくる姿が見て取れました。図抜けた長身は、こうしたときの目印としては便利です。
 でも、目印本体が、少女とは真逆の方向にたったかたったかと進み出したとあっては、話が別でしょう。慌てるほどではありませんが、徒歩で楽に追いつけるわけでもありませんから、仕方なく駆け足でとことこと後を追いました。
「一人であまり遠くに行かないで下さい。迷子センターは無いのですからね?」
「…………」
 大きな背中はむしろ加速して進んでいきます。
 ぶっちぎりで無視されたようでした。
 冗談自体がまずかったのかしら、とベクトルの違う反省をしつつ、追いつきざまにその服の袖を掴もうとして。
 その手が、びく、と止まりました。
 まるで戦場に似つかわしくない、何だか甘い匂いが、白髪の剣士から漂って来たせいです。
 すわ浮気か、なんて思えるほどの気の緩みを、少女は己に許してはおりませんでした。甘さに混じった胃袋を転覆させるような腐臭を、ハンターとしての経験は敏感に嗅ぎ取っていたのです。
「……何が、あったのですか」
「ガーベラの痕跡だ。これ以上無く、確実な」
 その声色が、まるで遠く離れた恋人との再会の場所へ向かうかのように、殊更喜びを押し隠しているように聞こえたのは、気のせいでしょうか。
「四肢のうち二つが無かった。あれはガーベラの手口だ。
 恐らく装備からして、ハンノキと共に戦ったものでは無いな。最大限努力したとかいう、ギルドの諜報員の一人だろう。どうやら這ってでもガーベラの情報を伝えようとしたらしい。未だ風化しきらない血の跡が、いくらか残っていたよ。だからこうしておおよその方角を追える――ありがたいことだ」
「……他には?」
「ああ。腐敗が始まってから一週間というところだった。生きたまま腐っていたのか死んでから腐ったのかはわからん。ただ、ゲネポスどもが群がる程度には、新鮮だったらしいから――」
「他に抱くべき感想は無いのかと聞いているのです!」
「手向けはガーベラを殺すことだ。違うか?」
「…………」
 少女は無言で、背に負った凶悪な篭手に手を伸ばしかけて――すんでのところで踏みとどまります。大人の対応でした。
 無論少女にも、わかっては、いるのです。
 ハントの途中で、見知らぬ人の亡骸を手厚く葬ってやるような余裕は、無いということくらい。
 ただ、以前、見知らぬ人の通りすがりの死に花を手向けたときのこの白髪の剣士の姿を知っているだけに、その埋めがたいギャップを敏感に感じ取っているようでした。はたして、問題にされているのは自分自身のことなのだと、この朴念仁は気づいているのでしょうか?
「違わないのなら、さっさと行くぞ」
 …………。
 補修決定、といったところでしょうか。
 何だか必要以上に憎らしかったので、
「てい」
「あた」
 思いっきり向こう脛を蹴ってやりました。
 子供らしく微笑ましい対応のはずですが、何故か物凄い目で睨まれます。でも今度は、こちらがさらりと無視してやる番なのでした。
 そうして仲睦まじく進んでいくうちに、足元から石ころの割合が減り、代わりに明らかに栄養の足りなさそうな、土色さえしていない土が増えてきました。昔はここも森だったのかしら、とか考えると少し物悲しい気分になりますけれど、歩きやすさの面で言えば、これは明らかにプラス材料です。なので一行は快調に歩を進めて行きました。
 視界が開けたのは、ほどなくしてのこと。
 辺りは良く言えば見晴らしがよく、悪く言えば雑風景、となるのでしょう。砂色に痩せ乾いた大地はところどころ亀裂が走っているような有様で、今にも根っこごと飛ばされそうな草が寒々しく点在しています。他にはせいぜい石か岩が名残惜しげに右往左往しているくらいですから、自然、生命の匂いは薄いのでした。
 つまるところ、砂漠の一歩手前、といったところでしょうか。
「……大型生物の生存に適しているとも思えませんが」
「そもそも砂漠をねぐらにするようなイキモノだよ、あいつは。
 それに近くに水場があれば別だ。そこに草食動物が集まり、さらにそれを狙う肉食動物が集まり、その全てを狙う飛竜が現れる。それを重点的に探していけば――」
 言葉の最後を打ち消して。
 がぼふぁ、と。
 いきなり目の前で。
 小麦粉の袋をひっくり返したのを百倍強くしたような音がして。

 そこに――出ました。

 春の霧雨よりも唐突に。
 夏の夕立よりも気まぐれに。
 秋の時雨程度の遠慮さえなく。
 冬の稲妻じみた存在感だけを携えて。
 まるっきり、脈絡という言葉に恨みでもあるかのような。
 こんなにも中途半端で、ゆえに、誰しもが予想もしなかったようなタイミングで。
 来たのです。
 それはあたかも。
 探索に勤しみ費やした時間と労力を、真っ向から嘲笑うように。
 この邂逅までに歩んできた道程、その全てをせせら哂うかのように。
 その赤銅を湛えた体を晒し。
 その絶望を従えた翼を広げ。
 その破壊を謳った尾を振り翳し。
 その過去を綴った傷跡を見せつけ。
 その悪夢を具現した真紅の刀角を抜き払い。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 神楽の怨敵たる真紅の悪魔が。
 と呼ばれし怪物が。
 待ち伏せるでも不意を突くでもなく。
 威風堂々と大地を裂いて。
 真正面から、現れたのでした。
 突然の襲来であっても、あたふたと動揺している暇などありません。目を離さず……けれど油断なく周囲の様子を探る少女は、正しく戦慄しました。
 そこに何か、謀略の痕跡を見つけたから――ではなく、むしろ、その逆なのです。

「地形的にも、せいぜい邪魔なものが少ないっていう程度で……この場所でなければならない要素なんて、一つも見当たらない。他の獣の気配が無いのも、そもそもガーベラを見れば並の獣なんてこぞって逃げ出すはずなのだから、どこだって同じはず。
 ならば、何故? 何故、自分の有利な場所に誘導しようとはしなかったの?
 これだけ完全に獲物の到来を予測して。これだけ完璧に気取られず接近を果たして。にも関わらず、そこから得るものが何も無いように、こんなにもあっさり、その姿を見せるなんて。
 …………ま、さか。
 ありえない……なのに、なのにまさか! それ自体が目的だというの!?
 おまえたちの予想を超えその上で手加減してやったぞとでも、見せ付けるために。
 たったそれだけの意味で……たかがそれだけの理由で。
 そんな、ニンゲンだから味わう敗北感を、獣ではありえない無駄なことを……!」

 なるほど、と。
 少女は背中を流れる冷たい汗と共に、りました。
 亜種の中の亜種。
 異形の中の異形。
 あの怪物を、そう言わしめる由縁は、その真紅の刀角などではなく。
 獣から逸脱せんばかりの、その狂った脳髄だ、ということを。
「噂に違わぬ、ということですね。ユウ」
「…………」
「ユウ?」
 ガーベラから目を離すわけにはいかない以上、自然、隣の白髪の剣士を視界の中心に納めることなど出来ません。なので、相手から返事が無いことを訝しく思えば、自分で首を横に向けるしかないという当たり前すぎるくらい当たり前の事情があるのでした。
 ただ。
 見知ったはずの横顔に少女が戦慄を覚えるなんていう事情は、まるで当たり前では――当たり前であるはずが、なかったのです。

「がぁ……べらぁ……」

 言葉を覚えたての幼児が保護者を呼ぶような、ひどく拙い発音。
 口をだらしなく開けたままのぽかんとした表情も、発音に相応のものでした。
 そんなまるっきり呆けた調子のままで、ゆらゆらよたよたと、あろうことかガーベラへ向かって無防備に進み始めたものですから、少女は気が気ではありません。
「ちょっと、ユ――」
 しゃぅ、と口笛の鳴り損ないみたいな音が走って。
「――ウ?」
 少女の前髪が十と三本、重力に引かれるまま風に吹かれるまま、舞いました。
「次、邪魔に来たら、殺すぞ」
 まるで振り返りもせずに、疎ましげに告げる男の手には、いつの間にか抜き身の刀がありました。ことの成り行きに、理解はともかく感情が追いついていない少女に向かって、
「ふむ、片目で済んで良かったな――と告げるつもりが、良かったのは、運の方だったか」
 やはり振り返りもせずに呟かれた言葉には、枯葉一つの重みさえなく、それゆえに『どうなったところで知ったことか』という、突き放した殺意を感じさせるものでした。
 この調子のまま、『ああ、殺してしまったか』と呟かれる光景を想像して――そこにあまりにも違和感が無いという意味での『圧倒的な違和感』に、少女は吐き気さえ覚えました。
 それでも込み上げるさまざまなものを必死に押し止め、何とか白髪の剣士の背中に、せめて一言、届けようとしたのですけれど。
「――――っ」
 ダメ、でした。
 その背中は、『優しいユウ』という、その名さえも拒絶しているように見えたからです。
 だから彼は、ただ、進み。
 ガーベラも、それを待っていたようでした。
 ――否、待ち望んでいたに、間違いありません。
 やがて、適当な距離だけを残して、足は止まり。
 一つ目と二つ目の視線が、それでも真っ向から絡み合い。

 あの悪夢の出来事から、六年越しの再会が、今ここに、為されたのでした。

 そして、そのまま。
 そのままが、そのままに、続いていき。
 たっぷり、3分も、経った頃でしょうか。
 その間、両者の心が何を歌っていたのかは、知る由もありませんけれど。
 ともかく、決して均衡ではないであろう静寂を破ったのは、白髪の剣士の言葉でした。

「やっと、見つけた。遭えたんだな……嘘でも幻でもなく、おまえに。
 待っていた、待っていたんだよ。夢見ていたさ、この瞬間を。現実のように、呪いながら」

 皮肉なことにそれは、まるで遠く離れた恋人と再会したかのような、表情と言葉でした。
 かつてそれを奪った――否、それ以上にたくさんのものを奪った、怨敵との、再会。
 
 ――あの日白い花に誓った想いが、痛みを伴って再生されるのも、一瞬のこと。

 その顔に大輪の菊を咲かせた真紅の獣に。
 その心に復讐の刃を鞘走らせた白髪の剣士が。
 吼えました。

「そして呪うように祈っていたさ。間違っても、オレ以外の誰かにおまえが殺されないようにと。
 ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと。
 ――この太刀でおまえを斬り捨てるその日だけを、ずっと、待っていた!
 ガーベラ……ガーベラ、ガーベラ、ガーベラぁ!
 オレは! 今! 血が凍るほどに嬉しいぞ! ガァァァァベラァァァアアアアっ!
 おまえの姿が見える! 悪夢と嫌悪で塗り固められた忌々しい刀角が!
 聞こえるぞその息づかい! 一厘たりとも存在を許したくない雑音が! 仄暗い鼓動が!
 ああ――ガーベラ、ガーベラっ! 是非ともおまえに願いたい!
 簡単に死ぬな単純に死ぬな純粋に死ぬな!
 おまえが奪った命と釣り合うだけの苦しみと絶望をその魂魄に刻むまで!
 そして! オレが! 死んでも良いと言うまでは! 勝手に死ぬんじゃないぞぉ!」

 狂気と狂喜と凶器とを携えて。
 白髪の剣士は八双に構え、駆け出しました。
 あらゆる意味で少女を置き去りにした、そのままで。
2006年09月03日(日) 20:04:12 Modified by funnybunny




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